第88話 幕間:キラキラ王子の腹の中―⑤

 

 計画通り、女性騎士にミコトを外へ連れ出してもらって……ユキちゃんに今回の件について話す。


「ふーん、それで……僕、普通に嫌なんだけど? 」


 椅子に座って、髪の毛の先を指でイジリながら、足を組む美少女。なんだその、エラそうな態度は。


 そういえばミコトが興奮していた……“リアル男の娘おとこのこだぁぁぁぁっ!! でも僕っ娘ぼくっこに脳内変換しても最高ぅぅぅぅっ!!” って。


 ミコトは時々謎な言葉を発する。異世界の文化だと言っていたが……気になるので落ち着いたらニッキーに調べてきてもらおう。俺にはよくわからないけれど、男だと知って遠い目をしていたフェイラートを含めた騎士団員の何名かが興奮しているようだから、一部の人にはウケがいいのだろう。それをぜひ発揮して――華麗に攫われてくれ。


「うまく誘拐されたら……自動浄化装置閲覧の許可を…………」


「やります! やらせてください!! 」


 お前もチョロくてかわいいな~。


(上手く誘拐されてくれよ……)


 ミコトより、ユキちゃんの方がいろいろと都合がいいのだから。


「あ、それと位置を特定できる魔導具とか作れる? ミコトが言っていたジーピーエス? みたいなやつ。」


「は? そんなのいきなり言われても……」


 ――――プヨンッ


「どうしたんだよ、ルパート・ハインツ? おい、それって……いや、そうか…………」


 ブツブツモードに突入した魔道具大好きウリ坊は、もう放っておいてもなんとかしてくれるだろう。



「それで……首尾はどうだ? 」


「現在、目撃情報があった馬車の特定を行っていますが、祭りで物流や人の移動が増えているため、少々時間がかかりそうです。その他、目撃情報の聞き込みと街から出る船、馬車の積み荷の検閲の強化は引き続き行っていますが、現時点で怪しい積み荷は確認できていません。」


「わかった。新しい情報が入り次第教えてくれ。それから、根回しの方はどうなっている? 」


「はい、誘拐事件が多発していること、子どもの一人歩きはさせないように、と強調したチラシを、子どものいる全家庭へ配布しているところです。今日の夕方には終わるかと――」


「そうか、手間をかけさせてすまない――」


 現在集められている情報――少年少女が何人も、この一週間以内で行方不明になっている。遊びに行くと家を出たときや、お使いを頼んだとき、どれも一人で外を歩いていたと予測され、家に連絡はなく、身代金の要求もない。十中八九、他国への人身売買目的であろう。祭りが始まると――人々の浮かれた心の隙をついて必ずまた事件は起こる。


 密かに子どもたち、親への注意喚起を行いながら計画を進めていく。新聞や街の放送で呼びかければすぐに出来ることを、騎士団の皆様には申し訳ないが、犯人グループの足取りを消させないためにも、回りくどい手を使いながら行っていく。


 ゼロとまではいかないだろうけど、少しでも被害が減ればよい。そして、出歩く子どもが減れば――自然とミコトとユキちゃんが目立つ。


 悪いヤツらはこっちの手の平の上で、躍らせてやるよ。


「なぁ、ジーク。本当にミコトに言わなくていいのか? 」


 大会当日の警護計画の予定表を見ながら話しているときに――アルが話しかけてきた。俺を力強い視線で射抜きながら、その瞳の奥には迷いがある。その言葉に引きずられるかのように俺を見る周りの目。


 子どもを、ミコトとユキちゃんを巻き込むことへの罪悪感、何も知らせずにおとりに使われるミコトへの後ろめたさ、危険な目に合わせるかもしれない緊張感――


(やめろ、そんな目でこっちを見るなよ。)


 俺だけは、その迷いに引きずられてはいけない――


 自信満々に、大胆不敵に笑え――――


 不安を――悟られるな――――


「言わなくていい。こんなに手間も時間もかけているんだ。失敗するリスクは避けた方がいい。」


 幼いころから身についたそれは、息をするように自然に出来る。誰にも何も言わせない――王族の微笑み。


 被害にあった国民を救う。闘技大会優勝を確実なものにする。海底都市に行って3つ目の至宝を発見。そして、ミコトに知られずに――聖女の名声を高める。


 ミコトが知らないところで全てを終わらせて、何食わぬ顔で旅に戻ろう。あいつがこの国をもっと好きになって、楽しく暮らせるように――邪魔はさせない。


 俺の真の狙いは誰にも言わない。誰が敵かわからないこの世界を、俺は信じない。


 信じないからこそ――騎士団の人海戦術、アルの嗅覚、ユキちゃんの魔導具、何重にも罠を張る。誰が裏切っても、いいように――


(本当にこれで守れるのだろうか――)


 考えれば考えるほど押し寄せる、俺を弱くする感情を、決して悟られてはいけない。さらに笑みを深めた俺に突き刺さる、アルの視線――


「ジーク、お前一体……」


「失礼します! また一件、子どもが帰ってこないと通報が――――」


「「何!? 」」


「作戦会議は一旦中断する。まだ目撃者が近くにいるかもしれない。手が空いているもので、手がかりを探すぞ――」


 ミコトの周りを護衛している者を除いた総出で、捜査を行うが、これまでの手口と同様、消えた少女の行き先を示す、有効な手がかりは何もない。


 怪しまれないようミコトが帰ってくる前に、宿に戻ってきた俺たちの間に漂う沈黙。相手にしてやられた、無力感に苛まれる。


「作戦は変えない。後手後手に回っていたら――この事件は解決できない。リスクを伴ったとしても、先手を打つ必要がある。」


 俺、王子だけど踊りはあまり得意じゃないんだよ。踊っているヤツを見ているほうが好きだ。


「チッ――わかったよクソが!! 」


「怖いわ、顔も声もセリフも!! 」


 悪鬼のような顔をして、地獄の底から響くような声で、ぶつけられてきたアルの声。その迫力に思わずビビってしまった。


「おい、アル~そんな顔してんなよ。ミコトが帰ってきたら……泣くぞ。」


「あぁっ? 」


 ニッキーのフォローにもドスのきいた返事を返しながら、心当たりがあるのか、更に顔を険しくしながら困ったように頭を掻くアル。


「さすがのアホミコトでも疑うよそれ。ちょっと、海にでも入って――頭を冷やして来たら? 」


 ユキちゃんの発した言葉に――その場が固まる。本人はケロッとした顔をして、自分が何を提案したかわかっていない。


「ユキちゃん……天才!! 」


「おい、待て……やめろ!! 」


「海底都市に行くにはどのみち必要だろ? 泳ぎの練習。アルは行かないの? ミコトだけで行かせるつもり? 」


「ぅぐっ……」


「護衛騎士がそんなんでいいと思っているのか~!! 」


「クソったれ……っ!! 」


 水に入るのはどうしても嫌だとわがままを言う副団長。こんな時は、ハルちゃんの出番である。ハルちゃんの中に入って、海の中にちょっと入るだけだから~目も開けれるし息も出来るし大丈夫だよ~怖くないよ~となだめすかして、浜辺へ引きずっていく。それでもごねて逃げようとする赤獅子。ミコトを一人にするの? と尋ねると戸惑って唸るから……余計に面白い。


「おい、聖女ちゃんの様子はどうだ~? って何やってんだアル? 」


 ちょうどいいところでフェイラートたちがやってきた。


「副団長、いいところに! この堅物ライオンをハルちゃんに押し込むの手伝って! 」


「ちょっと待て、お前ら報告に来たんだろ!? そっちの方が優先順位高いだろうが!! 」


「手掛かりなし、目撃者なし、厳しい状況です。チラシの配布、各世帯への声掛けは終わりました、以上!! あとは聖女ちゃんたちを護衛しているヤツらの報告をここで聞く予定でやってきたので時間も手も余ってるぜぃ~。」


 ニヤリとフェイラートが笑う。報告の内容は……先ほどの様子から想定内だ。


 アルも、誘拐犯も非常に手ごわい相手である。


 なんやかんやと浜辺で戯れているうちに、ミコトが帰ってきてしまったので、ミコトにアルを押し付けるというか、アルにミコトを託すというか……とりあえず2人仲良く海底散歩に行ってもらう。


 ミコトがいないことで、再び情報共有&作戦会議という有意義な時間を過ごすことが出来る。


 ナイスだな、俺。


 消えていった騒がしい2人のことなんて知らないかのように、穏やかな音を奏でる海と波を煌めかせる太陽。浜辺に来た時よりも水平線に近づいたそれは、もうじき青から赤へと世界をお色直ししていくのだろう。斜め上からまっすぐに俺を見つめるその光は、寝不足の目には些かまぶしすぎて――


(こんなところで考え事なんて出来るかよ。)


 昨夜のニッキーの言葉を思い出しては、フッと笑ってしまった

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