第95話 幕間:ライオン騎士のせわしない心―①
(あぁーくっそ、さっきから落ち着かねぇ。)
それもこれも全部こいつのせいだ。目の前でちんまり座っている少年を見る。俺とジークを困ったアホ顔で見比べているこいつは何もわかっちゃいねぇんだろう。
どうなってんだよ異世界の情操教育は――!!
まさか目を離したすきに12歳の少年がハーレム形成してるとは思わないだろう……。風の都に行く前に、クリスティア姫様やディアナ嬢とも仲がいいと思っていた。あの時は子ども同士のじゃれ合いだと思って気にも留めていなかったが、きっとあれはハーレムの前兆だったのだろう。もし見抜けていたら、このあどけない顔した堕天使をダンジョン攻略中に徹底的に教育しなおしたのに……
こいつがそんなに女好きだったとは――なぜかものすごく――そのことにショックを受けている自分がいる。
一回りも年下の少年に先を越されたからか? いや、何を張りあっている。俺は獣人だ。抱きしめるのも人前でイチャつくのも番い相手だけだと決めている。
腹の奥で燻った感情を少しでも抑えたくて、大きく息を吐く。その俺の様子に、ミコトがピクリと反応した。怖がらせて悪いとは思うけど……お前のせいだからな。
一緒にいるならやっぱりむさくるしい男よりも女だよな――大抵の男ならそう達する結論になぜここまで苛立つのか。ミコトが俺よりもうちの女騎士を選んで観劇に行ったあの日から、ずっとモヤモヤしている。当たり前なのにな。
時折感じるジークからの視線。やめろ、そんな責めるような目で見るな。護衛を他のヤツに任せて、目を離したことは反省している。せめて女じゃなくて男を……と思ったが、適任者を脳内でリストアップしていくうちに、さらにイラついてきたのでやめることにする。
結論、もう二度と他人に任せたりしねぇ。油断するとミコトは予想外の方向に転がっていくから、俺が責任もって注意しよう。
そしてジークの説教中に衝撃的事実が発覚した。
――あっちでもこっちでもハグだとっ!?
不埒な異世界文化に頭が真っ白になる。あぁでもそういうことだったのか。あいつを見てると自然と手が出てしまうのは。
自分の行動に違和感はあったのだが、ミコトのオープンウェルカムな雰囲気に引きずられてしまっていたということか。なら仕方ないよな――厄介だなぁ、ハグ魔。
顔を真っ赤にしてからかわれているミコトを見て思う。やっぱり、男の護衛はやめておこう。獣人の俺だから耐えられているのであって、こいつに抱き着かれて勘違いしそうなやつも出てきそうだ。ミコトが抱き着きそうな気配があれば――これまで以上に気を引き締めて事前に阻止しなくてはいけないな。
♢♢♢
海か……
いろんな意味でしょっぱい思い出しかない。海のない緑の都出身の俺は、騎士学校時代に初めて海を見て……調子に乗り……挫折した……。泳ぐことに関しては何をどう頑張ってもダメだった。
(臨海学校とか地獄だったなぁ……)
海がなかったから、獣人だから、というのはダサい言い訳だと自分でもわかっているが、無理なものは無理である。
あいつらは、まだこのことを知らない。荷物が心配だ~とか何とか言って、適当にやり過ごすことを心に決めた。ほとんど荷物ないけど。
のんきな掛け声で体操をしているミコトを見る。部屋の時も思ったが、ミコトはいつもダボっとした服を身につけているから……こんなに肌が見えているのは初めて見た。
太陽の光の下だとその白さがよくわかる。スラッと伸びた足、いつもは隠されている膝と二の腕。膝裏のくぼみって見ていて飽きないんだなぁ、初めて知った。二の腕も柔らかそうで触ってみた……チッ、隠された。
そのまま逃げるようにミコトは海に行ってしまった。
(――って俺は何を考えてたんだっ!?)
逃げられても当然だ。俺は少年相手に何を考えていたんだ!? その場にしゃがみ大きく息を吐く。最近の俺はどうもおかしい……
ジークとニッキーが大はしゃぎしている笑い声が聞こえたので顔を上げる。ちょうどずぶぬれになったミコトが立ち上がるところだった。あいつらに何かいたずらでもされたか?
「――んなっ!? 」
なんだその腹はっ!! ミコトが捲くったシャツからチラリとお腹が見えた。白くって、腹筋のかけらもなくて、柔らかそうで、甘そうで、一瞬だけ見えたそれに目を奪われる。撫でてみたいと思った自分に驚愕する。
俺の思考回路にもドン引きだが――とりあえずジークたちの前からその腹を仕舞え。
あとでミコトに「浜辺にヤンキー座りでメンチ切って、湘南の不良かっ!! 」と言われたが、ヤンキーってなんだ? メンチ……とは? ショウナン……?
♢♢♢
はしゃぎまわって疲れたミコトが戻ってくる。随分と楽しそうだったな。俺も泳げていたら、一緒に楽しめたのだろうか、と少しだけ考えてしまう。
美味しそうにサーニャジュースを飲んで、目を輝かせるミコト。こいつは表情がコロコロ変わるから見ていて飽きない。何もかもが初めてのミコトに、いろんなことを教えてやりたい。どんな顔で、どんなリアクションをするのだろうか。
ジュースを堪能しているミコトを眺めていると、ふと、背中にうっすら浮かぶ横のラインがに気づいた。何だこれ?
――うわぁ、ちょっと待て! すまん!! これは本当に俺が悪かった!!
どんどん声が尻すぼみになって、最終的には顔を赤くして俯いてしまったミコトを前にオロオロする。まだ泣いてないよな? セーフだよな?
身体を抱きしめて震える様子は胸が痛い。だから、ダボダボの服で……精一杯自分を隠していたんだな。その健気で、儚げなミコトを誰にも見られたくなくて、そっとバスタオルをかける。あと、ジークたちにこのこと知ってほしくないしな。何でかわからんが絶対バレたくない。
その割にはあいつらと無防備に遊んでいたな、と思うと溜息をつきそうになる。警戒心はどこに置いてきたこいつは……膨らんできちゃってって、一体どのくらい……
(ストーップ、俺の思考回路っ!! そこまでだっ!! )
これ以上そばにいるのはよろしくなかったので、慌ててジークやニッキーたちのところへ逃げる。
おい、やめろニッキー。水をそんなにかけるな……あぁぁぁぁ!!
――バレた。最悪だ。
いつまでも大爆笑中のこいつらが腹立たしい。でも、さっきまで泣きそうだったミコトが笑っているから……まあいいか。もっとカッコよく笑顔にしたかった気もするが、お前が楽しそうならなんだっていいわ。
とりあえずそこの馬鹿コンビは橋の上で騒ぐんじゃねぇっ!!!
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