第94話 幕間:キラキラ王子の腹の中―⑪
王都に戻り、しばしの充電期間だ。とは言っても、次の至宝のありかの情報収集に終われているが――その合間に、ミコトたちとみんなで孤児院に訪れた。
(あぁ癒される……)
いろいろあって荒んでいた心が瞬時に浄化されていく。この子たちの方が女神だと思うんだ、いろんな意味で、本当に。
そんな中、ミコトが自慢げに取り出した1枚のポスター。
『イカのおすし』
子どもを誘拐から守るための標語。
正直、目からうろこだった。子どもたちを守ることばかり考えていたけど、子どもたちが自ら考えて知恵をつけて、攫われないようにする方法があるなんて。しかも楽しくてわかりやすい。
(俺のしたことって……必要だったか? )
俺が手を差し伸べて舞台を作らなくても、ミコトは、自分の知識と経験を生かして、この国のためにできることを考えて、行動できる。
得意そうに子どもたちに教えているミコトが眩しく見えた。
「どうしたの、ジークちゃん? 寂しそうな顔をして。」
「シスターアンナ……」
この孤児院で勤めている、シスターアンナとはもう長い付き合いで、たくさんの子どもたちの母である彼女の前では、俺も子どもと同じ扱いだ。でもその扱いはなぜか心地よいもので、素直に吐き出してみたくなった。
「まだ、子どもだと思っていたんですよ。守ってあげて、道を作ってあげなきゃと思って……。」
「あっという間よね、成長って……いつも驚かされるわ。」
アルにガミガミ怒られているミコトを見ながら思う。俺がやったことは余計なお世話だったのだろうか……
「なに置いてきぼりにされちゃった顔してるのよ、ジークちゃん! 喜ばしいことじゃない。」
「いや、まぁそうなんですけどね……」
「寂しいわよね~、まだ面倒見てなきゃって思ってたら、いつの間にか一人で出来ることが増えてるんだもの。」
シスターアンナは、ミコトと子どもたちを優しい目で見ながら続ける。
「いきなり成長に気づいて、寂しくなることって多いわ。でも私たちに見えてなかっただけで、子どもはみんな、毎日成長しているの。」
その言葉にハッとする。ミコトがこの世界に来てから4ヶ月弱、毎日隙間時間で魔法やこの国のことについて勉強していたミコト。今は、アルと一緒に聖力の使い方の練習もして……来たばかりで泣きじゃくっていた、あの頃と違うのは当たり前だ。
「だからってすぐ手を離れるわけじゃないわ。助けを必要とするところもある。少しずつ大人になっていくことを喜びながら、まだ足りないところはそっと、そしてちょっとだけ、サポートしてあげるの。私のシスター人生で学んだことよ。」
俺の背中をバンッと叩きながら、シスターアンナは微笑む。
「まだあなたにも出来ることがあるはずよ。やり過ぎないように、加減するのがとても難しいけどね。」
ビリビリする背中を感じながら考える。これからもどんどん成長していく少年のために俺が出来ることは何なのか。
「ついつい手を出してしまいがちなのよね~。お節介おばさんの悪い癖。」
カラカラと気持ちのいい表情でシスターアンナは笑う。
「コツはね、子どもの成長した力を信じることよ。」
(ここでも“信じる”かよ~……)
“頼る”も“信じる”も。今一番聞きたくない言葉だ。でも、ウインクして得意げに語るシスターの様子に力が抜ける。
(こんなの見せられちゃったら、嫌でも認めるしかないな……)
ミコトがもたらした異世界の知識、手作りのポスターを眺めながら思う。これは、この国のためにって、ミコトが自ら動いて、行動したこと。聖女の評判だなんだって、気にする前に、ミコトの成長を認めてあげることから俺は始めるべきだったんじゃないだろうか。
(成長の力を信じる……は出来そうだな。)
さすがのあいつも、子どもの成長まで操ってはこないだろう。そう思うと愉快な気持ちになってきた。
「ねぇジーク~、暇なら鬼ごっこしようよ!! 」
俺を引っ張っていく小さな手に誘われて、みんなの輪の中に入る。
こんなに晴れやかな気持ちになったのはいつぶりだろうか。グルグル回っていた思考回路が、嘘だったみたいに落ち着いている。
(またミコトに救われちまったなぁ~)
何気ない行動で、俺を救ってるだなんて、呑気に笑っているミコトは思いもしないだろう。照れくさいので絶対に教えないけど。
(まぁ、これも利用できそうだから利用させてもらおうか。)
誘拐事件を身体を張って解決した後の犯罪防止のキャッチコピー。世間の注目度もその内容もバッチリだ。下がった名誉を復活させることは難しいからな、ここは俺がサポートしてあげるべきところだと思うんだよねぇ。ほくそ笑む俺を見て、ニッキーが呆れた顔をしたが気にしない。
(とりあえず、お寿司が食べたい……)
ミコトのポスターの至る所に出てくるお寿司が美味しそうで……お腹がすいた。
“イカのおすし”全国運動は見事広まった。ミコトは自分の力でその名誉を高めることに成功して、大層愉快な二つ名をゲットすることにも繋がった。
こうなるとは予想していなかったんだよ――まぁイカ美味しいし、よかったじゃん。
俺はタコよりイカ派です!!
♢♢♢
執務室でニッキーが持ってきた報告書を見ながら考える。
「やっぱり、各都市1つずつかなぁ? 」
「今までの傾向からするとそうだろうなぁ……」
至宝は自然エネルギーの塊だとクソ女神は言っていた。シビス・マクラーレンが、至宝を持ち出さなかったのではなく、持ち出せなかったとしたら……辻褄が合う。
全て仮定にしか過ぎないけれど、花の都、風の都、海の都、それぞれに一つずつあったってことは――
「残るは、緑と水と本と砂か……」
各都市の歴史的建造物にまつわる伝承や逸話、不可思議な事件を調べながら、王子として割り振られた公務もこなす。
至宝探しがあるからかなり免除されてはいるけど、ゼロではない。
「んで、次の行先もそろそろ決まったんだろ? 」
「あぁ、ここかな……」
地図を指さす。今いる花の都から北東の位置、緑の都グラスノーラ。その場所を見て、俺の影はすぐに思い当たったのだろう。もしかしたら、予想していたのかもしれない。
「ミコトも……招待されてるのか。」
「本人がそのつもりだって言っていた。」
「そうかぁ~……」
緑の都の
ユースタリア王国三大祭りの一つ。残念ながら、今この地に至宝が関わっているような怪しい噂や事件はない。けれど、
劇場テアトリージョで聖力の修行をしているミコトの成長に期待しよう。
そして、この地で暮らすあの人に会いに行くことは、俺らにとって必要な事だと思う。至宝探しと並行して、至宝のこと、シビス・マクラーレンのこと、闇魔法のこと、もっと知る必要がある。
「ねぇ、ニッキー……」
「ん~? 」
資料に目を落として、なんでもないフリをしているニッキー。気持ちはわからないでもないけれど、同情している暇はない。
話しかけたはいいけど、かける言葉を探して迷っていた気まずい雰囲気の中、段々と大きくなってくる荒い足音。襲来したイカ聖女はその空気をぶち壊して、狐を置いて、ライオンに連れられ、去っていった。
「聖女様の護衛騎士は、些か気が短いですなぁ。これでは……親睦を深めようにも深めることが出来ない。」
「……その話は至宝が全て見つかってからだと何度も言っていますよ。ベッケンロード候。」
「至宝のありかの見当がついているのなら、聖女様ではなく騎士団を派遣した方が効率的だと私は思いますがね。」
「聖女でなくては、見つからない場合もあると議会で結論が出たではないですか。」
「それはそうですが……殿下、子どもの成長とはあっという間ですよ。その貴重な時間を、大人の事情に巻き込んでいることに罪悪感を、殿下は感じませんか? 」
「……。」
「時は、有限です。無常に過ぎ去っていく。それはお金では買えないものなのです……」
この人は、嫌なところをついてくる。
「聖女様の少年時代を無駄にはしたくないのですよ、私は。殿下、どうか決断をお早めに……。」
恭しく礼をしてくる侯爵のいうことは正論で、何も言い返せない。とはいえ、俺に解決できる問題ではないので聞き流す。
「話はそれだけか? 」
「いいえ、ここからが本題です。前回の風の都、ロイズ及びダンジョン攻略の明細書……これは一体何ですか。無限収納鞄を5つもなど……1つで十分なはずです。」
「いや、それはその……」
(ほら~、やっぱり怒られたじゃないかっ!! )
普通、パーティ内で1つでいい無限収納鞄を5つも買ったんだ。ユキちゃんとニッキーは、絶対個人目的の、下心丸見えだったけど……俺も料理道具とか妥協したくなかったし、ミコトも目をキラキラさせて嬉しそうだったしなぁ。となるとアルにも買わないと、って思うじゃんね。
前回の滞在時にこっそり提出していた、明細書の必要物品の内訳で、財務大臣直々にしこたま怒られた。リストの内容なんて見ない人もいる中、ちゃんと確認するその仕事ぶりは評価できるけど……ネチネチしつこいんだよね。この人の怒り方って。
旅の必要経費で――と訴えたけど通らなかった。まぁこれに関しては買った時点で覚悟はできていた。
「わかりました。これに関しては自腹で払います。」
その後の旅の快適さが格段にあがったしね。安くはないけどいい買い物だった。
「ご理解いただきありがとうございます。では続いてですね……」
そして一般冒険者グループのダンジョン攻略、約1ヶ月期間での食費などの平均的な出費データを延々とプレゼンされ……結論、俺の自腹は結構な額になった。
「若~、ゴチになります!! 」
いい笑顔で降りてきたニッキーが腹立たしい。ダンジョン攻略中の飯がマズいとか最悪じゃん。必要経費だと思うんだけどなぁ……
「それよりも、ベッケンロード侯爵って……あれだよな。」
「あぁ、そうさ。ミコトの……父親候補の一人。」
極秘事項であるから、まだ国の上層部しか知らない。ミコトを引き取りたいと手を上げている家は何組もいる。それが純粋な好意なものか、名誉のためなのかは――よく判断していく必要がある。果たして、ベッケンロード候はどちらなのだろうか。見極めていかなければならない。
世界が救われた後、ミコトが普通の男の子として幸せに暮らせるように。
(アルは獣の本能で嗅ぎ分けたかな~)
このことは知らないはずなのに、ポーカーフェイスだったが敵意むき出しだったアル。あいつはどんだけミコトと離れたくないんだよ。
「じゃ、俺は緑の都の噂探しに行ってきますね。」
さっきまでと打って変わって、楽しそうなニッキーの様子に少しホッとする。そのまま部屋を出ていこうとしたその背中を呼び止めた。
「それだけじゃなくてもう一つ、ユキちゃんと――闇魔法について調べてきてくれないか? 」
俺のそのお願いで――いろいろ察したんだろうな。
「あいよ~」
軽く返事をして振り返らず、そのまま去っていった。
ユキちゃんと、ニッキーに頼った方が絶対いい情報が得られるはずなのに、なんで俺は一人でやることに固執していたんだろうな。ミコトの成長を信じてみようと思ったあの日から、何かが変わった気がする。
問題は山積みだけどとりあえず、緑の都では財布の紐を締めていこう。海の都の滞在は――大丈夫だよね、短かったし……ちょっと不安になってきた。
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