第63話 我がパーティの頭は真っ黒です


 朝だ――

 寝起きでぼんやりしたままうつぶせになり、枕に顔をうずめる。思い返すは昨日の夜のこと。あれは……反則やってお兄さん。


(手とか……大きかったし、耳元、耳元ぉぉぉぉぉ!! )


 唸りながら足をバタつかせる。また耳まで赤くなっているのが熱を持った感覚でわかる。

 結局目当てのお酒は一滴も飲めなかったのに、アルに酔っぱらってしまった。不覚だ。


(アルが起きないうちに、さっさと準備して部屋を出よう。)


 ふーっと大きく息を吐いて自分を落ち着かせる。アルはお寝坊さんだからまだ寝ているはずだ。チラッと隣のベッドに視線を向けた。


「――っ!?!? 」


 肘をついて横向きになり、こちらをじっと見つめる鋭く熱い眼差し。え!? いつから見られていたんだろう。


「お前は、朝から面白いんだな。」


 愉快そうにニヤってアルが笑う。気怠げな寝起きの様子とその微笑みのダブルパンチで朝から凄まじい破壊力だ。どうした!? まだアルコール抜けてないのか!!


「――ぅっ!?! お、俺顔洗ってくる!! 」


 あれはアカン!! ミコトはすぐさま逃げ出した。


「おう、おはようミコト~。」


「おはよっ!! 」


 リビングでパンをかじっていたニッキーに適当な挨拶を交わして洗面所へと逃げ込む。


(ううっ……心臓が痛いよ……)


 昨日のことをなかったフリをして――うまく男の子としてふるまっていかなきゃ。女神はなんでこんなミッションを課したんだろう。せめて理由がわかればいいのに。


(オカマのおバカ~!!!! )


 心の中で罵るくらいは勘弁してくれ。こっちだって非常事態だ。



 ***


「なんだ~あれ。ミコトどうしたんだ。」


 顔を真っ赤にして猛ダッシュで逃げていきやがった。腹でも壊したのか?


「……大方アルが何かしたんじゃないのかい? 」


 不思議そうにミコトが消え去った方向を見ていたニッキーにジークが返事をする。


「あぁ~昨日のあれか……お前相変わらずえげつない作戦考えるよな。」


 涼しい顔して紅茶を飲むジークをジト目で見る。フフフッとジークが照れたように笑う。いや、褒めてねぇし!! 


 そのときガチャリとドアが開いてアルが出てきた。


「おはよ~アル。ミコトのあの感じだとうまくいったの? 」


「……いや、まだだ。逃げられた。」


「ふ~ん、そう。出来るだけ早くしてくれよ。」


「――っ。わかってるよ。」


 困ったようにガシガシとアルは頭を掻いた。赤獅子の旦那――ご愁傷さまです!!

 そしてミコトにも陰ながらエールを送り、優秀な影は朝食の続きに戻った。2日後の祭典に向けてやることは山積みだ。


 ***



「みんなそろったところで――今回の至宝について話してもいいかな? 」


 どうせ昨日も遅くまで起きて研究をしていたのだろう。中々起きてこないユキちゃんを叩き起こして全員が集まったところでジークが話し出す。


「来週から海絆祭ラウトアンカーが行われることはみんな知ってるよね――? 」


 昨日アルが言っていたお祭りだ。ミコトは頷く。


「古来からの守護神への感謝の気持ちを込めた豊穣祈願・無病息災を願う祭り……巫女と戦士がお礼を献上しに海底都市へと向かう……昔はね、海底都市を模した小島に船で向かい、そこに供物を捧げるだけだったんだよ。」


(あれ? でも確か昨日のアルの説明では海底都市に巫女と戦士は行くって……)


「それがいつのころからか、海底都市の神殿内に捧げるようになった。めちゃくちゃきな臭いだろう? 」


(それはそれは、これまでのパターン通りで――至宝臭がプンプンするじゃないか!!)


「そこで海底都市に向かう方法を領主に聞きに行ったんだけど、神聖な海底都市にそんなたやすく踏み込めると思うなって怒られて……ちょっとくらいいいのにね。頭でっかちで困っちゃうよ。」


(私たちが勝手に踏み込んでいって神の怒りを買ったらラグーノニア大変だもんね~、それは慎重になりますわ……あれ? でもそうしたらどうすれば……)


「海底都市へ行く資格があるのは、闘技大会で優勝した戦士と選ばれた巫女のみ……」


 ジークが今世紀最大の黒い笑みを浮かべた。


「というわけで、俺らで祭りを乗っ取ろうと思います!! 」


「えぇーっ!! 」


 なんですと!? 由緒正しき儀式の乗っ取り!? 何てこと思いつくんだこの腹黒王子!? 


「供物を持った巫女2人と、戦士3人……ちょうど5人で俺らパーティと一緒じゃん? この機会逃すと大変だな~と思って。というわけで、俺、アル、ニッキーは2日後の闘技大会で優勝するのが大前提です!! 」


 アルとニッキーが遠い目をして明後日の方を見る。国中からの強者どもが集まる大会で優勝――なんてこと考えるんだこの腹黒王子!?


(ダンジョンでもどうにかなったし……この3人なら大丈夫か? あれ? でもそうなると……残された私たちは……まさか!? )


「ミコトとユキちゃんは、華麗でキュートな巫女ちゃんになってもらいます! あ、心配しないで。そっちは買収済みだから特にやることないよ。」


「えぇ~~~っ!?」


 そんな綺麗な笑顔で微笑まれても困ります!! 買収!? 何をしてきた!? そして男装して、女装!? アルの前で!? アカン……気が遠くなってきた。


「僕、嫌だよ。女装なんてしたくない!! 」


「お、俺もだ!! 」


 ユキちゃんの反論に乗っかる。無理だ、この気持ち抱えたまま女の子になんて戻れない!! 


「戦士枠でもいいけど……今回の闘技って魔法禁止よ? 純粋な武力での勝負よ? ユキちゃん出来るの? まぁ俺は別に構わないけどさ~海底都市でのすっごぉい魔導具、ユキちゃんが見れなくなったとしても……」


「ぐぅ――っ!! 」


「どうする……? 」


 またニヤリと黒い笑みでジークがユキちゃんに微笑みかける。あぁ、この流れは駄目だ。


「わかったよ。やればいいんだろ、やれば!! 」


「違うでしょ。“わかりました。やりますわ、私頑張りますわ”でしょ? 」


「……私、頑張りますわ。」


「ん、よろしい。」


 ニコッてジークが笑う。だからさっきから黒すぎるんだよ!! そしてユキちゃん弱すぎ!!


「ミコトは拒否権なし。もちろんやるよね? 」


「……っ……はい。」


 駄目だ、あの笑顔に勝てる自信がない。途方に暮れて天井を仰ぎ見る。どうなっちゃうんだろう、これから。


「女装のやり方や、振る舞いはニッキーに聞いて。趣味だから。」


「んな――っ!? ちげぇよ!! 適当なこと言ってんじゃねぇよてめぇ!! 経験はあるが……任務だ任務。仕方なくだっ!! 」


 ニッキー、きっと今までこうやってジークに振り回されてきたのだろう。ご愁傷さまです。


「ミコトとユキちゃんは、女の子のお勉強、ニッキーは指導役しながらアルから特訓つけてもらって。俺にもよろしくねアル。それから……アルは海底都市に行くために水の特訓もがんばろっか! 」


 アルがテーブルに突っ伏す――ご愁傷さまです。


 げんなりしながら各々、それぞれの目的のために動き出した。

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