第93話 幕間:キラキラ王子の腹の中―⑩


(化け物って……こういうことか!! )


 目の前の奇々怪々な存在に目を見張る。こんな生物は、初めて見た。


 大渦に巻き込まれ、アルとニッキーに押しつぶされながら目を回す苦行から俺らを救ってくれた拳に、俺の常識や価値観はバキバキに砕け散った。


 歴史書に登場する女神の娘の描写がない疑問が解けた。これは後世に伝えられないし話しても信じてもらえない。専門家は今も女神の娘たちに関して活発な意見を交わしているが――それは全て無駄だと悟った。おそらく深堀りしてはいけない封印すべき歴史である。


(おとぎ話に出てくる人魚はみんな綺麗な女性だったのにな……)


 男の夢を返してくれ。頼むから――


 今まで出会ったどんな人物よりも逞しい筋肉、迫力のある巨体、俺ら5人を悠々と持ち上げる力強さ。どこからどう見ても、男のくせに……やけにしなを作って俺らをもてなすオカマ、女神の娘アクアローラ様による問答無用のティーパーティーに現在参加中である。


 いくらなんでも想定外過ぎる。こちとら戦う気満々で海底都市に挑んだのに……なぜ貝殻でそこを隠す。逆に目が行ってしまう。たなびく胸毛と共に、意識をどこか遠くへ手放したくなるのを必死でこらえる。これまでの人生で身につけた仮面を総動員しながら、お茶を味わう――この化け物が手ずから入れたお茶が絶品なのがまた……俺の何かを削った。


(それにしてもミコトは――なんで普通に喋れるんだ!? )


 いつの間にか女神と、お菓子作りについてキャーキャー喋っているミコトを――本気で尊敬した。ユキちゃんやニッキーを見てみろ。まだ状況についていけてないぞ。ニッキーには……あとで謝ろう。大丈夫だ、同じダメージを俺も受けている……顔に出さないだけで……


 アルは……やっとフリーズ状態から立ち直ったみたいで、恐る恐るお茶に口づけている。視線だけは女神から絶対に逸らさないその様子は、警戒心むき出しなのが丸わかりで、頭を抱えたくなる。


 頼れるのがミコトしかいない。


(こうやって、メイドや女性騎士たちを侍らせていったのか……)


 女だけでなくオカマも誑し込む、ミコトの真髄を垣間見た気がした。


 バリトンボイスのはしゃぐ声が響き渡る不毛なお茶会。ゴツイ人魚から繰り出される、洗練されたレディの動作に、何かをえぐられながら思う。


(国の始まりから全てを見てきた女神なら――真実を知っているかもしれない。)


 聖女について、至宝について、そして、シビス・マクラーレンと闇魔法の関係性。せっかくのチャンスだ。少しでも多くの情報を――


「その質問にはイエスであり、ノーね。」


 くねくね腰を揺らしながら近づいてきた力強い腕に、グッと顎を上げられる。


「賢いあなたなら察しはついているんでしょう。第3王子ジークフリートちゃん♪ 」


(やはりそうか――)


 推測していた内容を告げると、女神は満足そうにその瞳を細めた。


「お見事♪ 」


 ――――正解したのは嬉しいけどこの体勢は何なのだろうか。


 フサフサの髭から見え隠れする、唇を見ながら思った。なんで縦シワ一本もなくケアされているんだよ。自分から逃げるのは負けた気がして腹立たしいので、居心地の悪い距離感のまま話を続ける。




 海と同じ色の瞳に見つめられると、隠していた焦りや葛藤、俺自身の小ささをさらけ出すようで――


 慎重に、慎重に……と心掛けていた俺の内側を暴かれる。


 情けない――でも誰かに話したかった――頭を撫でるあたたかい手に誘われるように口から出たセリフは、自分でも驚くほど声が震えていた。




 母なる海とは、先人はよく言ったものだ。受け止められた思い。その腕に、身体に全てを預けてしまいそうな気持ちになっ――――




(十代目ってなんだよ――っ!! )


 ミコトのセリフに一気に目が覚めた。一体全体なんなんだ。あれだ。あの目は危険だ。何か妙な気分とテンションにさせられてしまった。ハッとして慌てて距離を取ると、女神は面白そうに目を細めながら俺を見つめ


 ――かわいいっ♪


 じっとり見つめられながら口パクで伝えられたその言葉に、背筋をゾワッとしたものが駆け上がったのは言うまでもない。



 ♢♢♢



 鳥肌を抑えながら聞いた話は――


 思っていたより強行突破過ぎて理解できない。

 容量の限界をエネルギーを注入して超えさせるってどういうことだ!? 


 あの説明で納得したミコトがわけわからない。追求したくて口を開こうとした瞬間、頭上に大きな影が差して思わず上を見上げる。通り過ぎていく小魚の群れに、地上からの光がキラキラ反射して幻想的だ。


 今、俺は深海でお茶してるんだな――オカマと。

 目の前には人魚もいるし――オカマの。

 変なテンションにさせられたし――オカマに。

 伝説上の人物、女神の娘にも会えたし――オカマだったけど!


 ありえないことばかりが起きている理解不能なこの状況に、聖力云々は些細なことのように思えて――思考を放棄した。


 あのインパクトで、そうなんだ、と言われたら――そうなんですね、と納得しよう。それがいい。考えだしたらキリがない。


 自分たちだけじゃ辿り着けなかった、情報が聞けただけでも御の字だ。冷めてもうまいお茶をすすりながら悟った。



 ♢♢♢



(だあぁぁぁぁぁぁぁっ!! あのクソオカマ!!! )


 いまだに残る、生暖かさと柔らかい感触を忘れたくて杯を重ねる。過去の戦士や巫女が口を閉ざした理由がわかったよこの野郎。絶対に――言えない。


 聞きたいことはいっぱいあったのに――



 目の前に急接近する髭。唇に感じた柔らかい感触。鼻をくすぐる甘い香り。俺を力強く引き寄せた逞しい腕は、片手は俺の手を握って、反対は背骨に沿って撫でおろしながら、腰のあたりをまさぐる。突然のことで反応できず、固まる俺から少しだけ唇を離して、この距離でしか聞こえないような声で女神は囁く。


 ――あまり一人で抱えちゃ駄目よ。周りを頼ることが最大の防御になるわ。


 さっきそのことは話していないのに、見抜かれていたことに驚いて身体がビクつく。身じろぐ俺を両腕で抑え込みながら、女神は再び口づける。


 目が合った女神は獲物を前にした捕食者のように嬉しそうに目を細めた。


 湿った生暖かいものに唇をなぞられるが、それだけは避けたくて必死で抵抗する。そんな俺の様子を楽しむように、唇と唇を擦り合わせながら、時折優しくハミハミと……



(うがあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! )


 忘れよう、全て――




「んあぁっ!? 」


 頭に走った衝撃で、少し目が覚めた。そのまま寝かしといてほしかったよ……マジで……頼むから……


 誰にされたかわからないけど、周りも出来上がって騒がしい中では追及したところで無駄だ。再びトリップ出来るよう、手近な酒瓶を引き寄せ、再び酒を――




「……か、……若。」


「ん~? 」


「飲みすぎだ。気持ちはわかるけど……ほら、水。」


「う~ん。いらない~。」


「明日、後悔するぞ。」


「うん、するする。後悔してる~。」


「ったく……知らねぇからな。」


「俺ミコト泣かしたこと後悔してる~。」


「……」


「俺がちゃんと話してたら、何か変わったのかな。ミコト泣かなかったかな~。」


「どうだろうな……」


「周りを頼れってどういうことだよ~。フワッとしすぎなんだよ~。」


「はいはい……ほら、ベッド行くぞ。肩貸すから。」


「わかんないことだらけだよ~、何が一体どうなってんだよ~。」


「酔ってたら何もわかんないだろう……いつも次の日には忘れているくせに。ほら、寝ろ。」


 横たわったシーツのひんやりした感触が、火照った頬に気持ちいい。布団を抱きかかえながら、喋り倒す。どこかに行ったりしないでずっと傍にいてくれるから嬉しい。


「信じるってなんだよ~教えてくれよ~。」


「そうだね……」


「わからないから聞いてるのにさ~。」


「そうだね……」


「周りってどこからどこまでだよ~。」


「うん、そうだね……若、何週目だよこの話……もう寝ろよ酔っ払い……」


「ん~……また名前呼んでくれよ……ニッキー……」


「…………」


 この返事を聞く前に、俺は意識を手放した。




 次の日、襲い掛かる吐気と頭痛に後悔したのは言うまでもない。飲みなおしたところまでは覚えているけどその後はどうやってベッドで寝ていたかもわからないし……消したい記憶は残ったままで、もう最悪だ。

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