07 元の世界に帰ろう…帰らないの⁈

 古神を格納する島から本土へ戻るには、船で渡るしかないらしい。不便だが、古神を奪われるリスクを軽減するための措置なのだそうだ。

 宿泊させてもらっている天照防衛特務機関の別棟に帰ってきた時には、既に夜になっていた。

 

「最悪~! パラレル日本の観光、最終日なのに、全然写真撮れなかったじゃない!」

 

 置いてきぼりを食らったあやはプンスカ怒っている。

 弘が志願して戦いに出た後、一人、天照防衛特務機関に保護されて、先にここに戻っていたらしい。外に出られず鬱憤を溜めていたようだ。

 俺は綾の「最終日」という言葉にドキリとする。

 そういえば明日の朝に、元の世界に帰してもらう話になっていた。

 

「そのことだが」

 

 ひろしが急に改まった声を出したので、俺は物思いから立ち戻った。何だか嫌な予感がする。

 

「俺は、この世界に残りたいと思う」

「「えっ?!」」

 

 俺と綾は驚愕した。

 

「ヒロ、どうして?!」

「ロボットを操縦して敵を倒した時に感じたんだ。この世界には、俺にしかできない事がある。きっと、この世界に召喚されたのは運命なんだ」

 

 おいおい、マジかよ。 

 

「私は、弘様の野望をお手伝いするために残ります」

「佐藤!」

 

 執事の佐藤さんはイキイキしていた。

 この人、異世界が好きなだけなんじゃないだろうな。

 

「アヤは嫌よ! 元の世界にはアヤのファンが待ってるんだから!」

「悪い……アヤ。村田と一緒に帰ってくれ」

 

 俺と綾は顔を見合わせた。

 二人で帰るのは嫌だと、どちらの顔にも書いてある。

 

「……」

 

 唇をぎゅっと引き結び、綾は泣きそうな表情になる。

 

「ひっく……」

 

 我慢できなかったのか、空色の瞳から涙がぽろぽろと零れた。

 

「ヒロが残るなら、アヤも残るぅ~。現地妻なんて絶対許さないんだからぁ」

「ありがとう、アヤ。お前は絶対、俺が守るからな」

 

 ひしっと抱き合う弘と綾。

 執事の佐藤さんはハンカチで目元をぬぐっている。今のシーンのどこに、もらい泣きする要素があったんだ。

 

「……」

 

 俺はどうしよう。一人だけ帰るの、微妙だよな。

 脳裏にちらりと咲良のはにかんだ笑顔が思い浮かんだ。

 あいつ、俺が残ったら喜ぶかな?

 

「さて、結論が出ましたし、今日は休みましょう」

「おい」

 

 佐藤さんが綺麗にまとめに掛かった。

 俺の意見は誰も聞かないのか?!

 

「何よ村田の癖に。多数決に文句があるっていうの?!」

「多数決?!」

 

 いつの間に元の世界への帰還が合議制になったんだ?!

 普通そこは個人で決めるだろ!

 

「……分かったよ」

 

 しかし、俺は抗議を飲み込んで結論を受け入れた。

 一人だけ帰ると主張したら、どれだけ帰りたいんだという話だ。それに夢みがちな幼馴染みを放置して一人で帰るのは、無責任というものだろう。

 残ることになったと言ったら、咲良はどういう反応をするだろうか。

 異世界のスマホの画面を眺めて溜め息を吐く。

 その夜、待っても咲良から連絡は無かった。

 代わりに狸がやってきて、当然のように布団に潜り込んできたので、腹いせに気が済むまでモフってやった。

 

 

 

 

 翌朝、朝食の後に恵里菜さんがやって来て言った。

 

「昨日の戦いで地脈が乱れたので、あなたたちを元の世界に返せなくなってしまいました」

 

 それってもしかして俺が暴走したせいか。

 冷や汗がだらだら流れる。余計なことは言わないのが日本人の処世術だ。突っ込まれるまで黙っておこう……。

 

「気にしないでください、恵里菜さん。俺たちはこの世界に残ることにしました!」

「まあ」

「歴史は違っても、ここは俺たちの日本です。守りたいんです、この国を……!」

 

 弘は真面目に恥ずかしい台詞を力説した。

 イケメンはいいよな。何を言っても様になる。

 

「ありがとうございます、弘さん。古神の操縦者を目指すということで、よろしいですか?」

「あのロボットに俺も乗れるんですか?!」

「はい。中級以上の古神は縁神がいないと起動できませんが、ヤハタを初めとする下級古神は、霊力値が高ければ動かせます。古神によって要求される霊力値は違いますが」

 

 古神の操縦には縁神が必要?

 例の印といい、分からないことばかりだ。

 俺は恵里菜さんを質問攻めにしたかったが、弘が話したそうだったので遠慮した。

 

「俺の霊力値は普通より高いんですよね?!」

「そうですね。修業して初めて到達できる霊力値一万に最初から届いていますから、一番要求値が小さいヤハタを起動できますね」

「一番要求値が小さい……?!」

 

 弘は衝撃を受けたようによろめいた。

 恵里菜さんは気付いていない。

 

「研さんを積めば、クニノクラトやホスセリを扱えるようになりますよ」

「うおおおっ!!」

 

 突然、弘が吠えたので、皆びっくりした。

 

「これも運命……俺は修練を積み、頂点を目指す!」

「その意気です、弘様!」

 

 佐藤さんが拍手した。

 駄目だ、この熱血なノリ、俺は付いていけん。

 

「古神の操縦者の資格を持つ方は、国から邸宅が支給されます。弘さんは昨日の戦績の報酬もありますね。案内しましょう」

 

 恵里菜さんは手元のタブレットに目を落としながら、エレベーターガールよろしく先導し始めた。

 建物を出て馬車に乗る。

 というか、タブレットを作るほど技術が発達してるのに、なぜ馬車が普通に往来してるんだろう。

 

「こちらです」

「おお!」

 

 恵里菜さんが案内した先には、高い塀に囲まれた庭園付きの洋館が。

 鉄格子にはピンクの薔薇が絡んで花を咲かせている。

 館の前には噴水があった。

 噴水の向こうに二階建ての瀟洒な邸宅が建っている。

 

独逸ドイツの外交官が別宅として建てましたが、結局住まずに売り払ったものですわ。国が買い取り、弘様に支給しました」

「実家に劣らない規模の家だな! これを俺が好きに使っていいのか?!」

「もちろん、ご自由にどうぞ」

 

 すげーな。金持ちの考えることは、よくわからん。

 確かに綺麗で広い家だが、豪華過ぎて庶民の俺はリラックスできる気がしない。ちょっと引き気味に洋館を眺める。

 佐藤さんは「なんという広さでしょう、腕がなります!」と喜んでいる。

 弘は急にドヤ顔になって俺の方を振り向いた。

 

「ここにアヤと佐藤と住んでいいんだな! 村田も住まわせてやってもいいぞ!」

「結構だ」 

 

 今まで自己主張しなかった俺だが、このまま流されるとマズイと感じて断った。二人の愛の巣に同居して嬉しいのは執事だけだ。こきつかわれてラブホテルの従業員にされかねない。

 

「遠慮するな、村田! 親友のお前のためなら、物置を片付けて部屋を作るとも!」

「いらんわ物置なんぞ! 俺は下町の長屋で充分だっつの!」

 

 物置を部屋にするなんて素で言ってるから怖い。いじめだぞ、それ。

 

「村田さんは、城下町で下宿している学生と同居してはいかがでしょう」

 

 恵里菜さんが助け船を出してくれる。

 

「はい、お願いします!」

 

 俺は一も二もなく飛び付いた。

 それが罠だと知らずに……。

 

「弘、たまに遊びに来てやるから、家を俺に見せびらかしたいのは我慢してくれ」

「むう、仕方ないな。というか村田、俺の魂胆を読んでいたか」

 

 一応、幼馴染みだから弘の考えは読める。

 

「それでは移動しましょう」

 

 残念そうな弘たちと別れ、俺は恵里菜さんと馬車に戻った。

 

「……こちらに残ると決意して頂いて助かりました」

 

 二人きりになると、恵里菜さんが微笑んで身を寄せてくる。

 

「古神の操縦者になってしまったら、元の世界に返す訳にはいかないので」

「俺は古神に乗るとは一言も言ってないけど。だいたい訓練もしていないド素人の俺が戦場に出たって、昨日みたいに皇居を焦がすだけだろ」

「アメノクラトを取り押さえられたのは、まぎれもなく村田さんの功績ですわ。誰にでもできる事ではありません」

 

 恵里菜さんが近かったので、俺は尻をずらして距離を開けた。恵里菜さんは「つれないですね」とクスクス笑っている。

 

「着きましたよ」

 

 やがて城下町の静かな住宅街で馬車は泊まった。

 こじんまりとした、庭付きの日本家屋が目の前にある。

 ちょうど紫陽花の季節で、こんもりと青い花が門の両脇に咲き誇っている。玄関に向かって道の脇に並ぶ花の鉢の中には睡蓮鉢もあり、のぞきこむとメダカが数匹泳いでいた。

 塀の内側の小さな庭には、梅の木が植わっている。木の根元付近は、砂利で小規模な枯山水が描かれていた。

 飛び石を渡って玄関の前に立つ。

 声を掛ける前に、内側から木製の引き戸がガラッと開いた。

 

「待ってたよ、響矢なりや!」

「さ、咲良?!」

 

 玄関の内側には着物姿の咲良が立っていた。

 何が嬉しいのか満面の笑顔だ。

 仰天している俺の腕をがしっとつかみ、家の中に引き入れようとする。

 俺は焦って振り返った。

 

「ちょ、どういうこと? 恵里菜さん!」

「私は嘘は言っていませんよ。城下町で下宿している学生が咲良だと教えなかっただけで」

 

 確信犯、だと?!

 

「それではごゆっくり~」

「うわっ」

 

 咲良が俺を家に放り込んで扉を閉める。

 扉が閉じる直前、恵里菜さんが良い笑顔で手を振っているのが見えた。

 

「ふふふふふ……!」

 

 不気味な笑みをこぼす咲良が怖い。

 扉の内側で尻餅をついたまま、俺はその笑顔を見上げた。

 これからいったいどうなってしまうんだ。

 

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