第97話 幕間:ライオン騎士のせわしない心―③
「……そろそろ教えてくれるんだろうな。今回の至宝の場所を。」
ジークフリート第3王子、人当たりのいい笑顔で接してくるこの男は、将来の国のトップ、そして国防のトップを担う第1王子、第2王子とは違って、自由気ままな放蕩王子という印象が俺の中にあった。
だが、至宝探しの旅を通して知ったこいつは、人と触れ合うことが大好きで、楽しく、気の向くままに振舞っているように見えるけど、その根本には王族としての血が流れている。
こいつがニッキーを使いながらいろいろ情報収集していることは、何となく知っている。広く情報を集めたうえで、より確実なものを取捨選択していく。こいつのスタイルが俺は嫌いじゃないし、チームの方針を定めるうえで大事なことだと思う。
至宝探しの旅は謎に包まれている部分も多く、途中の方向転換や臨機応変に対応していく判断力も必要だろう。だけど、初めから明確な方向が定まらずに右往左往されるより、十分な吟味をして目的や方針が決まってから、ビシッと明示してくれるリーダーの方が俺は好ましく思う。動きやすいしな。
ジークは自分の不用意な発言が、周りにどのように影響するか知っているのだろう。王族であるこいつの一言で、多くの人が動かざるを得ない。きっとこれまでの王子として歩んできた道のりの中でそれを学んできたこいつは、人の懐に簡単に入り込む軽さをみせながら、根っこは慎重なところがある。
ジークはここに至るまで今回の至宝のありかについて明言していないのは、こいつの中でまだ迷いがあるのだろう。迷っているなら言わなくていい。言わないことは別に悪いことじゃねぇ。不必要なチームの混乱を避けるために、その選択肢を選ぶ時もある。
“過度な情報共有は時に命取りになる”、騎士団の副団長として、俺も率いる側の身として、団長から教わった。他の職種は知らねぇが、俺らみたいに、得体のしれない相手の出方を伺いながら対応していく場合だと、その選択肢も大事となってくる。情報というものはそれだけ慎重に扱わないといけない。
意外とちゃんとしていたジークなりの考えがあるのなら、それに従うまでだ。今回の俺はリーダーでも何でもねぇ。下っ端だからな。気楽なもんだ。ミコトの護衛についてだけ考えていればいい。
と思って何も聞かずにここまで来たが、ミコトから離れるなら話は別だ。俺の任務は聖女の護衛だ。ミコトを置いて騎士団に来るのは、誠に不服である。俺はあいつと、一時たりとも離れてはいけないのだから。
領主の館に行く前と後でジークの雰囲気が変わったことと、関係があるのだろう。おそらく至宝に関して何らかの進展があったのだろうが……それ相応のものじゃないと、俺は帰るぞ。
「今回の至宝のありかは、海底都市の中だと思っている。」
「海底都市ってあの……まさか!? 」
ミコトと先ほど交わした会話を思い返す。俺には関係ないと思っていたが――潜っていくのか!? 非常に見過ごせない問題だが、それよりも気になることがある。
「闘技大会の優勝者だろ? あそこに行くのは――」
ということはつまり、あれか? 闘技大会に出るってことか。
「そう、だから俺たちはなんとしてでも優勝しないといけない。だから彼らに協力してもらいたいんだ。」
ユースタリアに生まれし男なら、誰しもその肩書に夢を見る。魔法は使わない、剣技だけのガチンコ勝負。毎年、祭り後に発行される“月刊・筋肉美談”の闘技大会特集記事は、近所の友達と集まって、食い入るように分析してはひたすらマネしていたのを思い出す。
こんなことで怪我をして騎士の本業に支障をきたすなよ、という暗黙のルールがあったから出場することはないと思っていたが――国のため、至宝のためだからな。仕方がない。
俺の実力は今どのくらいなんだろう。どんな強者が集まってくるのだろうか。
滾る心を抑える。騎士団を使うってことは、八百長でもするつもりなのだろう――真剣勝負をしたい気持ちと、至宝のことを考えるとジークの作戦に従った方がいいと考える自分がせめぎ合う。
戦士は3人、ということは俺と、ジークと、ニッキーか。こいつらとなら普通にやっても優勝できそうな気がするが……いや、待て。そしたら、ミコトとユキが巫女か?
――優勝できなかったら、ミコトが他のヤツらと海底都市に行くのかっ!?
心は決まった。どんな手を使っても優勝しなくてはいけない。説得は任せろ。
しかし、何の事件が起こったのだろうか。騎士団が派遣されるってことは、自警団に解決できない事件が起きたということで――その内容次第では、八百長作戦も厳しい気がするが。
ちょうどその時、部屋のドアがノックされ、フェイが顔を出した。
ジークが至宝探しへの協力を願い出たが、騎士団が今回派遣された目的が誘拐事件だと聞いて顔をしかめる。
誘拐事件は一刻も早く解決しないと、子どもの命に関わる。
フェイの険しい顔や、支部内の慌ただしい様子からその操作は行き詰っているようで――手を借りるのは厳しそうだな。
それにしても困った。誘拐犯がうろついているような街で、ミコトを野放しにしておけない。あいつは自分が誘拐されても気づかずに、のほほんと笑ってそうな男だぞ。
「そんな危険な奴らがいるのか……俺らが闘技大会に出ている間のミコトの護衛はどうするんだ? ユキちゃんだけで? 」
頼りになる魔導士だが、猪突猛進なとこがあるユキだけなのは不安が残る。せめて、ミコトの護衛だけでも借りれないだろうか――そう口を開こうと思ったときに、ジークがとんでもない発言をした。
「副団長。もしおとり捜査をしたとしたら……早期解決できそうですか? 」
――おい、待てよ。なんだよ、おとりって。てめぇ、誰をどう使うつもりだ。
「っふざけるなよ、ジーク!! 」
胸ぐらを掴み上げた俺を真っすぐ見つめるジーク。何だよ……その目は。もう決まったとでも言いたいのか。
「――フェイラート副団長。ミコトとユキちゃんを使ってください。俺らが離れている、闘技大会中に。祭りの騒ぎの中、ヤツらは必ずノッてくるはずだ。」
あぁ、そうだな。ノッてくるさ、きっとそうだろうよ。俺が誘拐犯なら――真っ先に狙って、攫って、永遠に囲い続ける。
「そんな危険なことにミコトを巻き込んでんじゃねぇよ!! 」
と、ユキをか。腸が煮えくり返るようだ。その感情を全てこいつにぶつけたら思いとどまってくれるだろうか。
「冷静に考えろ、アル。初動が大事の誘拐事件でこっちは出遅れているんだ。祭りに乗じてあっちは更に子どもを誘拐するぞ! やみくもに調査しているより、ミコトとユキちゃんを野放しにして影から見守っていた方が――勝率が高い。フェイラート副団長、あの2人を差し出すから、その代わりに騎士団員を何人か俺たちに貸してください。」
祭り――非日常のイベントは大人も子どもも心が浮き立つ。その隙を狙って、さらに事件が広まるのは容易に予想がついた。
「引き続き調査をする者、闘技大会に出場する者、ミコトとユキちゃんを見張る者に――団員を分けてもらえますか。あいつらには、巫女の練習だと言って、女の子の格好で街をうろついてもらいます。例え誘拐されなくても――無防備な子供の周りをうろついている者がいたら目星をつければいい。」
「……わかった。」
普段おちゃらけているフェイも……合理的な男だ。より確実な手段があれば、天秤にかけて、そちらを選ぶ。
「――ミコトが危険な目に合わないという、確証は? 」
と、ユキもか。
「誘拐の目的は、おそらく隣国への売買目的だろう。商品に傷は付けないはずだ。」
――くっそ。こいつのリーダーとしての側面がまたあった。
最小限のコストで、最大限のパフォーマンスを。
ミコトという、美味しいカードがある。と、ユキもだな。闘技大会で確実に優勝するための方法がある。それを利用しない手立てはない。
副団長として、率いる側の感覚が沁みついてしまったのだろう。護衛として対象者を危険に晒すようなこと、反対するべきなのに、俺はジークに賛同してしまった。
「――さっさと終わらすぞ。このふざけた祭りも、胸糞悪い事件も。」
「期待しているよ。灼熱の炎獅子様。」
♢♢♢
おとり作戦の会議が始まったが、そんな生ぬるい警備でミコトに何かあったらどうする。と、ユキにも。
多少魔法が使えるようになったとはいえ、まだあいつは実践をあまり経験してないんだぞ。
大会に出て俺が直接あいつを見れない分、慎重にいかなくては――
「アル……ミコトのにおいを完璧に覚えて追跡することは可能か? 」
「はぁっ?? 」
無茶言うなよ。ヒトよりも鋭い感覚を持っている獣人は誤解されることが多く、時折このような質問がある。無関係なヤツのにおいまで覚えていたら、生きづらくて大変だろう。集中すれば接近してくることくらいはわかるが、位置を特定するまで覚え込むのは家族や番い相手のみで……そう反論しようと口を開きかけたが、覚えのあるにおいを俺の鼻が嗅ぎ取った。
――おい、待て。
「お前、ミコトの護衛に自分が関われないことが嫌なんだろう? そうしたらミコトのにおいを覚えて……この街のどこにいても、居場所がわかるようになっていればいい。」
集中して鼻に意識を持っていく。かすかに香る甘い香り。このにおいを俺は知っている。何度も好ましいと感じた。
これは、ミコトのにおいだ。宿の方角から漂ってくる。
――俺はもう、ミコトのにおいを覚えてる……!?
どういうことだ。なんでだ。ずっと一緒にいるから、覚えていてもおかしくはないのだが、さすがにどこにいるかまでわかるとは……家族以外でそんな相手は番いだけのはずじゃないのか!?
「殿下、さすがにそれは――「わかった。」」
なんにせよ、覚えてるのなら都合がいい。これで、護衛としての役目を果たすことが出来る。
――ジークの言う通り、俺もあいつを守ることが出来る。
そのことに気づいた瞬間、胸に広がったあたたかさは一体なんだ。
「うっそ、マジで? 」
そんなに驚いてんじゃねぇよ、フェイ。俺の方が、びっくりしているんだからな。
「任せたよ――我らが聖女様の護衛騎士。」
俺の番いじゃない、ミコトのにおいがわかる。意識すればするほど、濃く感じられる。それなりに職務は真面目にこなすほうだと思っていたが、いくらなんでもこれは……ミコトにのめり込みすぎてないか?
護衛としての新たな才能を開花させてしまった自分が恐ろしい。
「アル、ユキちゃんのにおいも覚えられそうか? 」
「……無理だ。一人で精一杯だ。」
つい反射で断ってしまった。頭で考えるよりも先に――口が動いた。何なんだこれは。
悪く思うな、ユキ。冷静に考えてみたけれど、ミコト以外はなんか無理な気がするんだ。というか、ミコト以外覚えたくない。俺の本能が拒否している。
――これ以上、番い以外に特別な存在が増えるのは手に余る。
部屋に戻って、寝ているミコトを見ながら考える。
こいつのにおいを覚えてしまったのは、護衛としての使命感からか。それとも、別の何かがあるのか。
そっと近づいて、その穏やかな寝顔を覗き込む。額にかかる前髪が邪魔そうだったので手を伸ばして慎重に払いのけた。
――これで顔がよく見える。
そのことに満足そうに、口元を緩めた俺の姿が、鏡に映った。
――何だよ、俺マジで変態じゃねぇか。
急いでミコトから離れる。頭を撫でたいと思うことも、においを覚えてしまったのも、顔が見たいと思うのも……こんなこと初めてだ。おかしい。ありえない。訳がわからなくて頭を抱えた。
――自分が自分じゃなくなっていく気がする。
そのとき、ドアがノックされて、ジークが顔を出した。
「どうした……?」
「いや、留守中に何かなかったか確認しに来ただけだ。」
「そうか――あいつは何も変わらずだ。お前も早く寝ろよ。」
変なのは――俺だ。
「あぁ、わかっているよ。それじゃあ、アル、おやすみ。」
「おやすみ――」
ジークが去って、再び部屋に訪れた沈黙。俺もいい加減眠らなくては。
ベッドに身体を横たえ、目を閉じる前にミコトの方を見ながら問いかける。
「なぁ、ミコト。お前、一体何者だ……」
俺が勝手におかしくなっていったのか、お前がそうさせたのか。
気持ちよさそうに寝返りをうつあいつはもちろん、何も答えない。
自問自答を繰り返しながら、そのまま眠りについた。
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