第113話 そうは問屋が卸しません!

「おーい! こっちこっち」


 大きく手を振るジークたちに駆け寄る。


「思ってたより遅かったな。寝坊でもした?」


「ア、アハハハハハ」


 余計なことは何も言うまい。


「あれ? ユキちゃんは?」


「なんか研究で忙しいってさ。昨日も夜遅くまでいろいろしていたみたいだけど……」


 多くの人でにぎわう広場で待っていたのはジークとニッキーの二人だけで、ユキちゃんは来てくれなかったみたいだ。


「なぁ、そろそろ行こうぜ、もう整理券の時間だ」


 ニッキーの声に背中を押されるように一行は歩き出した。


 緑の都――緑の民、獣人たちが今もなお多く暮らすこの土地は、古の建物が多く残っている場所だ。


 今回の旅はミコトの聖力の練習も兼ねて、その古跡巡りをしながら至宝を探す予定らしい。


(風のときみたいにモンスターと戦ったり、海のときのように至宝の場所まで試練があるわけじゃないから今回は楽勝だね)


 心なしかジークの顔も穏やかに見える。


 そんなこんなでやってきました、緑の都の大聖堂――空に向かって垂直に伸びた無数の尖塔、正面の中央にある繊細な彫刻が施された大きな窓。周りの建物と同じカスタードクリーム色であるにも関わらず、見る者を圧倒する荘厳な佇まい。


「やっぱこの時期の大聖堂は混んでんなぁ~」


「えーっと、それって……」


「あぁ、今は特別展示中。ミコトも姉上から話は聞いてるだろう? 悠愛祭ドゥラテルノについて」


「うん、合同結婚式だよね、獣人たちの伝統的な」


 獣人――獣の特性を受け継いだ種族、彼らとヒトとの大きな違いは一目見た瞬間にわかる、永遠に寄り添いあうパートナー、運命の番いがいることだ。


 運命の番いと出会った後、獣人たちは蜜月に入る。お互いをよく知り愛を深め合うために、二人で過ごす大切な時間。結婚式をして周りに紹介して……という手順を踏むことは番いを見つけた直後の獣人には難しいらしい。とてもじゃないがそんな余裕はないんだと。


 そんな感じで、即!蜜月に突入しちゃうため、結婚式をあげれない獣人カップルたちが続出。それを哀れに思ったこの地に住む女神の娘――名前を言ったら呪われる、ってジークが必死だったから名前はわからないけど――の高まった愛のパワーで咲いた花は、永久に枯れることなく永遠に咲き続けた。


 そんな伝説から生まれた行事が悠愛祭ドゥラテルノ


 この1年で番いになった獣人カップルが大集合して、番いになったこと、夫婦になったことを宣言し、女神の娘からの贈り物『悠愛花ドゥラテノーレ』を咲かせて愛を誓いあう。


 その会場である大聖堂は古の時代からある神聖な建物、ミコトたちが巡る予定の古跡群の中でもっともメジャーで、緑の都の観光スポット人気ナンバーワンである。厳格な建物にふさわしく、ここは心の中で叫ばせて頂こう。


(あまぁぁぁ―――いっ!!)


 お花を咲かせて愛を誓うとは!? しかもその花は永遠に枯れることがない!? フリルたっぷりのレースとお砂糖たっぷりで出来た乙女の脳みそを確実に刺激してくる。


 元は獣人の文化だったそれは長い年月を経て王国中に広まり、今ではカップルたちの新たなスタートの一歩、年に一度の恋人たちの祭典となった。それが悠愛祭ドゥラテルノ


 儀式に必要なものはたった二つ、悠愛花ドゥラテノーレの種と、花を咲かせるために必要な女神の娘の愛が結晶となった、その名も――“女神の心”。


 王国中から集まった幸せな新婚さんたち。愛し合う二人の手のひらで種を握り、王様が“女神の心”に魔力を通して祝福を行う。


 そうやって、結婚指輪代わりに愛の花をポンポン咲かせて、ラブラブチュッチュ。


(やだもう! かわいいかわいいかわいい!!)


 獣人グッジョブ! ユースタリア王国万歳! そしてナイスだ、名前を言ってはいけない例の女神の溢れちゃうくらい膨大な愛!!


「それにしても意外だったな、姉上がミコトを運び鳥ミュールに任命するなんて」


「ね、俺も!」


 首元にぶら下がった袋――その小さなふくらみをそっと撫でる。


 女神の娘が悠愛花ドゥラテノーレを咲かせるときに、運んでくれた可愛い小鳥ちゃんがいたんだって。その伝説にちなんで、儀式の当日にカップルに種を渡す、運び鳥ミュールのお役目を、あのときのお茶会でアイリス姫様からお願いされたのだ。


 なんで?って聞いても、うふふふふ、と笑ってごまかされたから理由はわからないけど……楽しそうに笑うアイリス姫様が超絶可愛かったので良しとする。


「ミコト、なくすなよ~」


「やめてよ、変なフラグ立てないで!!」


 茶化しながら突いてくる、ジークの手を振り払う。


「さぁ、そろそろ見えてくるんじゃないかな~」


 大聖堂の重厚な扉をくぐると、石造りの大きな建物特有のヒンヤリとした空気に包まれる。


「あれ?」


「どうした、ミコト?」


「ううん、なんでもない!」


(気のせい……だよね?)


 大聖堂に足を踏み入れた瞬間に背中に駆けのぼった、興奮にも似たゾクゾクした感じ。なんだかとーっても既視感がある。


 一発目で引き当てるなんて……まさか、そんな、ねぇ?


 お腹いっぱい大きく息を吸い込んで、長ーく息を吐いて、この興奮を研ぎ澄ませる。


「ミコト、見えるか? あれが“女神の心”だ」


 人々が見つめるその先――壇上でライトアップされてひときわ輝く円形の至宝、木漏れ日のような煌めきをその内に閉じ込めた不思議な色合いの緑。見ているだけで自然と呼吸がゆっくりになって肩の力が抜けてくるような、安らぎを与える印象を持った不思議な緑。


「嘘でしょ……」


「おっ? どうしたミコト?」


「……見つけた」


「ん? 何を……?」


「見つけた。あれがそうだよ!」


「ミコト、さっきから何を言って……」


「だからあれだよ! あれが4つ目の至宝だ」


「はぁぁぁぁぁっ!?」


 これにて、4つ目の至宝クリア!! なんてそう簡単には問屋が卸さない!!


「あれが至宝だというのなら――本物の女神の心はどこに行った!?」




 ♢♢♢



「ポールただいま!」


「お帰りなさいませ、ジーク坊ちゃん……これまた慌ただしいお帰りで。今度は何を見つけてきたのですか。セミの抜け殻ですか? カエルのミイラですか?」


「もう子どもじゃないからそんなものは拾ってこない! 余計なことは後にしてくれ。緊急事態なんだ。ユキちゃん! ユキちゃーん!! あ、あとミコト連れてきた。大叔母様には後で挨拶に向かうと伝えてくれ」


「こんにちは! ミコト・ナカムラです」


「なんと、拾ってきたのは聖女様でしたか。お初にお目にかかります、私はこの離宮を管理させていただいてます、ポールと申します。お困りのことがありましたら、このポールに何なりとお申し付けください」


(わぁぁぁぁっ! 執事だ!!)


 黒の燕尾服、オールバックで清潔感のある白髪、優雅な物腰、誰もが思い描く“THE執事”が出迎えて微笑みかけてくれた。それだけでテンションの上がるミコトを余所に、我が物顔でジークは玄関ホールを歩いていくので慌てて追いかける。


「ちょっと、そういうのはまた後で! ユキちゃーん! 出てこい!!」


「何? ちょっとうるさいんだけど?」


「ジーク坊ちゃん、何を興奮しているのかこのポールにはわかりかねますが、外から帰ってきたらまず手洗いうがいをしてください。何度もおっしゃったでしょう。このポールの目は誤魔化せませんよ」


「……くっ!」




 ~10分後~




「ホントのホントの本当に、間違いないんだな!?」


「うん、間違えるわけがない――この感じは確実に、至宝だと思う」


 ミコトの返事に頭を抱えるジーク。“女神の心”として、展示されていたものが緑の至宝だったなんて……


「早速見つかってラッキーじゃん」


「馬鹿、そういうわけにはいかないだろう」


 軽く言うユキちゃんと、眉間にしわを寄せてたしなめるアル。


 そう、本物の女神の心じゃないってことは――


悠愛祭ドゥラテルノ自体が出来なくなるなぁ」


 頭の後ろで腕を組みながら、ニッキーが独り言のように小さい言葉で呟いた。


 一体いつからなのだろう。


 いつ、どこで、至宝と“女神の心”は入れ替わったのだろう。


「……あぁくっそ。怪しい情報が無かったのはそういうことか。“女神の心”と同じ働きをする魔導具を至宝で作っていたんだ。元からある魔導具と全く同じものを作り出してしまえば、その存在に疑問を抱く者は誰もいない……」


「じゃあ、なんだ。俺の親父たちも俺の妹も――みんな偽物の“女神の心”で儀式をしていたってことかよ」


「落ち着けアル、俺をそんな顔で睨むなよ。せっかく至宝が見つかったってのに、これだと迂闊に手が出せない……」


 険しい顔で、困ったようにジークが大きく息を吐いた。


「すごいなぁ、伝説と同じものを自分の手で作っちゃうなんて! って痛い!!」


 険しい雰囲気が漂う部屋の中、一人、目を輝かせる魔導具馬鹿の頭をニッキーが叩く。


「ったくもう……みんなも別にそんな気にすることないじゃん。至宝は見つかった。そして至宝での儀式でも問題なく儀式は出来ていた。じゃあ今年もそうやって悠愛祭ドゥラテルノをして、終わった後に回収すればよくない?」


「ユキちゃんの情緒爆散型イノシシ!!」


「はぁ?」


 キースさんとマーガレットさん、マリオンさんとミシェルさん、そしてアルのお父さんとお母さん――それぞれ違うけど、みんな素敵なご夫婦だった。


 そして、その幸せを見守るかのように、悠愛花ドゥラテノーレが家の一番綺麗なところに飾られていた。


「結婚式が偽物で祝われていたなんて……こんなひどいことありえないよ!」


 ミコトの剣幕に目を丸くしているユキちゃんをまっすぐに見つめながら続ける。


「まだユキちゃんにはピンとこないかもしれないけど、結婚は女の子の夢で、憧れなんだよ。人生で一番の晴れ舞台で、大好きな人との明るい未来の第一歩で――」


 トリニートで幸せな家族を見てきたから、そして家族になれること心から喜んでいたアイリス姫様の笑顔を知っているから。


「偽物の“女神の心”で祝福されるなんて、ケチがついちゃうなんて……あんまりだ」


 一体何がしたかったんだろう、件の魔導士は。


 ――コンコン


「おやおや、何やら深刻そうに話していますなぁ」


「……ポール」


「帰ってきて一息もつかずに、そんな怖い顔で話していても……このポールの経験上、うまいこといくとは思えませんな。お茶をいれてきました、少しブレイクタイムと致しませんか?」


 ポールさんの提案に、お互いに顔を見合わせる。


 視線を合わせ、ゆっくり頷いた後に、ジークが口を開いた。


「頂くよ、ポール。でも俺たちだけじゃなくて――大叔母様も一緒にいいかな」


「大叔母様」


 ミコトの呟きに、ジークがあぁ、と相槌を打つ。


「これは俺たちだけじゃ埒が明かない――行こう、本物の女神の心を見たことのある人のところへ」


「本物?」


「50年前、至宝が奪われる前の悠愛祭ドゥラテルノの儀式をしていた第40代ユースタリア王国女王、フリージア大叔母様に」


「……そうおっしゃると思いまして、お茶はフリージア様の元にご用意致しました」


 さぁ皆様、こちらでございますと微笑んだポールさんのドヤ顔に、クスッと笑ってしまったのは言うまでもない。

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