第110話 ご堪能あそばせハリネズミ飯


「わぁぁぁぁっ!」


 ジークに小言を言われ、アルの厳しい視線に耐えること数時間。


 花の都と緑の都の間に位置する街――トリニートに到着致しました!


 女性の石像がある噴水を中心に、カスタードクリームみたいな色をした石で舗装された道が広がる。並ぶ家々は、どの家の壁も道と同じ美味しそうな色をしているのに、窓枠やドア、屋根はカラフルに彩られ、それで個性を楽しんでいるようだ。


 夏の名残を残すように日差しはまだ温かいけれど、馬車から降りたばかりの身体には、吹いてくる風は少し寒い。体を震わせたミコトの傍を、子どもたちが無邪気に駆けて行った。


 一番最後の、周りより少し小さめの男の子――その子の大きな茶色い毛先が揺れてミコトに当たる。


「ごめんなさい~」


 ぶつかってしまったことよりも、どんどん先に行ってしまうお兄ちゃんたちにおいて行かれるほうが気がかりで、振り返ってミコトに軽く謝ったその子はまたすぐにキャッキャッと笑いながら走っていく。


 小さな丸い耳をピクピクさせ、くるんと巻いた大きな尻尾を揺らしながら――


「あぁぁっ!!」


「――っ!? 大丈夫か!?」


「まったくだいじょばない!! ダメ! 無理!! すんごいフワフワしてた!! 謝らせちゃって、こちらこそごめんなさい! むしろお情けををありがとうございます!!」


 胸を押さえてうずくまったミコトにアルが心配そうに駆けよるが、そんなに心配しなくても大丈夫。逆に余韻に浸りたいから放っておいてほしい。


「かわいすぎるぅぅぅっ!!」


 ユキちゃんの冷めた目や、ジークの今にも吹き出しそうな顔も今は気にならない。というかそれどころじゃない。


 緑の都に住んでいた古の緑の民、彼らは獣人だ。


 つまりこのトリニートも獣人の街で、大人は尻尾や耳を隠せるから普通のヒトと見た目は何も変わらないんだけど、子どもたちはまだ獣化をうまくコントロールできない。


 というわけで耳と尻尾を出したまま無邪気に駆け回る子どもたち――控えめに言ってここは天国だろうか。


「うぅっ……ダメだよ……ダメージが……フワッてした柔らかい毛並みが俺の甲を撫でていったよ……俺、あの子になら踏まれてもいい……」


「……そうか」


「永遠にモフりたい……ただでさえ子どもはかわいいのに……耳と尻尾とコラボしちゃうなんて……ずるすぎる」


「まぁ初めて見るとそうなるかぁ」


「大人になるとなくなっちゃうなんて……あまりにも儚すぎる」


「なくなるんじゃなくて、コントロールしてしまえるようになる――だけどね」


「住んでる人もかわいければ街もかわいい……こんなおいしそうな壁の色はダメだって……」


「土質がそうだからね。緑の都はみんなこんな感じ……ってミコト、そろそろウザい」


 お腹すいたから移動しようよ~と成長期仔イノシシに急かされ、一同はゆっくりと歩き出す。


「さぁ! この街で一番うまい飯屋を……よろしく頼むぞ、アル!!」


 そうなんです、そうなんですよ……お気づきになりましたか皆様方! この緑の都の玄関口“トリニート”は――赤髪の堅物デフォルト仏頂面騎士、アルの出身地なのです。


 私の護衛騎士の故郷がこんなにかわいいなんて聞いてない!!


 気難しい顔と周りの街並みは、まったく合わないように見えて、空気が馴染んでいるから不思議だ。迷いなく進むその足取りと醸し出す空気感に、確かにアルが過ごしてきた年月が感じられて――リアル☆シル〇ニアファミリーへのときめきだけじゃない胸の高鳴りが、好きな人の新たな一面を知っちゃった嬉しさが、広がっていく。


 さっきの男の子を崇め奉る気持ちの中に、その乙女心をそっと隠してみんなの背中を追いかける。緩んだ顔も、浮ついて弾む足取りも、全部ぜーんぶ、ケモ耳ボーイの余韻なんだ、きっと。


「ここだ」


 大通りから一本入った場所にあった、一軒のお店。日に当たって少し色あせたカスタードクリームのレンガと、エメラルドグリーンの日よけ。よく手入れされた鉢植えの白と紫の小花がその外観に彩りを添える。日よけと同じエメラルドグリーンのドアの上にかかった看板に書かれた文字。


『ハリネズミ亭』


「ハリネズミカフェ!?」


「カフェじゃない、飯屋だ」


 真顔で訂正しようがしまいが関係ない。かわいい街、かわいい住人、かわいくない男のイチ押しのかわいい店――フワフワした心にこれは……もうとどめだ。


「ユキちゃん、ここに私のお墓を建てよう。ビスケットの墓石にチョコペンとカラースプレーでトッピングをして、マシュマロをお供えする、甘い甘いお墓をな!!」


「今日はいつもにもましてフルスロットルで狂ってんね」



 ♢♢♢


 ――カランカラン


「いらっしゃ~い……ってアル!? 」


「久しぶりだな、マーガレット。」


 ダークブラウンのテーブルとイス、手作りのキルトでインテリアされたどこか懐かしさを感じる内装の店内。


 ハリネズミカフェに行ったことがないからわからないけれど、小動物の気配は感じない……本当にただのごはん屋さんみたいで、少しホッとした。名前だけだったみたいだ。


「ちょっと~キース!! アルよアル!! 」


 振り返ったお姉さんはアルの姿を見て目を丸くして、すぐに店の奥へ声をかける。おっとりとした雰囲気からは少しびっくりしちゃうくらい俊敏な動き、長いまつ毛に縁どられたたれ目、お胸もおしりも大きくてグラマラスな癒し系のお姉さんとアルはずいぶん親しそうだけど……いったいどんな関係なんだろう。


「うぉぉぉい! アル!! 久しぶりじゃん!! 休暇か?」


「いや……任務の途中でちょいと寄らせてもらっただけだ。奥空いてたら入りたいんだが」


「おう! 空いてるよ!! 後ろの方たちも騎士団の人か? 初めまして~アルの幼馴染のキースです。こっちは妻のマーガレット」


 奥から出てきたツンツンヘアの小柄な男性、キースさんはマーガレットと呼ばれた女の人の傍に寄り添って、アルを見ては嬉しそうに目を細めた。


「どうも、アルの上司のニールです」


「そのまた上司のジェシーです」


 聞きなれない声にギョッとして振り向くと、ロマンスグレーの穏やかな緑の目をしたおじさまと、褐色の筋肉質なおじさまがいて、笑顔でキースさんと握手を交わす――褐色のニールがニッキーで、ジェシーがジーク……? いつのまに蜃気楼ミラーリングしたのだろう。昇天している場合じゃなかった。


 いかにも頼れそうな素敵なイケオジ二人だけど、その目の奥は悪戯な光が宿っていて――余計なことを言われる雰囲気を察したアルが慌てて引っぺがして奥の部屋に押し込んだ。


「ようこそ、トリニートへ! アルがいつもお世話になっております~」


「お世話してます~。アル君はいつもね、騎士団の副団長として頑張っておりましてね、大変頼りにしていますよ」


「そんなアル君のね、故郷に立ち寄るということでね、“トリニートで一番うまい飯屋を頼む”って言ったらここに連れてきたんですよ」


「――! 先輩、何を勝手に……」


「まぁ、アルったら!! いつも黙って食べて感想も言わずに帰っていくのに……あなたうちが一番だと思っていたの!?」


 あらやだ!と嬉しそうな顔をしながら、アルの背中をバシンっと叩いたマーガレットさんと呻いて悶絶するアル。


「キース! 聞こえた? アルがうちがトリニートで一番おいしいお店だって言ってるの!!」


「おう、ばっちり聞こえたぜ~! 確かに必ず帰省のたびに食べに来てくれるもんな~。むっつりした顔して憎いぜこのこの~!!」


 嬉しそうにニカッと笑ったキースさんもやってきては、アルの首に手をまわしてうりゃうりゃしている。


 やめろよ、とうっとおしそうに払いのけるアルに懲りずに絡みつくキースさんとマーガレットさん。


 子どもみたいにはしゃぐ彼らの姿に、こっちまで楽しくなってくる。ジークとニッキーもそうだけど、小さい頃からの知り合いが醸し出す雰囲気って見ているこっちまで楽しくなるよね。


「ま、この辺で勘弁しといてやるか、マギー。トリニートで一番と紹介されたんだ。いつまでもお客様のお腹を空かせたままにしちゃだめだろう。アルがいつもお世話になっているお礼に、心を込めて、ご提供させていただきます。さぁ、何なりとお申し付けください!!」


「そうだなぁ……ここはひとつ、アルのおすすめを頂こうか!」


「そいつはじいちゃんの代から伝わる、ウチの看板料理だね!」


 ニカッと笑ったキースさんのやんちゃな笑顔、これは期待できそうだ。


 ♢♢♢


 真っ赤なトマトソースの海に浮かぶ、きつね色の球体。


「ハリネズミ亭の代名詞、コロッケライス!! お熱いのでお気を付けてお召し上がりください」


 コロッケのザクザクした衣と顔をマッシュポテトで作ったハリネズミ、そのかわいらしい一皿に思わず笑顔が零れる。


 フォークとナイフを入れるとサクッといい音を立ててるハリネズミコロッケ――中から出てきたトロトロの白いチーズが赤いトマトの海に流れ込む。慌ててコロッケライスを一口サイズに切り分けて、その流れを堰き止めながら、たっぷりトマトソースとチーズを絡めて頂く。


「んんん~っ!!」


 トマトの酸味に負けないチーズの濃厚さ。そして何よりも、サクサクなパン粉の触感が堪らない。


 ほっぺを押さえて顔を上げると同じように目を輝かせたジークとニッキー、そしてミコトたちの様子を見てはニヤリとアルが笑う。


「どうだ、ミコト?」


「もう最高だよ!!」


 そうか、って目尻にシワを作って満足そうに微笑むアルにも「んん~っ」ってなりそうになるのを必死でこらえて、ユキちゃんのほうを見ると、大きな口を開けてミートボールにかぶりつくとこだ。ハムスターみたいに頬を膨らませては幸せそうに堪能するその姿にますます食欲がそそられる。


 ミコトの一口には少し大きいそのミートボールを割ると、中からジュワッと溢れ出てくる黄金色の肉汁。ミートボールにもトマトソースとチーズをたっぷり絡めて食べる、噛めば噛むほどに溢れてくる肉の旨味。


「美味しすぎる!!」 


 肉汁が混ざったトマトソースと、チーズとコロッケライスと……食べ進める手が止まらなくてあっという間になくなってしまった。あまりにも一瞬で物足りなくて、そしていっぱい絡めたはずなのに、それでも余ってしまったトマトソースを名残惜し気に見つめる。


「あら、タイミングバッチリね。そんな寂しそうな顔をしないで。うちのコロッケライスはここからが本番ですよ~」


 マーガレットさんが持ってきた大きなお皿に入っていたものは……


「パァスタ~!!」


 余ったトマトソースに替え玉ならぬ替えパスタを入れて食べる! 肉汁、チーズ、トマト、その黄金トリオを余すとこなく絡めとる。


「これ、キースからどうぞ~って」


 追いミートボール!!

 

 ミートボールのトマトパスタが〆だなんて、なんて贅沢なことをしているんだろう。

 美味しいアニメでしか見たことがない。お腹がはちきれそうになるくらいたくさん食べた。


 ハリネズミはもう食べ物だよ。ユキちゃんの勢いに至っては飲み物だったよ。


 ランチタイムの遅めの時間に来たからか、食べ終わったころにはもう他のお客様はいなくなっていて、手が空いたキースさんとマーガレットさんと一緒に差し入れのお茶を楽しむ。


「三人は小さいころからの知り合い?」


「そう、俺とアルは親同士が仲良くてよちよち歩きの頃からの友達。んで、マギーとは初等学校の入学式で出会った」


「私、よく委員長を任される事が多かったのだけど、アルもキースも悪戯好きで、目を離したらすぐに問題起こすから大変だったわ」


「俺はただお前らに巻き込まれていただけだ――大体いつも最後に突拍子もないことをするのはマーガレットの方だ」


「たしかに!」


「そんなことなかったわ!! だってあの時は――」


 やんちゃなガキ大将のキースさんと、しっかりしているのにちょっと抜けているめちゃかわ委員長のマーガレットさん――初等学校の入学式でお互いを運命の番いだとすぐにわかった二人はおとなしくイチャイチャしていればいいものを――とにかくマーガレットさんの気を引きたくて無茶ばかりするキースさんと、「ちょっともう、男子!!」とついつい口うるさくキースさんに構ってしまうマーガレットさん――のラブコメに振り回される初等学校時代のアル。


 あの時はああだった、こうだった、と止まらないおしゃべりがおかしいったらありゃしない。見た目はおっさん、中身は小学生の二人も悪ノリして、旅中のアルをおかしく楽しく話すから――食べ過ぎたお腹が笑いすぎて痛くなるまで盛り上がってしまった。


「ママ~パパ~! 今日のおやつは?」


 そんな最中、あどけない声と共にかわいらしい二人の女の子が顔をのぞかせた。


「お、もうそんな時間か~。ほら、覚えているか? アルだぞ。パパの友達の」


 俺らの自慢の娘たちです、と笑いながらキースさんが二人を紹介する。姉のポピーちゃんと妹のサブリナちゃん、二人ともキースさんみたいなツンツンヘア、それに隠れるようにして小さな丸い耳がピクピク動く。


(あぁぁっ!! かわいい!!)


 思わず凝視してしまったミコトの視線に警戒するように、二人がキースさんの背中に隠れる。


「あぁ、ごめんね。そんなに怖がらないで。珍しかったからつい……」


「お兄ちゃん、ハリネズミの耳見たことないの?」


「ハリネズミ!?」


 ハリネズミ亭のハリネズミってもしかして……


「かわいいだろう? ポピーは俺譲りのハリネズミの獣人なんだよな!」


『カフェじゃない、飯屋だ』


 うんそうだね、確かにそうだったね。ハリネズミを愛でて癒されるどころか、ハリネズミにがっつり胃袋つかまれて、そのうえペロリと平らげちゃったよ……


 アルさんや、君、時々言葉が足りないと言われることはないかい?


「ということは妹のサブリナちゃんも?」


 同じような小さな丸い耳だけど、少し形が違うような……


「フフフ。サブリナは私似、カバの獣人」


 茶目っ気たっぷりに微笑んだ後に、「さぁ、おやつはあっちよ」と愛娘を連れて部屋を出ていくマーガレットさんの後姿を思わず眺めてしまう。


 主にお尻を中心に。


(うん、ナイスヒッポゥ!)


 ええなぁ~カバ娘、って思いつつ視線を感じて顔を上げると、絶対零度の目でこちらを見ながらニコリと笑ったキースさんがいて、慌てて取り繕ったということだけお伝え致しますね。

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