俺はロボット操縦の才能があったらしい ~モブだった俺が最強の古神操縦者と呼ばれるまで~
空色蜻蛉
第一部
01 主人公はイケメン幼馴染みだと思っていた
桜の樹にサクランボはならない。
街路樹の桜は、果実用の品種の桜と種類が異なっている。
ぷっくりと膨らまないし、甘い味もしない。種と皮ばかりで、鳥さえも街路樹の桜の実は食べないのだ。
今なら当たり前に分かることだが、幼い頃の俺はそんなことは知らなかった。
無邪気にも街路樹にサクランボがなると勘違いしていたのだ。
――この桜の木には、サクランボがなるんだよ!
――サクランボ?
きょとんとする、黒髪につぶらな瞳をした可愛い女の子。
親戚の子だとかで、ほんの数日、祖父母の家に泊まりに来ていた。法事で祖父母の家に行った時に、一緒に遊んだのだ。確か、桜の花と同じ名前を持つ女の子だった。
俺は彼女に山形県産の佐藤錦の食感を力説した。
今思うと勘違いも甚だしい、若き日の過ちだった。だが幸いにも彼女はサクランボについて詳しくなかったので、俺の力説に感心してくれた。
そして言ってくれたのだ。
一緒にサクランボを食べようって。
「ヒロ~、見て~! これキュートなアヤに、超似合ってない?」
試着室のカーテンを勢いよく開け、ひらひらフリルの付いた白いビキニを着た美少女が、くるりと肢体をひるがえす。
背中まで伸びたキャラメルブロンドに、明るい空色の瞳。日本人の一般的な女性よりも腰位置が高く、バストがメロン並にでかい。背筋を伸ばして腰をひねり、カメラ目線ばっちり。さすがはモデル、決め動作まで完璧だ。
俺は陰からこっそり、モデル
「超超似合ってるよ。まだ十着くらいか。それも買おう。店員、在庫から新品を持ってきて」
「は、はい」
綾がビキニ姿を披露している相手は俺ではなく、彼氏の
弘は彼女の綾よりも頭ひとつ分高く、体格の良い男だ。剣道三段にして全国模試一位という、文武両道を体現しているような爽やかイケメンだ。
おまけに財閥の御曹司らしく、金も持っていた。
運ばれていくビキニの値札を見て、俺はゲッとなった。ゼロが五つあって……駄目だ、見なかったことにしよう。
「村田、これも持って」
「お、おぅ」
弘は店員が持ってきた紙袋を、無造作に俺に渡した。
既に両手がふさがってるんだけど。しかし包装がかさばるだけで、女の子の買い物は重量は大したことがない。根性だせば持てなくはない。
ちなみに俺は、村田。
全国よくある名字ランキング80位です。理想的な脇役の名前だろ。
ここまで来れば賢明な読者の皆さんはお察しだと思うが、俺はイケメンの幼馴染みとその彼女にパシり扱いされている。
荷物持ちなんて日常茶飯事。
感謝の言葉をもらったのは何年前だろうか。一応おおやけには友達という役になってはいるが、実質は都合のいい従僕である。
「ヒロ~! 買ってくれてありがとう! 大好きだよ~!」
綾は、弘の腕に絡んで礼を言っている。
「♪」
楽しそうに先を行く二人を追って、俺は荷物を抱え、よたよた歩く。
周囲の人が「あの女の子、映画に出てた」「隣の彼氏は雑誌に」「格好いい」などと立ち止まって噂している。
「あ!」
「いてっ」
小走りしようとして、通行人にぶつかった。
坊主頭で目付きの悪い兄ちゃんは、俺を見下ろして不思議そうにする。
「悪ぃ、あんた存在感ないのな。気付かなかったぜ」
「すいません……」
ふっ。つい特技・透明になる、を使ってしまったぜ……という訳ではなく、目立つ弘の隣にいると何故か存在が霞むだけである。おかしいな。昔は俺もそれなりに注目されていたんだが。気のせいだったか。
気を取り直して落としそうになった荷物を手繰り寄せ、エスカレーターを降りる。
外に出る二人を追い、炎天下の往来にまろびでた。
「お疲れさまです」
そこには黒塗りのリムジンが待っていた。
この暑いのにスーツを着こんだ男が、白い手袋をしてハンドルを操っている。
綾のマネージャーで、弘の家の執事の、佐藤さんだ。仕事いくつ掛け持ちしてるのか、ちょっと意味不明過ぎて突っ込むのも面倒である。
自動的に空いた扉に、当然のように車内に滑り込む弘と綾。
お付きの俺も、ちゃっかり入れてもらう。
車内は冷房が効いていて涼しかった。
「アヤ、富士山が見た~い!」
「良いですね。ちょっと静岡までドライブしましょう」
「やったー!」
ええ?! 俺もう帰りたいんだけど!
というか俺は荷物持ちだけで、すぐ帰って良いという話でしたよね。
しかし誰も俺に意見なんか求めてない。
リムジンは軽快に西へ向かって走り出した。
「今日、空いている三ツ星以上のホテルは……佐藤、途中でサービスエリアに寄ってくれ。富士山がよく見える場所があるらしい」
「かしこまりました」
弘はスマホで宿を検索する。
俺の泊まる場所はあるんだろうか。この前みたいに佐藤さんと車中泊とか勘弁してくれ。
願い虚しくリムジンは高速道路を走り、途中のサービスエリアで止まった。
弘と綾は、車から降りて景色を見に行った。
俺は外に出る気力がなくて後部座席でぐったりした。
「村田くん」
死に体と化している俺に、佐藤さんが運転席から声を掛けてきた。
「このまま、ホテルまで同行しますか? それともここで降りたいですか?」
「……その台詞、都内で言って欲しかったっす」
俺は起き上がって文句を言う。
すると佐藤さんは眼鏡をくいっと持ち上げながら、説教してきた。
「私は、君から言い出すのを待っていたんです。君はそのままで良いんですか? 弘様は、優しい君に甘えている」
「……」
優しい、ね……。
幼い頃、小学校の低学年くらいまでは、弘より俺の方が背が高くて強かった。
弘は泣き虫で、いつも困ったら俺に頼ってきていた。
今の堂々とした振る舞いが信じられないくらい、弱気な奴だった。
中学校に入ってから、弘はめきめき成長し、あっという間に俺を追い越し、知力も体力も追いつけないほど遠くへ行ってしまった。そして増長し、だんだん俺の言う事を聞かなくなっていった。
それでも俺は弘が嫌いになれない。
弘の我が儘は、親愛の証だ。
横暴になったとしても、俺だけはコイツの味方でいてやりたかった。
「いつか、君にも大事な人ができるでしょう。早めに離れた方がいいのでは」
「……そうですね」
おざなりに返事をして視線を逸らし、俺は窓の外を眺めた。
駐車場を囲むように桜の木が植わっている。
初夏を迎えとうに花を散らせた桜は、青々とした葉をしげらせ、赤い木の実を付けていた。
ぼんやりと外を眺めていた俺は、いらいらとハンドルを叩く佐藤さんの溜め息で、ハッと我に返る。
「……遅いですね。迎えに行きましょう」
佐藤さんが、車のドアを開ける。
俺は仕方なく外に出た。
祝日なのにサービスエリアは不思議に混んでいない。
がらがらに空いた横断歩道を渡り、弘と綾が行ったフードコートの二階を目指す。
気のせいだろうか。
ミンミンと唸る蝉の合唱の他に、耳鳴りのような、大気を震わせる妙な音がする。はじめは微細な違和感に過ぎなかった音は、徐々に大きくなっていた。
階段を登ると、窓ガラスに映る富士山が見えてきた。今日は空気は澄んでいるのか、普段みえない雲をかぶった天辺まではっきり見えている。
「来たのか、村田。ちょうど綾と、アレは何だろうという話をしていたところだ」
「アレ?」
俺は弘の指差す先を見て、仰天した。
富士樹海の上空を飛翔する飛行機が、凄い勢いでこちらに向かって突っ込んでくる。
旅客機ほどの大きさなのに、形は三角の戦闘機に似た、謎の機体だ。
先ほどまで聞こえていた妙な音は、飛行機の音だったのだと、俺は今さら気付いた。
「暢気に見てる場合じゃないだろーーっ!!」
階段を降りて逃げる暇もなく、飛行機が目前に迫る。
同時に真っ白な光が視界を覆い尽くした。
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