30 魔王と呼ばれた災厄の最期
最初は、石油を堀当てるつもりだった。
一攫千金をもくろんだ男が堀当てたのは、しかし、奇妙な球形の金属の塊だった。
「……なんだ、こりゃあ?」
男は眉をしかめる。
「硬っ。クズ鉄の塊かよ。せめて神鋼が出りゃ、儲けもんだってのに」
邪魔な石ころを蹴飛ばす。
すると金属球はドクンと脈動するように輝いた。
「おやぁ。こいつはもしかすると、金になるかも……?」
それはある意味、石油よりも金になる代物だった。
アメリカンドリームを夢見た男の願いを叶えるアイテム。
自分が世界の勢力図を塗り替える凶悪な兵器を手にしたと、男はその時、気付いていなかった。
サンドラが魔王と呼んだモノは、最前線で戦っていた味方の古神に黒い触手を伸ばす。
『そ、操縦が、効かない?!』
触手に接触した古神は、硬直した。
錆び付いたブリキの人形のように、動きがおかしくなった古神を、黒い触手は持ち上げて、地面に叩きつける。
為すすべなく大破した機体に、剣腕魔神が殺到した。
『機体が重い……!』
『何がどうなってるんだ?!』
戦況が変わる。
俺はスサノオの動きが鈍るのを感じた。
これは恐怖? 俺が……古神スサノオが、正体不明の怪物に怯えている?
「そうか。剣腕魔神がオートパイロットだったのは、そういうことか……!」
あの魔王ってヤツは、古神と共闘できない。
近くにいる古神の力を吸って、動きを鈍らせるからだ。
敵の司令官が、なぜ魔王の周囲に大量の剣腕魔神を配置したか、理解できた。種も仕掛けも、分かってしまえば攻略方法はある。
「恵里菜さん、アメノトリフネを退避させて! あと、ヤハタを用意してください」
『ヤハタを? いったい何を考えているの、響矢くん、ヤハタじゃ、やられるだけじゃない!』
俺は通信チャンネルを開いて、恵里菜さんに呼び掛けた。
『許可できないわ! スサノオが一番、強力な機体よ! 響矢くんしか、それを扱えないの。君を失ったら、すべて終わりだわ!』
「でも今はヤハタが必要なんだ」
『駄目よ。何を思い付いたか知らないけど、早まらないで』
恵里菜さんとは出会ってまだ数週間にも満たない。付き合いが浅いから、何と言って説得すればいいか分からない。
英雄、久我家の末裔とは言え、所詮、俺はポッと出の若造。
強力な古神を操縦できることだけが取り柄の子供だ。
現実問題、俺の言葉をまともに聞くお偉いさんはいないだろう。
俺の声は届かない。
絶望が、心を満たした。
言い合っている間に、前線は崩れ始めている。
魔王の伸ばす黒い触手が、すべてを飲み込んでいく。
「下がれ!」
『僕は命を掛ける覚悟でここにいる!』
「馬鹿言ってんじゃねえよ! てめえの命が一番大事だろっ」
頑なに前線を維持しようとする味方の古神。
通信チャンネルで操縦者に「下がれ」と命じるが、彼は動かない。国のために命を捨てるつもりなのだ。俺には理解できない考え方だが、昔の日本人は皆こうだったのかもしれない。
「てええいっ」
『うわあああ! 久我さん、何を』
言うことを聞かない味方の古神の襟首を掴んで放り投げた。
これで間に合った奴らは全員助けられた。
「って、やば!」
スサノオの片足に、黒い触手が絡み付く。
途端に機体がガクッと重くなった。
コックピットの映像に、ノイズが走る。
「……っ」
絶体絶命のピンチってやつかな。
「たぬき、俺がいなくなったら、良い主人を見つけて飼ってもらえよ。あと咲良をよろしく頼む」
機体にとりついている狸に、遺言っぽい言葉を託してみた。
くっそー、スサノオ、動かねーな。
普段の馬鹿力はどうしたんだよ。
『うおおおおおおおおお!』
その時、ヤケクソのような気合いの悲鳴が、オープンチャンネルで響いた。この声はまさか。
「
剣腕魔神に追っかけられながら、ヤハタが凄い勢いで走ってくる。
「うおお、じゃないだろ! 何を考えてんだよ!」
俺は機体の情報を脳内で検索して、一瞬だけ出力を上げるために、霊力供給のオフとオンを切り替える方法を見つけ出した。
動け、動けよスサノオ。
それでもお前は、日本神話で一番有名な神様か。
根性、出しやがれ。
「
剣腕魔神の攻撃が今にもヤハタにヒットしそうな、ギリギリのタイミングで、俺はスサノオの再起動に成功した。
ヤハタの前の地面に、スサノオの大剣を突き立てる。
ビリビリと剣から円を描いて衝撃波が広がった。
剣腕魔神がまとめて吹き飛ぶ。
クレーターの底で、俺はヤハタに機体を寄せた。
「弘、どうしてここに?!」
ヤハタの胸部のハッチを開く。
操縦席の弘は、俺を見た途端、安堵した表情になった。
「死ぬかと思った……」
「いや死ぬだろ普通。なんで、のこのこ戦場に出てきた?!」
弘の胸ぐらを掴み上げる。
「お前に、伝えたい事があったんだ」
弘は、妙に悟ったような顔で、落ち着いた声を出した。
「何を」
「昔、俺は何もできない泣き虫な男だった。そんな俺に、お前は、弘は強いと、そう言ってくれた」
「……」
こんな瀬戸際の状況で何を、と思う。
だが弘の真剣な言葉に、身動きできない。
「弱いけど諦めずに努力することは尊いと、俺が努力している事は知っていると、そう言ったんだ」
「弘、俺はそんな深くて良い事を言ったつもりはなくてだな」
「異世界に来てからも、お前は変わらなかった。お前だけが、テュポーンに乗って逃げ出そうとした俺を、見捨てないでくれた。手を差し伸べてくれた。だから、俺はお前を信じる。お前がくれた言葉を、ここに返そう」
弘は、俺を真っ直ぐに見上げた。
「
俺は奥歯を噛み締めて、込み上げてくる熱を我慢した。
「何を言ってるんだか、意味不明だ」
胸ぐらを掴んだまま、弘をスサノオのコックピットに放り込む。
「たぬき、弘を守ってくれ。俺はヤハタで行く」
ヤハタは縁神を必要としない機体だ。
そして狸は俺がいなくても、ある程度古神を操作できる。
スサノオの装甲なら、多少、剣腕魔神に叩かれたところでびくともしない。
スサノオの中が一番安全だ。
『……』
狸が、例のウルウルした黒瞳でこちらを見ている気がした。
「俺は大丈夫だから」
使い古した見栄を張る言葉を投げて、ヤハタのコックピットに飛び込む。
「最近、ヤハタ操縦にはまってて良かったぜ」
仮想霊子戦場で何度となく踏んだ手順をなぞり、ヤハタを起動する。
「さーて。ここから先は、一撃でも食らえば即死のデスゲーム。超高難易度の大規模戦闘。攻撃を避けまくるシューティングゲームだ。腕が鳴るぜ」
なぜだろう、不思議と負ける気がしない。
クレーターをのぞきこむ剣腕魔神の群れの前へ、ヤハタを進ませる。
タイミングを見計らって、飛び出した。
「GO!」
弱いから出来ることがある。
サンドラの言う、天下無敵のギリシャの神々とやらが忘れていたのは、強さが必ず勝利に直結するとは限らないという、当たり前の現実だ。
どうにも古神というヤツがミラクル過ぎるのがいけない。
俺もスサノオの力に触れて、こいつなら勝てるかもしれないと一瞬思った。
馬鹿な考えだ。自分の力でないものに頼ってどうする。
「いっけえええぇぇ!」
雄叫びを上げながら疾走する。
剣腕魔神の間を縫って進み、時には敵の頭を踏んづけて足場にする。
針の穴を通すような、ゴールへの最短経路が、見えた気がした。
『響矢、援護するよ!』
咲良の声。
コノハナサクヤが空中から遠距離狙撃を行い、俺を狙う剣腕魔神の数を減らしてくれる。
一度も敵の攻撃を受けずに、俺は魔王へと接近した。
黒い触手が、ヤハタに伸びる。
俺は避けなかった。
「やっぱりな。お前の力は、普通の機械には影響しない!」
ヤハタは小揺るぎもしなかった。
魔王の触手は、ヤハタを通り過ぎて何も無い大地を抉るのみ。
古神ではないヤハタには、魔王の力は通じない。
周囲を固める護衛は突破した。
懐へ入り込んでしまえば、こちらのものだ。
「
俺はヤハタの長槍を、触手の源である黒い金属球に突き刺した。
金属球は思ったよりも柔らかかった。
刺し傷から血のような液体を吹き出し、魔王は爆散した。
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