第118話 眼鏡が3つも集まれば迷宮無しってもんでさぁ

「ねぇ見てよこれ」


「やめろ、見せんな」


「こっちの記事では“虹の貴公子”……だって。フフフ、アハハハハ!!」


「だぁぁぁぁっ!! くっそ!!」


「まぁまぁ、ニッキー。そんなに恥ずかしがることないじゃん。みんなカッコよかったって思ってくれてるってことでしょ」


「うるさい、元凶! 俺はシャイボーイなんだよ。ひっそりと生きていたいんだよ。なのにこんなことになって……おい、笑うな、若」


「アハハハハ!!」


 一夜にして超スーパースターになったシエル様、もといニッキー。


 堂々としていればいいものを、注目されるのは慣れていないのか記事を見るたびに恥ずかしがる。そしてそれをジークが黙っているはずもなく、おちょくる。ニッキーは恥ずかしいを通り越してキレる。そしてジークを追いかけまわし、ジークはイキイキと逃げ回る。朝からこのやり取りを何度見たことだろうか。じゃれあうのもいい加減にしてほしい。


「あぁ~面白い。んで、ミコトはそろそろ準備できた?」


「あ、待って! あと少し!!」


「俺にどうこう言う前に、自分の魔法レベルをどうにかしろよな。蜃気楼ミラージュ習得しちまえば簡単なのに」


「ニッキー、あれはセンスだから。ミコトにそれを求めるのは……」


「ちょっとジーク?」


(あの魔法が桁違いに難しいだけです~)


 この日に備えて練習はしたんだけどね。うん、まぁ仕方がない。ダールセン家の変装グッズは優秀でございますし、あれもこれもと、ポールさんとキャッキャしながらカツラを選べて、楽しかったから別にいいもんね。


(今回のミコトはいつもと違うミコトでございますので! こっちに来たばかりのころとは違う、成長したミコトでございますので!!)


 アルもびっくりの、え?誰だかわからない?って変装くらいお手の物ですよ。


「装着!!」


「え……そのカツラにしたの?」


「うん! どう? いい感じでしょ?」


 今回チョイスした髪型はこちら、韓流マッシュヘア! おしゃれな人がやるイメージで自分でするには少々ハードルが高いこちらの髪型。でも、カツラなので思い切って挑戦してみました。ミコトのような、中性的男子がしているイメージあるし、そして何より、個人的眼鏡との相性No.1スタイル!! ここ大事ね。


「いいっていうか何というか……」


「もっさいな」


「うっさいな!!」


 いいんです。人生で一度してみたかったんだから。


(それに所詮カツラだからね! 地毛で失敗したわけじゃないんだから!!)


 傷ついてなんかいませんし、気にしてなんかませんとも、いいえなんとも。


「まぁいいんじゃないの。そのくらい変な髪型のほうがミコトってわかりにくいだろうし」


「変っていうな!!」


「ミコト様、このポールは大変おかわいらしいと思いますよ」


「ううううう~、ポールさ~ん!!」


 無条件で甘やかしてくれるダンディなおじちゃまは大好きだ。


「さぁ、そろそろ行こうか」


「うん、あっ! なくすといけないからニッキーこれ持ってて」


「えっ! ちょっと、おい!!」


「間違えてジークに開花させられちゃったら大変じゃん。姫様の大事なものだからよろしくね」


 敵陣に向けて、いざ参る!!


「ユキちゃーん! ずっと部屋にこもって何やってんのさ! もう行くよ!!」


「わかった、わかったから、入ってこないで!! って、何そのキノコ頭」


「うるさいな! ほら眼鏡、眼鏡!」


「え、何? 僕も掛けなきゃいけないの? あぁもう、自分で出来るからそんなに押し付けてこないでよ!!」


「はい、ジークも!!」


「え、俺も!?」


 ♢♢♢


「第三王子からの紹介で伺いました。リュカ・サミュエルです」


「ようこそお越しくださいました――中で領主様と副団長がお待ちでございます」


 馬車から降りて目の前にそびえる立派な邸宅を見上げる。大聖堂を彷彿とさせるようなゴシック調の造り、緑の領主の館。


 赤い絨毯が敷かれた廊下を騎士の案内で進む。ノックの後に開かれた扉の先。


「ふん、貴様が道楽王子の言っていたホニャララ学の教授か」


「……犯罪心理学ですよ、領主殿」


 高そうな椅子にデーンと座った偉そうなおじさんと、燃えるような赤髪の騎士がミコトたちを出迎える。


 初対面なのに、初対面のフリをしなきゃいけないはずなのに、射貫くようにまっすぐに見つめられた琥珀色の瞳。


 そんな瞳でこっちを見るなんて、バレちゃったらどうするのさ。ソワソワするからやめてほしい。


「ご紹介ありがとうございます、副団長殿。改めまして、本の都ブッケルードにて犯罪心理学を専攻しております、リュカ・サミュエルと申します。この二人は弟子のミカエルとユースチス」


 ジーク、違った、サミュエル博士の挨拶に合わせて会釈をする。博士が話し始めたことで外れた視線。


(あんなに離れたいって思ったのになぁ~)


 いざ他人のように振舞うとなると、その距離をもどかしく感じて、もう一度目が合わないかなって思っちゃう自分がいる。女々しいな、男の子なのに。


「ご協力感謝いたします。サミュエル博士」


「こちらこそ、よろしく頼むよ。カルバン副団長」


 初めて会った時のように笑顔の一つも浮かべない無愛想な顔、一見すると怖そうにも見えるけどそうじゃないことを、ミコトは知っている。旅の間で彼をよく知ったしまったから余計に、その他人としての温度差に胸が高鳴る。


 今のアルはミコトの護衛騎士のアルじゃない。

 第3騎士団のカルバン副団長だ。


(やっぱりちゃんと騎士をしているアルはかっこいいな~)


 いつもちゃんとアルは護衛としての仕事をしてくれていたはずなんだけど、愉快な三馬鹿トリオの多大なる功績で霞んでしまっていたみたいだ。


 離れたことで改めてその魅力に気づかされるなんて。


「ふん、何でもいいがさっさとあのふざけた怪盗を捕まえてくれ。こっちはそれどころではないんだ」


「えぇ、任せてください。ご事情はお聞きしております。この私が来たからには、あの鼠小僧なんてあっという間ですよ。ハハハハハハ」


 博士の高笑いに現実に戻される。グレーヘアのオールバック、端正な顔立ちを引きだたせる銀縁眼鏡、洒落たスーツに偉そうな言動、鼻につく立ち振る舞い、だけどどうしてか憎めない――いい味出してくれてんじゃん、さすがジーク。


 犯罪心理学教授、リュカ・サミュエル博士。シエル様のライバルとして我ながらいいプロデュースが出来たのではないだろうか。ノリノリでやってくれたジークに感謝だ。前にニッキーが言っていた通り、ジークの蜃気楼ミラージュも中々のものだ。でもうさん臭いおじさんなのに、王子補正が発動してイケメンに見えてしまうのは防ぐことが出来なかった。まぁお茶目なイケオジはお茶の間の人気者だから許せるだろう。


 その灰色の毛細胞をフルに使って、捜査を攪乱しつつ、女神の心を見つけてくれ――


「では早速ですが、彼が狙っているという、この屋敷で一番美しい宝石――それがどんなものかわかりません。あらゆる可能性を考えて、全て拝見してもよろしいですか」


 博士の眼鏡がキラリと光る。


「……全て?」


「えぇ――全て。あらゆる可能性を吟味するのが私の流儀。ミカエル、ユースチス、全ての宝石を私の元へ持ってきなさい」


「アイアイサー、博士!!」


 眼鏡をクイッと直して、決めポーズをしてくれた博士に元気よく返事をする。もう一度交差しそうになった視線には、気づかないように目をそらして、行動開始だ。


 さぁ、館の隅から隅までチョロチョロするぞー!!


 ♢♢♢


「博士~、これは?」


「おお、ミカエル。これまた見事な宝石だ。しかしこれは――うん。あの手の愉快犯はもっと大きくて目立つものを盗んで見せびらかしたいだろう。これを何というのか覚えているかね」


「はい! 博士の著書、第2巻“容疑者の迷宮”で語られていた『ママ見て見て! ボクすごいでしょ』症候群ですね」


「うむ、詳しく言えばその中のさらに『ご主人様、今日は立派なトカゲ捕まえられたから見せてあげてもいいけど』分類に属する。秘密裏にするには飽き足らず、世間に己の所業を知ってほしい、という承認欲求の一つだね。この手の犯罪は何度も繰り返すうちに、より大きく、より価値の高いものを盗もうとする傾向がある」


「さすがです博士、俺もっと探してきます!」


(よくもまぁ、こんなペラペラあることないこと思いつくよなぁ)


 真面目そうにさも当たり前のようなことを言って、あぁ確かにそうかもと話しているうちに納得させられてしまう。まるで詐欺師のようなやり口で――ジークは次から次に、館中の部屋を開けさせていく。


 部屋の調度品を一つずつ手にとってはその価値を確かめるように――実際はこっそり魔力を流して、隠し持っている悠愛花ドゥラテノーレが咲くか確かめながら――検分していく。


 ちょっとバタバタしちゃったけど、朝ニッキーに悠愛花ドゥラテノーレの種を預けてこれてよかった。


「シエル様より、ジークの方がよっぽど悪だよねぇ」


「ミコトの思い付きをここまで膨らませちゃうもんねぇ」


 大きなあくびをしながら眼鏡をクイッとあげてユキちゃんが答える。ユキちゃん、ユースチス君は年の割には鋭いことを言ってくれる大人も驚く観察眼を持ったあざとい眼鏡少年枠として――眼鏡は掛けてくれたけど本人に演じる気が更々なさそうだ。が、ポテンシャルは高い子なので大丈夫だろう。


 そのうえ、最近とても眠そうにしているからかアンニュイでミステリアス雰囲気が加わり、かつ元からの素質の毒舌とツンデレは時々発揮してくれるている。ということは――


「“元気・無邪気・うな重”は俺の担当だね!」


「相変わらず何を言っているのかわからないけど、うな重は僕も食べさせて」


 俺たち、眼鏡探偵団!! 最高にホットでクールだぜ!!







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