29 完全にスーパーロボット大戦な模様

 天岩戸でスサノオが大暴れする様子は、天照防衛特務機関の本部にある副司令室の大画面に投影されていた。

 縦横無尽に大剣を振るい駆け回るさまは、まさしく一騎当千、獅子奮迅の活躍である。

 

「さすが久我の末裔……」

「しかし、敵が続々と到着しており、戦況は我が方に不利です。いかに久我響矢が卓越した操縦者であり、スサノオが三貴神の一柱だろうと、体力の限界がある。恵里菜様、スサノオに援護を送るべきでは?」

 

 司令室の面々も、ただ見ているだけではない。

 無事な味方の機体をチェックし、天岩戸のどこに配置するか、入念な討議を重ねているところだった。

 

「戦力の逐次投入は避けるべきです」

 

 恵里菜は、きっぱりと宣言する。

 

「味方機は部隊を組ませ、時節を見計らい迅速に配置しましょう。そのために、先日、響矢くんが拾ってきたアレを使います」

「アレを……」

 

 その時、司令室の扉が勢いよく開いた。

 

「ちょ、部外者は立ち入り禁止」

「つべこべ言うんじゃないよ! イチジョウ、私にエンシェントフレームを渡しな!」

 

 ギリシャの古神操縦者で、捕虜だが保護観察処分にしたアレクサンドラが、扉の前に仁王立ちしている。

 

「私がジャパンに逆転大勝利ってヤツをくれてやるよ!」

「しれっと古神を持ち逃げする気でしょう?」

「あたぼうよ!」

 

 指摘すると、サンドラは開き直る。

 恵里菜は、額に手を当てて溜め息を吐いた。

 

「あのぅ」

 

 サンドラの後ろから、こちらも保護観察中の青年が顔を出す。

 

「俺も……戦場に行かせて下さい」

「君は」

 

 恵里菜は、二人の顔を見比べた。

 どちらも罪状があるので、野放しにはできない。しかし今は非常事態だ。終わりが見えない敵の侵攻に、正直、猫の手も借りたい気分だった。

 

「仕方ないわね。戦時中の特例として、君たちを一時的に釈放します」

「恵里菜様?!」

「責任は私が取る!」

 

 大丈夫かと怯える部下たちを、恵里菜は一喝して静めた。

 こうなったら君の人徳に全てを賭けるわよ、響矢くん。

 

 

 

 

 どのくらい時間が経っただろう。

 大剣を振るいながら、俺は違和感を覚えていた。

 この剣腕魔神は、人間が操縦しているのか?

 スサノオの攻撃は圧倒的で、あまりにも一方的な蹂躙だ。普通の人間なら、太刀打ちできないと悟ったら逃げるだろう。たとえ命令で戦っているのだとしても、大人しく言うことを聞いて死ぬとは考えにくい。

 剣腕魔神の動作からは、怯えが微塵も感じられなかった。

 飢えた野犬のように、手足が切り飛ばされても一顧だにせず、スサノオに飛び掛かってくる。

 人間の気配がしない。

 これは無人機、オートパイロットだ!

 

「ちっ」

 

 俺は舌打ちする。

 どんなプログラムが仕込まれているのか、あるいは遠隔で操作しているのか。いずれにしても効率的なやり方だ。

 自分が仕掛けてるなら悦に入るところだが、仕掛けられている立場からすると腹が立つこと、この上ない。

 こちらは生身の人間で消耗していくばかりなのに、本当の敵に傷ひとつ負わせられないのだから。

 

「もう百体は切ったぞ?! あとどのくらいだってんだ!」

 

 操縦席に座っているだけなのに、汗でシャツが濡れている。

 ただ機械的な、単調な作業を繰り返すだけ。

 しかし終わりが見えない。

 高速道路を延々と走り続けているように、注意力が散漫になっていく。

 

「しまった……っ」

 

 複数の剣腕魔神が示し合わせて、腕の動きを邪魔してくる。

 初めて、剣腕魔神の攻撃がスサノオの胸部を叩いた。

 

「っつ!」

 

 縁神を通しての操縦は、即座に思考を操作にフィードバックできる代わりに、機体が攻撃を受けた衝撃も、装甲を撫でる風の感覚も、操縦者に鋭敏に伝わる。

 胸に痺れるような痛みを感じた。

 駄目だ、体勢が崩れる……!

 

『お待たせ、響矢!』

 

 咲良の叫びが鼓膜を叩く。

 と同時に、スサノオにむらがっていた剣腕魔神が、炎の砲撃に吹っ飛ばされた。

 

「あれは……アメノトリフネ?!」

 

 空を見上げて俺は瞠目する。

 天を悠々と泳ぐ機械の鯨。

 時空渡航艦アメノトリフネが、そこにいた。

 艦から、味方の古神数体が同時に降下し、俺の前の敵を一掃する。

 

『響矢くん、アメノトリフネに帰投したまえ。今度は僕らが戦線を維持する!』

『戻って休めよ!』

 

 御門さんの操るクラミツハが、槍を回転させて剣腕魔神を薙ぎ倒す。桃華のカグツチが、溶岩地帯を作って敵の行進をせき止めていた。

 他にも俺の知らない古神が数体、連携して攻撃を始めている。

 

「了解。御門先輩、桃華、ここはよろしくお願いします」

 

 俺は身をひるがえして、アメノトリフネへ向かった。

 船の横腹にあるハッチから、スサノオを格納庫に突入させる。

 発見した時と違い、アメノトリフネには天照防衛特務機関の技士たちが詰めていて、格納庫で忙しく走り回っていた。

 スサノオから降りた俺は、艦内の操縦室へ急ぐ。

 

「咲良! 恵里菜さん?!」

 

 操縦室に入って、俺はびっくりした。

 艦長席に、恵里菜さんが座っている。うわ、制服姿で艦長席に座ると、貫禄があるな。

 咲良はオペレーター席にいた。

 

「アメノトリフネから、コノハナサクヤを遠隔操作して砲撃したの。すごかったでしょう!」

 

 俺を見て、片目をつぶり親指を立てて見せる。

 艦長席の恵里菜さんが、落ち着いた口調で俺に語りかけた。

 

「響矢くん、三十分ほど休憩を取りなさい。敵の正確な数は分からないけど、見えているだけが全てとは限らないわ。当番制を組んで休憩しながら交代で戦いましょう」

「今は御門さんたちの番ということですね」

「そういうこと。水分を取って休んで」

 

 恵里菜さんの指示に、ありがたく休憩させてもらうことにする。

 

「響矢、水筒を持ってきたよ。あっちでお茶を飲もう」

 

 席を立った咲良が、俺を案内する。

 通路に出て、金属でできた冷たいベンチに二人で腰を下ろした。

 

「びっくりしたー。いきなりアメノトリフネが出てくるんだもんな」

「ふふふ、響矢の世界で言うところの、さぷらいず?」

 

 咲良が水筒から茶を汲んでくれた。

 自覚はないが大層喉が乾いていたらしく、俺は茶をすぐに飲み干した。

 

「ちょっと横になる? あ、膝枕しよっか?」

「マジで?! お願いします!」

 

 うちの咲良のサービスがすごいんですが。

 しかし現実的には、膝枕は体勢が不安定になるし、太ももは固いし、そこまで居心地は良くない。雰囲気を楽しみましょう、って奴だ。

 落ち着かないから、すぐに膝枕を切り上げるつもりだったが、知らない間に疲労を蓄積していたらしい。横になると眠くなって、結局ガッツリ寝てしまった。

 咲良は終始ニコニコして楽しそうだった。

 

 

 

 

 休憩を取った後、嫌だったのにパイロットスーツを着せられた俺は、再び出撃するため格納庫に向かった。

 

「今朝ぶりだねえ」

「サンドラ」

 

 そこには、女性用の白いパイロットスーツを着たサンドラが待っていた。

 

「へー、一緒に戦ってくれるんだ。ふーん」

 

 俺は先手を取って、彼女の提案を封じた。

 言いたいことを先に言われたサンドラは鼻じろむ。

 

「……もっと早く驚かせようと思ったんだけどね。あんたとサイオンジがあまりにもラブラブだったから、声を掛けそびれたよ」

「う」

 

 人前でイチャついていたことを指摘され、俺は赤面した。

 電車でカップルを見て「爆発しろ」とか思ってたのに、自分も公衆の面前でやらかしてしまったぜ。

 

「あんたと話したかった誰かさんが、気の毒だったねえ」

「?」

「そんなことは、今はどうでもいい。行くんだろ」

 

 俺は「ああ」と頷き、気を引き締め直した。

 軽くメンテナンスを受けて綺麗になったスサノオに乗り込む。

 仮眠を取ったので頭はすっきりしている。

 

「久我響矢、スサノオで出ます」

 

 連絡してから「アニメの台詞じゃあるまいし」と少し恥ずかしくなる。

 

「アヅミイソラ、もらってくよ、イチジョウ!」

 

 サンドラが、俺に続いてアヅミイソラを発進させた。

 

「御門先輩、交代します!」

『ありがとう、響矢くん』

『くそっ、もう時間かよ。まだまだ戦えるってのに』

 

 俺たちと入れ替わりに、御門さんと桃華がアメノトリフネに戻る。

 

「それにしても……」

 

 花畑に着地しざま、一太刀で十体の敵を葬りながら、俺は辺りを見回した。

 

「まっっったく、敵が減ったように見えないな!」

 

 敵が天岩戸から出ないように、全力で押し留めている状況だ。

 油断して陣形が瓦解すれば、数百の剣腕魔神が天岩戸を突破し、本土に襲撃が殺到する。それだけは絶対に食い止めなければ。

 

『魔王も本気ってことさ。ナリヤ、ジャパンは勝ち過ぎたんだよ』

「サンドラ?」

 

 アヅミイソラで水弾を放ちながら、サンドラは俺に通信してきた。

 

『もうアジアで残っているのは、この国だけさ。魔王は本腰を入れてきた。……山の方を見なよ』

 

 サンドラの言う方向を見て、俺は山が黒いモノで覆われているのに気付いた。

 

「一体なんだ……?!」

 

 黒いモヤで出来た触手が、天岩戸の隅から発生し、どんどん増えていっている。

 

『あれはエンシェントフレームの力を奪うのさ。天下無敵のギリシャの神々が、戦場で力を発揮する前に敗れたんだよ……!』

「古神の力を奪う?!」

『アマノイワトは、アマテラスというエンシェントフレームの力で出来ているんだろ。なら、魔王にとってはご馳走さ!』

 

 剣腕魔神の背後から、黒い触手が広がっていく。

 暗闇が天岩戸を侵しつつあった。

 

『絶望を前に、あんたらは何を選択する? 私はそれが見たくて、ここにいるんだよ! ナリヤ、あんたの覚悟を見せてくれないかい?!』

 

 俺の背筋に冷たい汗が伝う。

 もしアレが古神の力が通じないものなら……そんな相手をどうやって倒せば良いんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る