第86話 幕間:キラキラ王子の腹の中―③

 


 宿に帰ると、ユキちゃんはハルちゃんに埋もれるように寝ていた。プヨプヨのハルちゃんベッドに眠るウリ坊ちゃんはとても気持ちよさそうで……


(俺も今度、やってもらおうっと――)


 全てが無事に終わった暁には、ハルちゃんにお願いすることに決めた。癒される寝顔を抱きかかえて、ちゃんとベッドに寝かせる。風邪をひくと困るしね。


 もう一人の癒しを求めて、向かい側の部屋をノックした。アルが相変わらずの無表情で――ドアを開ける。


 奥のベッドで眠るミコトは、本当に幸せそうな顔で眠っている。そんな呑気な寝顔を見て、俺の中に芽生えてくるとある感情。何度むしり取っても、その根っこは根深くしつこく、ことあるごとに蘇る。


「どうした……?」


「いや、留守中に何かなかったか確認しに来ただけだ。」


「そうか――あいつは何も変わらずだ。お前も早く寝ろよ。」


「あぁ、わかっているよ。それじゃあ、アル、おやすみ。」


「おやすみ――」


 閉められたドアの外、壁にもたれながら一人ため息を吐く。


 ――もし、ミコトが至宝の場所を特定出来るくらい力が強ければ……

 ――もし、至宝探しに失敗したとしたら……


 ――もし、ミコトがちゃんとした聖女だったら……こんな回りくどいことをしなくても海底都市に行けたのだろうか。


(やめろ、そんなことを考えるな――)


 前に聞いたミコトの叫びはまだ耳に残っているのに、救国の聖女という存在でミコトを見てしまい、勝手な期待を無責任に押し付ける弱い自分が心の片隅にいる。ちゃんとした聖女もクソも関係ないのに、男だろうが女だろうが、ミコトはミコトなのに……


 呑気すぎるあいつを見ていると、妙に焦ってしまう時がある。信じているのに、ゆっくりでいいと思っているのに……もっとちゃんとしろよ! って言いたくなる自分が嫌だ。


 時折、どうしようもないタラレバ話に頭を支配される。


 年下の少年に、過度な期待を寄せすぎないように気を付けているのに……人間の弱さとは恐ろしいものだ。


 それに加え、実態が掴めていない聖女の力、浄化の儀式――


 何故かその情報だけが綺麗に隠されている。そのことに気づけたのは、ミコトの言葉があったからで……それまでは不自然なそのことに、疑問を覚えなかった。


 ロザリーに掛けられていた、暗示――禁忌の闇魔法。


 一つの懸念が心の中に暗雲をもたらす。


(もし、俺自身……そして、国民全体にかけられているとしたら…………)


 聖女と至宝に関して疑問を持つことさえ、邪魔されているとしたら――


(いつ? どのタイミングで――? )


 こんな必死に探しているのに……またこの感情を消されるときは来るのだろうか――


 もしもそれに、ミコトも巻き込まれたら――誰が至宝を探すんだ。


 こんな不確定で曖昧で、途方もないことは誰にも言えない。


(いや、このことは言っちゃいけない――)


 闇魔法が関わっているかもしれないってことを軽率に口にするだけで、ただでさえ荒れているこの国が、ますます混乱することは目に見えている。王子の俺が、余計に不安を煽ってどうする。父上を、兄上を……これ以上困らせたくない。


 それから、大叔母様の――悲しい顔が、頭をよぎって胸が痛くなる。世捨て人のように、ひっそりと祈りながら暮らしている、俺と同じ色の優しいあの人がこのことを知れば、更に影を帯びて、消えて無くなってしまいそうな気がする。


 大叔母様の人生を変えたあいつを、俺は許さない。


 この状況を作ったあいつが闇魔法の使い手だと広まったら……危ない均衡を保っているこの国は終わる。


 闇魔法――他人の思考を意のままに操るそれは、建国当初に禁止され封印された魔法。あいつが、シビス・マクラーレンがこの魔法を使えたとしたら……いつどこで、状況をひっくり返されるかわからない。第2、第3のロザリーのような人がいるかもしれないんだ。


 誰が敵で、誰が味方かなんてわからない。人の口に戸は立てられないから、俺が判断して見極めないと……


(領主は本当に、領民のためを思って断ったのだろうか……議員や騎士団や……もし身近な人がそうだったとしたら……)


 アルもニッキーもユキちゃんも、ずっと一緒にいたから大丈夫だと思っているけど……もし違ったら……


 誰を信じていいのか、わからない。


 でもその迷いは見せちゃいけない。


 俺が弱いところ見せたら誰が引っ張る、それどころかその隙に付けこまれてしまう。父上や兄上たちから任されてるんだから、俺が責任もって注意深く行っていかないと――





「――か、――若っ――――おい!! 」


 肩を揺さぶられて、沼に陥っていた思考が急浮上する。


 目の前には、いつの間にかニッキーがいた。心配そうに眉をひそめている。


「また、くだらねぇことたくさん考えていたんだろ……夜更かししすぎる時のお前の悪い癖だ。さぁ、もう寝るぞ!! 」


 少しだけ怒っているように見える、その背中の後に続いて、自室へと戻る。少し口を開きながら、眠っているユキちゃん。その口を閉じてあげると、何かをモゴモゴ言いながら、寝返りをうって、また眠りについた。


「何を考えているのか、何を焦っているのか知らないけど……夜にあまり考えるなよ。考えるなら昼にしろ。お天道様の下で考えるんだ!! 」


 そのお説教に思わず笑いが零れた。明るいところで考えちゃったら、大抵のことがしょうもなく思えてきそうだ。


「あぁ……そうするよ。」


 俺の相棒には、いろいろとお見通しみたいだ。気になっている顔をしているのに、聞いてこないってことは、俺に話す気がないのを察しているんだろう。


 だから何も言わない。何も聞かない。


 互いに背を向けて、寝る準備をする。


 これまでの付き合いで築いてきた俺らの関係性――あいつが俺の名前を呼ばなくなって、もう5年以上経つ。この距離感が変わる日は来るのだろうか。


(主人に対して余計な口は利かない、言われたことを忠実にこなすのみ――)


 そう言い捨てた、まだ幼さを残していたニッキーの顔が何故か脳裏によぎった。


 普段は疎ましいその距離感が、今はありがたいはずなのに――妙に心が落ち着かない。聞かれても答える気はないのに、俺は聞かれたがっているのだろうか。


(フッ……くだらねぇな。)


 父上や、兄上たちみたいに、ビシッとブレない男でありたいのに、現実の俺はこんなにも――――


 ――プヨンッ


 早く寝なさいな、とでもいうかのように寝巻に着替えた俺にハルちゃんが優しくぶつかって、そっとベッドの方へ押してきた。


(何、この気遣いのできるいい子は……)


 全身でそのプニプニボディを抱きしめる。少しひんやりした、心地よい弾力が最高だ。無言の優しさにしばし癒される。急速に回転していた頭の歯車が、ハルちゃんに冷やされて、少しずつスピードを落としていく。


 心配してくれるハルちゃんのためにも、もう寝ないとな。くだらないこと、わからないことはニッキーの言う通り明日に回そう。すぐに答えが出ないことを考えるより、今はわかること、出来ることだけをするべきだ。


(海底都市に行けば、必ずミコトは見つけてくれる。そこに行くまでの道筋を立てるのが――俺の役割だ。)


 そのためのシナリオはもう完成した。あとは役者次第だ。


(おとり作戦――危険な賭けだけど、これが上手くいけば――ミコトの評判があがって、あいつはもっと堂々と過ごしやすくなるはず。)


 王城で居心地悪そうにしていたミコトの顔が思い浮かぶ。あいつのためにも、余計な悪意はできるだけ排除してやりたい。多少強引な手だとは認めるが――尾びれをつけた悪意ある噂を広めるヤツがいるのなら、こっちはそれに負けない輝かしい功績を残すまでだ。そのためのチャンスが巡ってきたのだから、俺が全力でミコトの手の上に乗せてやる。


 あいつが呑気なら、いや、呑気で笑っていられるように、その分俺が頑張ればいい。余計な気を煩わせないためにも、何も言わない方がいい。全てを知ってしまったとき……優しいあの少年はきっと傷つく。


(悲しい顔は、させたくない……)


 だからこのことについては、ミコトに言わない。奴隷目的の誘拐では、価値が下がってしまうから、奴隷商に売り飛ばすまでは傷つけないのが普通だ。アジトを見つけるまでの、少しの時間、泳がせるだけだから……怖い思いはするかも知れないが、安全上の抜かりはない。


 聖女が体を張って、誘拐事件を解決した――

 欲しいのはこの称号だ。誘拐事件を解決した手柄をあいつに持たせて世間に広める――聖女の評判があがることはミコトだけでなく、国民の心をも救うはずだ。


 ミコトを貶めようと、国を混乱させようとしているヤツらに、屈してたまるか。


 それから――






「だから、寝ろっていってんだろ!! 」


 ニッキーに首元を引っ張られてベッドに叩きつけられたのと、ハルちゃんにプヨンッと投げ飛ばされたのはほぼ同時だった。


 ベッドに大の字で伸びながら、自分のしょうもなさにフフッと笑う。


「ありがとう……おやすみ。」


「あぁ、おやすみ。」


 横になって目を閉じると、さっきまであんなに回っていた脳みそがもう動かなくなっていた。心地よい睡魔に誘われるように思考も身体も預ける。


(あ、でも寝る前に……)


「ニッキー、ミコトとユキちゃん女装させておとり捜査させることになったからよろしく……」


「はいっ? え? なにそれ?? 俺がいない間に何があった!! っておい、ちょっと寝るなぁぁぁぁぁ!! 」


 夜遅かったのに、次の日の朝、誰よりも早く起こされて、ニッキーに事情説明する羽目になったのはご愛敬だ。


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