第99話 幕間:ライオン騎士のせわしない心―⑤

 ミコトは予定通りルーエンたちと出かけたため、ユキも交えた作戦会議が行われる。


 フェイに対して顔を赤くし怒りまくっていたのに、ルーエンとベイリードに声を掛けられるとあいつはコロッと機嫌を直して、いい笑顔で出かけていった。


 あのようなフワフワした格好で、花咲くような笑顔を見せられると、どうしたらいいかわからなくなってしまう。いや、まぁ、何をどうする必要もないんだけれど……


(犯人たちからすれば、普通の女の子にしか見えねぇな、あれは。)


 事情を知っている俺たちとは違って、あのミコトの様子ならきっとうまく騙されるはずだ。普段は少年にしか見えないのに、服装1つでガラッと変わったミコトの雰囲気には度肝を抜かれた。


 ――まだ脈が速い気がする。


 大きく息を吐いて、精神統一を図る。真面目に会議に参加したいのに、さっきのあいつの顔がチラついて中々集中できない。お前のために頑張ってるのに、お前が邪魔してくんじゃねぇよ。クソッ……


 ジークは着実に、犯人の目がミコトとユキに行くように作戦を立て、それが実行されていく。出歩く子どもが少なくなれば、必然的にミコトが狙われる確率が高くなっちまう。


 そうなるように仕向けているから仕方のないことなのに、少しずつ犯人の汚い手がミコトに伸びているのが癪に障る。


 ――なんも知らずに今頃のんきに楽しんでいるんだろうな。


 目をキラキラさせて、買い物を楽しむミコトの様子が容易に想像できる。それと同時に、その信頼感の塊のような笑顔を、俺ら大人が利用している苦い気持ちが込み上げてくる。


「なぁ、ジーク。本当にミコトに言わなくていいのか? 」


 まだ事件は始まっていないんだ。事前にミコトに話すことで、多少の難易度は上がるが、その疚しさはわずかだが軽くなる――そんな逃げの気持ちから、思わずジークに提案してしまった。


「言わなくていい。こんなに手間も時間もかけているんだ。失敗するリスクは避けた方がいい。」


 ――なんだよ、その笑い方。


 ジークが浮かべた、拒絶するような冷たい微笑。もともとよく笑うやつだとは思っていたが、こんな笑顔は初めて見た。これ以上、何も聞くんじゃない、といわんばかりに壁を作られた気がした。


「ジーク、お前一体……」


 ダンジョンでの1ヶ月でなんとなく分かるようになってきたかと思っていたが、駄目だ。全くわからん。こいつは何を考えてこんなことを考えているんだ。なんでそんなにミコトを巻き込むことにこだわる……聞きたかった言葉は慌ただしい足音で遮られた。


「失礼します! また一件、子どもが帰ってこないと通報が――――」


「「何!? 」」


「作戦会議は一旦中断する。まだ目撃者が近くにいるかもしれない。手が空いているもので、手がかりを探すぞ――」


 現場に急いで向かうが手がかりはなく、目の前で新たな犠牲者を出してしまったやるせなさで、戻ってきた部屋には辛気臭い空気が漂っている。


「作戦は変えない。後手後手に回っていたら――この事件は解決できない。リスクを伴ったとしても、先手を打つ必要がある。」


 焦りと苛立ちが混じったようなジークの低い声。


「チッ――わかったよクソが!! 」


 これ以上、解決にもたついていたらヤツら逃げられて、子どもたちも救えなくなっちまう。ミコトは、思ったことがすぐに顔に出るタイプだ。あいつの警戒心の無さが、犯人を油断させる今回の鍵で――腹立たしいけれど、ジークの言う通りだ。失敗のリスクは少しでも下げたい。


 ミコトには何も伝えないほうがいい。


「怖いわ、顔も声もセリフも!! 」


「おい、アル~そんな顔してんなよ。ミコトが帰ってきたら……泣くぞ。」


「あぁっ? 」


 腹の中のわだかまりを無理やり抑え込んでいるせいか、顔に出てしまったらしい。泣かれるのは非常に困るので、あいつが帰ってくる前に何とかしなければ。


「さすがのアホミコトでも疑うよそれ。ちょっと、海にでも入って――頭を冷やして来たら? 」


 ――何言ってんだ、このクソガキ。


「ユキちゃん……天才!! 」


「おい、待て……やめろ!! 」


 ユキの野郎のキョトンとした顔と、目を輝かせてにんまり笑うジークとニッキーの様子に背筋が寒くなる。


「海底都市に行くにはどのみち必要だろ? 泳ぎの練習。アルは行かないの? ミコトだけで行かせるつもり? 」


「ぅぐっ……」


「護衛騎士がそんなんでいいと思っているのか~!! 」


「クソったれ……っ!! 」


 良い訳ないだろう。でも、苦手なもんは苦手だ。大体、水の中に入ろうってんのが間違っているんだ。誰だ、そんなことを考えたヤツ。空気がない世界にわざわざ飛び込んだ気狂い野郎の精神がマジで理解できない。呼吸できないと……死ぬんだぞ?


 ジークが出してきたハルちゃん案は中々に妙案だとは思うが、それでも頭から足先まで海に入らなきゃいけないと思うと、鳩尾の辺りがキューっと苦しくなって、自然に足が波打ち際から遠のく。


 誰だ、海底都市に至宝を隠したヤツ。鼻の穴から指突っ込んで奥歯ガタガタ言わせたるから出てこいっ!!


 護衛として、ミコトを一人にするわけにはいかないけれど、いまいち一歩が踏み出せずに、無理やり押してくるジークとニッキーに全力で抗う。


「おい、聖女ちゃんの様子はどうだ~? って何やってんだアル? 」


 チッ――、なんてタイミングだ。あの野郎がこの状況を見逃してくれるはずがない。


「副団長、いいところに! この堅物ライオンをハルちゃんに押し込むの手伝って! 」


「ちょっと待て、お前ら報告に来たんだろ!? そっちの方が優先順位高いだろうが!! 」


 来るな、マジでこっちに近づいてくるんじゃねぇ。新しいおもちゃを見つけたみたいにほくそ笑んでいるフェイを睨みつける。


「手掛かりなし、目撃者なし、厳しい状況です。チラシの配布、各世帯への声掛けは終わりました、以上!! あとは聖女ちゃんたちを護衛しているヤツらの報告をここで聞く予定でやってきたので時間も手も余ってるぜぃ~。」


 ――仕事しろぉぉっ!! 俺に構わずそっちがんばれよ!! この状況は非常にまずい。多勢に無勢だ。波打ち際から距離を取って対峙する。


「こら~! 観念しろ~アル!! 」


「別に少しずつでいいだろう!! 寄りによってなんでその方法なんだっ!! 」


 ハルちゃんで潜っていくと、呼吸は出来るし濡れないが、一気に全身水の中だ。そこでもし、万が一のことがあれば誰が助ける!? 全員で向かってくるな!  心の準備をさせてくれよ、頼むから!!


「あんまり暴れんなって、アルぅ~。」


「うるせぇ、元はといえばお前のせいだろうがっ!! 」


 伸ばされたフェイの手を力任せに振り払う。お前が、あの時――初めての臨海学校で浮かれる俺を騙して船から無理やり突き落とさなければ、俺だってもう少し泳げたかもしれないのに!! 


 悪い、悪い、と全く反省していなさそうな顔で忌々しく笑いながら、追い詰めてくるフェイに足払いをかけ、伸ばしてきた後輩たちの腕を躱し、ねじり上げ、距離を取る。


 可能な限り抗いながら、少しでも時間を稼ぐ。逃げたところで何も変わらないけれど、このままおめおめといいようにされるのも癪だ。


 とりあえずそこの馬鹿トリオ、笑うんじゃねぇ。後で覚えとけよ。


「何やってるの? 」


  ミコトが帰ってきたみたいだが、そこに顔を向ける余裕がない。目の前のふざけた猿どもから目を逸らすと一瞬でやられてしまう。


「アル~! お守り連れてきたぞ!! 」


「あぁ? お守りだぁ!? 」


「そ! 水が怖くなくなるお守り♪ テイッ!! 」


「うわぁっ! 」


「うおっ! 」


  上機嫌なジークの声と共に、腕の中に飛び込んできた柔らかい温もり。一瞬隙を見せたのが、まずかった。


 ――プヨンッ


「え? ハルちゃん――っ!? 」


  驚いたミコトの声を脳で処理する前に、視界が揺れ、海が近づいていく。


 ――おい、待て。やめろよ。


 油断していたが、なんやかんやハルちゃんも恐ろしい魔物の一種だったみたいだ。いきなり全身入水させられて、頭が真っ白になる。


 ミコトも驚いたのか、腕をバタつかせて、おい、こんなとこでそんな動くんじゃねぇ!!


 ――ギュウッ


「頼む、ミコト。動くな。ハルちゃんが割れて水が入ってきたらどうする――っ!! 」


 ――お守りなら、お守りらしく大人しくしてろよ。


 水の中の恐怖で押しつぶされそうな中で、腕の中のミコトだけが心の支えで――格好悪いところを見せたくないのに、全力で縋り付いてしまった。

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