第67話 青く煌めく世界で二人っきりになりました
(熱い……)
単純に夏の暑さだけでない熱をミコトは感じていた。背中に回された手の平の熱さ、少しでも距離を取りたくてアルの胸の上に置いた手から感じる鼓動、火照ってクラクラした頭では多くのことを考えることが出来ない。アルにされるがままの状態で、ミコトはアルの膝の上にちょこんと座っていた。
素肌に直接触れ合っているためか、じんわりとした汗が二人を包む。
「……はぁっ…………」
――ピクッ
体内にこもった熱を少しでも逃したくて思わず大きく息をついてしまった。ミコトの口から漏れた吐息がくすぐったかったのかアルの肩が跳ねる。
「アルっ……」
そろそろこの腕を緩めてほしい――そう伝えたくて顔を上げた。
アルの金色の瞳は一見すると冷たく見える。でもその金色は、炎がより熱く熱く燃えた色、まるで太陽と同じ金色だということを、射抜かれたミコトは知ってしまった。狙いをすました、熱い瞳から目を逸らすことが出来ない。
「……はぁっ…………」
今吐いた息はどちらのものだったんだろう。酩酊していてよくわからない。背中に添えられていたアルの片手が少しずつ身体をなぞりながら上にあがってくる。
「……んっ! 」
指の腹が優しくうなじに触れた。くすぐったさに思わず身じろぎ声を上げる。まだ腰に回されたままの残された手に力が入って引き寄せられる。
お互いに見つめあったままジリジリと時間だけが過ぎていく。その無言の時間が2人の興奮を高めあっていることを――当の本人たちは気づけない。
その時、アルの顔を照らす、水中に入って屈折した柔らかな太陽光がふいに大きな影で遮られた。
(うおっ! 私は今何を……!? )
外部からの刺激に我に返る。アルも気づいたのだろうか、腕の力が緩んだ。照れくささを隠すように、アルから視線を外して頭上に浮かぶ影の正体に目を向けた。
「うわぁ! カメだ!! 」
悠々と気持ちよさそうに泳ぐ大きなカメが、潜水艦ハルちゃん号の上を旋回していた。いつの間にかハルちゃん号は色とりどりの魚たち、サンゴ礁が織りなす海底の花畑に来ていた。
「アル~見てみて!! すごく綺麗!! 」
天然の水族館の美しさに心を奪われる。先ほどまでの妙な雰囲気をかき消すためにも、多少のテンションを上げていることは――追求しないでいただきたい。
「うわぁ、すごい……こんなの初めて見た! アル、反対側を向いてもいい? 」
首を回して見るのは疲れるし、アルと正面から向き合っているのは恥ずかしいし――恐る恐る提案するとアルは両手をミコトから降ろした。
「そぉっと動くんだぞ……」
「フフフッ、わかったよ。」
両耳伏せたネコちゃんの必死なお願いに思わず笑いがこみあげる。ハルちゃん号の中はそこまで広くない。座ったアルの膝の上にミコトがちんまり乗っかっていることで、なんとかギリギリ二人分のスペースがあるくらいだ。ゆっくりとミコトは身体を回転させる。――背後から抱きかかえられるようなスタイルになったが仕方ないだろう。さっきよりはマシな……はずだ。たぶん……
ハルちゃん号は以前ミイラと戦った時とは異なり、ミコトとアルがいる空間全体が空気に包まれ、その周りにスライムの層がある。大きなシャボン玉の中に二人で入っているみたいだ。
海の中で波に揺られながら、華やかなサンゴ礁とそこで紡がれてきた生態系を二人で眺める。柔らかな光が差し込んだ青い世界はとても幻想的だ。ようこそおいでませ、とでもいうようにミコトたちを案内したカメは気ままに泳いでいき、色鮮やかな南国の魚たちが織り成すショーをのんびり見る。アルの緊張も和らいだのだろうか。背後から回された腕が始めの頃と比べて随分リラックスしているように感じた。
「アル、もう怖くないの? 」
「大丈夫みたいだな。まさか海の中をこんな風に楽しめる日が来るとは思わなかった。」
「……っ……そっか。これで海底都市でもなんとかなりそうだね。」
ハハッと笑いながら、アルが回した腕に力を込めた。あぁ、きっと今振り返ると駄目になる――想像しちゃったアルの表情に勝手に恥ずかしくなって少しうつむく。
「アル――その腕は? 」
「あぁ……さっきやられたんだろうな……」
視線を下げた先、回されたアルの腕に赤黒い打ち身があるのに気づいた。さっきというのは、浜辺で騎士団員たちと1対多数の乱闘をしていた際のことだろう。
「痛そう――」
アルの腕にそっと手を添えて、光魔法を発動する。まだまだ微弱な力なので時間はかかるが、少しずつ肌の色が元に戻っていった。
「助かった。闘技大会前に余計な怪我をしたくないしな。」
「――アル、頑張ってね。俺、知らない人と海底都市行くの嫌だよ。」
「おう、任せとけ。」
アルがミコトの頭をグリグリする。
「やめろ、髪が乱れる!! 」
「男だろう、そんな小さいこと気にするな。」
「なんだと~! 」
わちゃわちゃしながら二人で笑いあう。少年扱いされるたびに心が軋む気がするが、きっと気のせいだ。このくらいの関係性の方が落ち着く。さっきみたいなことは二度とあってはいけない。
「俺、決めた~。明日は1日、光魔法の練習をしよ! アルが怪我してもいいように! 」
「そいつは頼もしい……」
「なんで笑ってるのさ……」
「いや、別に……」
後ろで小刻みに揺れているのがわかる。その震え方は笑いを我慢しているときのものだ!! 距離が近いと知らなくていいことまで知ってしまって困るな。
その時、波に乗って気ままに泳いでいたハルちゃん号が、明確に意思をもって動き出した。
「もう終わりみたいだね。」
「そうだな……」
コテンッとアルが額をミコトの頭に乗せた。そのまま頭を首筋にうずめて――そこで止まって動かなくなる。
「ああああアルさんっ!? 何してるんですかっ!? 」
「……嗅いでる。」
「――何でっ!? 」
(えっ、いや待って、おかしい!! )
いきなりどこでスイッチが入ったかわからないけど、ご乱心のアルを引き離そうと試みる。が、もちろん力づくで押さえつけられる。
「暴れるな、危ないだろう。これは――命令だ。おとなしく嗅がれてろ。」
(ふぁ――っ!? )
内部の2人なんて構わずに、潜水艦ハルちゃん号はゆっくり浮上し続けていく。浜辺はすぐそこ、そしてミコトとアルにとっても長い3日間となる闘技大会ももうすぐだ。
女神 「危なかったわ……加減間違えた……。でも、美味しかったわ……ごちそうさまですっ!! 」
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