第61話 異世界流・夜景の楽しみ方は想像以上です

 

 人ごみを縫うようにして歩く。


 アルが――前を歩いてくれるから小柄なミコトでも人波に負けずに進むことが出来る。歩くスピードが速いから、追いつくのに必死だけどね! 足の長さの差か!? 

 日が落ちてから、少し気温は下がったとはいえ夏真っ盛りだ。人々の熱気もあり、歩いていると少し暑い。


 アルも暑いのかな? うなじに光る汗と、少しだけ濡れている襟足が色っぽくて――――ムラッときてしまった。


(まるで変態みたいじゃん!! )


 汗で興奮するなんてーー自分自身の感情が制御できない。急いで目を逸らしたのと向かいからやってきた人にぶつかったのは同時だった。


「うわぁ! ごめんなさい。」


「こっちこそごめんな、坊主! 大丈夫か? 」


 結構いいスピードで歩いていたので、ぶつかった衝撃で尻もちをついてしまった。ぶつかった男性が手を差し伸べて起こしてくれる。ガタイのいい、筋肉質な兄ちゃんだ。日に焼けた肌と白い歯が一見爽やかそうに見えるが、少しチャラい雰囲気を醸し出している。


「大丈夫か坊主? お父さんかお母さんと一緒か? それか君にそっくりなお姉さんいたり……」


「俺の連れが世話になったな。行くぞ――」


 優秀なセ〇ムが、即座にブロック、撤収する。安心安全の警備サポートだ。ミコトの肩に手をグッと回し――そのまま歩き出す。助けてくれたのは嬉しいけど……いや、ねぇ、ちょっと待って!!


「あ、アルっ!? この手離して!! 一人でも歩けるから!! 」


 肩に置かれているアルの手が熱く感じる。全神経をそこに集めちゃったみたいだ。いきなりこんなことされちゃ落ち着かない。これだと傍からみたらまるでデートじゃん!? “俺の女”感出てるじゃん!? ペシペシ肩におかれた手を叩いて、アルを見上げた。ぐぬぬ……この至近距離でこの角度からは初めてだから、心臓に悪い。


「……祭りも近いから人も多いし危ない。迷子になったらどうするんだ。」


 何ですかその2、3人ほど殺ってきたような怖い目つきは!! 普通なら震え上がりそうな視線にゾクゾクしちゃう自分は重症なのだろうか。


「一人で歩けるから!! もう子どもじゃないし!! 」


 肩の手をペイって引きはがした。行き場の失った手が空をさまよって、そのまま降ろされる。


(危ないところだった……)


 適切な距離感は大事だと思うの。それを感じる今日この頃。

 アルと二人っきりなんて、王城で授業を受けいていた時以来だ。今思えばあの頃はアルと全くしゃべらなかったし――こんな思いを抱くことなんて想像すらしてなかった。愉快な3人組の存在が猛烈に恋しい。研究ってなんやねん。ユキちゃんの大馬鹿子イノシシ!!


 ミコトを気遣って、隣を歩いてくれるアル。あのときのまま後ろを歩いてもらうよりはよかった――のかな? 拳一個分だけ空いているアルとの距離が少しもどかしくってこそばゆい。人ごみに押されるとすぐ触れちゃいそうなその距離にドキドキする。


(早く着いて目的地――!! )


 ♢♢♢


(綺麗だけど、綺麗だけど、それどころじゃな~いっ!! )


 籠のふちに手をついて、眼下に広がる絶景を見下ろす。先ほど行った屋台街の揺れる明かり。屋台街や宿屋街からそう遠くないところにある、ひときわ輝く円形の建物はイベント会場か何かだろうか。そして人々の生活から漏れ出てくるあたたかい光があちこちで瞬き、まるで星空の上にいるみたいでとても綺麗だ。


 綺麗な景色に没頭したいところだが、向かいのイケメンがそれを邪魔してくる。無言で座ってるだけなのに他人に影響を及ぼすなんてスターか何かか!?

 夜景が楽しめるというから、てっきり高台や山に登ったりするのかと思ったら違った。


 ――現在、私は空に浮かんでいます。アルと二人っきりで。


 異世界の夜景デートは新種の気球のようなものでした!! 上から見下ろすなんて聞いてないです!! こんなにロマンチックなものだったら最初に教えてください!! 完全に想定外です!!


「あまり身を乗り出しすぎるなよ。」


「わかってるよ……」


 夜景に夢中になっているフリをしなきゃ、とてもじゃないがやってられない。

 これに乗るって知ってたら断固拒否したのに……ふわふわ浮ついた気持ちでアルについていった場所は、灯風船マナ・バロン乗り場だった。


 灯風船マナ・バロン――初めて見る乗り物だ。木で編み込まれた籠の中に小さなベンチが2脚、乗り場のお姉さんの誘導に従い、そこにミコトとアルは向かい合わせに座る。「はい、失礼しますね~」とお姉さんが籠の四隅にある金属の輪と、シーツみたいな大きな白い布から伸びているロープを固く結んだ。この時点ではミコトとアルの足元に大きな白い布があるだけで何がさっぱりわからない。


「アル……?」


「まあ見とけ。ここからが見物だ。」


 籠のふちに片肘をついてアルがニヤッと笑う。


「僕、灯風船マナ・バロン乗るの初めてかな? 」


 お姉さんが両手でランタンを抱えながら、朗らかに話しかける。先ほど屋台街を照らしていたものよりも少し大きいくらいかな。


「よいしょっと……では素敵な星空の旅へいってらっしゃーい!! 」


 お姉さんが布の下にランタンを置いて手を離す。ランタンは布を持ち上げながらどんどん上へ昇っていき――ふわりと籠ごと持ちあがった。


「うわぁぁぁぁぁ!!! 」


 足元でダボついてた白い布は頭上でピンと張り、大きなテントのようになっている。その中心にはゆらゆら楽しそうに浮いているランタン、アルとミコトを乗せた籠はランタンに導かれるまま夜空へ飛び立っていった。


♢♢♢


「驚いたか? 」


 アルが尋ねてきた。その片肘をついたまま話しかけてくるのやめてもらっていいですかね!? 無駄に色気があるので!!


「うん、驚いたよ~。俺の世界にはこんな乗り物ないからさ……」


「さっきからいくつもの灯風船マナ・バロンが頭上を飛んでいたのに、お前食べるのと歩くので夢中だったからな。」


 クッとおかしそうにアルが笑う。なんも面白くないから、その素敵な笑顔やめてもらっていいっすか?


 直視できなくて目線を逸らす。頭上に煌めくランタンの明かりがアルに影を作ってて――すごくセクシーだ。外は暗闇、眼下には綺麗な星空、ロマンティックに揺れる異世界気球、2人を包む柔らかな光、そして目の前にはいつも寡黙な騎士が微笑んで――ときめくなってのが無理な話だ!! ボーっと見とれてしまいそうな自分がいて、慌てて話題を探す。


「この、灯風船マナ・バロンってどうやって動いてるの? 」


 何も触ってないのに、揺らり揺らりとラグーノニアを一周するかのように籠はゆっくり移動している。


「詳しくはわからないが、風と光魔法だと聞いているぞ。ユキに聞けばわかるんじゃないか? 」


「ユキちゃんだと話が長くなりそうだからなぁ~」


「確かにそうだ。」


 フフッと、我らが可愛いウリ坊ちゃんを思い出してアルと笑いあう。笑ってるアルは相変わらず素敵だけど、ユキちゃんに癒されて肩の力が抜けた。持つべきものは猪突猛進な友達だな。


「ねぇアル、あの建物は何なの? 」


「あぁあれは――闘技場らしい。言っても闘技だけじゃなくて、舞台公演とかイベントとか多くの人数が収容できるから、いろんなことに使われているらしいな。今の時期は――海絆祭ラウトアンカーのための闘技が行われる、闘技場一番のお祭り騒ぎだとよ。」


 ニッキーメモを読みながらアルが解説する。


海絆祭ラウトアンカー? 」


「あぁ~……ユースタリア3大祭りの1つでな。この街全体の明かりが消えてな、暗い中供物を持った巫女と松明を持った戦士が海底都市に行き、古来からラグーノニアを、海を守ってくれた守護神に今年度のお礼と来年度の豊穣祈願をしに行く――らしい。」


(街全体の明かりが消えるって凄いな……)


 眼下に広がる星空を見下ろす。


「ジークが何を考えているかまだ分からんが……おそらく滞在中に見れるんじゃないか。暗闇の中響き渡る太鼓の音が迫力満点だと聞く。巫女と戦士が去った後、一晩中行われる豊穣祭は守護神への感謝と喜びを伝えるため、めちゃくちゃ盛り上がるらしいしな。」


 そうなのだ。今回の旅の目的をジークはまだ話さない。いくら聞いても「ちょっと情報収集中~」と言ってのらりくらりとはぐらかすのだ。今のところ、ミコトたちはただのバカンスに来た観光客だ。まぁ楽しいからそれはそれでいい。


「巫女の選び方はよくわからないが、戦士はトーナメント戦を勝ち抜いた優勝チームが毎年務めている。海絆祭ラウトアンカーの前哨戦としての、闘技が3日後か……名誉ある戦士になりたいと、国中から腕っ節の猛者がこの時期のラグーノニアには集まってるはずだ。」


「ふーん……力自慢大会みたいなものか〜。」


 目の前の騎士をチラッと見る。アルもいい線まで行きそうだなぁ。まぁでも私たちは至宝探しに来てるわけだし関係がない。お祭りを少し楽しめれば十分だ。


 それよりもアルの説明の中に気になる単語があった。


「アル……海底都市って? 」


 なんだそのロマンに溢れる響きは――!!

 ミコトの中の少年魂が騒ぎ出す。乙女にだってあるんだぞ、少年魂。


「よくわからん。昔、神とラグーノニアの人々が共に暮らしていたという言い伝えがあるがな。」


「どうやって行くの? 」


「潜ってくんじゃないか……」


 アルがちょっと嫌そうな顔をした。見えた、見えたぞ。耳を折りたたんで尻尾を内側に巻いたネコの姿が――!!


 不意打ちのかわいさに慌てて顔を逸らす。


「そっか~、まぁ俺たちには関係のない話だしね! 楽しみだな、お祭り~。」


 気づけば灯風船マナ・バロン乗り場が近づいてきていた。そろそろ終わりみたいで、少し寂しい。


 綺麗な夜景を目に焼き付けたくて、外の景色を眺める。いくつもの灯風船マナ・バロンがふわふわ揺れててとても幻想的だ。こんなに綺麗なのに、きっと思い出したら少し切なくなるんだろうな。自分の未来が想像できるけど、他に見るものないし、見ちゃいけないものが目の前にいるし――


 そのまま灯風船マナ・バロンが降り立つまでミコトは外を見続けた。


 アルの視線の先に何が映ってるかなんて気にもせずに――

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