第90話 幕間:キラキラ王子の腹の中ー⑦
順調に準決勝まで登りつめた。残すはあと2試合。予定通り進んでいる闘技大会に対して、おとり作戦の方は膠着状態が続いている。今日あたりに何か動きがあることを――望むが果たして上手くいくのか。
(各家庭に警戒を呼びかけたから……あれから新たな事件は起きていない。犯人グループは焦っているはずだ。)
ラグーノニアの立地上、他国とのやりとりには船が使われるであろうことは予測される。騎士団員の調べでは怪しい船の出港報告はない。犯人グループや子どもたちはまだこの街にいるだろう。そして、出発ギリギリまで商品を探す――
この闘技大会が行われている闘技場から港までは、そう遠くない。馬車なら30分もかからない距離だ。どっちかが今日、誘拐されたとしても、1時間以内には救出出来る。
(騎士団が本当に信じられるならな――)
時間が立てばたつほどに、疑いの念は大きく膨れ上がっていく。
(やっぱり無謀だったか――本当に安全なのか――)
試合を控えている自分では何も出来ない。背格好の似たヤツを出場させて、
いろんな可能性や却下した作戦の方が良かったのかも…という後悔が頭をぐるぐると回る。
控室のベンチに腰掛け、棍棒の手入れをしながら考える。
今日何も起こらないことを祈る自分と、今日何もなかったらどうやって誘拐事件を解決すればいいかわからない自分で押しつぶされそうだ。
「若~、何そんな怖い顔してんだ? あ、もしかして負けるかもしれなくて怖いのか……」
ニッキーが茶化してきたことで、思考が中断された。
「そんなわけないだろう。本気で戦っても負ける気はしないな。」
(危ない……そんな怖い顔になっていたか? 俺……)
誰にも気取られないよう、いつもどおりの俺を振る舞う。
「よく言うぜ、無茶な作戦立てて騎士団巻き込んでおいて……うちの殿下がホントすみませんね。」
「いえ、このような機会がなければ闘技大会に挑戦する機会なんてなかったと思うので……任務なのに、俺めちゃくちゃ楽しんでいます! 」
大型犬みたいな爽やかくんが、少しはにかみながら答える。
「そうか……君、名前は? 」
「はい、ザック・キールザントです。今年から第3騎士団配属となりました。」
アル、お前いい部下持ってんな。ちょっと癒された。
「若の指示さえなければ……優勝も狙えたかもしれないのになぁ~。」
「……っ…………。」
俺の気持ちを踏みにじるがごとく、ニッキーの言葉が胸に刺さる。爽やかくんの微笑みも地味に後ろめたさを助長して……辛い。
「俺を倒して優勝か、ザック。大きく出たな。いいぜ、やってみろよ。」
「アル!? 」
アルがニヤリと笑いながら会話に入ってきた。何を言ってるんだこいつは。
「ジーク、落ち着け。お前もさっき言っていたじゃないか。負ける気はしないんだろ? なら……俺の後輩たちの成長に、一役買ってくれよ。」
最後の方は小声で、アルが耳打ちしてきた。先輩として、男として、それはとても痺れるけど……本当にそれが目的なんだろうな? 他の可能性も……ないよな?
(まぁ、いざというときは俺が勝てばいいだけか……)
「いいよ。第3騎士団の本気を――見せてくれよ。」
誰もが怪しく思える今日この頃――アルへの気持ちは隠したまま、俺は微笑み、爽やかくんと握手を交わした。
いろいろ考えすぎて、そろそろ頭が痛くなってきそうだ。
♢♢♢
(なんやかんや……楽しんでしまった……)
現役の騎士との戦いを、楽しんでしまった自分にため息をつく。こんなことしてる場合じゃないのに……
結果として、アルも、ニッキーもそれぞれの相手に負けることなく準決勝は勝利を収めた。そして、会場の盛り上がりの手応えもバッチリである。
次の相手は、昨年度の準優勝者。これまでみたいな姑息な手は使えない、ガチンコ勝負――ではない。
もちろん策は打ってある。
戻ってきた俺らを取り囲む女性たち。闘技大会の優勝者は名前こそ表には出ないけど、姿かたちでそれとなく察することはできる。強い男性に惹かれるのは女性の本能として仕方のないことで、終わった後に声を掛けてもらいたいレディたちがいっぱいだ。そしてこの光景は毎年の名物でもある。
(――上手くいったみたいだな。)
相手チームの取り巻きの中に、変装した女性騎士。上手い具合にオプション付きの――少し本来の調子が出せなくなるだけの、差し入れを渡している。
アルがそこまでするのか……って目で見てたけど知ったことか。
ちょうど救護隊が来てくれたおかげで群がっていた女性たちが離れていく。よくあることだけど、この集団の威力に……慣れることはないだろうな。一息ついて肩を大きく回す。
「ジーク……ミコトが来ない……」
アルが、眉間にシワを寄せた険しい顔をして話しかけてきた。
「たしかに、まだ見てないな。」
いつも試合が終わったら、真っ先に駆けてくるのに――
(いよいよか――)
その時、控室に一人の男が視線で合図を送ってきた。祭りのスタッフに変装した騎士団員……さりげなく近づいてきて耳打ちしてきた。
「殿下――ミコト様が攫われました。ミコト様を乗せた馬車を、現在追跡中です。」
「そうか……ミコトだったか。ユキちゃんの魔導具は? 」
「はい。エルモンテ魔導士の魔導具のおかげで馬車を見失うことなく追跡できています。」
「わかった。よろしく頼む。」
(頼むからうまく救出してくれよ……)
わかってはいたけれど、願うしかない状況は非常に心臓に悪い。ミコトを見失うリスクが減ったことだけがせめてもの救いだ。予定通りことが進めばいい。
「アル、方角は? 」
「東の方へ……少しずつ。お前の予想通り港だな。」
「そうか……。」
その後は誰も言葉を発さないまま、ジリジリと時間だけが過ぎていく。
「ジーク!! 」
ユキちゃんが慌てて控室に飛び込んできた。
「これ、聞いて――」
右耳のイヤリングを外して手渡してくる。
「聞くって……これを? 」
「いいから! 耳を寄せて!! 」
≪……っぅ!! ≫
≪あぁ、いいわ。最高だわ、この子。≫
「なんだ……これは……? 」
耳障りな男の声に鳥肌が立つ。
「車内の音――ミコトが前に言っていたケータイデンワみたいなのが出来ないかと思って……まだお互いには無理だけど、相手の音声を拾う段階までは昨日辿り着けたから試しにミコトに付けてみたんだ。」
「おい、それって……」
「貸せ! ユキ!! 」
アルが、俺の手から魔導具を奪い取り必死で耳を傾ける。
この魔導具の有用性や危険性についてはあとで考えよう……とりあえず今はミコトだ。
「ミコトは! 今ミコトに何が起こっている!! 」
アルが切羽詰まったように問いかける。
「ミコトはたぶん……首を絞められている。」
「んな――っ!! 」
「ふざけんじゃねぇぞ……」
アルが力任せに壁に拳をぶつけた。周囲の人たちが俺らを訝しがってこっちを見ている。落ち着け……アル。
「ヤベェじゃんそれ……早く助けねぇと!! 」
「騎士団は――何をしている!! 」
興奮したアルとニッキーに押されながら、硬い顔でユキちゃんが左のイヤリングを外して手渡してきた。
ずっと懸念していたことが、的中してしまったのか……心臓が嫌な音を立てる。
≪フェイ副団長!! 今度は○○通りで馬が暴走し、通行困難です。≫
≪くっそ、そっちもか。あっちでもこっちでも……一体どうなっていやがる。おい、馬車が早く進むように交通整理してこい!! ≫
「あちこちで馬車が横転したり、火事が起こったり、馬が暴走したりして、街が混乱状態らしい。早く馬車がアジトに辿り着けるように、騎士団の人たち頑張ってはいるけどまだ時間がかかりそうで――ジーク、ミコトどうなっちゃうの? 」
「おい、嘘だろ……」
(街の動きまではさすがに把握出来ねぇよ……騎士団でも何でもない、国民を使ってくるのか……シビス・マクラーレン!! )
腹の奥から熱い何かがこみ上げてくる。
俺の読みが……商品には手を出さない、すぐに助ければ大丈夫、と侮っていた俺の読みが甘かった。
ミコトは傷つけられ、助けようにも助け出せない状況に陥っている。俺の考えた作戦のせいで……
カッとなった頭からどんどん血が抜けていくみたいだ。白くなった手を握りしめる。
「僕、何か出来ることあるか……とりあえず行ってみるね! これ、置いてくから。」
ユキちゃんが魔導具を置いて現場へと向かっていった。
その勢いに続いて、今にも飛び出していきそうなアルの肩を押さえつけた。ここまできて、優勝を逃すことなんて出来ない。
「落ち着けアル――あと少しで決勝戦だ。それが終わるまで我慢だ。」
「――チッ! 速攻で終わらせてやる。」
獰猛な気配を垂れ流すアルと共に、戦いの舞台へーー
試合開始の合図とともに、舞い上がる3つの仮面。
斜め前にいたはずのアルが、気づけば素顔を晒した相手チームの後ろで、振りかぶっていた棍棒を下ろすところだった。
(副団長……怖ぇぇぇぇ…………)
俺らも相手も反応する前に、アルが棍棒で仮面を剥ぎ取ったようだ。速すぎてよくわからなかったけど。呆気にとられ、静まり返る会場。
「審判――っ!! 」
苛立ったアルの声が響き渡る。
「――!? 試合終了!! これまで!! 」
あまりの速さに反応できなかった審判をせかして、優勝の宣言をさせたアルは、それを聞いたと同時に出口へ走り出していく。
「アル――っ!! 」
「ジークっ!! 表彰式は任せたぞ!! 」
腰蓑一丁で、そのまま全速力で見えなくなっていった。
「あいつ……嫁が産気づいたらしいっすよ……ハハッハハハハハ……」
ニッキーの苦しい言い訳だけが、闘技場の空にむなしく響き渡った。
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