第71話 現実は残酷で無慈悲でした

<自分の中で一番嫌いなタイプの人を書いたらだいぶ胸糞悪い展開になりました……不快に思う方いらっしゃいましたらすみません。>


 

「おう、お嬢ちゃん。声出すなよ。」


 案内してきてくれたおじさんが汗を拭きながら、引きずり込まれた勢いで馬車の床に倒れ込んだミコトにナイフを突きつける。


 先ほどまでとの態度の変わりように、驚きと、恐怖で、血の気が引いて声を出すことも動くことも出来ない。そのまま固まるミコトの腕を馬車に乗っていた男が掴み、肘まである長いグローブを装着させる。


「ぃやっ……」


 思わず声を漏らすとすかさず喉元にナイフが当てられた。


(……怖いっ!! )


 人に凶器を向けることに何の感情も持たない目を初めて見た。警戒心を持て、ホイホイついていくんじゃない……アルに散々言われてきた言葉が頭をよぎる。


 もう1人の男はグローブをはめたミコトの腕を背中でひとまとめにしてロープでグルグル巻きにした。そしてその腕を強引に引っ張りミコトを起き上がらせると、ご丁寧に座席に座らせ顔を覗き込んできた。


 ニタァーーッ


「……っ!! 」


 若そうな雰囲気はするのに、肌はカサつき、髪はボサボサで目のくぼんだ男は、前歯の欠けた歯を見せながら不気味な笑い方をする。そのまま男はミコトの頬に手を添わせて撫で上げながらニタニタ笑う。


「最初に兄貴がこっちをターゲットにすると言ったときは耳を疑ったが……こっちもこっちでいいっすねぇ。すげぇそそられる顔出来んじゃん。」


「ふん……確かにあっちの方が上玉だったがもう時間がねぇんだ、今夜には出発だ。こっちのオツムが弱そうな方が楽だろう。」


「確かに紺髪女は美人だったが隙がなかったしなぁ。その点こっちは楽でした? 」


「あぁ。簡単についてきやがった。今どき犬の方がもっと警戒するんじゃないか。なぁ嬢ちゃん? 」


 煙草に火をつけながらおじさんがニヤッと笑う。その馬鹿にした感じにカッと顔が熱くなった。でもそのおかげで、働いていなかった頭が機能し始めた。


(魔法でロープを焼いてどうにか……)


 両手に魔力を込めてみるがうまく集まらない。途中で霧散してしまう。


「おかしいよなぁ。魔力が上手く使えないなんてなぁ。ククッ……おじさんたちが何の対策もしていないとでも思ったかい? そのグローブはね、魔力使用防止の効果があるんだよ。まぁ表の世界で普通に生きていたら出会わねぇ代物だな。」


「残念だったねぇ。お嬢ちゃん。」


 こっちの考えも全てお見通しみたいで余計に腹が立つ。それにさっきの会話の様子からだと、私目当てじゃなくて、ユキちゃんが本命だったみたいで――聖女だとバレて攫われたというわけじゃなさそうだ。


(聖女とかそういうの関係なしに誘拐されるって……私、ただのお荷物で迷惑じゃん)


 自分のふがいなさに泣きたくなってくる。もし自分がいなくなれば至宝探しは、この国はどうなるのだろう。アルが、みんなが、協力してくれたからここまでこれたのに――自分でぶち壊してしまった。


 というか、そもそも助けに来てもらえるのだろうか。ユキちゃんは私が控室にいると思っている、アルたちは私が控室に行ったことすら知らない、ユキちゃんといると思っている――誘拐されたことに気づかれるまで時間がかかりそうだ。


 もし、アルたちに気づいてもらえなかったら?

 今夜出発って一体どこに?


 目の前が真っ暗になってきた。


「あぁいいなぁ。堪んないなぁ。お嬢ちゃんの恐怖に怯えた顔。もっとよく見せてぇや。」


 若い男が軽薄そうな薄ら笑いを浮かべて、顔を無理やり自分に向けさせる。煙草と酒と何やら饐えた匂いが男の口から漂って、とても不快だ。その吐きそうになる口臭と無理やり回された首の痛みで思わず顔をしかめる。


「ハハッ……最高だなぁ……よっと!」


「……かはっ!? 」


 苦しい。急なことに頭がついていってないが、生理的防御反応で身体だけが反応している。全身をバタつかせて必死で抵抗しているミコトを見て、さも嬉しそうに男はニヤケる。


「俺ねぇ、女の子のさぁ、苦しむ顔を見るのが大好きなんだよね。どんどん顔が真っ赤になっていって、のたうち回って助けてほしそうにこっちを見る目が最高にゾクゾクする。」


 口臭男はミコトの首に手をかけ、そのまま締め付けてくる。痛い! 苦しい! こめかみの血管がドクドクと脈打ち目の前がチカチカしてくる。顔を横に振っても、腕や足を必死に使って暴れても全く男の力は弱まらず、必死の抵抗も余裕なようで気にも留めていない。そのまま私の顔を舐るように視姦し続けニタニタ笑う。


「お前の気色悪い趣味は相変わらずわからねぇわ。まぁ適度にやれよ。」


 おじさん、太った男はフーッと煙草の煙を吐きながら、興味がなさそうにぼやく。


「大変だなぁお嬢ちゃん。今日は祭りのせいかあちこち通行止めでいつもより時間がかかっている。そいつの気が済むのが先か、アジトに着くのが先か……同情するぜ。」


「……はぁあっ……はぁあっ!! 」


 口臭男が力を緩めた隙に、酸素を求め全力で呼吸をする。ガンガン鳴り響いてやまない頭の中に、その声が無機質に届いた。


 その意味を理解する間もなく、視界の前に黒い影がやってくる。


「じゃあ、2回戦。始めようかぁ! 」


「……っぅ!! 」


 口臭男は何度も何度も首を絞めては人の反応を楽しみ、笑い続けた。



 ♢♢♢



「やっと着いたか……下手すりゃ試合終わってるんじゃないか。あんたの仲間はどうなったのかなぁお嬢ちゃん。」


 何本目かわからない煙草をポイ捨てしながら、おじさんが話しかけてくる。返事をする余裕なんてない。あの後、口臭男は到着するまで人のことを新しいおもちゃを与えられた子どものように嬉々として弄んだ。そのおかげで、意識が朦朧として、1人で歩くことも出来ない。

 目隠しをされて、口臭男に抱きかかえられる。馬車を降り立ったミコトの頬を生ぬるい風がくすぐった。


(潮の匂い――? )


 耳をすませば波の音もかすかに聞こえるから海辺の近くにいるのだろう。その情報がわかってもアルたちに伝える術はない。悔しさに歯を食いしばる。


 どこかの屋内へと連れていかれた。階段を上りしばらく歩いた先で、男が立て着けの悪いドアを開ける音が聞こえた。


「新しい仲間だ。仲良くしろよぉ。」


 そう言って男はミコトを床に降ろし、目隠しを取る。


 ミコトの他に女の子が3人。みんな10代前半から半ばくらいだろうか――それぞれの首に手の跡が何重にも残っている。最近できたであろう赤黒いものから、つけられて何日か経っているとわかる黒いものまで。おそらく口臭男に繰り返し繰り返し……


(最低最悪のド変態じゃねぇかっ!! )


 キッと目を吊り上げて口臭男を睨んだ。


「へぇ……まだそんな顔出来るんだぁ。楽しくなってきたよぉ。」


 口臭男はニタリと笑ってミコトの頬を撫で上げる。


「お兄さん、やることあるから。また後で――な! 」


 “また後で――”のところで女の子たちが一斉に震え上がった。その様子を楽しむように眺めて、笑いながら男は出ていった。


「……こっ……ゴホッ!! 」


「……まだしゃべらないほうがいい。少し休めばまた声が出るはずだから。」


 ここはどこ? あなたたちは? いつからいるの? あいつらの目的は? 聞きたいことがいっぱいあるのに、先ほどまで無理に締め付けられていた喉はうまく機能してくれない。


 呼吸を整えて、声が出るのを待つ。女の子たちはみんな、頬に涙の跡が残り、うつろな目をしていた。何があったんだろう。これから何をされるんだろう。ジッとしていると恐怖に縛られて身動きが取れなくなりそうだ。


「……ゴホッ! な、なんでこんな……ところに? 」


「……隣国に売られるんだよあたしたち。」


「……なんでっ!? 」


「知らないの? どうせもうこの国は終わりだからって……ここ何年か子どもの誘拐事件多発してんじゃん。どうせその1つだよ。」


 投げやりに女の子の1人が答える。


「パパ……ママ…………」


 嫌だよ……と蚊の鳴くような声で1人が泣き出し、室内は再び静寂に包まれる。


(前に王様が言ってたじゃん……ギリギリの均衡だって…………)


 王の悲哀がこもった言葉を思い出す。知っていたのに、知らなかった。アルに、ジークに、本当に私は守られていたんだ。国民はこんなに切羽詰まっていたのに――何を呑気に私は旅をしてたんだ!!


 何一つ現実を知らなかった。


(もっと私に力があれば――)


 悔しくて堪らない。至宝も探せず、縛られて転がって、あまつさえ隣国に売られようとしている。


(情けない――)


 自己嫌悪の感情が溢れかえり、高ぶった感情が涙に代わりそうになるところを何とか堪えたその時だ。


「お待たせぇ~! 」


 前歯のない口元を存分に見せつけるかのように笑いながら、口臭男が帰ってきた。ガタガタと女の子たちが震えだす。


「新入りちゃんもう泣きそうじゃん。まだ早いよぉ。本番はこれからなのに~。」


 ミコトの顔を覗き込んで男がニタァーッと笑う。


「これからすることを先輩に教えてもらおっか。」


 そういって男はミコトから一番遠い場所にいた女の子の首に手をかけ、絞めつける。


「俺ねぇ、さっき苦しんでいる顔見るのが好きって言ったじゃん? でももっと好きなものがあるんだよね。ハゲ豚がいたから言えなかったけどさぁ。」


 目の前の女の子の、赤黒く変化していく顔色、寄せられた眉、反射で浮かんでくる涙目をニタニタ堪能しながら口臭男は話し続ける。


「こうやって首絞めしながらするキスが大好きなんだよねぇ。必死に酸素を求めて舌が動き回る感じもいいけど、クタァって力尽きちゃったのを絡めとるのも好きだわぁ。」


「……最低っ! 」


「……その強気の目はいつまで続くかなぁ。」


 こっちに見せつけるように、男は女の子に口づけその口内を舐めまわす。男がしゃべっている時間があったからか、女の子はキスをされてすぐに意識を失い力が抜ける。意識のない身体を十分に楽しんで男は口を話した。


「しゃべりすぎて持たなかったなぁ。さてと……もし俺を満足させられたら早めに終わるかもねぇ。」


 そう言って次は隣の女の子に口づけた。男を満足させるために死に物狂いで舌を動かす女の子を観察している目は、いやらしく細められていて鳥肌が立つ。


 その子も、次の子も、結局気絶するまで、そのキスは続いた。


「いっぱいお勉強はできたか? 」


 目の前に来た男はニヤニヤしながら話しかける。近づいた顔から漂う匂いに吐きそうになった。


(嫌だ……怖い!! )


 歪んだ男に好き勝手されたくないのに、縛られた腕と恐怖に怯える身体は思い通りに動かず、ただ震えるだけだ。


「心の覚悟が決まったら教えてねぇ。お嬢ちゃんが口開いてくれたらキスしてあげるから。」


 薄汚く笑いながら男はミコトを床に押し倒し、その首に手を伸ばす。力を籠められ、馬車の中で何度も味わった苦痛が再びやってくる。ハゲおじさんのいないところでこうやって何度も、何度も、女の子たちを踏みにじってきた男の目は、楽しそうに見下ろすだけで、同情や憐みの類など一切ない。


 酸欠で頭がガンガン鳴り響く。手足の感覚も痺れてきた。苦しい。辛い。ポロポロ零れ落ちる涙を拭いてくれる人は誰もいない。


(助けて……アル…………っ! )


 思わず口を開いて楽になりたくなる誘惑を押し殺しながら、つい求めてしまった。呼んでも意味がないのに――


(もう無理…………)


 ぼんやりしてきた頭で、自分の意思とは無関係に少しずつ口が開いていくのを感じた。暗くなっていく視界の中で男がさも嬉しそうに笑いながら近づいてくるのが見える。




 ――――――ドガッ!!


「汚ぇ手で触ってんじゃねぇよ。このクソがぁっ!! 」



 奇跡だと思った。

 聞きたかった声が、懐かしい声が、もう限界を迎えていた脳に鮮明に聞こえた瞬間、身体の上にのしかかっていた体重が無くなった。

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