第115話 ニッキープロデュース大作戦!



「もう騎士団に頼めばいいじゃん!」


「だから何度も言ってるだろう? 混乱を防ぐために、秘密裏にしなきゃいけないんだって。余計な情報漏洩は避けたいから、俺たちでやるしかないんだ」


「じゃあニッキーがこの前みたいに影の技を使ってサクッと取ってこればいいじゃん!」


「どこにあるかもわからないのに!? 俺ばっかりごめんだね、そんな役回り」


「あぁ、もうお前ら落ち着け。一回整理するぞ」


 ぎゃーぎゃーと収拾のつかない話し合いを見かねて、アルが声を上げる。


「まず、誰にも知られずに、事を行うために、ジークは俺らだけでやりたいんだな」


「あぁ。この5人なら……むやみに関わる人を増やしたくない」


「それで、“女神の心”はこの緑の都にあると、仮定していいんだな」


「胸毛人魚の話から察するに、至宝はその土地で一番自然エネルギーが高い場所に昔は置かれていた。花の至宝は花の都に、風の至宝は風の都に……そしてシビス・マクラーレンもそれに倣っていた。至宝の力を最大限に引き出せる場所で魔導具を動かしていた。同じ時代に、同じように女神から生み出された“女神の心”もそう遠くには動かしてないと、踏んでいいと思う」


「ミコト、ほら、そこらへん駆けまわってきてさ、君の得意のおとぎ話みたいに“ここほれワンワン!”してきなよ」


「そんな都合よくいくわけないじゃん!」


「そんな都合のいいこと提案してきて、ジークそそのかして、僕たちを巻き込んでいるのが君でしょう~!! 自覚あるの!?」


「いひゃい、いひゃいひょ!」


「だから、ユキ、落ち着けって」


 ユキちゃんにつねられたほっぺが痛い。


「……領主の館は行ってみてもいいかもな」


「領主?」


「あぁ、緑の都の領主。平時の“女神の心”の管理は緑の領主の役目だ」


 真面目な顔でジークは続ける。


「この悠愛祭ドゥラテルノの時期以外、“女神の心”は領主の館に保管される。領主から話を聞いたり、実際に館内を探すのも一つの手だろう」


「それで? “貴方の家に女神の心がないか探しますね~”って堂々と上がりこむわけ? 僕、緑の領主って知らないけどさ~、そんな心の広い出来た人間なの?」


「いや……どっちかといえば、難しい方のタイプだな」


「じゃあ駄目じゃん! はい無理。もう無理」


「そんなユキちゃん、あきらめないで」


「口じゃなくて案を出してくれない!? 何度も言うけど僕たちの目的は至宝でしょ! 何でこんなことになってんの!」


「だって、至宝が無事に見つかったからって、その影で泣いている人がいたらそんなのモヤモヤするじゃん」


「はっ、お優しいことで。一人じゃ何も出来ないくせに」


「うぅ~っ……」


「ユキちゃんそこまで。言いすぎだ」


 ヒートアップするその場をジークが諫める。


「だが、ユキの言う通り、疑われているとわかってそう易々と内側を見せてくれる人なんていないのは確かだ」


「そこなんだよな~」


 アルの発言に頭を抱え込むジーク。


「ねぇねぇ、ニッキー。さっきからずっと静かだけど、なんかいいないの?」


「へ、俺!?」


 話し合いが始まってから、なんかニッキーは心ここにあらず、というようなうわの空で。というか思い返せば花の都を出発してから、無駄にテンションが高かったような気がするので、なんとなく気になってしまった。


「あぁ~……えぇ~っと……まぁ、難しい問題だな」


「なんも考えてないじゃん」


「そういうミコトは?」


「ん~……降りてくるのを待ってるよ」


「似たようなもんじゃん」


 ハハハハハと笑い合っていると「ちょっと!!」とユキちゃんからお叱りの声を受けてしまった。


「もう~ニッキーが影のスゴ技を使って領主の家行って、探して、取ってこればいいじゃん」


「それで外れたらまた別の家って……? 一軒一軒、緑の都の家を回らせる気か。俺だけ無駄働きじゃん」


「でもそれが一番現実的だって。ジークもそう思わない?」


「……さすがにニッキーだけってのは悪いだろう」


 ユキちゃんの問いかけに目を伏せながら、ジークは答える。


「ニッキーの忍びの極意ってそんなすごいの?」


「すごいってもんじゃないよ! もうジークと一緒にいるのなんかやめて泥棒にでもなっちゃえばいいのに」


「……泥棒」


 何かが、言葉にはできない何かが心に少し引っかかる感覚がある。


「えぇ~そんな……私を置いて行っちゃうの?」


「そんな目をウルウルさせて気持ち悪いことすんなよ! 思ってもねぇくせに」


 ジークのわざとらしい悪ノリにはぁ、と溜息をつきながらニッキーは立ち上がる。


「ポールさん、俺も手伝います」


「おや、いいんですか」


「いいっす、いいっす」


 この話し合い中、フリージア様はミコトたちの様子に口をはさむことなく耳を傾け、そしてポールさんはずっと紅茶をサーブしてくれていた。でも堂々巡りのこの様子の気分転換になればと、どうやら別の種類に変えてくれるようだ。異なる芳醇な香りが鼻をくすぐる。


「あ、ニッキーずるいな~逃げるぞ~」


「早いもん勝ちだ、バーカ」


 そんな揶揄いにベーッと舌を出して、応戦しながら、交換したティーカップを積んだワゴンを押す。


「……もし、どうしようもなくて。あんたがやれっていうんなら、やりますよ」


「…………」


「決まったら教えてくださいね」


 そう言い残してニッキーはポールさんについて、部屋を出ていった。


「……ったく、あいつは」


「彼は、貴方の影?」


「はい、そうです」


「そう……」


 眉間を押さえながら溜息をついていたジークにフリージア様が問いかける。


(……?)


 ジークからの返事を聞いた後の、どこか遠くを見るような、フリージア様の表情。いったい何があったのだろう。


「ねぇ、聞いてんの?」


「え、ごめん――何?」


「ちょっと、しっかりしてくれない?」


 些細な違和感は、ユキちゃんにより流されてしまった。


「ミコトも一回、ニッキーに連れて行ってもらうといいよ。音もなく忍び込んで次から次にロックを解除して……」


「ほう」


「警備員に気づかれそうになった時もすごい魔導具使って、脱出して……」


「ほう…………」


「ユキちゃん、あれは例外だぞ。というか、よっぽど楽しかったんだな。帰ってきたときはヘロヘロだったのに」


「うるさいな、そんな顔でこっち見ないでくれる? それよりもニッキーもいいみたいだし、もうそれでいいじゃん。“女神の心”って至宝みたいな大きな宝石なんでしょ? すぐ見つかるって」


「だからそれだと――!!」


 ユキちゃんとジークの言い争う声を余所にミコトは考える。何か、何かがもう少しで降りてくるような……


(泥棒……宝石……)


「怪盗だぁぁぁぁっ!」


「えっ、ちょっと何。いきなり大きな声出して」


「どうしよう、どどどどどうしよう!!」


(胸の高鳴りが、顔がニヤけるのが、抑えきれない。もしかしたら、私、会えるかもしれない。憧れの、あの方に――)


「ニッキー! 〇ッド様になってよ!!」


「はぁ?」


 部屋に戻ってきた途端に、興奮した様子のミコトのキラキラした眼差しを向けられ、ニッキーは間抜けな声を出すしかなかった。



 ♢♢♢



「〇ッド様って……誰だそいつ」


「怪盗だよ! 一流の!!」


「カイトウ……?」


「そう! 怪盗!!」


「問4の答えは?」


「それは解答」


「夕飯に使うお肉、冷凍庫から出しといてくれない?」


「それは解凍」


「ピッチャー、いい球を投げました」


「それは快投……って違う!! こんな小ボケはいらないからぁ」


 こっちはドキドキが収まらないってのに、ジークもニッキーも相変わらず意味の分からないところで悪ノリしてくる。


「狙った獲物は逃さない、鮮やかな手口でどんな難攻不落なお宝も盗み出す、大胆不敵な一流の怪盗だよ」


「泥棒じゃん」


「全然違うわこのたわけっ!!」


 ユキちゃんの頭にチョップを繰り出す。


(なんで、なんで……みんなそんな冷静なのさ!)


「もしや、この世界に……怪盗の概念ってない?」


「ないな。何なんだそいつは。なんでそんな興奮してるんだ」


 怪訝そうな顔でアルは眉を上げる。


「なんということでしょう!!」


「ミコト!?」


 よよよ、と頭を抱えて思わずテーブルに突っ伏したミコトを皆困惑した瞳で見つめる。


「説明しよう!!」


「ミコト!?」


「怪盗、それは泥棒とは似て非なる存在――むやみやたらに、手あたり次第盗むような人と一緒にしないで頂きたい!!


「お、おう」


「怪盗は、自分のポリシー、自分なりのルールに従って、大切な人を悲しみから救い出すために鮮やかに夜を翔るから!!」


「はぁ」


 落胆したかと思えばすぐに立ち上がり、上気した顔で語りだしたミコトの勢いに押されて、誰も止めることなくプレゼンは進む。


「どんなに鉄壁な場所からも、単身で忍び込んで、アッと驚く華麗なる手腕で盗み出すんだから!!」


「はぁ」


「そして何よりも欠かせないのが、強敵と書いて友と呼ぶ――警察または名探偵の存在だよね。これはもう、鉄板!!」


「警察?」


「そう、こっちでいう騎士団みたいなもの! 探偵は……怪盗の専門家的な? 怪盗を捕まえるために、入念に警備計画を立ててスタンバっているのに、怪盗の手の平で踊らされちゃう間抜けなところも、いいところまで追い詰めるけど最終的には逃げられる、紙一重の攻防も、ファンからしたら堪らなくて! 怪盗がより一層輝くためには外せないピースと言いますか、でもただ単に引き立て役ではないってところがミソと言いますか……いがみ合って相容れないはずの二つの存在が、時に大きな目的のため、時に手を取り合って協力する――涎と涙なしでは語りつくせないぃぃぃっ!!!」


「……そうっすか」


「その怪盗ってやつを……俺にやれと?」


「うん、ニッキーならきっとカッコイイ怪盗になれるよ!!」


「えぇ~……」


 ニッキー殿はドン引いておられるが、ここであきらめるミコトではないのでござる。押して押して押しまくる、憧れを前にした女子は誰だって横綱だ。


「えぇ~じゃない! 怪盗の華麗なる手口の一つに、変装技術があるんだけどねっ!! 時には警備の1人に、時には道行く通行人に、人々を欺き、警察の包囲網を掻い潜るその鮮やかさはもうほれぼれすると言いますか……そしてそれはニッキーなら絶対再現できるって!!」


「なぁ、ミコト――なんでこっそり忍び込んでいるはずの“怪盗”ってヤツのために警察が集まっているんだ?」


 ミコトを落ち着かせるようにどうどうしながら、ジークが真面目な顔で尋ねる。


「事前に予告状を出すからね! ”今宵、参上します――”って!」


「はぁ? そいつ絶対馬鹿だって!! アホな目立ちたがり屋じゃん」


「口を慎めアホンダラ。〇ッド様を侮辱することは許さん」


 ニッキーの頬が引きつったけど知ったことか。


「予告状出して万全な警備を敷いている中で盗んでいくのがカッコいいんでしょうが~!!」


 神出鬼没――この四字熟語は怪盗のためにあると言っても過言ではない。


「なんだよその、お騒がせな愉快犯!!」


「お願いだよ! ニッキーしかいないよ~!」


 絶対ゴメンだ、って突っぱねるニッキーを必死で説き伏せる。だって、会いたい!! 会いたいよ〇ッド様!! 


(このチャンス、逃してなるものか――)


 勢いにアルとユキちゃんは引いているけど、関係ない。イケイケ、ミコト! ツッパレ、ミコト!


「意外といいかもしれないな……」


「若!?」


「ジークもそう思う? さっすがジーク! よっ! 王国一の色男!!」


「よせやい、照れるやないかい!……っておふざけはさておき、まぁ俺の話を聞いてくれよ」


 とりあえず一杯――とポールさんが新しく入れてくれたお茶を一口飲む。


「俺らは俺らだけで、“女神の心”を探さなくてはいけない。余計な混乱をさけるためにな。そしてその第一歩として緑の領主の館の調査は外せない」


「うん」


「正面から乗り込んでいってもはぐらかされるか突っぱねられるか……そもそも領主が悪いヤツなのかただ巻き込まれているかもわからない。つまり、目的が“女神の心”ってことは誰にも悟られずに接触、潜入する必要がある――」


 そこで一呼吸おいて、ジークは話を続ける。


「ミコトの話しているその怪盗ってやつは、事前に予告状を出す。そしてそれを防ぐために警備が事前に入るんだろう? もし、俺らがそこにうまく潜り込めば堂々と、館を隅から隅まで――“女神の心”がないかを探すことが出来る……」


「おぉ……」


「怪しいので調べさせてくださいって言っても、さっきも言った通り突っぱねられるだけだ。でも、怪盗から守るため、と言えばすんなり受け入れてくれるはずだ」


 ――ゴクリ。


 話が核心に近づいてきて思わず息をのむ。


「ミコト、怪盗のライバルって何て言った――?」


「えっと……警察と、名探偵?」


 一息ついてジークがニヤリと口角をあげて席を立ち、ミコトとユキちゃんの席に近づいて肩に手をまわす。


「世間が注目するカッコいい怪盗様のその裏で、堂々と館に乗り込んで宝探ししてやろうじゃないか――怪盗のライバル、俺らが名探偵としてね!!」


(それって、すっごい熱い展開じゃん!!)


 興奮で思わず立ち上がって拍手を送る。


「わぁぁぁっ! ジーク天才! 最高!!」


「よせやい、照れるやないかい!」


「えぇ~ジーク正気!? ミコトの案採用するの?」


「えぇ~っとということは……俺が怪盗って愉快犯になるってこと?」


「そうそう! とことんド派手に世間の注目を集めてくれ!! そしてその裏で、俺らがこっそり“女神の心”を探し出す!」


「大丈夫! 俺がかっこいい怪盗になれるようにちゃんとプロデュースするから!」


 うわぁぁぁマジか……と突っ伏すニッキーにいい笑顔で親指を立てると、すごく残念なものを見る顔をされた――が気にしている場合ではない。


「いろいろ準備しなきゃ! まずは白のタキシードと、モノクルと、シルクハットと……」


「は!? なんでタキシードが必要なんだよ」


「怪盗の正装だからだよ」


「んだよそれ!!」


「どこに行ったら買えるかな……」


 慌てるニッキーの声を右から左に聞き流し、ミコトは真剣な顔でやることリストを作り出す。


「ミコト様。よろしければこのポールが手配致しますのでなんなりとお申し付けください」


「本当ですか! ありがとうございます!」


 さすが執事さん!と満面の笑みを向けると、とても楽しそうにウインクで答えるポールさんがいて、がっつり握手を交わす。


「え!? マジで? ってか白はやめて。本当にやめて!!」


「え? なんで? かっこいいよ?」


「目立つから嫌なんだって! ってか、タキシードって、そこまで気合い入れる必要はあるのかよ」


「あるに決まってるだろう! でないと一番大事なものが盗めない」


「なんだよ、一番大事なものって……」


 まくし立てていた気持ちを深呼吸をして整える。


(さぁ、私至上、最高のイケボで――)


「乙女の心だよ」


「アホなの?」


「アホちゃうわ」


(なんでそんな呆れた顔をするのさ! それが一番大事でしょうが!)


 ブッフォォォ!とジークが吹いているが知ったことか。


「何言ってんのさ、ミコト。盗みに行くのは“女神の心”でしょ」


 ユキちゃんの一言に――その場の空気が固まる。


「俺、今すぐこの案件から降りたい! 降りていいかな!!」


「ダメだ逃げるな」


 青い顔で必死で首を振るニッキーの肩を、これまた青い顔をしたジークが、逃がすまいと掴んでいる。


「宝石の名前だから! 本物じゃないから……」


「本物であって堪るかぁっ!」


 ニッキーの叫びは、夜の緑の都に、悲しく響いた。

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