第111話 幸せそうで何よりです
「そういやアル、お前のとこの坊やは中々にやんちゃらしいじゃないか」
「あぁ?」
「おじさんとおばさんが疲れ果てた顔してたわね」
「まだ1ヶ月経つかどうかだろ。何をそんなやんちゃしてるんだ」
キースさんと戻ってきたマーガレットさんの言葉にアルが不思議そうな顔をする。
(坊や……1ヶ月……)
「あぁ~! そうじゃん!! たしかアルの妹さんの出産って夏頃だっけ?」
まだ至宝探しの旅に出発する前に、アルがそんなことを言っていた気がする。
「あぁ、無事に先月な」
「知らなかったよ、おめでとうアル! 私もね、娘が生まれたときは本当に嬉しくてね、何でもいいから何かをがむしゃらに頑張りたくなったよ。アルもこれで立派なおじたんか~……おじたんになった気持ちはどうですか?」
「気持ちも何も……まだ会ってもいないので実感ないです」
お前、子どもいないだろ……って疲れたように小さくツッコむアルの声が聞こえた。ニール既婚者子持ち設定なのか。そして子持ちの気持ちがわからないからとてもふんわりした感想だな。
「近くに来たんだ、せっかくだし会ってくるといい」
「いえ、俺は任務中ですので今回は遠慮しておきます」
ジェシーの提案をサラリと断るアル。
「え、任務って別にいいのに……せっかく近くに来ているんだし行きなよ!! 行くべきだよ」
「別に、ガキなんていつでも会えるだろう。祝いの品は送っているしな」
「あまぁぁぁ―――いっ!!」
事は済んだと言わんばかりの、新米おじたんに大きな声を出しちゃったけど仕方ないと思うの。だって、だってね……
「歯が生えていない時期はね、一瞬で過ぎ去っていくのですよ。あの、世界で一番、幸せをもたらす笑顔は一瞬なんですよ!! いつでもなんて言わないで! 子供はすぐに成長しちゃうんだから! この貴重な時期を逃しちゃ駄目なんだから!」
弟たちやさおりちゃんの子どもで堪能した。むっちりした手足を目一杯広げてキャッキャッと笑う、寝返りしてハイハイするくらいの時期の赤ちゃんがミコトは一番好きだ。
「だが俺は今、お前の護衛をしている。離れるわけにはいかないだろう」
「うそでしょ!? だから思考がブラックなんだよ!!! 俺の護衛なんて気にしなくていいから、本当にもう……プライベートも大事にしてよ」
ミコトの勢いに少々驚いた様子のアルだが、その反論にこちらも驚きだ。本当にもうどこまで社畜ライオンを極めたいんだ。寝るとき以外ほぼほぼ四六時中一緒にいるんだから……困ったもんだよ。
「あはははは、ミコト君わかってるじゃない~。そうよアル、すぐに天使の時期は終わって手の付けられないモンスターになるんだから今のうちに会っておきなさい。あなた、仕事が……って言ってトリニートに来るのも久しぶりなんだから」
マーガレットさんも笑いながら力を貸してくれる。私に任せてって顔で、こっちを軽く見て頷いた。すごく頼もしい! さすが、委員長。
「要するに、アルはミコト君から目を離したくないんでしょ?」
「まぁ、そうだな……」
(言ってやってください、委員長! その新米おじたんの背中を押してやってください!)
「じゃあ答えは簡単……連れてっちゃいなさいよ、ミコト君も」
マーガレットさん、違う、そうじゃない。
みんなも、それだ!って顔しない。
♢♢♢
「やっぱり俺、邪魔だと思うんだけど……」
「大丈夫だろう。あの夫婦が周りに配慮しているところなんて、俺は見たことがない」
「妹さん夫婦への評価それでいいの!?」
ついでに実家にも顔出して、なんなら一晩泊ってこい、とジークたちは先に出発してしまった。精一杯抵抗したけど、荷物持ちとして行けばいいじゃないってマーガレットさんに押し切られ、現在、アルと二人連れだって、カスタードの小道を歩いている。
(本当にもう無理……)
好きな人の、家族に会うってだけでも緊張するのに、初っ端からお泊りですと!?
話に聞くとアルの実家は宿屋らしいので、宿泊客として泊ればいいんだけど……みんな私の気持ちなんて知らないからしょうがないんだけど……違うんだよ、そうじゃないんだよ。
「あぁぁぁぁっ、もう!」
「何をさっきから百面相しているんだ?」
「別に普通ですけど!! そういうアルはいつも通りですね!」
誰に言えるわけでもないこの気持ち、どうしてくれようか。
「えいっ!」
「――っ! なんだよ……」
「いーえっ、ただの気分です~。アルのばーか」
「はぁ? なんなんだよ」
なんやかんや渋りながらも、妹さんの好物を注文してテイクアウトしちゃうアルのばーかっ!!
♢♢♢
ピーンポーン
「……はい」
「よぉ、マリオン……元気か?」
扉を開けて出てきたのは、キャラメルみたいな色の金髪をした眼鏡の男性。奥からは赤ちゃんの泣いている声が聞こえる。クマが出来た目を何度かしばたたかせた後に大きく見開いた。
「ミシェル!! アル兄だ! アル兄が来たよ!!」
「何ですって……!? 兄さん!! ちょうどいいところに!!」
白いおくるみを抱えた女性が奥から出てきた。スラッと背が高くて、燃えるような髪を耳の横で一つにまとめた女性……
「兄さぁぁぁぁぁんっ! お願いだからこの子を抱いてぇぇぇぇぇっ!」
アルの妹さん、何だか世紀末みたいなテンションなんですけどぉぉぉぉ!?
「はぁぁ!?」
狙った獲物は逃さない、肉食獣の鋭い目で狙いを定めて、アルの腕にその白い塊を差し出す。
「……無理だ」
一瞬呆気にとられたように固まった後に、険しい顔でアルが返事をする。
「何でよ! かわいい妹のかわいい息子よ! 四の五の言わずに抱きないよ!」
「頼むよ、アル兄……俺からも……」
「何なんだお前らは一体!!」
「ギャァァァァァ。ギャァァァァァ」
険しい目でにらみ合う、赤髪兄妹。大人たちに負けじと声を張って応戦する赤子。
「頼むよアル兄……お願いだから抱いてよ……」
「……断る」
「何嫌がってんのよ! こんなにかわいい甥っ子が抱いてほしいって泣いているのに!!」
「……せぇよ……」
「なんて?」
「こんなに小せぇなんて聞いてねぇよ」
「……はぁ? 当たり前でしょ? 赤ん坊なんだから。何ビビってんのよ!」
「兄さん、うちのフィリップは平均的な大きさだよ」
「ちょっ……押し付けるなって!!」
(あぁ、もう! 見てられない!!)
「あの! 座って落ち着いてからなら、アルも抱きやすいと思うんですけど……どうでしょう?」
往来の人の目が痛すぎて、思わず口を出してしまった。
「あなたは?」
「はじめまして。ミコト・ナカムラです。お忙しい中すみません。荷物持ちで付いてきました」
「……俺のダチだ」
助けてくれって、顔でこっちを見るアルに肩を引き寄せられて自己紹介をする。
想像以上に衰弱している妹さんご夫婦と、不慣れすぎるアル。
これは、付いてきて正解だったかもしれない。
♢♢♢
「フィリップ~、初めましてだね~、アルおじさんに抱っこしてもらおうね~……さぁ兄さん!」
「待て、少し落ち着け……」
リビングに案内されて、再チャレンジ。待ちきれないと言わんばかりに差し出されたグイッと差し出された甥っ子さん、フィリップ君を目の前にして、ソファに座ったアルの手が宙をさまよい、困ったようにミコトに視線を送る。
「大丈夫、落ち着けば大丈夫だから」
「……だが」
「あぁもう! 兄さんのビビり! 意気地なし!! もういいわ、ミコト君、あなたが抱いてくれない?」
「えっ!? あ、はい!!」
ミシェルさんの迫力に押されて思わずフィリップ君を受け取る。解放された~と、肩をまわして突っ伏すミシェルさんとマリオンさん。いったい何があったのでしょう……
(私としては、役得なんだけどなぁ~)
腕の中の小さなぬくもりに目を向ける。誰にも負けないくらい大きな声で元気良くなく男の子。マリオンさんより少し明るい、キャラメル色のフワフワした髪の毛の合間から除く長い耳。抱きかかえてあやしているうちに落ち着いてきたのか、涙をにじませたままこちらをじっと見つめる青い瞳。
「かわいい……」
「ふふっ、そうでしょう? かわいいでしょう? うちの子は……おとなしければ……」
疲労を隠せない顔で、それでも満足げなミシェルさんと微笑みあう。
(獣人の赤ちゃんすっごくかわいい~!!)
うっすらと白い産毛が生えた長い耳。同じケモ耳でも、赤ちゃんだとまだ毛もしっかり生えてなくて肌のピンク色が透けて見えて、ものすごく庇護欲をそそられる。まだ小さくてふにゃふにゃだけど、とっても温かくて――この時期の赤ちゃんだけの特別な、ミルクのにおいが鼻をかすめた。
ジッとミコトを見つめては、長い耳を時折ぴくぴくさせるフィリップ君。これはまさに――
「天使降臨……」
「よかったな~フィリップ、天使だって言われたぞ」
「泣いていなければ天使なのにね~。泣いたらリトルモンスター。あんなに大きな声で泣くなんて……誰に似たのかしら」
マリオンさんとミシェルさんと笑いあう。親馬鹿発言のオンパレードだけどそれも仕方ない。だってだって、かわいすぎる。
「この耳って――フィリップ君はウサギさんですか?」
「そうそう、フィリップは俺似だね~」
「そうなんですね。ライオンじゃないんだ」
身体の力を抜いて、ソファにもたれかかるミシェルさんの肩に手をまわし、さりげなく引き寄せるマリオンさんが答えてくれた。とってもナチュラルにイチャつくやんけ。欧米か!
「獣人の子は大抵、どちらかの親の性質を引き継いで生まれてくる。たまに隔世遺伝で先祖の種族が生まれてくる時もあるがな」
「なるほど……だからキースさんとマーガレットさんのところはハリネズミとカバと、両方の娘さんだったってことか」
獣人夫婦の遺伝の法則――実に面白い。
「それにしてもミコト君、手慣れているわね~」
「弟の面倒とか、友達の赤ちゃんの面倒よく見ていたので……お疲れですね、ミシェルさん」
「そうなのよ~。あぁもう! ウサギの子育ては大変って聞いていたけどこんなに辛いなんて!!」
「うんうん、僕も想像以上だったよ」
「いくらなんでも大げさじゃないか?」
怪訝そうに眉を上げるアルをミシェルさんが睨みつける。あ、その睨み方、アルもよくやってます。
「大げさ……ですって?」
(あぁ~今のはアルが悪いよね)
「この独身デリカシー皆無男!! 耳をかっぽじってよく聞きなさい!! どんなときだろうとお構いなく、永遠に泣かれる気持ちわかる? ミルクもあげて、おむつも替えているのに、ずっと泣き続けるのよ……やだもう、こっちが泣きたい!! もうやだやだ! ウサギなんて嫌いよ」
「あぁごめんよミシェル、僕がウサギだったばっかりに!!」
わぁっと顔を伏せるミシェルさんの頭をポンポンしながら慰めるマリオンさん。
「ミシェルさんがんばってるよ。すごいよ。赤ちゃんのお世話大変だよね」
「うぅ~ミコト君……いい?よく覚えといてほしいの。もしも、運命の人がウサギだった場合は覚悟しておきなさい」
「え……? 覚悟?」
「えぇそう。ウサギの獣人の赤ちゃんはね……“抱っこしていないと泣くのよ” 寂しくて泣いてしまうのよ!!」
(えっと……ということは……)
「生まれてからずっと、ほとんど抱いてるの……」
「ウサギは他の種族よりちょこっと寂しがり屋で、ちょこっと人肌が好きなんだよねぇ」
「……うわぁ」
「呆れるほどお前そっくりだな」
ため息交じりのアルの言葉にミシェルさんを抱きしめたままヘラッと笑うマリオンさん。
フィリップ君を渡した瞬間、すぐにミシェルさんにくっついたもん。私、見てたもん。多分、きっと、ちょこっとどころじゃない。
「ごめんねミシェル。本当に君には大変な思いをさせてしまって……でも僕は幸せだよ。君がフィリップを優しく撫でているときの手がとても大好きなんだ」
「フィリップ……ごめんなさい、嫌いなんて言ってしまって。本当は……」
「うん、知っている。言わなくてもいいよ。大丈夫」
そのまま抱きしめあうお二人。
「……次は絶対ライオン産むんだから」
「そうだね。僕も君そっくりな小さなライオンに会いたいよ」
いろいろ言いたいことはあるが何もツッコむまい。
「アル兄、本当にいいタイミングで来てくれたよ。父さんや母さん、いろんな人に代わる代わる抱いてもらっていたけど、僕もミシェルもちょっと疲れてきたところだったんだ」
「兄さんは全く役に立っていないじゃない。来てくれてありがとうは、ミコト君によ、ミコト君!」
「アハハハハ……」
分が悪そうに顔をしかめるアルに思わず乾いた笑いが零れる。
「フィリップ君も落ち着いてきたし、アル、挑戦してみる?」
「…………」
「怖くないよ、アル。アルの手は大きいから、ちょっとやそっとのことじゃ落とさないよ。首とお尻さえしっかり持てていれば大丈夫」
恐る恐る手を伸ばすアルにそっと受け渡す。
「こうか?」
「そうそう、うん、上手」
まだ首も座っていないこの時期の赤ちゃんって、見たことないと怖いよね。それでも、アルは気難しい顔をしながらも腕の中の小さなぬくもりを一生懸命あやす。そんなアルを興味深げに見つめるフィリップ君。
その不器用な様子は見ていてとても微笑ましい。そっとフィリップ君の頭に手を伸ばすと、フワフワの柔らかい毛がとても気持ちよくてずっと撫でていたくなる。ピンクが目立つ耳を指でなぞるとくすぐったいのかアルの腕の中でモゾモゾと動いたので、ごめんね、と頭をトントンして手を離した。
「ねぇ、アル兄……もし時間あるならこのままフィリップを見ててくれないかな?」
「はぁっ!? 俺がか!?」
「何言ってるのよマリオン! 兄さんに任せるなんて!!」
マリオンさんの発言にライオン兄妹が同時に驚きの声を上げた。
「この通り、ミシェルも僕も少し疲れていて少し休みたいんだ。ちょっと前まではうちの両親もミシェルのところのおばさんたちも手伝いに来てくれていたんだけど、この時期だろう? おばさんたちの宿が忙しくなって来れなくところに、うちの父さんがギックリ腰になっちゃって、誰にも手伝いを頼めないんだ。数時間だけでいいから、頼むよアル兄」
「…………っ」
「でも兄さんに任せるだなんてそんな……」
渋るミシェルさんの頭をマリオンさんが優しく撫でる。
「気づいていないかもしれないけど、だいぶ疲れた顔をしているよミシェル。アル兄だけじゃなくてミコト君もいるし、数時間くらい甘えようよ」
「でも……」
迷っている様子のアルとミシェルさんが同じ顔でフィリップ君を見る。二人とも眉間にしわを寄せて――すごく似た者兄妹だ。
「ねぇ――アル、少しくらいいいんじゃないかな。俺、もう少しフィリップ君と遊んでいたいもん。ミシェルさんもお願い! かわいいフィリップ君をもっと堪能させて!」
「――ったく、少しだけだぞ」
「そうねぇ、そこまで言うのなら……」
マリオンさんとこっそり目配せして笑いあう。意外と考えこんじゃって、中々一歩を踏み出せない、ライオン兄妹の背中は少しだけ押してあげた方がスムーズにいくみたいだ。
それに――大変そうなミシェルさんとマリオンさんに、休んでほしい気持ちもあるけれど、一生懸命フィリップ君のお世話をしている不器用なアルを、もう少し見ていたいなって思ったんだ。
♢♢♢
「寝たかな……」
「そうみたいだな……」
次の授乳の時には起きてくるから……と寝室に入っていったマリオンさんとミシェルさんを見送った後に、アルと交互にフィリップ君を抱っこしてあやす。今はミコトのターンで、フィリップ君もミコトたちにも慣れてきたのか、目を閉じてすやすやと規則的な呼吸を立て始めている。
「置いたら泣くんだっけか……」
「そうだね。せっかく寝たし、今泣かしちゃったらミシェルさんたちまた起きてきちゃうかもしれないし……もう少しこのままいようか」
小声でアルとやり取りしながらフィリップ君の寝顔を見つめる。
「ねぇアル。とってもかわいいね」
「そうだな……」
「いつまでも見ていられるね」
「あぁ……」
まどろむくらいの穏やかな時間が流れる。いつもより低められた優しい声。アルの節ばった人差し指をぎゅっと握る小さな手。幸せってこういうことを言うのだろうか。
「それにしてもさっきの泣き声は……あいつらがモンスターと呼んだのもわかるぞ」
「確かにね」
クスクス小さく笑いながらさっきの喧騒を思い出す。火のつくようにという言葉がぴったりの、まるでサイレンみたいな泣き声だった。
「でも、あの泣き声なら、すっごく元気な男の子になりそう。アルに憧れて、騎士になりたいって言い出したらどうする?」
「俺にか……?」
「そう、だって騎士をしているアルってすごくかっこいいじゃん? だからきっと……」
そこまで言いかけてハッと顔を上げると、目を丸くしたアルと視線がぶつかる。顔が一気に熱くなり、そのまま勢いよく目を逸らした。
「えっと!! やっぱ騎士ってかっこいい花形の職業じゃん? 男の子ならみんな憧れると思うんだよね。特におじさんって身近な人がそうだったら特に!」
「そうだな……まぁなりたいと言われたら稽古をつけてやらんでもない……」
(うううう~、私のバカ! 恥ずかしくてアルの方見れないよ~)
癒されすぎて脳みそがフワフワになりすぎたみたい。どうしたらいいのかわからないくらいの甘ったるい空気がリビングに流れる。でも、二人で赤ちゃん腕に抱いて、面倒見ている絵面ってさ……
「なんか夫婦みたいね」
「――っ!!」
頭の中を読まれたような声に驚いて、視線をあげると、寝室のドアから顔を覗かせるミシェルさん。
「お前、寝たんじゃないのかよ」
「その前にお水飲もうと思って……あと万が一泣いたとき用のミルクの温め方とか……」
「さっさと飲んで、さっさと伝えて、さっさと寝ろ」
軽くやり取りをして寝室にミシェルさんを押し込んだアルが振り返ってこちらを見る。
「腕、疲れてないか? 代わるぞ……」
「あっ、お願いします……」
フィリップ君を受け渡すために近づいたアルの耳が赤くなっていたのは――目の錯覚だと思わないと、心臓がもちそうにないです……
♢♢♢
「兄さん、ありがとう。ちょっとすっきりした。ミコト君もありがとう」
「いえいえ、確かに置いたらすぐに泣いちゃうけど……とてもいい子にしててくれたので大丈夫です。俺もこんなかわいい子抱っこできて楽しかったです」
まだ気だるそうではあるけれど、先ほどよりも良くなった顔色で起きてきたミシェルさんにフィリップくんを渡す。
「そう言ってくれて嬉しいわ。いつでも遊びに来て頂戴。ほんと、もうぜひ!」
「えー、こんなかわいい子と遊べるなら俺本当にいつでも来ちゃいますよ!」
アハハハ、とミシェルさんと笑い合う。よかった、元気になってくれて。子育ては助け合いだよね。
「はいはい〜もうミルクの時間ですね」
ぐずり出したフィリップくんをあやしながら授乳の準備をするミシェルさん。下された髪をそっとかきあげたとき、うなじの赤い跡が顔をのぞかせた。
(えっ……あれって……)
思わず赤面して慌てて目をそらす――あれは歯形だ。
「――っ! おい、マリオン。ちょっとこっちに来い」
「アハハハハ。アル兄、顔こわーい……いや、ほんと。その、誤解だって……」
あちゃ~って顔をしたマリオンさんの首根っこをアルがつかみながら廊下へ出ていく。
「あら――どうしたのあの二人?」
「ええっと……久しぶりに会ったので積もる話でもあるみたいです」
そっと目をそらしながら答えた。
温和と見せかけたロールキャベツ男子って……ウサギとライオンのカップルってだけでも美味しいのに、本当にもうご馳走様です!!
アルの育った環境って、羨ましいくらいのラブコメの宝庫じゃないか。
首元に下がった袋の中の丸い膨らみにそっと手を触れながら窓際に視線を送る。日差しを受けてキラキラ輝く花瓶に咲いた一輪の白い花――
明るい未来への一歩を踏み出すカップルへ、その種をお届けする
“私たちの
(なんで私にお願いされたかはわからないけれど……)
運命の番いと出会えたアイリス姫様。
(きっといつか……アルも……)
「このあとは母さんたちのところに行くんだっけ?」
「あぁ、そのつもりだ」
(あぁそうじゃん! すっかり忘れてた!!)
一難去ってまた一難。というか超難関!?
次週、アルの実家にお泊り編です。
余計な事を考えている暇なんてない!!
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