第116話 ニッキープロデュース大作戦!!



「ミコトのこだわりはわかったから、せめてタキシードは黒で。他はどうすんの?」


「髪色は黒! 絶対黒!! 百パー黒!!」


 黒ねぇ、と溜息をついてニッキーが髪色を変えていく。


 ミルクティーみたいな柔らかいブロンドが、夜のような黒へ。


「あぁぁぁカッコいい! 最高だよ黒髪!!」


「あぁはいはい、分かったよ。そんなあんま褒めんなって――で、目は?」


「黒もいい気がするけど、タキシードも黒だしなぁ。遊び心が欲しいというか……赤、オレンジ、緑、紫――どれも素敵だぁぁ! どうしよう……」


「器用なもんですなぁ。まるで虹のようです」


 ミコトの言葉に合わせ、瞳の色を変えていくニッキーを見て、ポールさんが感心したように呟く。


「虹……そうだね! もう虹色の瞳でいいんじゃないかな! 目立つよ!!」


「はぁっ!?」


 ニッキーはふざけんなよ、って顔しているが――やはり、原作へのリスペクトを込めたオマージュは大事で大前提ではあるが、どこかしらにオリジナル要素も取り入れたいのだ。


「ハッハッハ。それは愉快ですなぁ。いいじゃないですか。一瞬で人々の目を引き、そして跡形もなく消える。その正体は追いかけても追いかけても――辿り着くことはできない。聖女殿の話していた怪盗様の話と虹は、とてもよく似ておりますぞ」


「ポールさん素敵~。なんてカッコいいことを言うのですか!」


「ハッハッハ。年の功です」


「よし、コンセプトは虹でいきましょう!! もういっそのこと虹色のタキシードとか……」


「黒だ。絶対、黒! これだけは譲れないぞ」


「ちぇっ……あ、ポールさん! シルクハットと片眼鏡モノクルをお願いしたいです。あとマントも!」


「了解いたしました」


「そんなのいるか!? なんなんだよ、お前の世界の怪盗ってヤツは!!」


 だって仕方ない。怪盗伝説の始まり、アルセーヌ・〇パンが超絶カッコいいんだから。みんな真似しちゃうから――怪盗といえばこの格好だ。


 屋敷にあるものでよろしければ、とポールさんが用意してくれた衣装に着替える。


 黒のタキシード、翻ったマント、シルクハットと灯りでキラリと光る片眼鏡モノクル――


 目を瞬くと、色が変わっている瞳――


「かぁぁぁぁっこいいぃぃぃぃぃっ!!! 」


「……どうも」


 これでカッコいい、怪盗――


「あぁ! 名前!! 名前どうしよう!!」


(さすがに〇ッド様も〇パン様もマズいよなぁ……)


「ふむ……古い言葉で虹のことを、“ジュリオ・シエル”と呼びます。7つの夢、幻――」


「ジュリオ・シエル――」


「そこからとって――怪盗シエル様はいかがでしょう……」


 怪盗シエル様――


「最高にクールでイカします!!」


 ポールさんはなんていい人なんだろう! ノリがいい、お茶目なイケオジは大好きだ!! ハイタッチを交わして、二人でキャッキャッする。


「あ、ユキちゃん! 逃走手段なんだけど、こんな感じで大きな紙飛行機みたいなものを瞬時に出し入れする魔導具を……」


「却下だ! 普通に風魔法で帰るわ」


「えぇなんだよ! それじゃつまらないじゃないか!」


「そうですねぇ……もういっそのこと虹に乗って帰るのはいかがでしょう――」


「「ポールさんっ!!」」


 ミコトの興奮した声と、ニッキーの驚愕の声が重なる。


(波乗りジョニーならぬ、虹乗りニッキーですね!!)


「もうポールさん最高~!! ユキちゃん! 虹に乗って逃げる道具出して!!」


「ハハハ、聖女様にお褒めの言葉をいただけるとは。このポールも長生きした甲斐がありますなぁ」


「ちょっと! ミコトは僕のこと、便利な道具を出してくれる何かだと思ってないかい!? 何その目――なんなのさ!!」


「温かい目だよ――いつもありがとう、ユキ〇もん」


「だから誰!」


「フフフ……若い子たちは元気でいいわね~」


 そんな喧騒を見て、コロコロした声でフリージア様が笑ったのでミコトもエヘヘと笑い返す。なんだか、暗かったので――よかった。


「よし、じゃあ作戦をまとめるぞ」


 ひとしきり笑ったジークが、涙をぬぐいながら話し出す。


「ニッキーが怪盗になって予告状を出す。それを受けて、警察と名探偵となった俺たちで屋敷を調査する」


 名探偵――その言葉のところでミコトとユキちゃんの肩に手をまわしたジークは、アルに向かっていい笑顔で言った。


「というわけで、アル。一回ミコトの護衛から外れて騎士団に戻ってね」


「あぁっん!?」


 その地を這うような低い声に思わずビクッとなりつつ、驚きで目を丸くして、ジークを見上げる。


(えぇぇぇ!! 嘘でしょ!?)


「え、アル、クビになるの?」


「今までお勤めご苦労様でした?」


「違う違う、そうじゃなくて。一時的にだよ」


 ミコトたちの困惑の声を、ジークがなだめる。そんなジークに向かって、アルは今までも見た中で断トツの睨みを利かせていて――とても味方に向ける顔とは思えない。


「なんで俺が外される」


 ナイフのような鋭さをにじませるアルの声。


「この愉快犯騒ぎに対応するのは、地元の自警団か中央からの騎士団……来るとしたらおそらく第3だろう? 警察――要は騎士団。君が指揮を取るんだ、アル。ニッキーを捕まえさせるな」


 そのアルが作る雰囲気に飲まれることなくジークは淡々と話す。


「それに、俺らをうまく捜査に加えてもらうための大事な仲介者も必要だしな」


「断る!俺は、ミコトの護衛だぞ――離れるわけにはいかない」


(――――っ!)


 その強い眼差しは、怪盗騒ぎで浮かれていた心をあっという間に引き戻すのに十分な熱量で、慌てて目を逸らした。


「ミコトは……来たばかりの頃と違うよ。ある程度、身を守れるくらいの魔法が使えるようになった」


「ジーク……」


 その、見守るようなあたたかい視線が、言葉が、じわじわ心に広がっていく。


「俺とユキちゃんがずっと一緒にいるし、第一、顔を合わせるのは同じ現場だ。目の届くところにはいるから安心して。海の都みたいな、無茶はしないよ。誓って約束する」


「うん! 俺大丈夫だから、アル安心して騎士団に戻ってよ!」


(うわぁすごく嬉しい!!)


 自分でもなんとなく、前よりも魔法が使えるような気はしていたけれど、改めて言葉にされるとこんなに嬉しいものなんだね。やる気と自信が体中に満ち溢れていく。


「――だがっ!!」


「まぁ、妥当じゃね? そろそろミコトにもしてやりなよ、お得意の“谷落とし”」


「――っ!!」


 ニッキーの言葉に動揺したように視線を彷徨わせるアル。


(谷落とし……?)


「それに、ほら? フェイラート副団長だとまずニッキーに勝ち目はないじゃん? アルなら大丈夫かなって」


「はぁ~? 何言ってんだよ若! フェイラート副団長もアルも余裕ですけど?」


「俺なら、ってなんだ。ニッキーの一人くらい、どうってことない」


 続くジークの言葉で、疑問を深彫りする間もなく、再び場は騒然となる。


「イヤイヤ、だから捕まえちゃダメなんだって。作戦の趣旨、わかってる?」


「そうだよ、アル! ダブルスパイなんて、とっても美味しい役割じゃん!」


「――しかし」


 警察内部に味方がいるなんて、心強いことこの上ないし、何よりキャラとしてめちゃくちゃ美味しい。アルには是非――熱い信念の元に警察になったけど、とある事件をきっかけに、警察という巨大組織の闇と自分の正義との間で揺れ動き、葛藤している最中に、シエル様と出会い、「いけすかねぇ野郎だ」とか言いながら、そのポリシーは胸中では気に入っていて、基本的には組織の犬なんだけど、重要な場面ではかばったり逃がしたりしてくれるような……あぁ待って、思考が追いつかない。メモ帳、メモ帳! メモ帳はいずこ!!


「うん、すごくいい! すごくいいよ、アル!!」


「――くっ!」


 あぁ、それとも――ニッキーのシエル様は二代目で、初代パパシエルと新人警察時代に、アルは出会って助けられた事があって、それは固定観念ガチガチだった新人アルにとっては価値観が変わるような衝撃的な事件で。パパシエルへの恩から、その意思を引き継いで頑張る二代目若造シエルを正体を隠しつつもさりげなくサポートするいい兄貴分の設定も……あぁどうしよう、アル×シエが始まる音が聞こえる!


「大丈夫、心配しないでよアル。俺も眼鏡かけて、蝶ネクタイして……ちゃんと変装するから誰にもバレないと思うし、いい子にしているから、ね?」


 険しい目でこっちを見て、すぐに逸らして――ごにょごにょジークにアルは噛みついているけど、そっちはジークがどうにかするだろう。


(まずは、主役をプロデュースしなくては!)


「さぁニッキー! 怪盗のいろはの“い”、乙女をイチコロにする見た目はクリアしたから、次は“ろ”、夢の世界へと誘ってくれる気障な立ち振る舞いだよ!」


「え、まだあんの?」


「リピートアフターミー、“レディース、エェェェーンド、ジェントルメェェェェーン!!”」


「一体何が始まるんだよっ!」


「ショータイムに決まってんだろ!」


「しゃらくせぇぇぇ!!」


「大事だもん、桜田門!! みっちりレッスンするからね!」


(やることいっぱい、胸いっぱい。ありがとう異世界転移。憧れを作れる世界をありがとう)


 オカマ女神も捨てたもんじゃない。


「ねぇ質問。女神の心を僕たちが名探偵?のフリをして探すってことは、ニッキー、怪盗シエル様が予告状を出すのは別の宝石ってこと? 盗んだものはどうするのさ」


「あ、そこは大丈夫だよ。“この宝石は私のお目当てのものと違ったみたいです――”っていう返却システムが確立しているから!」


 ユキちゃんよくぞツッコんでくれました! 


「それがまたカッコいいんだよね。余計な欲を出さない感じが……」


「マジでなんなんだよ怪盗って――」


「乙女の心を味方につければ大抵のことは許される!!」


「まぁ、頑張ってニッキー……」


「大丈夫! 貴女のハートを盗みにきましたっていえばどんな女の子もイチコロさ!!」


「……へぇそうかよ」


 げんなりした顔で投げやりなニッキーに怪盗の心得をレクチャーしながら、夜は更けていった。


「あ、探偵と警察の皆さんっ! 貴方達にも心得ていただきたいことが山程ございます!!」


「うわ、俺らもか……」


「オラ、ワクワクすっぞ!!」


「もうやだ~ミコトのこのテンション……僕、帰っていい?」


「俺を置いていくなユキちゃん!」


「あ、ユキちゃん! トランプ銃と、あとなんか鳩がたくさん出てくる帽子も作って~!!」


「「だからミコト~!!」」

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