第4章 海の都 ラグーノニア
第55話 男女の距離感について考えます
ガタゴトガタゴト
パカラッパカラッ
身体を揺らす振動。軽快なリズムを鳴らす馬の足音。少し空いた窓から流れ込む草の匂いを乗せた風。そして車内の重い雰囲気――
(何があった?? )
花の都を出発してから、誰一人として言葉を発しない。まぁユキちゃんはスライムに寄りかかりながら寝ているので対象者から外す。
こめかみを揉みながらこちらを見て何か言いたげな表情を浮かべるジークと、盛大な眉間のシワでこちらを凝視するアル――問題はこの二人だ。
ニッキーはいつも通り御者をしている。馬の扱いなんてちっともわからないが今すぐその席を変わりたい。
(何か心配事でもあるの――がいいかな? お腹痛いの――は何か違うか。なんて声をかけるのが正解なんだ?? 困った……)
今すぐこの雰囲気をぶち壊したくて何か言葉を発したいが、どれを言っても地雷を踏みそうな気がする。口を開けては閉じ、開けては閉じ――金魚のようにパクパクさせながら、無駄に緊張する時間は過ぎっていった。
♢♢♢
「――なぁ、ミコト好きな奴出来たの? 」
「ふぁっ!? 」
重苦しい雰囲気の車内から解放され、昼休憩も兼ねてメイドちゃんズより差し入れしてもらったお弁当を食べていた時に、ニッキーから爆弾を落とされた。
「え!? なんでいきなり!! 」
「いやぁ~、さっきも見送りの時にえらい騒ぎだったじゃん。あんなに女子に群がられて……。それに俺聞いちゃったんだよね。毎晩ミコトが部屋に女の子を招いているって……」
少し目線を逸らしながらも好奇心を隠せない様子でニッキーが問いかける。
(ちょっと待って、確かに毎晩薔薇トークで盛り上がっていたけど……ん? そういえば今の私は……)
「ち、違うから!! 確かに部屋に女の子は来てたけどそういうんじゃないから!! 」
「そういうんじゃないなら何であんなにキャーキャー言われてんだよこんちくしょうっ!! 」
「うるさいニッキー、自分がモテないからってミコトに絡まないでよ。」
目の下のクマが消えない気怠そうな様子でユキちゃんがボソッと呟く。
「はぁ!? ち、ちげぇし!! 俺別に僻んでねぇけど!! 俺もキャーキャー言われるときだってあるし!! 」
「大体女子の声って甲高くてうるさいし、勝手にまとわりついてくるくせにこっちが返事すると大抵怒るじゃないか。面倒くさくていいもんじゃないよ。」
「お前もそっち側かー!! ふざけんな!! しかもそれ絶対余計な一言言ってんだろ!! 」
「ねぇ聞いて! 俺怪しい目的で連れ込んでないから! 純粋な好意、いや好意だけどそっちの好意じゃなくて、お互いに楽しむ目的で……いや、楽しんだけどね! 想像されている楽しみとは違うというか……!! 」
口を開けば開くほど、墓穴を掘っていることに気づくが、もう遅い。どういう意味だてめぇ!! と興奮したニッキーに食いつかれてもうカオス状態だ。
「はぁ~い、一回落ち着く! 」
ズビシッ! バシッ! ポンッ!
ジークがそれぞれの頭にチョップを落としたことで一回場は収束する。
「ミコト……ちょっと一回お話したいんだけど、いいかな? 」
「……イイデス。」
疑問形でお伺いを立てているくせに、こちらを見て微笑んでいるその瞳は“耳の穴かっぽじってよく聞けヤァ!! ”と言っている。最初から拒否権なんてなかった。
「まず、君はそろそろ13歳になるんだろう? そっちの世界じゃよくわからないし、君の場合は俺らと勝手が違うから自覚が薄いのかもしれないけど、そのくらいの年になると少し男女の関わり方について考えていかなくてはいけないんだ。」
「……ハイ。」
「だから、夜に部屋に招き入れるのも、公衆の面前で抱き合うのもあまり褒められた行動じゃない。きっとメイドや騎士たちは君の年齢や事情を考慮して全く気にしていなかったんだろうけど、その配慮は男である君がしておくべきことだ。ここまではわかるかな? 」
「おっしゃるとおりです……」
迂闊だった。久々の女子にテンションが上がりまくってすっかり忘れていた。
――そういえば自分は男だったのだ! 10代前半の!!
見るからに痛々しい思春期全開の10代男性は女の子とキャッキャウフフはしない……。自分の浅はかな行動に耳まで熱くなっているのがわかる。
(ニッキーとユキちゃんを足して2で割ったくらいの痛々しさで今後は振舞っていこう。出来るはずだ。うん、たぶん……)
バレたら確実に怒られそうな思考回路を胸に、今後の方向性を固める。女の子と自由に話せなくなるのは残念だが、至宝が見つかるまでの辛抱だ。その後は思う存分遊ばせていただく。
「くれぐれも今後は気を付けるように。時と場と振る舞いを考えてくれれば、話す分には全然構わないから。相手の女の子の評判も考えて、男子たるもの行動しなきゃダメだよ。」
イケメンは思考回路や心遣いまでイケメンだった――!!
「まさかミコトが無類の女たらしだと思わなかったけどね! 気をつけなきゃかわいいオオカミ君に食べられちゃう~!! 」
さっきまでの感動が一気に冷めた。いちいち冷かさないとやってられないのかこの王子様は――!!
「や、やめろよ! 別にそんなんじゃねぇし!! 俺ほど安全な男はいねぇよ!! 」
「確かにそれは……。いや、こんな短期間で女子の心を掌握したヤツ見たことねぇからやっぱり危険だっ!! 王子、怪しい者を確保いたしました!! 」
「うむ、よろしい。これより取り調べを行う。さぁ、お前のお気に入りはどの子だー?? 」
うりゃうりゃとジークとニッキーにもみくちゃにされてミコトはギブアップ寸前だ。
騎士か? メイドか? さっさと薄情せいっ!! と二人の追及は容赦がない。
「それにミコトすぐ抱き着くじゃん! さっきの女の子たちだけじゃなく男のアルにもさ~。」
「えっ――!? 」
「なっ――!? 」
今日のニッキーはよく爆弾を落としてくる。思わず声が重なったアルと目が合った。
アルとハグ――
さっきの出発の時も、ダンジョンでピンチになった時も、そういえば孤児院に初めて訪れた日の夜も……
(うわぁぁぁぁぁ!! )
思い返すとかなり恥ずかしいことをしていたことに気づき、一気に居たたまれなくなった。どうにかせねば、何とかしてごまかさなくては――!!
「これはあれだから! 俺の世界だとハグするのってもう当たり前のことだから!! もうあいさつ代わり? あっちでもこっちでもしてるから!! 文化や価値観の違いは尊重してもらわないとねっ!! 」
「……お前の世界すげぇな。」
やめて、そんな一歩引いた目でこっちを見ないで――!!
(今日何しゃべってもやらかす日だ~!! )
“女たらし” “ハグ魔” の称号を手に入れた聖女を乗せて、馬車は海の都へ向かっていった。
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