第57話 呼びやすい名前が一番です

 

「ね~ミコトまだ? 」


「あと少し~! 」


 あみだ熱が少し冷めたころ、夕暮れまでまだ時間があるので海で遊ぼうということになった。この綺麗な海で遊べるワクワク感はあるが……うん、気をつけなくては。


(上まで濡れないようにしなければ何とかなるかな~)


 海パンに半袖黒シャツ、サンダルならきっとごまかせるだろう。あまりシャツを濡らしたくないので、裾を縛り、袖を少しめくり上げた。


(ディアナの特訓とダンジョン生活のおかげで少しやせた……? )


 鏡に映った足がなんだかいい感じだ。チラッとシャツを捲り上げてみる。くびれが前よりも出てきた気がする。


(ジークとアルの美味しい物責めに屈しないようにしなければ……!! )


 誰に見せるわけでもないがテンションが上がる。そのまま調子に乗って、もう一巻き、袖を折り曲げ部屋を出た。


「お待たせ~! 」


「遅いよミコト~。あれシャツ着たまま? 」


「うん、俺、日に弱くってさ~。」


 あながち間違ってはいない。20代女子と紫外線は永遠のライバルだ。


(それにしても、さすがに緊張する……)


 水着なので覚悟はしていたが、きれいに並んだシックスパック、動いたときにチラリと出る腸腰筋、今まで服越しで感じていた上腕二頭筋――上裸はアカンっ!!!


 ムキムキすぎるわけではないが、騎士らしく鍛えられた身体に胸の高鳴りが抑えきれず、ミコトはアルの破壊力に完敗した。


「ミコト~、お前すげぇ顔赤いけど大丈夫か~? 」


「うん平気! ちょっと暑いだけ! ありがとうニッキー。」


 冷静になれ、落ち着け~沈まれ~私の煩悩!!

 心配されたニッキーから水を受け取り一口飲む。


(ニッキーもジークも十分いい身体してるけど……なんかアルしか目に入らない~!!)


 恋は盲目、惚れた欲目だ。なんだかいつもより、アルの視線が鋭い気がするが……それすらももうカッコいい。ふわふわする乙女心を一生懸命抑えて隠して、ビーチへと向かった。


 ユキちゃん?細すぎて白すぎて論外だ。私より細いんじゃないか……とむしろ嫉妬しちゃう。


 ♢♢♢



「いやっほぉぉぉいっ!! 」


 ニッキーが真っ先に海へ飛び込み、ジークが続く。


「準備運動してからだよ~。」


 先生も親もいないので律義にする必要はないが、なんとなく海でもプールでも入る前に準備運動をしないといけない気持ちになる。小さいころからの習慣には困ったものだ。


「なんの意味があるのさこれ……」


 ぶつぶつ言いながら、アルとユキちゃんも一緒にしてくれた。優しい。ミコトの掛け声に合わせてキングスライムも一緒にプヨンプヨンと体操している様子が、見ていて癒される。


「ユキちゃん、スライムの名前って決めたの? 」


 気になっていたことを聞いてみた。


「もちろんさ。偉大なる魔導士の祖ルパート・ザッケンハイムと魔導具革命の先駆者ハインツ・エイブリースから名前を頂いて、ルパート・ハインツ・エルモンテだ!!」


「長いわ!! せめてもうちょっと捻ろう……」


「なんでだ! カッコいいじゃないか、ルパート・ハインツ! 」


 残念だ、このウリ坊。ド直球の名前をそのまま付けるしか能がないみたいだ。


(ルパート、ハインツ……ルパンツ……ハイート……ル……ハ……)


「ハルちゃん! ハルちゃんでいこう!! ユキちゃんとハルちゃん!! めちゃくちゃ可愛いじゃん!! 」


「絶対ヤダ。なんでミコトは間抜けな名前ばかり付けるんだ。威厳がないじゃないか!! 」


「ほら、愛称愛称。これからよろしくね~ハルちゃん! 」


 プヨンプヨン


 うん、どうやら気に入ってくれたみたいだ。


「僕は認めないからな! 行こう、ルパート・ハインツ!! 」


 プリプリしながらユキちゃんはハルちゃんを連れてジークとニッキーのところへ行ってしまった。きっとこのことを愚痴るのだろうが、結果は目に見えている。


(準備運動もこの辺にして、そろそろ海に行くかな~アルと二人っきりだと変になっちゃうし……)


 チラッと横のアルを見ると、バッチリと目が合った。鋭い目がまるで獲物を見定めるようで――思わず両手で二の腕を握りしめる。アカン、またクラクラしてきた。


「アルっ!! そろそろ俺たちも行こうぜ! 」


「……俺は荷物番しているから先に行っとけ。」


「わかった! じゃあね!! 」


 ありったけの全速力で海に向かって駆け出す。勢いよく海に飛び込んだから、シャツも少し濡れてしまった。気をつけようと思っていたのに……


「遅いぞミコト! そぅれ!! 」


「うわぁぁ! やめろ!! 」


 ニッキーが容赦なく水をかけてくる。太陽と諸事情により熱を持っていた顔に当たってうっとおしいが気持ちいい。


「ちょっともうやめろってば!! 」


 ニッキーはやめることなく延々と水をかけてくる。両手でガードしながらもそろそろいい加減にしてほしい。少しずれて反撃のチャンスを――と思ったところで視界が反転した。


「ふぇ――!?」


 バッシャーンッ!!


「フハハハハハっ!! まんまと引っかかったな。長年の研究をもとに編み出された技、ローリング・スプラッシュ!! 俺と若の最強タッグ、2人目の餌食だ!! 」


 ニッキーが正面から水をかけて気を引き、背後からこっそり近づいたジークが足をかけて頭からダイブさせる――小学生並みの技だな!!


(最悪だよ~濡れたくなかったのに……!! )


 ゲラゲラ笑っている小学生コンビが非常に腹立たしい。2人目ということは、あぁ向こうでユキちゃんが死んだ目をして浮いていた。ご愁傷さまです。


 少しでも乾かないかな~と期待を込めて、濡れたシャツの裾を持って絞ってみるが、大した効果はなさそうだ。どうせまたやられるだろうし、浜に戻ったらドライヤー魔法を応用して少し乾かそう。隙間時間の活用で、見事ドライヤーを習得したのだ!! これで朝が楽になった。


「アルはいつ来るのかな~……ってすげぇ怖い顔してこっち見てるけど何があった!? 敵襲か!? 」


「荷物ったって飲み物くらいじゃないか……気にしなくていいのに~。」


 ニッキーとジークがなにやら騒いでいるがもう知らないんだからな! 


(ハルちゃんに浮き輪代わりになってもらおう~、また中に入って水面を歩いてみるのもいいな!! )


 こうなったら全力で海を楽しむのみ! よくも悪くも切り替えが早いミコトは目一杯遊びつくした。

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