第70話 小さな嫉妬が事件の始まりでした

 

 アルたちの試合を見ては合間に控室に行き治療をする。1日目、2日目はそんな感じであっという間に過ぎていき、とうとう最終日、午前に準決勝、午後に決勝戦、名誉ある戦士の座まであと少しだ。


 アルたちの準決勝相手は騎士団チームなので、決勝に行けることは確実だろう。八百長? 目的のためには必要なことなので……すみませんが見逃してください!! ジークがとてもいい笑顔で騎士団チームに絡んでいるが、何を話しているのだろう……お気の毒です。


 もう1つのトーナメントも騎士団チームVS知らない人なので、騎士団チームが勝てばアルたちの優勝は確実、もし負けたとしたら……知らない相手とのガチンコ勝負だ。


 午前の1試合目が、騎士団チームVS知らない人、2試合目がアルたちVS騎士団チームだ。


(騎士団チーム頑張って!! )


 1試合目、聖女らしく胸の前で手を組み祈ってみるが……残念なことに知らない人たちが勝ってしまった。私はやっぱり似非聖女なのかもしれない。

 知らない人たちは昨年度の2位チームだったらしく、リベンジに燃えているとかいないとか。野次馬おじさんズがそんなことを話していた。確かに彼らからは凄まじい迫力を感じる――そんなに戦士の座はいいものなのだろうか。男のロマンとやらはさっぱりわからない。


 2試合目、これのどこが手抜き試合なの!? というような勢いでアル・ジーク・ニッキーと騎士団員たちはやり合った。アルたちも騎士団員たちも全力で、でもどこか楽し気で――男同士の友情? 絆? そんなものが感じられるいい試合だった。終了後、ジークが膝をついていた騎士団員に手を差し伸べ、立ち上がらせそのまま握手し肩を抱き合ったときの――会場のボルテージは最高潮だ。


(まるで映画のワンシーンかよ!! )


 イケメン王子は演出が大変お上手です。


「じゃあユキちゃん! 行ってくるね!! 」


 もう観戦後に控室まで行く道のりも慣れたものだ。決勝が終わったらまたアルの護衛が始まるので――今のうちに一人歩きを楽しむ。


(仕事で仕方なく護衛しているアルには申し訳ないけどね~)


 やっぱり気ままに一人で歩けるのはとても楽しい。意気揚々と控室の扉を開ける。


 ――あの、よかったらこれお昼時に召し上がってください!

 ――試合お疲れさまでした。喉乾いていませんか? 差し入れにドリンクを持ってきたので……

 ――お疲れ様です。1試合目から見ていました。優勝すること願っています!!


 初日はむさくるしい男どもであふれかえっていた控室が、今は女子たちの愛くるしい声といい匂いで包まれた大変華やかな場所になっていた。


 ――――ほう。


「毎年恒例、決勝前のアタックタイムだな~」


「しかし、今年はやけにレディたちの数が多い気も……」


 ――――ほう。


「ほら~選手たちは治療が先ですよ! はい、いったん離れて!! 」


 白い制服を着た治癒師の方々が、アルと騎士団員たちのところへやってくる。第1試合目の男たちはもう治療が終わっていて、女の子たちとおしゃべりを楽しんでいる。デレデレと締まりのない顔をして。


 ――――ほぉう。


 なるほど、戦士の誉れには腕っぷしだけでなくコレも含まれるということですね。いいのです。いいのです。強くて優秀な雄に惹かれる雌の遺伝子はよくわかります。かわいい子たちに囲まれて天にも昇りたい気持ちも十分ご察しします。


(アホらしい……)


 トーナメントを消化して、選手の人数が減ったから治癒師からのちゃんとした手当ても受けれるし、労いの言葉は十分にかけてもらってるし――私の出番はなさそうだ。


 そっと控室の扉を閉めて踵を返した。


 自然に足音が荒くなるのは仕方ないことだと思う。人が多くてよく見えなかったけど、きっとアルは少し照れたようにはにかんだ笑顔で、女の子たちの相手をしていたはずだ。あんなにキャーキャー言われると誰だって嬉しくなっちゃうもの。ジークはよく見えなかったけど、ニッキーは顔を真っ赤にしてめちゃくちゃ照れていた。男子純情100点満点の解答だ。


(わかっていたはずなのにな~……)


 すごく胸が痛い――。真っ黒な感情をかき消したくて、立ち止まり大きく息を吐いた。こんな怖い顔でユキちゃんのところに戻れないしね。切り替えなきゃ。


「おい、姉ちゃん! そこのお嬢ちゃん!! 」


 ふいに、中年のおじさんから声を掛けられる。ここまで走ってきたのだろうか、だいぶ息が荒い。フクフクした体形で大変だっただろうに――おじさんの毛のない頭頂部まで汗がにじんでいた。


「はぁ、はぁ、あんた足早いな。声かけても気づかないし……」


「ごめんなさい、考え事していて……あの、なにか? 」


「あんた光魔法使えるだろう? 選手控室で見たよ。外でけが人が出て――なぁ助けてくれ!! 」


 けが人!? それは大変だ!!


「わかりました! 行きます!! 」


 おじさんについて闘技場の外に出る。幸いアルたちに使わなかったから魔力も満タンだし、微力な光魔法でもないよりマシだろう。私が応急処置している間に、誰か人を呼んでもらえれば……


 闘技場近くの路地裏に、ポツンと停まっていた馬車のところまで案内された。


「こっちだ! この馬車の中だ!! 」


 おじさんが馬車の扉を開ける。中は薄暗くてよく見えないけれど誰か乗っているみたいだ。


「失礼します! 大丈夫ですか? 」


 ミコトがドアのところから中をのぞいたのと

 中の男がミコトの手を引っ張ったのと

 ドアを開けたおじさんがミコトの背中を押したのは

 ほぼ同時だった。


「ふぇ――!? 」


「よし、出せ。」


 そのまま馬車は暗い路地裏を出発した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る