第87話 幕間:キラキラ王子の腹の中―④

 

 〈じゃあニッキー、手筈通りに頼むよ!! 〉


 〈はいよ~。なぁ、これってクリスティア姫様のやつ? 〉


 〈いや、姉上のお古。〉


 〈ふ~ん、あっそ……〉


 確かに、姉上とティアの趣味は似ているからな……そう思うのも無理はない。だがさすがにかわいいティアが現役で着ているものを持ってくるのははばかられたため、姉上の若かりし頃の物を今回はお借りした。


 ミコトが絶対着ないであろう、いや、世の中の男子が着るのは拒むであろう、ピンクのフリフリワンピース。巫女になるための練習として持ってきたものが、こんな風に役に立つとは思わなかったな~。


「こら、待て逃げるなミコトっ!! おとなしく観念しろ~」


「やだやだやだっ! 無理なもんは無理だ! 」


 うまい具合に逃げ回っているミコト。そろそろ頃合いかな……


 少し情けない顔をして――控えめな方のワンピースを見せれば……ほら、釣れた。


 ニッキーからブラと胸の詰め物を渡されて、顔を真っ赤にして荒々しく閉められたドアを見ながら思う。


(そんなにチョロいとお兄さん心配になるよ……)


 おとり捜査前に何を言ってんだとは思うけど、ミコトには心底、もう少し警戒心とやらを持ってほしい。


 もう一人のおとり対象者に目を移すと……姿勢よく椅子に腰かけて、細い指先でページをめくる深窓のご令嬢がいた。


(こうしてみると、お姉ちゃんにそっくりだよな~)


 いつもはふわふわの髪が、腰まであるストレートヘアに変わっているためか、女装したユキちゃんはお姉さん、ディアナに瓜二つだ。その化けっぷりを眺めていた時だ。


「よぉ~っす。呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーンだ。」


「呼びはしたが、飛び出てくるのは迷惑だ。」


 ちょうどその時、アルがフェイラート副団長を連れて帰ってきた。何人かの騎士団員も一緒だ。何も知らされていないユキちゃんは咄嗟に警戒し、ニッキーは来訪を知っている癖に、いつもみたい隠れようとするのでその首根っこを押さえる。


 今回は影じゃなくて表の仕事なんだから……騎士団の人と仲良くならなきゃ駄目でしょ。


「ありがとう、わざわざこちらまで……」


「別にイイってことよ。それよりも、素敵な歓迎パーティーだなぁ殿下。」


 フェイラートが視線を向けた先……女装用のブラと詰め物が机の上に転がっている。やっぱり男なら反応するよね。


「女装用のグッズですよ。お一ついかが? 」


「ほう……これは中々……殿下の趣味で? 」


「俺はもっと大人っぽいものの方が趣味です。これはこいつの趣味ですね。」


 淡いレモンイエローのブラを手に取りながら、笑顔でニッキーを差し出す。


「んなっ! おい、若!! 」


「へぇ、兄ちゃんの趣味だったのか。」


「別に趣味じゃねぇよ! テキトーだっ……テキトーに持ってきた!! 」


 顔を真っ赤にしてニッキーが反論しているが、そんなんだとバレバレだ。ニッキーの感情は素直に顔に出てくるから……ついつい遊んでしまう。


「俺と殿下は趣味が合いそうですなぁ~。こっちの兄ちゃんとは……ザック! お前ら二人合うんじゃないか? 」


「ちょっと、やめてくださいよ、フェイ副団長!! 」


「お? だってお前、この前飲みに行った店で捕まえた子は……」


 フェイラートの悪ノリから始まった話題は、どんどん盛り上がり、ニッキーと騎士団員の間にあった緊張感を解きほぐしていく。アルとは違う方法で、騎士団をまとめ上げる男の手腕に、今回はノらせてもらおう。男とは本当にしょうもない、けれど愉快で楽しい生き物だ。少々、後ろの女性騎士たちの視線が痛いが……やめられないものは仕方がない。バーに座って、俺らの盛り上がりを余所に、何やらキョロキョロしているアルと、麗し令嬢となって窓辺に優雅に座り“乙女の振る舞い大全”を熟読しているユキちゃん以外、その場にいた男連中はブラと詰め物に夢中になった。


 騎士団で有名なディアナ・エルモンテ似の令嬢の出現に、ざわついている人もいるけれど……説明のタイミングを逃してしまったので、しばらく夢をみてもらおう。


「なぁ、お前さん……もしかして殿下の影か? 」


 フェイラートが面白そうなものを見つけたようにニヤッと笑う。


 なぜ、わかった!? と驚愕の顔をしているニッキーと、ざわつく騎士団員。その噂だけはあるけれど、誰も見たことがない、王城七不思議的な存在だからな、影は。


「このクオリティ、揉み心地、弾力に至るまでパーフェクトなおっ〇いを持っているからもしかして……と思ってな。影の一族ダールセン家がその経験と技術と英知を費やして作ったものなら納得だ。殿下とも親し気な雰囲気だし……」


 真剣な表情で揉みながら答えるフェイラート。


 言い当てられたニッキーは気まずそうだ。今回は祭りの都合上、蜃気楼ミラージュを使って誤魔化しきれないんだから……いい加減、腹をくくれ。仕事上、一人でコソコソ動いていたニッキーにとって、自分の姿で誰かに接するのは初めてのことかもしれない。大抵、蜃気楼ミラージュしているか偽名だったしな。


 誰のせい? って俺のせいだけど……この機会に、お友達を作ってもらおうか。


「そう、俺の相棒――ニッキー! 愉快な日記を書いているニッキーだ!! 」


「だからその宣伝文句やめろ!! ってかまた読んだのか!? 」


 ニッキーがブラを投げつけてきたのでキャッチする。ナイスだ、俺!! 


 まぁまぁ、これでも揉んで落ち着きなされ……とでもいうかのようにフェイラートがニッキーにそっとおっ〇いを手渡した。


 ――よかった。落ち着いたみたいだな。





 そんな感じで盛り上がっているとき、ゆっくりと部屋の扉が開いた。


 恐る恐る顔を出したミコトは、白いワンピースに身を包んだ、どこにでもいそうな普通にかわいい女の子だった。


(ワンピースが少し……大人っぽすぎたか?? )


 ミコトは10代前半のはずなのに、その姿はいつもより年上に見えて驚く。女性とは本当にわからないものだ。あいつは男だけど。


 でもそれ以上に驚いたのは――人ってあんな簡単に壁に向かって飛んでいけるんだなってことだな。めり込むんじゃないかと思った。


 親睦を深めるために――エロを提供したと思っていたけれど、ただの変態なのかもしれない。食えない男だ、フェイラート第3騎士団副団長。


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