02 異世界は中世ヨーロッパが定番じゃなかったっけ?

 眩しさが収まってきたので見回すと、そこは先ほどまでいたサービスエリアのフードコートではなく、海の見える崖っぷちだった。

 潮風が呆然とする俺たちをなぶる。

 

「ここはどこ?」

「まさかっ……!」

 

 綾は弘に抱きついて、不安そうにしている。

 佐藤さんが、眼鏡の奥の細い瞳をくわっと開いた。

 

「これはまさか、あの、異世界転移?!」

「は……?」

 

 あまりサブカルチャーと親しく無さそうな、大人で執事でマネージャーな佐藤さんの口から、異世界というパワーワードが飛び出したので、俺は突っ込むところが分からなくなった。

 

「異世界転移?」

「知らないんですか、弘様。近年のエンターテイメントで有名なカテゴリですよ。主人公がトラックに轢かれるなどの事故を経て神に気に入られ異世界に行き、そこで超能力を発揮して活躍する物語です」

「あのー、佐藤さん?」

「転移先は、おおむね中世ヨーロッパ風の異世界が多いですが、我々はどのような世界に来たのでしょう?!」

「そろそろ無視しないで聞いてあげようよ」

 

 あそこに浮かんでいるお姉さんがいるんだけど。

 俺は、海を背景に、空中に仁王立ちしている彼女を指差した。

 

「黙って聞いていれば……」

 

 顔をひきつらせているのは、悪魔のお姉さんだ。

 露出度の高いボンテージファッションで、背中に黒いコウモリの翼、臀部から細長い尻尾が生えている。

 美女だが瞳が赤い。

 いかにもサキュバスっぽいけれど、本当にここは異世界なのか。

 

「ええ、そうよ。異世界転移。そういう設定にしておいてあげましょう。確か、あなたの世界では、勇者が異世界転移して魔王を倒すそうね」

 

 空中で脚線美を誇るように足組みした悪魔のお姉さんは、取り繕うように笑顔を浮かべた。

 

「勇者には印があるのよ。あなたたちの中の、誰か……手首にそれらしい痣はないかしら?」

「!!」

 

 俺たちは、そろって弘を見た。

 勇者と言えば、弘しかいないだろう。

 

「ちょ、待ってくれ。話が見えないんだが、手首に痣なんかないぞ」

「えー? 弘様じゃなければ誰が勇者なんですか?!」

 

 佐藤さんが大声で嘆いた。

 念のため俺も自分の手首を確かめたが、そんな怪しい痣は当然ながら無い。

 

「そう、残念。ハズレね。じゃあ、あなたたち、死んで頂戴」

 

 急に、崖に波が押し寄せる。

 波に視界はさえぎられた。空中に巻きあがった波が分解して、塩辛い雨が降ってくる。

 海の中から巨大な機械が現れた。

 

「巨大人型ロボット?!」

 

 黒い金属で出来たソレは、シンプルで機械的な鎧を着た人の形をしていた。頭部は赤い玉が埋め込まれており、顔は無い。腕部は鋭利な刃物になっており、脚部はスリムに引き締まっている。機械だと示すように関節部分にケーブルの束が見えた。

 でかい。

 ちょっとしたビル並の大きさの黒い機体に見下ろされ、本能的な恐怖に足がすくむ。

 

「ふふ……最新鋭の機体M157、剣腕魔神ソードデーモン。単なる人殺しに使うのは惜しいけれど、仕方ないわね。さようなら、パラレルワールドの馬鹿な日本人おさるさんたち」

 

 悪魔のお姉さんが、黒い機体に吸い込まれるように消える。

 頭部の赤い玉に光が灯る。

 全身に脈打つように光が広がっていく。

 黒い機体はゆっくり腕を振り上げる。

 あれを俺たちに叩きつけるつもりなのか。

 

「……あら?」

 

 上空を炎がかすめていった。

 咄嗟に俺たちは頭部をかばってうずくまる。

 

「現れたわね。日本を守るエンシェントフレーム、コノハナサクヤ!」

 

 あっつ。火の粉が、花弁のように空からひらひら降ってくる。

 俺は立ち上がって空を見上げた。

 美しい白い機体が、空に浮いている。

 まるで十二単を着た姫のようなデザインの機体だ。三角のシルエットで脚部は無く、両腕は翼になって左右に開かれ、背中に光の輪を背負っている。

 翼の先に、桜の花の形をした砲門が並んでいる。

 白い機体の足元から緑色の風が吹きあがり、砲門が一斉に火を噴いた。

 紅蓮の炎が次々と飛来し、悪魔のお姉さんの機体は攻撃を避けて海上に後退した。

 

「まあいいわ。今回の上陸で、いろいろ情報は収集できたし。ここは撤収するとしましょう!」

 

 黒い機体は、コウモリ型の翼を広げて加速し、海の彼方へ去っていった。

 

「……」

「おかしいですね。異世界転移でロボットが現れるとは」

 

 後に残された俺たちは、何が何だか分からずに呆然とする。

 佐藤さんだけが、ぶつぶつ一人言を漏らしていた。

 

「……異世界では、ありませんよ。厳密には」

「!」

  

 知らない間に森の中から制服を着た一団が現れ、俺たちを取り囲んでいた。

 その中央に立っているのは、長い黒髪を肩で結わえた知的な雰囲気の女性だ。

 年の頃は二十台前半だろうか。佇まいには威厳があり、周囲の部下らしき男たちに恭しく扱われている。

 彼女は友好的な仕草で、俺たちに微笑みかけた。

 

「並行世界の日本からようこそ。歓迎する、とまではいきませんが、手厚く保護いたしますので、ご安心を。移動の前に、皆さんの疑問を少し解消しておきましょう」

 

 そう言って、空に浮かんで火の粉を撒き散らしている、白い機体を指差す。

 

「あれは古神こしん。大戦で復活した、日本を守る古き神です。あなたたちの世界と違い、私たちの世界ではまだ外国との戦争が続いています。大国の亜米利加アメリカは、世界でも貴重な我が国の古神を、虎視眈々と狙っているのです」

「……」

「そういう訳で、ここは欧羅巴ヨーロッパ風の異世界ではありません。とても残念ですが」

 

 どこから俺たちの話を聞いていたのだろう。

 佐藤さんだけが、がっかりして「お約束の展開じゃない」とか言っている。

 

「村田、俺たち、大丈夫だよな……?」

 

 弘が、急に俺の腕をつかんで、すがるように言ってきた。

 その様子に幼い頃を思い出す。

 

「大丈夫だよ、きっと」

 

 側に自分よりも不安がってる奴がいると、不思議に自分は落ち着くものだ。

 俺はなんだか余裕が出てきて、少し笑った。

 言葉も通じるし、本当に文化も言語も違う異世界に飛ばされるよりはマシだったと、状況を受け入れよう。

 

 

 

 

 制服の一団は、俺たちを馬車に積み込んだ。

 人里が見えてきて、俺たちは愕然とする。

 見慣れた風景は一世紀以上退行したような、いらかの街並みに変貌していた。現代の高層ビルは見る影もない。背の高い洋館がところどころ立っているが、それらは銀行や迎賓館らしく雅で高級な風情だった。

 アスファルトの道は、石畳になっており、ぱからぱからと馬が歩いている。道行く人々は、着物と洋服が半々だ。

 ここは日本であって、日本ではない。

 パラレルワールドと言っても、俺たちにとっては異世界と大差なかった。

 連行された先では個別に和室に通され、名前や出身地を聞かれた。

 

「さて。私は、天照防衛特務機関あまてらすぼうえいとくむきかん一条恵里菜いちじょうえりなと申します。あなたのお名前は?」

 

 俺は、恵里菜が手に持っている半透明の板が気になった。

 パッと見、タブレットみたいだ。

 

「それはなんですか?」

霊子情報計算携帯端末れいしじょうほうけいさんたんまつ、略して携帯ですわ。あなたの世界の、すまほ?でしたか。それに近いものです」

 

 タブレットじゃん。一世紀以上デグレったと思ったら、凄い機械文明が進んでいる予感だ。まあ巨大ロボットを実現するくらいの技術はあるんだろうけど。

 俺が興味津々にタブレットを見ているのに気付き、恵里菜は困った顔をする。

 

「お名前は?」

村田響矢むらたなりやです」

「むらた……なりや? ナリヤという名前、どこかで聞いた事があるような」

 

 恵里菜は、タブレットに俺の情報を打ち込みながら首をかしげた。

 静かになると、この世界に来てから一番気になっていた疑問が口を突いて出た。

 

「俺たち、帰れるんですか……?」

「返してあげたいのは山々ですが、時空の壁を壊して並行世界と繋げるのは被害が出る危険性が高いので……あの悪魔は日本の敵なので、日本の空間に穴が空こうがお構い無しでしたが」

 

 恵里菜は言葉を濁したが、元の世界に簡単に戻れないことは雰囲気で分かる。

 

「俺たち、なんでこの世界に召喚されたんでしょうか」

「……亜米利加アメリカは古神を欲しがっています。正しくは、古神に乗ることができる操縦者を。私たち天照防衛特務機関は、操縦者の防人さきもりと呼ばれる血統を護衛しているので、簡単に手を出せません。だから並行世界に目を付けたようです」

「操縦者? 俺たちの中に、操縦者がいるんですか?」

「どうでしょう。古神に乗ることのできる者は、滅多にいません」

 

 主人公タイプの弘なら、そういう特別な力がありそうなんだけどな。

  

「この世界で生きていくことも、考えてくださいね」

 

 簡単な質疑応答の後、俺は部屋を追い出された。

 客室に戻るように言われていたのだが。

 

「ん? 桜……?」

 

 庭に満開の桜が咲いていることに気付き、寄り道をする。

 

「綺麗だ……」

 

 いつの間にか、日は暮れて夜になっていた。

 灯籠の明かりに照らされて、桜霞が浮かび上がっている。

 濡れた庭石に花弁が積み重なり、淡く光っていた。時折、頬を撫でる風には、雪片のような桜の花びらが混じる。

 それは幻想的な光景だった。

 

「誰?……嘘。もしかして、なりや……?」

 

 女の子の声がした。

 振り返ると、艶やかな黒髪を腰まで伸ばした少女が、動揺した表情で俺を見つめている。裾が短いセーラー服のスカートから、形の良い細い手足がのぞいている。卵色の肌には傷一つなく、神様が整えたような、完璧な容姿の美少女だ。

 彼女の二重瞼の大きな瞳は、宝石みたいな翡翠の色をしていた。

 俺は動きを止める。

 

「……さくら?」

 

 満開の桜の花弁が、ざあっと散った。

 この瞬間、電撃が落ちたように、俺は幼い頃に出会ったことがある彼女のことを、思い出していた。

 

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