06 ロボットを操縦するなんて聞いてない

 コノハナサクヤの機体は、地面にめり込むように斜めに倒れている。装甲に凹みや傷はあるが大破はしていない。

 歪んだフレームからはプスプスと煙が立ち上っていた。

 俺は機体の胸の部分を目指した。

 

「うおっとぅ?!」

 

 よじ登ると、なぜか勝手に胸部がパカッと開いて、下に落ちた。

 落とし穴かよ!

 

「痛た……咲良?!」

 

 落ちた先は丸い部屋だった。

 室内は暗く、中央に操縦席があって、咲良が突っ伏している。

 慌てて脈を確かめたが、ちゃんと息をしているし、胸も上下していたので安心する。それにしても水着みたいなパイロットスーツは定番なのか……? 目のやり場に困るな。

 パイロットスーツは、和服が標準の世界に似つかわしくない、化学的な繊維のようで、滑らかで丈夫なのが見た目からもよく分かる。それが体型に沿ってぴっちり装着されているものだから、咲良の胸の大きさや、くびれのある腰のラインが丸見えだった。

 

『咲良! 咲良!』

 

 恵里菜さんの声が、どこからか響いた。

 どうやら回線がつながっているようだ。

 俺の声も聞こえるかな。

 

「大丈夫です、恵里菜さん。咲良は、気を失ってるだけみたいです」

『その声、村田くん?! 途中ではぐれて心配していたのよ』

「すみません。あの、古神の緊急脱出装置って、どこにあるんですか。咲良を連れて逃げたいんですけど」

『逃げるのは無理よ! もう眼前にアメノクラトが来ているわ! 生身で古神の外に出る方が危険よ!』

 

 恵里菜さんの言う通り、外に出たら敵に攻撃されかねない状況のようだ。

 だが、このまま動かずにいれば蜂の巣だ。

 

『村田くん、古神を起動して!』

「はい? どうやって?」

『操縦席に座って、肘掛けに腕を乗せるだけで良いから!』

 

 白い操縦席には、アームレストが備え付けられている。

 アームレストのちょうど手首を乗せる部分には、平たい緑の勾玉が埋め込まれていた。

 

「これって、もしかして、もしかするよーな……」

『村田くん!』

「ああもうっ、仕方ないな!」

 

 俺は自棄になって咲良を前に抱え、操縦席に乗り込んだ。

 リストバンドを外して、手首の勾玉模様を、アームレストの勾玉に重ねあわせる。手首が熱くなって勾玉が光った。

 途端に、操縦室がパッと明るくなった。

 目の前の空中に、日本語でメッセージが表示される。

 

『搭乗者を確認…血統を照合…久我響矢。縁神【風狸】による情報伝達を開始します』 


 外の様子が内装全面に映し出される。まるで空中にいるような感覚だ。それと同時に、コノハナサクヤの状態や動かしかたも、頭の中に流れ込んできた。

 敵の緑色の蛇の機体が、眼前に迫っている。

 

「翔べ、コノハナサクヤ!」

 

 俺の意思に従い、コノハナサクヤは上昇を始めた。

 

『西園寺咲良から操縦者が変わったのか?! お前は何者だ?!』

「俺は只の、一般人だ!!」

 

 知らない男の声が聞こえる。

 敵のアメノクラトという機体のパイロットらしい。

 アメノクラトはすぐ傍まで来ていたが、コノハナサクヤは加速して、水流の攻撃を回避した。

 

『馬鹿な、墜落する前より速いだと!』

「行け!」

 

 俺はコノハナサクヤをさらに前進させ、アメノクラトを逆に追い越した。

 突き当たりの空中で機体をターンし、静止する。

 

「開け、桜花砲門おうかほうもん!」

『悪あがきを! 火が水に勝てるはずがない!』

 

 相性のことか? 確かに火属性は水属性に弱いのは、ゲームの定番だよな。

 俺は鼻で笑った。

 

「そんなの、倍の火力で押し通せば済む話だろ」

『何?!』

「燃え尽きろ、火炎乱舞!」

 

 何故かいけるという謎の確信があった。

 コノハナサクヤが黄金の粒子に包まれる。

 高温の白い炎が、桜の花の砲台から一斉に射出された。

 アメノクラトが放った水流弾が、炎に押し負けて蒸発していく。じりじりと後退しながら、敵の男は喚いた。

 

『火が、水を、圧倒するだとぅ?!』

 

 何を驚いてるんだか。さっさと消えろ。

 

『ちょっとちょっと村田くん、やり過ぎ! 抑えて! 皇居が焼けてしまうわ!』

 

 恵里菜さんが悲鳴を上げている。

 皇居? 知ったことか。咲良を傷付けた悪党を滅ぼすのが先だろ。

 

『落ちついて、村田くん! 君は今、古神の力に触れて高揚しているの! 正気に戻ったら後悔するわ!』

 

 頭のどこかで「そうだ冷静になれ」という俺がいる。

 だが、目の前の敵を焼き尽くしたい衝動が抑えられない。

 ついに水流が消え、敵の緑の蛇の姿をした機体の装甲を、高温の炎が溶かし始めた。敵の悲鳴が遠くに聞こえる。

 

『聞こえる? 村田くん! まったく適性がありすぎるのも問題ね』

「……なりや?」


 腕の中で、咲良の声がした。

 彼女は目を開けて不思議そうにこちらを見上げている。

 それで俺は冷水を浴びたように、我に返った。

 

「何やってんだ、俺は」

 

 俺の戦意が無くなると同時に炎も消えた。

 正気に戻ると、自分のしでかしたことが恥ずかしくて仕方ない。

 アームレストから手を離して、頭をかきむしる。

 

「うああ」

「??」

『気にしないであげて、咲良。目が覚めたのなら、コノハナサクヤの操縦を元に戻して、帰投してください。戦闘は終わりました』

 

 咲良はしっかりしていた。

 すぐに状況を把握したようで、俺の膝の上で体勢を整え、操縦権を取り返す。

 

「響矢、わたし言ったよね。妖怪と仲良くなっちゃ駄目だって」

「不可抗力だ」

「妖怪は、古神の目と耳みたいなものだから、仲良くなったら古神の操縦者になってしまうじゃない。だから仲良くなっちゃ駄目だって言ったのに」

「そんな重要な説明は、先にしようよ?!」

 

 お前、ろくに説明しなかっただろうが。

 

『三日も経たず妖怪に気に入られ、印が出てしまうとは、さすが久我の末裔。古神に目を付けられる前に、生まれた世界に帰してあげようとした心遣いがまったく無駄になりましたね……』

「?? は? どういう意味ですかそれ」

『こちらの話です』

 

 恵里菜さんも説明する気がないらしい。

 まあ何となく分かったけど。

 異世界転移に巻き込まれたと思っていたけれど、今回に限っては俺が弘たちを巻き込んだのかもしれない。

 

 

 



 穴があったら入りたい気持ちだったが、数分後には動揺も収まって周囲を見る余裕も出てきた。

 そうなると気になるのは今の体勢だ。

 

「ところで咲良、ちょっと体を浮かせてくれないか? 俺、座席から降りたい」

「お断り。罰として響矢は、わたしの座席になってて」

 

 罰?! なんの?!

 膝の上では、水着もといパイロットスーツの咲良がもぞもぞ体を動かし、一生懸命、機体を操作している。顔と手首以外は薄い布に覆われた格好だが、体にジャストフィットな伸縮性スーツのせいで、形の良い胸や尻が丸見えである。

 控えめに言っても眼福な光景だ。

 見てて良いなら黙っていようか。

 しかし、ちょっとばかり良心が咎めるというか、咲良が自覚しているか気になる。

 

「お前その格好で人前に出るの、恥ずかしくない?」

 

 思いきって聞いてみた。

 

「これは、神事の儀式でもある古神搭乗にふさわしい格好で……い、一応、人前に出る時はちゃんと着物を羽織ってるよ!」

 

 途中で真っ赤になった咲良が指差した、操縦室の片隅には、目立たないように着物が畳んで置いてあった。

 そうだよね。現実ってこんなもんだよね。

 

 コノハナサクヤは街の上空を通り越して、海の上に出た。

 そのまま離れ小島に上陸する。

  

「島の下の海中に、古神の格納庫があるんだよ」

「へえー」

 

 飛行機の滑走路のような、離着陸専用の飛行場にコノハナサクヤを降ろし、俺と咲良は機体から出た。

 階段を降りて地下にある施設にお邪魔すると、馴染みのある喧しい声が聞こえてきた。

 

「ここが天照防衛特務機関の秘密基地なのですね! 実に素晴らしい! 弘様の世界征服始まりの地に相応しい厳粛な雰囲気です!」

「秘密基地……? 大神島は公式な基地ですが」

 

 佐藤さんと、恵里菜さんの声だ。

 通路で立ち止まって何か話し込んでいる。

 

「村田くん、聞いてください! 弘様はパラレル日本の窮地に、自ら志願してロボットで戦いに出たのです! そして雑魚敵をちぎっては投げ、ちぎっては投げ」


 俺の姿を見つけた佐藤さんは、何だか興奮した様子でまくしたててきた。

 

「自分から……刃物は怖かったのに?」

「ふっ、土壇場で勇気が沸いてきたんだよ。人間追い詰められたら、できるものだな」

 

 弘は感慨深そうに答える。

 

「さすが弘は、勇者だな」


 自分も古神ロボットに乗っていたとは言えず、俺は苦笑いした。

 

「……響矢。また後で」

 

 頬をくすぐる柔らかい吐息。

 ひそめた声で俺にささやいた咲良が、さっと身をひるがえす。

 

「村田、どうしてここにいるんだ?」

 

 弘に聞かれて、俺は咲良を追うチャンスを逃した。

 

「それは……」

 

 どう答えるかな。

 本当のことをうまく説明できる自信がない。親戚の女の子が古神操縦者で、俺にも変な印が出てきて、古神に乗ってしまったなんて……どう説明すればいいんだ。

 迷っている内に、弘は自分の武勇伝を鼻高々に自慢してくるものだから、俺は説明する機会を逃した。

 

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