第89話 幕間:キラキラ王子の腹の中―⑥

(これは……想像以上だな……)


 目の前に広がる肌色を見ながら思う。周りから見ている景色と、実際にこの地に立ってから見る景色は、全然違う――


 ユースタリア王国の男なら誰でも一度は夢を見る。海絆祭ラウトアンカー、闘技大会での優勝者になることを。


 強き者に宿る美しい輝きを――かつて、女神の娘は愛したと云う。


 きっと内面的な人間性のことを指す、説教臭い話だと通常なら解釈するが、何を思ったのか、海の民たちは筋肉に繋げてしまった。よってこの漢祭りが誕生したわけである。


 むき出しの肌をジリジリと焦がしていく太陽の光。目の前の男の背中に玉のような汗がにじんでいる。


 ふと視線を降ろすと、両手を力が入っていることに気がついた。握りしめた拳を開くと掌が湿っぽくなっている。


「若~、緊張してるのか? 」


 その様子を見られていたみたいで、ニッキーがニヤリと笑いながら聞いてきた。


「ハッ……」


 思わず乾いた笑みが口から漏れる。こんなことでいちいち緊張しているタマに俺が見えるか? 


「緊張じゃないよ、ただの武者震いだ。普通に王子をしていたらこんな機会に恵まれなかったなと思ってさ。王国最強の誉れを得るなんてね。」


「優勝すること前提じゃないか、その言い方……」


 アルがあきれたように言う。


「当たり前だろ? 俺を誰だと思っている? 」


「出たよ、自信家軽口野郎。」


「ニッキーその言い方ひどくない? 俺ちゃんと有言実行する男よ。」


 言わずに腹の中で溜めていることも多いけど。基本的に確証あることしか言わないけど。


「ま、何にせよ、俺らには余裕でしょ。人間相手だし。」


「確かに、群れてもいないし、羽根も生えていないし、火も噴かないもんな~。」


「油断は禁物だぞ。」


「はいはい、いざとなったら頼りにしてますよ。赤獅子様。」


 しょうもないヤツらだ、とでも言わんばかりにアルが息を吐いて、観客席の方に視線を移した。領主たちがいる、主賓席に向かって右辺りの中段を見つめている――中々いい場所を取ったな。


「バッチリ覚えたみたいだね。さすがアル。」


「……うるせぇ。」


 気まずそうにアルがそっぽを向いた。何か変なことでも言ったか? 俺?


「お前たち~! 準備はいいか~!! 」


「うおぉぉぉぉぉっ!! 」


 そろそろ開会式が終わるみたいだ。男たちの雄たけびで、周りの空気がビリビリと震える。目指すは至宝、そのついでに優勝と王国最強と誘拐事件解決と聖女の名誉挽回。


 そのはずなのに――場の空気に当てられてか、妙な高揚感が背中を駆け上がる。目的のための一つの手段である闘技大会を、少しだけ楽しんでしまっている俺はまだまだ子どもなのかもしれない。


(気を抜くな、落ち着け――)


 腹の底から大きく息を吐く。ただ楽しいだけの戦いじゃないんだこれは――。 


 開会式の列に並んでいる中に、見知った顔がチラホラと。そしてこちらには、騎士団最強と名高い赤獅子副団長。


(悪いけど、全く負ける気がしない。)


 卑怯だろうと何だろうと、俺の真の目的のために――どんな手でも使わせていただく。今の俺、悪い顔をしているんだろうな。仮面があって良かった。他の参加者や街の方々には申し訳ないが、今から起こることは茶番だ。


 偶然の成り行きとはいえ、普通に王子をしていたら挑戦すら出来なかった、“海絆祭ラウトアンカー、優勝者”の称号。それはもう、この手の中にある。一歩一歩着実に、俺は目の前の敵を倒すのみ。あとは――ばらまいた餌にうまく魚が食いついてくれるのを待つだけだ。


 何も知らないかわいい餌は、いつもみたいに目をキラキラさせながらこの光景を見ているのだろうか、アルが見ていた先を探してみる。


 いた。いたけど――


(恐ろしい程の真顔なんですけど!? )


 大抵、表情がクルクル変わる、愛嬌のあるミコトが、今までで見たことがないとても冷めた目でこちらを見下ろしていた。なぜだ――っ!? 男なら普通、滾るじゃん!! この肉体で語り合う展開って!!


(ちょっと楽しんでいる自分が馬鹿みたいじゃん……)


 お姉さん方に対する変な情緒だけ育って、あいつはまだ男のロマンがわからないみたいだ――



 ♢♢♢



 予定通り順調にトーナメントを勝ち進む。勝つたびに大きくなっていく声援は、身体にしみて心地いい。楽しんでは駄目だとわかっているのに、楽しくなってしまう自分がいてどうしようもないので、頭を切り替えることにした。いろんなことのついでに、“過去一番の海絆祭ラウトアンカー”を作ってやる。あのじいさんは、まさか俺が正攻法?で出ているとは思うまい……ざまぁみやがれ!! 


「おい、若! ミコトのあれ、いいのかよ。」


 ニッキーがわき腹を小突きながら問いかけてくる。視線の先には、ベンチに腰掛け、アルの治療をしているミコト。


「いいよ。光魔法使えるって――アピールしていた方がひどい目には合いにくいし、それより今、ユキちゃんは上で一人ってことだろう? 」


 大勢の目があるところにいるミコトよりも、ユキちゃんの方が、状況的には連れ去りやすいだろう。ミコトの無意識の動きに今は感謝だ。


 それよりも何よりも――


「なんかあれ、腹立ってこないか? 」


「奇遇だな――俺もだ。」


 女の子のミコトに手を取られて、治療されて、まんざらでもない様子のアル。仲睦まじい2人の空気――


「ぶち壊そうぜ!! 」


「そうだね、そうしよう!! 」


 男同士で妙な雰囲気出してんじゃねぇつーの!! この時の俺は、この腹の中のモヤモヤの正体がわからなかったが、のちにティアが叫んでいるのを聞いて知ることになる。



 ――爆発しろっ!! らしい。


 ティアがどこでこんな言葉を知ったか知らないけど、言い得て妙である。


 チョロいミコトの誘導に成功したところで、ミコトの護衛として潜んでいた騎士からこっそりと情報を得る。怪しい動きはなかったらしい。


「今日のところは、何もないみたいだな。」


「……あぁ。」


「俺らもあと1試合だし、また明日次第かな。」


「……あぁ。」


「……お気に入りの玩具を取られた子どもかっ!! 」


「なんだ、何の話だ。」


「……気づいてないならいい。」


 他の騎士の治療に行ってしまったミコトの姿を――そんな眉間にシワを寄せて、怖い顔で見ないでよ、アル。さっきの雰囲気はどこ行った。ミコトに丁寧に相手してもらっていたから、アルの怪我はきれいさっぱり治っているじゃないか。なんでそんなに不満そうなんだよ……。君の部下たちも、万全の状態で挑んでもらわないと、のちに困るの俺たちだからね!! 

 別に知り合いのヤツらなんだから、護衛としてそこまで警戒しなくても……っておいおい。


(なんで、他の参加者まで治療してんだよ。あの馬鹿!! )


 お人好し過ぎる聖女の護衛は想像以上に大変なんだろうな。妙に苛立っているアルを横目に同情した。

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