第56話 あみだくじがツボに入ったようです

 

「うわぁぁぁぁぁ!!!」


馬車に揺られて2日後、一行は海の都へと到着した。


 目の前に広がる青い海は光の差し込み方によって、深いブルーや鮮やかなエメラルド色に変わっていく。足元にはさらさらと踏み心地のいい細かい粒の白い砂浜。頬をなでる潮風は、日本より湿度が低いためか、暑さを感じず心地いい。いつまでも聞いていたくなる優しい波音、濃い緑が揺れる亜熱帯の植物――テレビの世界でしか見たことないような光景が目の前に広がっていた。


(まるで海外! いや、異世界だけどね!! )


 しかもジークが案内してくれた宿は、白い漆喰の壁に黄金色の茅葺屋根の可愛らしいヴィラが海の上に1棟ずつ独立し砂浜と細い橋で繋がっていて


(これはハネムーンで浮かれ切ったカップルが奮発して泊まっちゃう水上コテージというものですよね!? 王子様と旅していてよかった!!)


 夢のような贅沢っぷりにミコトの心は踊りだす。


「そんなにミコトに喜んでもらえると嬉しいなぁ。よく調べた甲斐があったよ。」


「お前は調べてないだろ!! 」


 なにやらジークとニッキーが例のごとくじゃれあっているがいつものことなのでスルーする。それよりも部屋の探検だ。


 中央には大きなソファがあるリビングルーム。テラスと繋がっているのでソファに座ると目の前の絶景がよく見える。簡易バーとキッチンもついているためジークに頼めばおいしいものをサクッと作ってくれるだろうし、あわよくばみんなの目を盗んで酒が飲めるかもしれない。最高だ。バスルームとトイレ、洗面台、そして寝室が2つ。


(2つか――!!)


 2人用と3人用で分かれるみたいだ。欲を言えば個室がよかったが、こんなに素敵な宿に泊まらせてもらってるので、これ以上の贅沢は望まない。


 しかし、アルと離れることは望むぞ!!


(誰と同室でもいいから、アルと2人部屋だけは避けたい! せめて3人部屋! 頼むぜ女神様!! )


「誰がどの部屋使うかあみだくじやろう!! 」


 私には女神がついているんだ! きっと大丈夫なはず……!

 ミコトには知る由もないが、もちろん女神がそんな無粋なことをするはずがない。自信満々に臨んだ結果は、アルと2人部屋だった。


(バカバカバカっ!! 全然見守ってくれてないじゃないか! )


 至宝の見つけ方も教えずに、よくわかんない腕輪だけ渡してこの世界に突き落とした女神は加護や運も与えてはくれないらしい。心の中でめちゃくちゃ罵っといた。


「えぇ~なにこれ!! 適当に線を引っ張っているだけなのに同じところに絶対にいかない!! 」


「いや、嘘だろ。さすがに……おい、マジかよ。」


「次、僕! 僕に試させて!! 」


 ジーク、ニッキー、ユキちゃんがあみだくじに興奮している。そんなこと今はどうだっていいだろうが!!


「……おい、ミコト。先部屋使うぞ。」


「あ……うん。どうぞ。」


 荷物をもってアルは部屋に入っていった。ちゃっかりミコトの分まで運んでくれるのが優しい。


 盛り上がるあみだくじチームの隣でソファに座り、ボーっと海を眺める。左腕につけられたすっかり馴染んでしまった腕輪にそっと触れた。アルへの想いを自覚してから、こうやって腕輪を触る時間が増えたように思える。適切な距離を保って、接していれば大丈夫なはずだ。女ってバレる気配は今のところないし、今回はダンジョンと違って危険なこともなさそうだからアルに抱きかかえられることもそうそうないだろう。うまく笑ってごまかせれば何とかなる。笑うのは得意だ。大丈夫……


(もし、この街にアルの番いがいたら――)


 ギュウッ――と胸の奥が締め付けられる気がした。ダンジョンを出てからずっとこうだ。メイドちゃんたちと盛り上がって話しているときはちっとも気にならないのに、みんなが帰って一人になると途端に考えてしまう。


 見えない番いの影に脅かされる。この甘酸っぱい想いはいつか彼女によってほろ苦く変えられるのだろう。まだ自覚したばかりのこの気持ちを来るべき日に備えて消化していかなければ……


「おい、ミコト!! ちょっと審査しろっ!! 」


「うわぁ! なんだよ急に!! 」


 人が真面目に考えているというのに、なにやら興奮したニッキーが頭にのしかかってきた。手元にある紙に目をやる。


 びっしりと横線が書き込まれたあみだくじがそこにあった。


「なんだよこれ! めちゃくちゃめんどくさいじゃん!! 」


「これぞ究極のアミダクジ。誰にも予測できない難解なアミダだ!! 」


「たどり着くまでにどんだけうねうねさせる気だよ!! 」


「ミコト、そんなセンスのかけらもないものは置いといて。ご覧よ、僕の知識を生かしたアミダクジを! 線をなぞって最後まで行くと魔法が発動するよう、魔法陣を応用して仕込んだんだ。正解に辿り着いた者はちょっとした幸せを、不正解を選んだ者にはちょっとした呪いをかけることが出来……」


「怖いわ!! 絶対にしたくない!! 」


「ほらほら、している最中も楽しくないと駄目だって言っただろ。となるとやっぱり俺のアミダクジが一番じゃないか。」


「ジーク、横線がハートと星と、ネコちゃんとウサギさんに見えるんだけど……」


「きっと楽しいよ~これ。“あ!俺の選んだところネコちゃんに行くのか~はいニャンニャン♪”って感じで……」


「5歳児の女の子か!! 」


 どいつもこいつもアホばっかりだ……


 でもそのアホさ加減に救われた。お腹を抱えて大笑いする。アルがいつか誰かの下に行くのは仕方のないことだから――とりあえず、今は目の前のことと至宝探しに集中しよう。



 願わくば、この5人で旅を続けられるように

 もう少しだけ時間をください。

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