第66話 その二つ名は返上したいです


「これかわいい~!! 」


 カフェでおしゃべりした後に屋台街のお店を見ながらぶらぶら歩く。海沿いの街なだけあって、貝殻モチーフのアクセサリーや小物類がたくさんで思わず目移りする。メイドちゃんズのお土産を3人でキャーキャーしながら選ぶの超楽しい! 心のモヤモヤ解消にも繋がり一石二鳥だ。


 そしてジークから女性服の買い出しを頼まれているので、キャッキャッしながらいくつか購入する。美人なサマンサちゃんとかわいいナターシャちゃんを着せ替えするの最高だ。もちろんその分、ミコトも着せ替えさせられたが、かわいいっていっぱい言われると悪い気はしない。ニッキーが選んできたゴテゴテの少女趣味じゃない服も用意できたことだし、何よりも、ユキちゃん用を選ぶのが楽しすぎる!! ユキちゃんは黙っているとお人形さんみたいな綺麗な顔をしている。引きこもりのためか、色白で肌もすべすべで、筋肉ナッシングの華奢な身体は女装していても違和感がない。そんな綺麗な男の子をおもちゃにできるなんて――


 えぇ、お姉さんたちは多いに盛り上がりましたよ。幸せです。


 中世っぽいワンピースやドレスは異世界に来た醍醐味だと思う。男物ばかりですっかりお洒落を楽しむということを忘れていたからいい機会だったのかもしれない。そして思わぬところで、この世界に聖女たちがもたらしたことについて知ることが出来た。


 ブラだ。


 ニッキー、ジーク、フェイのトリプルコンボでつい受け流していたが、買い物中に目に入ったので聞いてみたところ、かつての聖女が「コルセットよりこっちの方がいいじゃーん。エロかわいいし♪ 」と広めたらしい。


「聖女様方はそれぞれ元の世界の知恵を伝え、ユースタリア王国の文明、生活の向上に貢献したことも国民から愛された理由の一つなんですよ。」


「聖女様からの恩恵はまさに時代を変えた革命です。それぞれがもたらしたことになぞらえて二つ名があるんですよね~“食の聖女”、“本の聖女”、“ブラの聖女”……ミコト様の場合は――」


「「薔薇の聖女!! 」」


 これで決まりですね~とサマンサちゃんとナターシャちゃんがハイタッチして盛り上がっている。


「ちょっと待って! 響きだけはいいけど内容があきまへん!! 」


(なんとかして他の知識を伝えなきゃ……!! )


 もう手遅れな決意を新たに、コテージへと戻ってきた。



 ♢♢♢



「こら~! 観念しろ~アル!! 」


「別に少しずつでいいだろう!! 寄りによってなんでその方法なんだっ!! 」


 なにやら浜辺の方で男連中が騒がしい。買い物袋を抱えたまま盛り上がっている中心地へと近づく。笑顔でアルを羽交い絞めにしているフェイ含む騎士団員数人と、大爆笑しているニッキー、ジーク、ユキちゃんと、ご機嫌にプヨプヨしているハルちゃんがいた。


「何やってるの? 」


「あぁ、ミコトおかえり……今アルの水の特訓をしていて……アハハハハッ!! 」


「マジ腹いてぇわ……」


「往生際悪いぞ~副団長!! 」


 大爆笑の渦の中、騎士団員たちがアルを追い詰め、アルはそれに全力で抗っている。


「水の特訓なら、こんな砂浜の真ん中じゃなくて波打ち際とかじゃなくていいの? 」


 どちらかと言えば、今の絵面は海パン一丁の男たちの1対多数の戦闘訓練みたいだ。途中からしか見てないミコトにはさっぱり流れが理解できない。


「だってアルが絶対水に近づかなくて……アハハハハッ!! そうか、いいこと思いついた。」


 ジークがふいにミコトの手を恭しく取りニコリと微笑む。そのエスコートはさすが王子なだけあって様になっている。以前までのミコトならときめいていただろうが、もうこの笑顔には騙されない。


 ――嫌な予感しかしない。


「ちょっと! ジーク!! 」


「逃げない逃げない♪ 」


 慌てて手を引くが時すでに遅し。そのままジークに引っ張られ、騒動の中心地へ連れていかれる。


「アル~! お守り連れてきたぞ!! 」


「あぁ? お守りだぁ!? 」


「そ! 水が怖くなくなるお守り♪ テイッ!! 」


「うわぁっ! 」


「うおっ! 」


 ジークがミコトをアルの方に無理やり押し出した。ミコトがぶつかった衝撃でアルは後ろに座り込む。勢いに押されて思わずつぶった目を開くと、目の前には肌色の壁。まさか……と目線を上にずらすとアルの顔。背中に回された手。


 アルに正面から抱きしめられるような形で、ミコトは座っていた。


「――んなっ!? 」


 あまりの近さに、すぐに反応できなかったのが迂闊だった。


 ――プヨンッ


 透明のゼリー状のものにアルと二人包まれる。


「え? ハルちゃん――っ!? 」


 プヨンップヨンップヨンップヨンッ!! 


 ハルちゃんはミコトとアルを乗せて、猛烈な勢いでプヨプヨし……

 海に着水、入水、潜水していった。


 アル越しに見えた最後の陸の風景は、いい笑顔で手を振るジークだ。


(あの野郎っ――!! )


 騙された怒りと恥ずかしさと、アルとの距離を少しでも取りたくて、少し身じろいだのは仕方のないことだと思う。


 ――ギュウッ


「頼む、ミコト。動くな。ハルちゃんが割れて水が入ってきたらどうする――っ!! 」


 そんな必死に縋り付いてこないでくれませんか!? アルの切羽詰まった声に、抱擁に、ミコトの乙女心メーターが振り切ってぶっ壊れた。


 恐怖心と羞恥心――――それぞれ異なる理由から、ピクリとも動かない乗客を乗せた潜水艦ハルちゃん号は、フヨフヨ波に流され、漂いながら、海底へと潜っていった。





 女神 「え! うそん!! きゃぁぁぁぁぁ!! 王子最高っ!!! 」

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