第64話 ゴリゴリ削られてしまいました

 

「こら、待て逃げるなミコトっ!! おとなしく観念しろ~」


「やだやだやだっ!! 無理なもんは無理だ! 」


 淡いピンクのフリフリを持ったニッキーに追い掛け回される。あれが何かって? 大変かわいらしいワンピースだ。


(着てたまるかあんなもん!! こちとら23歳のおばちゃんだぞ!! )


 ニッキーが持ってきたものは、プリティなレースたっぷりのワンピースだ。幼気な少女が似合うものであって、20代にはちょっと、いや、かなりキツイ。クリスティア姫様が着ていたら全力で愛でてしまいたくなるくらい少女趣味全開のワンピースだ。ニッキーはミコトのことを12歳だと思っているからチョイスは間違ってないのだが……ここは全力で逃げ切らせていただく。


「ほら、ユキちゃんはもうなりきってるぞ~。」


「ユキちゃんの裏切り者~! 自分を強く持てよ!! 」


 逆に自分を強く持っているから出来たのか? おとなしくワンピースをつけて一生懸命ニッキーから渡された“乙女の振る舞い大全”を熟読しているユキちゃんに向かって八つ当たりする。どんだけ魔導具のために必死だよ!! そして似合うな女装が!! さすが美少年!!


「そんなに女装が嫌なのかい? ミコトががんばってくれないことにはどうしようもないんだけど……」


 ジークが眉を伏せて少しうつむく。やめておくれ、罪悪感が出てくるじゃないか。


「俺の交渉が下手でごめんな……兄上ならもっとうまくやれたかもしれない……」


「いや、ジークは全然悪くないよ!! ただ、あれはちょっとかわいすぎて着こなせないというか……」


「そうかい? 似合うと思うけどなぁ。でも今用意できているものはこのワンピースか、あとこれしかないなぁ。」


 ジークがもう1枚取り出す。薄手の柔らかい白い生地が、窓からの風に乗りふわりと揺れる。胸元に段で入ったフリルと、腰のリボンは少々甘目だが先ほどのワンピースに比べたら全然マシだ。


「それ、それでいいから!! 」


「えっ! いいのかい? 」


 ジークが驚きながらも嬉しそうに微笑む。


「いいも何もそっちのピンクは絶対無理!! 」


 ジークの腕から白のワンピをひったくり、部屋へと駆け込む。こうなったらもうやけくそじゃい!! 


「ミコト~。」


 ニッキーがドアをノックする。なんじゃい今度はぁ!?


「……何? 」


「そんな不貞腐れるなって~。はい、ヅラとおっぱい! 」


 笑顔でそんなもん渡してくるなよぉぉぉぉっ!! こげ茶のまっすぐなストレートヘアのカツラと、ブラと、詰め物を……まるで女子マネがレモンのはちみつ漬けをプレーヤーに差し入れする時の爽やかさで、手渡された。


「そんな固まるなって! まぁ純情少年には刺激が強いけどよ~、揉み心地本物そっくりらしいしな~。」


 やめてぇぇっ! 真剣な顔して詰め物を揉まないで!! お姉さんの中の何かがゴリゴリ削られるから!!


「はい! じゃあ着け方わからなかったら声かけろよ!! 」


 ニッキーが去った部屋の中で盛大に溜息を吐く。なんかドッと疲れた……


 とりあえず手渡されたワンピースを鏡の前で身体に当ててみる。ミディスカートの柔らかいワンピースは、足首の上でふわりと揺れて、好みでテンションが上がる。かわいい服は女の子を楽しませる。


 でも問題は……胸かぁ。


 胸当ての上からとりあえずブラをつけて詰め物を入れてみる。非常に滑稽な姿が鏡に映った。これだと動いたらズレてきちゃいそうだし……抵抗感は大いにあるけどやっぱり直接つけるしかないかな。少しキツいが入らないこともないのでそのまま胸を詰め込む。あまり自前がなくてよかった……少女に見えないこともない。悲しいけどね!!


 ニッキーからもらった詰め物は四次元鞄の奥底へ封印した。万が一使ってないことがバレたら大変だからね!


 鏡の中には、どっからどう見ても女の子が映っていた。

 これバレるんじゃない!? 思わず女神からの腕輪を握りしめる。これあれば大丈夫なんだよね? イケるよね……?


 幸いなことにアルはジークから用を頼まれて外出中だ。今のうちにサクッと外へ出て、みんなの反応を伺ってみるかな……そしてアルが来る前に着替えよう……


 そうっとドアを開ける。


「おう、ミコト一人で着れたか! 」


 詰め物を揉みしだくニッキーと、


「ミコト~似合うじゃん!! どっからどう見ても女の子だよ! 」


 ブラを片手に爽やかに微笑んでいるジークと、


「聖女ちゃ~ん!! すっげぇかわいいよ~!! おじさんにもっとよく見せて~!! 」


「おい、待て!! なんだその手は!! ミコトに近づくな!! 」


 両手を広げて近づいてきたエロおやじと、エロおやじを羽交い絞めにするアルがいた。


「フェイラート副団長!? なんでここに!? 」


 目の前の光景が情報過多すぎてついていけない。どこからツッコめばいいのやら。いろいろと衝撃すぎて、ついうっかり心の準備もしないままアルと目を合わせてしまった。


 頭から爪先まで、強くて燃えるような眼差しで観察されて思わず顔が熱くなる。なんだあの視線は!! まるで獲物を見つけた獣みたいな目で……一瞬食べられる自分を想像してしまった。アルに見られていることと、何故こんな想像をしてしまったかわからない自分の思考回路に、乙女心はノックアウト寸前だ。


「あっ……やぁっ……」


 これは駄目だ。逃げよう! 逃げて着替えよう!


 よくわからないけど、生存本能が危険信号を出している。足を1歩後ろに踏み出したところで、アルの手が緩み、エロおやじが飛びついてきた。


「聖女ちゃ~ん、すごくかわいいよ~。おじさんデレデレしちゃうな~。男にしておくのがもったいない!! ほい、ぎゅ~!! 」


「んっ――!? 」


「しかしまぁ本当にこの詰め物すげぇな。近くで見ると偽物とは思えねぇ……触り心地も本物そっくりだわ!! しかしおじさんの好みはもうちっと大きいほうが――」


「――――っ!?!? 」


(ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁっ!!! )


 ミコトが突き飛ばしたのと、アルが回し蹴りを食らわせたのはほぼ同時で、壁に激突したエロおやじはしばらく動くことはなかった。


(うわぁぁぁぁんっ! 触られたぁぁ! 最っ低っ!! このエロおやじ!! )

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