第62話 作戦は大失敗かつ多大なるダメージを負いました

 アルと連れ立って帰り道を歩く。


 帰りも屋台街を通るが、メインストリートは人がいっぱいなので、裏通りから行くことにした。メインでは人波も店の看板や宣伝も派手だったが、裏通りの店は特に呼び込みなんかしていない。その代わり間接照明をうまく利用した外観は、店主のこだわりを感じさせるお洒落な雰囲気を一軒一軒が醸し出している。背伸びしたい日に入りたくなるような、そこにいるだけで自分もお洒落さんの一人かもって錯覚させるような、お店ばかりだ。道行く人も自分たちの世界に浸っているようで、そのそっけなさが良くも悪くもこの通りとしっくりくる。


 そう――先ほどまでの熱気から切り離されたこの静かな裏通りは、まさしく大人デートにふさわしい、ロマンチックでしっぽり感満載であった。


(夜景からのこの流れはデートコースの鉄板ルートじゃない!? えっ……大丈夫なの?? )


 アルはそれを知っててこの道を選んだのか、それとも偶然か――。

 ニッキーメモをちゃんと読んでなかったけど、もしもニッキーからのオススメだとしたらあいつは爽やかな顔した悪魔だ!!


(デート終わりにここ歩いて、“よかったらもう一軒行かない?”とか言われたらすぐ頷いちゃうよ――)


 まるでドラマのワンシーンみたいだ。一体アルはどんな気持ちでここを歩いているんだろう。少し前を行くアルの背中を見る。鍛えられた背中は背筋がピンッと張って後ろ姿もカッコいい。普段よりラフな格好だからその歩みに合わせて動く肩甲骨のくぼみに、がっしりした背中に――いつもより男を感じてしまってドキドキする。


(何考えているんだ私の馬鹿馬鹿っ!! )


 火照った顔をどうにかして抑えたいのにどうにもできない。頭も心もいっぱいいっぱいだ。せめてもの足搔きで手で仰いでみるが、うん、効果は全くない。


 そんなときにアルが立ち止まり、こちらを振り返った。見返り美人――流し目というやつですか?? 初めて見ました。ミコトを射抜く鋭い瞳を見てしまっては何も考えられなくなる。アルは口を少し開いて、閉じる、開いては閉じるを何度か繰り返し、そのまま首筋に片手をやって少し目線をずらした。


「喉……乾いてないか? なんか冷たいもんでも飲むか? 」


 言いづらそうに、少し照れを含んだその言い方に、もう限界だと思っていた脈拍数が一気に上昇する。


「――――はい。」


 あぁ、今の自分はきっと誰が見ても女の子の顔だ。



 ♢♢♢



 アルとそのまま手近にあった店に入る。居酒屋――とも少し違う。バーと呼ぶには敷居が低すぎる。程よくざわつきつつも落ち着いた雰囲気の店だ。優しい目をしたダンディなマスターが出迎えて、窓際の席に座らせてくれた。少し空いた窓から心地よい風が流れ込んでくる。


「この辺が、ドリンクだな。」


 メニューを眺めるアル。二人掛けのテーブルに向かい合わせに座っているこの状況は……まさしくデートだ。


(こんなん素面じゃやってられねぇーよっ!! )


 酒だ。酒の力が欲しい。不良少年聖女は、一滴のアルコールでも欲しています!!


「アル~せっかくだから飲んじゃえば? 」


 名付けて“酔っぱらった親戚の叔父さん大作戦”。こんな経験ないだろうか。子どもの頃、親戚の集まりなどで酔っぱらった叔父さんに、「おう! ちょっと飲んでみるか~? 」と酒を勧められたことは――


 アルを酔わせて、その隙にチビリとやるだけだ。大丈夫。私ならうまくやれる。接待なんぞしたことないが、全身全霊をもってお酌をさせて頂きます!!


「いや、しかしお前もいるしな……。」


「え~俺のことは気にしなくていいよ。こういう暑い日に飲むのは最高でしょ? 暑くなった身体を冷やす炭酸の爽快感にグワッて流れ込んでくる喉越し、水分を求めてた身体に回るアルコールの感覚は堪らないじゃないか!! 」


「お前……やけに詳しくないか。」


「……オトウサンガイッテタヨ。」


 危ない危ない。思わず熱が入ってしまった。


「だがまぁしかし……」


「いいっていいって。いつもアル頑張ってるじゃんか。自分へのご褒美に、ね! 」


 少しくらいなら大丈夫だよ~気にしなくていいよ~とそそのかした結果、アルは麦泡酒とやらを注文した。まずは第一段階成功だ。


 運ばれてきたのはキンキンに冷えたグラスと瓶。叔父さんが目の前でグラスに注いだ黄金色の液体と白いクリーミーな泡。


(うおぉ! ビールじゃん!! )


 この旅の間でアルが酒を飲んだのは見たことがない。ジークやニッキーもだ。子どものミコトやユキちゃんの前だということで、気でも使っているのだろうか。なんて品行方正なヤツらだ。こちらは全然構わないのに。むしろもっとやれ。チャンスが増える。


 というわけで、ミコトが初めてお目にかかる異世界酒だ。


(異世界ビール……やっぱ味わい違うのかな……)


 期待感と好奇心で思わずゴクリと喉が鳴る。サーニャソーダも美味しいけどね、一度知ってしまったあの味が懐かしいのさ。美味しそうにアルが飲み干すのを見つめた。喉を鳴らすたびに上下する喉仏――いかん、酒に集中しろ! 余計なことを考えている暇はない。


「気になるか? 」


 物欲しそうに見ていたのがバレたみたいだ。でもいい流れだ。


「うん、気になる! 」


「そうか、大人になったらな。」


 この堅物騎士――っ!! もう少しちゃらんぽらんになってくれてもいいじゃないか。


「ねぇねぇアル。このお酒はどんな酒なの? 」


「この麦泡酒は――苦みが上手い。癖になる。」


 うん、ビールだな。そしてアルは食レポ下手くそか!!


「こっちの紅樽酒は?」


「果物から作った赤い酒だ。渋くてうまい。」


 なるほど、ワインか。


「ということはこっちの白樽酒は……」


「そっちは果物から作った白い酒だ。赤よりもさっぱりしてる。うまい。」


 なんとなくわかってきたぞ、異世界酒!!

 ここでアルのグラスが空いたのでお注ぎする。いいペースだな。作戦通り。“お酒の話をしてると酒が飲みたくなってくる大作戦”、自分の首も絞めることになるが、背に腹は代えられない。メニューに載っている酒の話を聞きながらアルにお酌し、瓶が空になりそうなら注文して――自分の知識も深まるし一石二鳥だ。


 しばらくすると、アルもほろ酔いになってきたのだろうか。少し饒舌になってきた。


「……ちょっと行ってくる。」


 アルが席を外す。トイレタイムかな、結構飲んだもんなぁ~

 ――というわけでチャンスタイムだ!!


 幸いなことに端に座っているミコトのことを気にしている客は見当たらない。みんなそれぞれの世界に没頭している。目の前のグラスにそっと手を伸ばす。揺れる琥珀色の液体、シュワシュワ聞こえる炭酸の音、縁にそって少しだけ残る泡、アルの飲みかけの酒だ。早くしないと炭酸が抜けちゃう――ってちょっと待って、飲みかけか!!


(間接キスじゃん!? )


 高校生の初々しいカップルでもないんだから、こんなこと気にしなくていいのに……もういい大人なのに……一度意識すると猛烈に恥ずかしくなってきた。残念なことに新しいグラスをマスターにもらってくる暇はない。


 大丈夫、大丈夫だ。蚊に噛まれる程度だこんなもん。バレなきゃ平気。落ち着け私~! この緊張は子どものフリして酒を飲もうとする、悪いことをしようとする緊張感であって、決して好きな人との間接キスを意識しているわけではない。だからへっちゃらだ。大丈夫――



 あと少しで唇に触れる――――



「こーらっ! 悪ガキめ。」


 グラスと唇の間に何かが挟み込まれ邪魔された。


 アルの手だ。


 後ろからアルの大きな手で、口元を覆われていた。


「んんっ――!?!? 」


 そのままアルはもう片方の手でミコトが持っていたグラスを、ミコトの手ごと握る。


「――あまり大人を舐めるな。」


 耳元でささやかれたその掠れ声に、酔って目元を赤らめながら見下ろす瞳に、悪いことを見つけたいたずらっ子のように笑う無邪気な様子に――


 思考回路が爆発した。


 そのままスリっとミコトの頭に頬を擦り寄せる。まるで大切なものを愛しむかのようだ。


 酔っぱらった獣人騎士は距離感が狂っちゃったみたいです。作戦は失敗に終わりました。深刻なダメージを心に与えられて、そのあとどうやって帰ったかはあんまり覚えてない。



 今後二度と、酔っぱらいアルには近づかないことだけは心に誓った。

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