04 夜中に美少女と逢い引きしました

 朝食後、俺たちは街に観光に出ることにした。

 建物から出ると、ちょっとした騒ぎに出くわした。

 

防人さきもり西園寺咲良さいおんじさくらさんだ! やった、一週間ぶりにお姿が見られたぞ!」

「まるで花のかんばせだ。なんて麗しい。今の内に写真に収めないと」

 

 門の前に人が集まって、携帯をかざしている。

 衆目の前を涼やかに歩いているのは、昨夜、再会した咲良だった。

 

「……」

 

 今朝は小豆色の着物を着て、三つ編みにした髪の上に青い蝶々の髪飾りを付けている。

 遠くから見ると匂い立つような美少女ぶりだ。

 そのままシンデレラよろしく馬車に乗り込み、姿が見えなくなる。

 集まっていた人々は、残念そうに溜め息を漏らした。

 

「何いまの。アヤよりも目立つって、超ムカつくんだけど」

「……綺麗なひとだなあ。リアルお姫様かな」

「ヒロ!!」

「痛い痛い、勿論アヤが一番だよ?!」

 

 見とれていた弘の耳を、綾はぐいぐい引っ張った。

 

「彼女、西園寺咲良は、古神の操縦者、防人さきもりです」

 

 恵里菜さんが、さりげなく解説してくれた。

 今日は俺たちの案内をしてくれるらしい。

 

「防人は、選ばれた特別な操縦者です。氏名が公開されている防人は、皆の憧れの的ですわ」

 

 元の世界の弘と綾に負けない有名人みたいじゃないか。

 咲良、君までモブの俺には遠い奴になっちゃったんだな……。

 

「ところで今日はどちらを案内しましょう。東條弘さんは剣道をたしなまれると仰っていましたね。まずは刀剣店へ行きましょうか」

 

 気を取り直して、歩き始めた弘たちの後を追う。

 辺りにはまるで大河ドラマの撮影セットみたいな、由緒正しい日本家屋が立ち並んでいる。

 恵里菜さんは俺たちを、その中の一店に導いた。

 紺色の暖簾のれんをくぐり、薄暗い店内に足を踏み入れる。

 

「真剣を売ってる!」

「刀剣店なのですから、当たり前ですわ。何を驚かれているのです?」

 

 店内には、鈍い銀光を放つ刀身が無造作に陳列されていた。

 弘が青い顔になっている。

 

「本物の刃物は、手を切りそうで怖いな……」

「おい」

「だが記念にリストバンド程度は購入するか。店員、これをくれ」

「まいど」

 

 正確にはリストバンドではないのだろうが、この世界の人々も手首の補強のために布を巻くらしい。

 実用品だからか、無地の暗い色かさらし布の白が多い。布の素材も厚さも様々な帯が棚に並んでいる。弘はその中から、黒い帯を選んで店員に手渡した。

 

「村田、これ」

 

 そして、買ったリストバンドの紙袋を、当然のように俺に持たせる。

 

「……」

 

 異世界でまで、いい加減にしろよな。

 密かに腹を立てながら店を出ると、砂ぼこりを立てて大型の犬が疾走していた。

 

「待て~~!」

 

 子供たちがスマホを手に、犬を追いかけている。

 待てよ。ただの犬にしては、やけに首回りの毛並みが豪勢だし、尻尾が渦巻いているぞ。

 ちらりと見た犬の顔は、目玉がギョロリとして牙が飛び出ていた。

 

「狛犬を、ヨリガミとして捕らえようなどと、罰当たりな」

 

 恵里菜さんは困った顔だ。

 

「狛犬? 神社にいるやつ?」

「はい。この世界では、妖怪や神霊が実在するのです。人間は彼らを捕らえ、自分の縁神よりがみにすることが出来ます」

「その縁神よりがみにすると、何か嬉しいことがあるの?」

「戦闘時に、主を守ってくれたりしますね。格の高い縁神を得ると自慢できます。狛犬は、格が高いですから」

 

 神社にいるくらいだから、狛犬は神聖な生き物なんだろう。

 それを捕まえようだなんて、悪ガキはどこにでもいるんだなあ。

 立ち止まって子供たちを見送る。

 弘たちは、気になる店を見つけたらしく、先に歩いて行ってしまった。

 一人遅れて歩き出す俺を、律儀に恵里菜さんが待ってくれている。


「そういえば、村田くん用の端末を渡していませんでしたね」


 恵里菜さんは鞄をごそごそして、真新しい携帯を取り出した。

 俺に手渡してくる。

 

「はい……連絡帳は、連れの方には見せないように」

 

 後半の台詞は、弘たちに聞こえないように、小さな声だった。

 どういう意味だ。

 俺は元の世界のスマホと同じように携帯の画面に指を滑らせた。アイコンの絵で、メニューの内容は何となく分かる。無意識に連絡帳を開いて、慌てて閉じた。

 連絡先が一件、登録されている。

 登録名は「さくら」。

 これは弘たちに見せられないな……。

 

「村田! 次の店に入るぞ!」

「いま行く!」

 

 俺は携帯をズボンのポケットに突っ込んで、弘に叫び返した。

 

 

 

 

 パラレル日本の観光に一日付き合わされ疲労していたが、俺は浮き浮きした気分で夜を楽しみにしていた。

 携帯に登録された「さくら」の連絡先。

 彼女が俺に電話、いや霊話?を掛けてくるかもしれない。それとも俺から掛けてもいいんだろうか。しかし、異世界の携帯の使い方が分かっていない俺のことを考え、咲良から掛けてくる可能性が高い。

 

「村田、どうしたんだ。ちょっと変だぞ」

「別に……」

 

 そわそわしていたら、弘に心配された。

 

「この旅館の檜風呂は広くてなかなか快適だ。どうだ、男同士、裸の付き合いといかないか」

「遠慮する。それよりも、佐藤さんがお前の背中を流したくてウズウズしているみたいだぞ」

「えぇ?!」

「弘様、モブの村田くんより、将来の右腕である私と主従の親交を深めましょう!」

 

 弘は鼻歌混じりの佐藤さんに引きずられ、風呂に行った。

 女風呂は別で、綾も部屋にはいない。

 非常事態とはいえ、四人一部屋で雑魚寝はいかがなものか。はやく個室が欲しいものだ。

 手持ちぶさたに異世界スマホをいじる。

 人がいなくなった瞬間を見計らったように、携帯が振動した。

 

「は、はい!」

『昨日の桜の木の下ね』

 

 咲良の声がして、ぶつっと切れる。

 俺は急いで、例の満開の桜の木を目指した。

 

「ごめんね。霊話でも良かったのだけど、直接、会って話したくて」

 

 桜の木の下で、咲良が待っていた。

 無地の薄い青の浴衣は、帯もゆるくリラックスした風情で、肩に流れる黒髪は湿っていた。ちらりと見えたうなじが色っぽくて、俺は少し目を逸らす。

 風呂上がりなのかな。

 

「いや。俺も直接、会って話したかったから、ちょうどいいよ」

 

 沈黙が落ちる。

 俺も咲良も、妙に緊張して、何をしゃべったら良いか分からなかった。

 

「あ! そういえば、妖怪になつかれてない? 響矢なりやは好かれそうだから、気になってたんだ」


 咲良がパッと顔を上げ、照れ隠しなのか早口で聞いてくる。


「妖怪? 好かれたら、一体どうなるっていうんだ」

縁神よりがみが憑いたら、元の世界に帰った時に困るでしょう。響矢の世界には、妖怪がいないんだから」

 

 俺はその答えを聞いて、嫌な気持ちになった。

 

「なんだよ。そんなに俺に早く帰って欲しいのか」

「違うよ! 私だって響矢ともっと長く一緒にいたいよ!」

 

 思いがけない強い返事がかえってきて、俺は驚いた。

 咲良は目があうと、そっぽを向く。

 

「二日や三日じゃ短すぎるでしょ。変な意味で言ったんじゃないから!」

「あ、ああ」

「私が話してばかりだとつまらない。せっかくの機会だから、響矢の世界の話を聞かせて」

「大して面白くないぞ」

 

 その夜、俺と咲良は、一緒にいなかった時間を埋めるように、他愛のない話をした。

 なぜ咲良がパラレル日本と俺の世界を行き来していたかは、聞かなかった。

 きっと事情がある。

 世界を移動するなんて半端じゃない。俺たちのような偶然でないとしたら、それなりの理由があるはずだ。その理由は、何か特別な、命に関わる事や家族の事情なのかもしれない。下手したらハリウッドばりに、世界の危機が絡んでいるのかも。

 どちらにせよ、モブの俺が関わっても、何をしてあげられる訳ではない。むしろ迷惑を掛けないよう大人しく家に帰り、脇役の分を弁えるべきだ。

 そう自分に言い聞かせた。

 

「ふわぁ、深夜まで話し込んじまったな……」

 

 咲良と別れて、部屋に戻ると、弘たちはとっくに就寝していた。

 欠伸をしながら布団を敷きかけると、足元で「フギャ」と悲鳴が上がった。

 

「お前たぬき? またあがってきたのか」

 

 どうやら狸を踏んづけたらしい。

 両手で狸を持ち上げて、どかそうとした時、手首にピリリと痛みが走った。

 

「痛った……何?」

 

 暗闇の中、自分の手首を見下ろす。

 自分は主人公ではないと信じ込んでいた俺を嘲笑うかのように、先日、咲良の手首に見た青い勾玉の紋様が、うっすら発光し浮かび上がっていた。

 

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