第101話 幕間:ライオン騎士のせわしない心―⑦
地を震わす雄たけび、ギラついた野心を隠さない面構え、今日この日のために鍛えぬいてきたであろう肉体を見せつけ、静かに牽制し合う男ども――闘技大会はまだ幕を開けていないが、開会式の会場ではもうすでに、戦いは始まっていた。
仮面をつけ、顔を隠すことで、自然と筋肉に目が行く。そんなうまいことを考えた古代の海の民のヤツらは、相当な筋肉好きであったのだろう。何が彼らをそこまで掻き立てたかはわからないが、騎士団という男所帯に属しているのでこの暑苦しさは日常茶飯事だし、このノリも嫌いじゃない。
ひしめく猛者どもをぶっ倒して、頂点に立つ――そんなの興奮しない男はいない。いつもみたいに戯れあっているジークとニッキーも心なしか声が弾んでいるようだ。
何度も何度も繰り返し修練したのだろう、王道を極めた上で相手の動きをよく観察してから攻撃を繰り出すジークと、素早い動きで相手を翻弄して隙を引き出していくニッキー、どちらも敵にすると非常にやりにくい相手だが、王国最強を目指す仲間としては大変心強い。全て終わって平和になったら、定期的に騎士団の訓練相手として頼めないだろうか、やる気に満ち溢れたオーラで少し離れた列に並ぶ後輩どもを見ながら、訪れる未来についてぼんやりと考えた。騎士団以外の強者と対峙することは、あいつらにとってもいい経験となるはずだ。ミコトの護衛任務で離れていたしばらくの間でどれだけ成長したか、この試合で何を吸収していくか、非常に楽しみである。相手になった時は全力で叩き潰すがな。優勝は渡さねぇ。
前方中段の席を陣取って、座っているあいつらを見ながら、優勝への誓いを改めて確かめる。こっちの気も知らずに、見事な化けっぷりで女の子に擬態しているミコトとユキ。あの様子だとよっぽどのことがない限り、男だとは見抜けない。周りの視線を集めていることににあいつらは気づいているのだろうか。こんな祭りの真ん中で女子二人でいるなんて、声を掛けてくださいと札を掲げているようなものだ。
――それが目的なんだけどな。
頭ではわかっているはずなのに、
――男が男に話しかけられる想像をしただけで、なんでこんなに苛立っているんだ俺は。
護衛として対象者の身を案じる感情というのは、こんなに黒い色をしているのだろうか。ミコトの護衛を始めてから、知らなかった気持ちがたくさん溢れてきて、手に負えない。
「バッチリ覚えたみたいだね。さすがアル。」
「……うるせぇ。」
――こっちの気も知らねぇくせにそんないい笑顔するんじゃねぇよ。
俺が本当は、ミコトに話しかけてくるヤツをどんな手を使ってでも排除したいなんて考えているなんて夢にも思わないだろう。
においを覚えられるのは、番いか家族だけだということを知ったら、そんな命令を出したことやそれを実践してしまった俺のことをどう思うだろう。
小の虫を殺して大の虫を助ける――俺の中の感情や混乱は、今回の作戦において邪魔でしかない。勘のいいこいつに心の中を見透かされないように、視線を外しながら、そっと息を吐き出した。
「お前たち~! 準備はいいか~!! 」
「うおぉぉぉぉぉっ!! 」
考えても答えの出ない迷いから目を逸らして蓋をする。頭や心がままならない時こそ、身体を動かすに限る。対戦相手に全てぶつけてやろうじゃないか――その意気込みを乗せて、俺も周りと共に腹の底から出来る限りの声をあげて気合を入れた。
♢♢♢
最初の相手は体格の立派な3人組。
こっちの様子を見て不敵そうにうすら笑っている感じが癪に障る。筋肉や身体の大きさは確かに戦いの場において重要だがな――一番大事なのはそれじゃねぇんだよ。
試合が始まり、睨みあっていた沈黙の時間に耐え切れなくなったのはあっちだった。構えていた棍棒の先が揺れ、手足の筋肉に力が入ったかと思うと雄たけびをあげながら向かってきた。
ガンッ――
攻撃を棍棒で受け止め、ぶつかり合った衝撃を下半身に力を入れて耐える。そのまま力づくで押し通そうとする相手の様子を見ながらほくそ笑む。
――力だけじゃ通用しないこともあるんだよ。
受け止めていた棍棒に入れていた力を緩めて、一歩横にそれながら棍棒を手放す。重心が崩れて前のめりになったがら空きの首筋、片腕を回して羽交い絞めにしながら空いた手で、仮面を剥ぎ取った。
――まずは一人。
一息ついて、呆然としている相手に回していた腕の力を緩める。その時、宙を舞いあがる仮面が視界の右端に入ってきた。
カランッ――地面に落ちて転がる乾いた木の音。天に突き上げられたジークの拳、地面を震わせるほどの歓声が会場全体を包み込む。
――やったな。
カッコづけたポーズを決めながら、その歓声を全身に浴びるジークの向こう側で、ニッキーが片手に持った仮面をヒラヒラと見せびらかしていた。
審判により、俺らの勝利が告げられる。
観客席を見ると、目をキラキラさせながら満面の笑みで拍手を送るミコトの姿。その様子に顔が緩みそうになるのを抑え込みながら、会場を後にする。
「なんだよ若。あの派手なポーズ。」
「いいじゃん。盛り上がった方が楽しいだろう。ほら、最高の闘技大会を、だよ。」
「けっ! このキザ野郎が。」
控室までの廊下でじゃれ合っている二人の後ろを歩く。その背中からは余計な力を感じずにリラックスしているようで、頼もしく思える。
この試合、相手も同じ条件とはいえ、この大会で使用を許されている武器は棍棒だ。雄々しさを見せつけるようなぶっといそれは、当たると1発KOとまではいかなくても、相当なダメージを与える。
相手の攻撃を交わしながら懐に入り込んで先手必勝で確実に仮面を奪う――動きを把握する読みと、スピードが、この試合の勝ち筋だ。
そしてそれは、こいつらの得意とするスタイルである。加えて昨日教えたことが――もう役に立っているみたいだ。
この手の大会に出場するようなタイプは力任せのパワー系のヤツが多い。力に力で対抗する手段も悪くはないが、力に対してどうやって自分の力を抜くか――これが意外と重要であったりする。
どちらかといえば、俺だって獣人の腕力を使ってゴリ押しするタイプだ。相手もそのようなタイプなら単純な力比べで動きも読みやすいのだが、厄介なのはフェイのようなのらりくらりと攻撃を躱すタイプ――騎士学校時代から何度も対戦しては苦汁を飲まされてきた。パワー系の対戦相手にとって重要なのは力の入れ方じゃなくて力の抜き方――筋肉だけじゃない戦い方を昨日叩きこんできたこいつらは、相当やりにくい相手となっているだろう。
緩急つけた戦い方を、持ち前のセンスで自分に合うようにアレンジして身につけやがったこいつらの身体能力の高さは、腹立たしい程にあっぱれである。
「まぁまぁ、なんにせよ。まずは一勝、おめでとうだ。」
ニヤリと笑ったジークが立ち止まって両手の拳を俺とニッキーに向かって突き出してきた。ニッキーと目を見合わせ、俺らもつられて口角が上がった。
ジークの拳と、俺とニッキーの片方ずつ、3人の拳をぶつけ合わせて、勝利を分かち合う――気障だと思うがたまには悪くねぇ。
勝ち星を一つ上げるたびに、こうやって拳を合わせながら、優勝までの道筋を辿っていった。
♢♢♢
勝ち進むにしたがって、対戦相手も力任せのヤツばかりではなくなり、無傷で勝つことも難しくなってきた。攻撃が当たった二の腕をさすりながら控室に戻ると、救護室は怪我人で溢れかえっていて大変忙しそうだ。
幸いにも当たった箇所は利き腕じゃない。人が落ち着くのをベンチで座って待っていたがこれだと順番が回ってくる前に次の試合が始まりそうだ。
そんなとき、鼻を覚えのあるにおいが掠めて、入口に顔を向ける。
「おう、ミコト。勝ったぞ――」
控室に入りキョロキョロしていたミコトに声をかけると、パーッと満面の笑みを浮かべて走り寄ってきた。
「見てたよ~。お疲れ様。腕見せて……」
得意げにニコッと笑いながら差し出されたミコトの手。平静を装いながら黙って腕をあいつの方に向けた。
「痛そう。赤くなっている。」
目を伏せ、少しだけ痛ましい顔をしながら、ミコトは赤黒く変化してきた二の腕にそっと手を触れて、優しい光で俺の腕を包みこんだ。
「救護所が手一杯だからな。来てくれて助かった。」
「いえいえ、まだ下手だから時間はかかるけど……このくらいはお安い御用ですよ。今日はあと1試合だっけ? 」
「あぁ。そのはずだ。」
――あぁくっそ。なんだこれは。
なんだか走り出したくて、叫びたくて、むずがゆい思いで、胸がいっぱいになる。試合が終わってすぐに駆けつけてきたのだろう、移動した勢いで少しだけ乱れた髪の毛、首筋に浮かんだ汗。自分の格好なんて気にせずに俺の腕の治療に専念するミコト。
――まるで俺のために、俺の怪我を治すことが目的で、やってきたみたいじゃないか。
お人好しのこいつが、俺のためだけだなんて、そんなことあるわけないのに、さっきの弾ける笑顔で走り寄ってきた姿や今の一生懸命な表情を見てしまうと、うぬぼれた自意識で頭を支配されそうになって、つい浮かれてしまう。それもこれもミコトがかわいい恰好をしているせいだと思う。こんな女の子の格好で、親身になられたら、誰だって勘違いしてしまいそうになる。そわそわして落ち着かないのに、この場所からは、ミコトの隣からは、離れたくなくて、そのまま黙ってミコトの治療を受け続けた。
俺の気持ちなんて知らずに、集中して光魔法を使い続けるミコトの顔を、チラチラ横目で見ながら、ポーカーフェイスを必死で保つ。
たかが治療、されど治療。治療しているのは腕なのに――心まであたたかくなるのは何故だ。
「ミコト来てんじゃーん。俺も治療してよ。もうへとへと! 」
そんなむずがゆい時間は、陽気な声で終わりを迎えてしまった。これでいいのに、少し残念な気持ちになるのは何故だ。
「わかった~もう少しでアルが終わるからその後に! 」
「ミコト、よかったら向こうにいる騎士団員たちもお願いしていい? 」
「うん、もちろん!! 」
ジークとニッキーに、笑顔で答えながら、ミコトの手は離れていった。
――ほらな、俺にだけじゃないんだ。
治ったはずの二の腕がやけに寒く感じて、さすりながら心の中で呟いた。
「今日のところは、何もないみたいだな。」
「……あぁ。」
「俺らもあと1試合だし、また明日次第かな。」
「……あぁ。」
「……お気に入りの玩具を取られた子どもかっ!! 」
「なんだ、何の話だ。」
「……気づいてないならいい。」
ジークがなんかいろいろ話しかけていたが、いろんな男どもの中で、クルクル回るミコトの様子を眺めていたら、全く頭に入ってこなかった。
――そんな格好で笑いかけてんじゃねぇよ。
ミコトに微笑みかけられた男の締まらない顔が癪に触る。俺にあいつの行動を止める資格もないのに、その手を掴んで、知らないヤツから引き離したくなる衝動は――護衛だからか?
あいつは、男だ。危険が及んでいない限り、俺に止める資格も義理もない。それなのに、ミコトが他のヤツと喋っているのを引きはがしたくなるのは何でだ。
他の男は危険だ、近づくなって――語り掛けてくる本能の声を努めて無視しながら、危なそうな様子があればすぐに駆けつけられるように、治療に勤しむミコトをずっと見ていた。
顔、怖ぇよ――小さく呟いたジークの声が聞こえたが、顔が険しくなってしまうのは仕方がないだろう。
護衛としての仕事を俺はしているのだから。
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