第72話 知らなかったのは自分だけだったみたいです


「――ゴホッ――ゴホッ!! 」


 首の圧迫感が無くなり、むせ込みながら必死で呼吸をし酸素を取り込む。


「すまん、ミコト――すまなかった! 大丈夫かっ!? 」


 床にうずくまりながら荒い呼吸を繰り返していたミコトの肩を掴み、アルが――アルが覗き込んできた。首に出来た痛々しい痣に気づくと、一瞬表情が抜け落ち、次の瞬間には燃え上がるような怒りに変わった。


「あの野郎――っ!! 」


「――ゴホッ! あ、アル腕のこれ……」


「あ、あぁ……」


 今すぐにでも口臭男に飛び掛かっていきそうな勢いのアルに、か細い声を振り絞って、腕の拘束を外すようにお願いした。外している間に部屋を見渡すと、大勢の騎士団員が部屋になだれ込み、口臭男の捕獲、女の子たちの状態の確認をしているところだ。


 自由になった腕で、上体を起こしふらつきながら立ち上がる。


「おい、ミコト!! 何をして……」


「ごめんなさい。ごめんなさいっ!! 」


 気絶したままの女の子の首の痣に、自分が出来る精一杯の光魔法をかける。


「私が、私がさっさと至宝を見つけられないから……っ! こんな嫌な思いをさせて……ごめんなさいっ!! 」


「……っ……ミコトやめろ。」


 アルに掴まれた腕を振り払う。


「私は何も出来ないから……せめてこれだけはさせてっ!! 」


「……っ! 」


 ごめんなさい、ごめんなさい……大粒の涙を流しながら女の子たちの首の痣を癒したところでミコトは力尽きた。



 ♢♢♢


「……っん…………。」


 あたたかな木の天井が目に入る。ここは……


「気が付いたか――。」


「あ……ゴホッゴホッ!! 」


 アル――って名前を呼びたかったのに、掠れて声が出しにくい。喉も痛い。頭も割れるようだ。


「落ち着け、まずはポーションを飲め。」


 アルがそっとガラスの小瓶を差し出す。それを飲むと頭と喉の痛みがスッと消え去った。初めて飲んだけどポーションの効果って凄いな。


「アル――! あの子たちは? 」


「彼女たちは今頃親御さんに会っている頃だろう――お前が治してくれたおかげで怪我も大丈夫だ。」


「そっか。よかった――――。」


 ホッと胸を撫でおろす。彼女たちの無事がわかって安心したが、それでも胸に残る苦い罪悪感は残ったままで、知らず知らずのうちに眉が寄る。


 その様子を見たアルは、何かを言いたいように口を開くが、迷ったように再び閉じた。


「アル、助けてくれてありがとう。なんであそこにいるって……? 」


 その言葉を聞いたアルは苦しげな表情を浮かべ、拳をグッと握る。


「アル? 」


 一体どうしたのだろうか――? ミコトがアルの様子を訝しんでいる間に部屋のドアがノックされる。


「――入るよ。話し声が聞こえたけど……ミコトっ!! 」


 ジークが顔を覗かせて、ミコトが起き上がっていることに気づくと急いで傍に駆け寄ってきた。


「ミコトっ……すまなかった。」


「ジーク!? 」


 何故いきなり頭を下げられて、謝られているかさっぱりわからない。そしてジークがそんなに泣きそうな、苦しそうな顔をしているのかも――


「俺の方こそ、謝らなきゃ……あんなに言われていたのに簡単に人についていって…………誘拐されて迷惑かけて……」


「違うっ!! 俺のせいなんだ。俺が考えた…………」


「……ジーク? 」


「大会優勝のために、騎士団の手が必要だった。でも誘拐事件の捜査で来ている騎士団員に、頼むには無条件というわけにはいかなくて……」


 そこで一呼吸おいて、眉根をグッと寄せてジークは続けた。


「交換条件としてミコトと、ユキちゃんを、おとりにする作戦を提案した。誘拐された娘たちの無事も心配で早急に解決したかったし、優勝への道筋も出来るし、ミコトにも目に見える功績で中央のヤツらを納得させたくて…………」


「命の保証はあるから大丈夫だと、高を括っていた。まさか、こんなことになるとは…………今更何を言っても言い訳だが――――」


「本当にすまなかった! 」


 ジークが、泣き出しそうな、振り絞った声で頭を下げる。アルも、ニッキーも、ユキちゃんも――――気づけば部屋の外に待機していた騎士団員も。


「……みんな知っていたの? グルだったの? 」


 心臓が嫌な音を立てている。指先からどんどん冷えていくのを感じた。


「……知っていた。」


 ジークが弱弱しい声で呟く。アルは眉間にシワを寄せて、ニッキーは視線を伏せて拳を握りしめ、ユキちゃんは八の字眉毛で申し訳なさそうに――


「……なんで俺には教えてくれなかったの? 」


 自分でも驚くくらい低い声でミコトは尋ねる。


「知ってしまった後に君が、自然に振る舞えるとは思えなかった……失敗するわけにはいかないんだ。それに、君に、ただでさえ頑張っている君に余計なことを知って欲しくなかった。プレッシャーになってほしくなくて……知らずに終われるならそれでいいと……この国の闇を知らずに済むなら、その方がいいと思って……」


「ふざけるなっ!!! 」


 こんなに大きな声を出したのは初めてだ――ミコトの怒鳴り声がジークの言葉を遮る。


「俺のこともっと信じろよ……」


 ベッドの上で膝を抱え、顔をうずくめる。誰にも見られたくない、こんなボロボロの泣き顔を――


(いや、信じられなくても当然だ。近くに行くまで至宝の存在も感じることが出来ない。魔法の腕も未熟で、おんぶに抱っこ、足手まといの駄目聖女の私のことなんて……)


「今は1人にしてほしい。出ていって…………」


 悔しさと不甲斐なさと怒りで、震える声でそう呟いた。力のない足音が聞こえ、ドアが閉められた音がした。ミコトは暗い部屋の中で、グチャグチャになった感情を出し切るかのように、1人泣き続けた。

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