第114話 これだから男ってヤツは

「ミコト、アル、紹介するよ。この方がフリージア大叔母様だ」


「初めまして。お会いしとうございました――聖女様、騎士様」


「こちらこそ、この度はお世話になります」


 優雅にお辞儀をした白髪の女性、顔をあげたその瞳はジークと同じ新緑を思わせる翠色。今まで見てきた誰よりも、聡明で、優しい目をしている。刻まれたシワの数には、その気苦労が、感じられるけれどまっすぐ伸びた背筋がその芯の強さを表すような――素敵なレディ。


 第40代女王、フリージア・ユースタリア。


 ミコトたちが今回の旅で滞在するのは緑の都を見下ろす高台にそびえたつ、ユースタリア王家の離宮。


 事件の後、引退した元女王は執事――ポールさんと二人、緑豊かな自然に囲まれたこの土地で余生を過ごしている場所だ。


「どうぞ、皆様方、本日のアフタヌーンティーはディンブラにございます。爽快な渋みとほのかな甘みをストレートで楽しむのもよし、癖のない芳香な味わいはミルクでもレモンでも、お好みで楽しむことが出来ます。ミコト様はいかがいたしますか?」


「あ、じゃあミルクを……」


「かしこまりました。ジーク坊ちゃんもたっぷりミルクとお砂糖を3つでしたね」


「だからそれはいくつの時の話だ! ったく……俺はレモンにするよ。すっきりしたい気分だ」


「ニッキー様は?」


「俺は何もいらないです」


 ポールさんの上品なサーブによって赤橙色の紅茶がカップに注がれる。湯気とともに広がる甘く濃い、突き抜けるような香り。例え自分が同じ茶葉を使ってもこんなにいい香りは出せないだろう。プロの執事ってすごい。


「大叔母様お聞きしたいことが……」


 ジークの話を聞いて、思案するようにフリージア様の聡明な目が瞬く。


「私が儀式をしていた時と、代替わりしてからも――特に儀式中に変わったことなどなかったはずよ。王が“女神の心”に魔力を込め、カップルたちの手の中に握られた悠愛花ドゥラテノーレの種が芽吹いてそれぞれの花を咲かせる」


「…………」


 誰のものだろうか、重たい溜息とともに重たい沈黙が訪れる。


「彼は……至宝だけじゃなくて“女神の心”まで手を出していたのね……」


 震えるような声で発せられたフリージア様の一言。

 至宝を盗んで、このユースタリア王国の存亡を脅かすだけに飽き足らず、結婚式で使う大事な“女神の心”まで手を出した、宮廷魔導士は一体何がしたかったのだろう。


「ミコト」


 険しい顔のままジークは続ける。


「駄目元で聞くけど……“女神の心”の気配がわかったりしないか?」


「えっ……どうだろう? 見たこともないからな……」


「だよなぁ……」


 どうするかな、と呟きながらジークは思案するように、椅子の背もたれにもたれかかって天を仰いだ。


「とりあえず、父上や兄上に報告して……騎士団に依頼するかな……」


「第3か?」


「案件的にはそうじゃないかな……」


 ジークとアルが話す横で考える。


(王様たちや騎士団に知られてしまうってことは……きっとそのまま国民にも知られちゃうって事だよね……)


「ねぇ、ジーク」


 大好きな人と、これからの人生を共に歩んでいくことを誓う、結婚式。夢と、喜びと、輝きに、満ち足りたものであってほしいと、誰もが願って、信じているはずだ。


「王様に言わないで、俺たちだけで探せないかな」


「はぁっ!?」


「だって、俺なら絶対に怒るし知りたくないもん! そんなこと!!」


 口をぽかんと開けて、こちらを見てくるジークたちに向かって続ける。


「もしも俺なら、結婚してどんなに喧嘩してぶつかり合って、想像もしないような大変なことや辛いことがあっても、思い返したときに二人で笑いあえるような、そんな結婚式がいいなと思うんだよね。幸せでいっぱいだったはずの結婚式が、後から、“あのとき実は……”なんてこと、あんまりだと思うし知らなければよかった、ってきっと思う」


「…………」


「今なら、まだ俺らしか知らないから……俺らが見つけて元に戻せば、そんな悲しい思いをさせなくて済むんだよ!」


 手をグッと握り、身を乗り出すように言い放った。


「だからさ、俺たちで探し出そうよ、“女神の心”! 悠愛祭ドゥラテルノまであと1ヶ月あるんでしょ?」


「俺らで!? どこにあるかもわからないのに?」


 怪訝そうに眉を挙げるニッキーに向き合う。


「そうさ。もう挙げてしまった人たちには申し訳ないけど……でもこれからの人たちにはどうにか出来る。俺、アイリス姫様と話したんだよ! 姫様、悠愛祭ドゥラテルノのことすっごい嬉しそうで楽しみに話していて……」


「知っているよ、そんなこと」


 目をそらして、ニッキーはぶっきらぼうに言い放った。


「ね、だからこそ! 気づいてしまったのに見て見ぬふりは出来ないよ。姫様には偽物で式を挙げてほしくないじゃん。最高の悠愛祭ドゥラテルノで幸せになってほしいじゃん!」


 額にしわを寄せ、難しい顔をしているジークたちの背中を押すように、明るい声で続ける。


「俺たちは今まで至宝も探してきたんだ。“女神の心”もきっと見つけられるさ」


「ミコトって、ほんと、超がつくくらいの馬鹿。お人好し。能天気。暇なの?」


「ユキちゃん!」


 はぁ、とため息をつきながら、さもアホを見る目でこっちを見てくるユキちゃん。少しムッとなりながらも、反論を聞く。


「僕たちの目的は至宝でしょ? ただお花を咲かせる儀式が成功しようがしまいがどうだっていいじゃん別に。見つかったのなら、さっさと次に行って、自動浄化装置を作動させた方がいいって」


「確かにそうかもしれないけど……でも悲しむよ! 姫様!」


「どーでもいい、そんなこと。というか全然気にしないと思うよ。ヒトならまだしも獣人は、運命の番いと出会えた瞬間に、もう実質夫婦なの。お祭りってわけわからないこと多いけどさ、三大祭りの中でも悠愛祭ドゥラテルノが一番意味が分からない。夫婦だって認められてるのにまた改めて宣言するんだよ、時間の無駄じゃん」


「違うんだよ、結婚式ってそうじゃないんだよ! なんていえば伝わるのかなぁ……」


 頭を抱えるミコトに、ジークが重い口を開いた。


「残念だけど、俺もユキちゃんに賛成だ――俺たちはこの国の命運を背負っている。至宝探しの方が悠愛祭ドゥラテルノより大事だ。至宝が見つかったのなら、今すぐにでも緑の都から移動して、次の至宝を探したほうがいい」


「ジーク!! なんでそんな冷たいことを言うのさ。仮にも自分のお姉ちゃんの結婚式でしょう?」


「夢を見すぎじゃないか? 冷静になれ、ミコト。俺らの優先順位はなんだ? 至宝を探して国を救うことだろ? そのために君は呼ばれて、今ここにいる」


 真正面からまっすぐにこちらを見て話すジークは、冷淡で割り切ったような顔で続ける。初めてみるような、険しくて、温度のないその表情は、正直言って少し怖い。


 そんなジークは初めて見た。


「じゃあジークは……偽物の祝福で結婚式をあげろっていうの?」


「騎士団に依頼して、見つからなかった場合は最悪そうなるだろうな。今年の悠愛祭ドゥラテルノは特別なんだ。中止するわけにはいかない。今までだってそうだったんだから……黙っていれば済む話だ。別にいいだろう」


「よくない! 全然よくない! 知る前と知った後じゃ全然違うよ」


「結婚式なんてただの形じゃないか。あの二人はもう夫婦だ。運命の番いなんだから」


 悠愛祭ドゥラテルノは獣人の文化――アイリス姫様は運命の番いに選ばれた。獣人との結婚は、運命の番いといわれるだけあって、結ばれた時点で夫婦として認められる。


「そうさ、ただの形だよ。いくら素敵な結婚式をあげたって、幸せになれるかどうかは当の本人次第だって、そんなことわかっているよ」


 良くも悪くも落ち着きすぎているジークは合理的でどこまでも正しくて、何も間違っていない。我儘を言っているのはわかっている。


(でもきっとこれは譲っちゃいけない……)


「でも、大事な門出だ。結婚式っていうのはさ、心を送りあう儀式だって、俺は思っている。“おめでとう”と“ありがとう”と――俺はアイリス姫様を心の底から、笑顔で、“おめでとう”って祝いたい。このままじゃ、言えないよ……俺、アイリス姫様の“運び鳥ミュールなのに」


「…………」


「偽物だと知っているのに、それを見過ごすなんて俺には絶対にできない。真相を知ったとき……きっとアイリス姫様とっても悲しむと思うよ。姫様だけじゃない、悠愛祭ドゥラテルノに参加した人たち、みんな」


 口を開こうとするジークを視線で制して、勢いで続ける。


「でも、今そのことを知っているのは俺たちだけで、今なら本物を見つけてすり替えることが出来る。姫様の笑顔を守れるのは俺たちだけなんだよ!」


「…………痛いところを突いてくるなぁ、君は」


 顔をしかめながらジークが言い放った一言を最後に、再びその場に静けさが訪れる。


「ジーク」


 決して大きい声ではない。それでも顔を上げて目を向けてしまうのは――かつての女王たる風格だろうか。


「獣人の愛を、侮ってはいけませんよ」


 その一言を言い放った後、女王は思いを馳せるかのように目を閉じて、再び開いた。愁いを帯びたかのような悲しげな緑が揺れる。


「獣人の愛は私たち人間が思うよりも、深く、重く、そして熱い。情熱的なんてものではないわ――あれはまさに業火」


 貴方たちのことを悪く言っているつもりはないのよ、気を悪くしたらごめんなさい、とアルに一言気遣って女王は続ける。


「そのほとばしる熱情を悪戯に刺激してしまうと火傷では済まされないわ。もし、世間に入れ替わりが露呈したら――その先は聡い貴方なら想像つくわよね」


 重たい溜息をつきながらジークが頭を抱える。


「どうなるのさ?」


 ユキちゃんが小声で隣のニッキーに問いかける。


「たぶんだけど……」


「暴動が起きるだろうな」


 ニッキーの言葉を遮るようにジークが呟く。


 こんなことで!?と言わんばかりにユキちゃんが目を丸くする。


「まぁ、俺の母親や妹が知ったら……嬉々として殴りこみに行くだろうな」


 想像するだけでも頭が痛いというように、眉間を揉みながらアルがジークの考えを支持する。


(うんうん、私なら激おこだもん!)


愛する人との思い出を汚されたとなりゃ、そりゃ黙っていられねぇっすわ。


「至宝が見つかってきたおかげで、やっと国がまとまりかけているところなのに……それだけは避けたいな」


「じゃあ……!」


「ジーク……!?」


 期待に目を輝かせるミコトと、しかめっ面のユキちゃんの、正反対のリアクションにクスッと笑い、却って腹が決まったのか、ジークは高らかに宣言する。


「俺たちで探すぞ、“女神の心”!!」


「やったぁ!」


「噓でしょう……」


 超絶めんどくさそう、とテーブルに突っ伏したユキちゃんの頭をワシャワシャしながら、ジークがいい笑顔を向ける。


「それで、ミコト。どうやって探すんだ?」


「え?」


「……えっ?」


「ええっと……」


「あんなに強く言っておいて、まさか何も考えてないとか……?」


「ごめんなさい~! これから、これから考えるから!!」


 はぁ、と溜息をついたのは今度は誰だろうか。みんなかもしれない。


 まだまだ話し合いは終わりそうにはありません。

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