第52話 幕間:アルの独り言ー②
少年は何もかも初めてなはずなのに、この国に慣れようと一生懸命だ。まぁ頭はそんなに悪くなさそうだが――壊滅的に不器用だな。魔法のセンスがねぇ。頭で難しく考えてるから上手く出来ないんだ。もっと肩の力を抜け、と伝えたいが、なんて伝えればいいのかわからずに口ごもる。いや、普通に伝えればいいんだろうけど俺は口が悪いからそれで傷ついたりとかしないだろうか……と柄にもなく考えてしまって躊躇してしまう。
泣く子も黙る赤獅子の俺が!! たかが少年相手にうまく話しかけることも出来ない。それもこれもあいつが初日に口説いてくるから……。別に意識などこれっぽっちもしてないが、聖女様に話しかけられると身構えてそっけなくなってしまう俺がいて、そのうち聖女様は俺に話しかけてこなくなった。
これは、かなりへこんだ。
だからフェイの方が適任だといったのだ。自分のふがいなさで落ち込み、そのイライラが多少伝わっているのだろう。ますます聖女様が委縮する、という悪循環の日々だ。
それにしてもこいつは本当に――少年か?
12歳ってもっとわがまま放題で自由だろう?真面目に決められたスケジュール通りこなして、きちんと挨拶をし、決してみんながみんな、お前に対して優しい目を向けているわけじゃないのを知っているくせに、そんな無理して笑いやがって。なんでそんな周りに気を使うんだ?
子どもなんだ、もっと感情のままに行動したっていいはずだろ?
――俺らの期待が、お前をお前らしくさせてないのか?
少年のやけに大人びた態度が
誰もいないとき、それこそ移動中の廊下とかで少年が気を緩めたときに見せる負のオーラが
少年を少年らしくさせるのを許さない環境が
そんな少年に優しい言葉の1つもかけてあげられない自分が
すべてが腹立たしい。
そして口数が減り、それを見た少年が怯え――
あぁイライラする!!
つい反射で隣を歩くことを拒否してしまったから――今更距離を縮めることも出来ず、目に見えたように憔悴しきった背中で歩く少年を後ろから見つめていた。
そもそも自分の国の問題をよそから来たガキに一任するのが間違っているだろう。しかし、それ以外に何の手掛かりもないから、結局少年頼りだ。情けねぇ。
矛盾するジレンマと、どんな声をかけたら少年が笑顔になるのか、めちゃくちゃ考えながら歩いていたから油断してた。
ちっ! めんどくさい奴に絡まれちまった。ベッケンロード候は正直上層部のクソ爺どもの中で一番厄介だ。財務大臣としての職業柄だろうが、無駄を嫌うし細かいことにネチネチうるさいんだよなぁ。だから騎士団の決算書類提出時のじゃんけん大会は毎回激アツだ。
王宮一、合理的な男がこの少年に声をかけてくる理由が全くわからない。
絶対に確実に怪しいのに――
なんでお前はずるずる引きずられるんだっ!!!
そんなに薔薇が見たいのか!? ただの匂いのくせぇ花だろ!?
俺だって触ったことのないその腕に触んじゃねぇよ!!
ただでさえ曖昧な態度をとる少年にイラついてたのに、狐おやじがあいつの手を掴んだところで何かがプツッて切れた。
適当なことを言って断り、少年を中庭の薔薇園まで連れてくる。正直、獣人の俺には匂いが強すぎて苦手な場所だが、お前が好きなら何度だって連れてきてやる。
狐おやじに掴まれた腕を取り、ネチネチ菌を払いのける。狐の匂いが残っているのがむかつく。クソ。なんだってこんなに俺はイラついてるんだ。制御できない感情をそのまま少年にぶつけてしまった。
すまん、すまんかった!
泣き出す少年を前に自分でも笑えるくらいにオロオロする。こういう時はどうしたらいいんだ。普段相手するのは騎士だから、涙を見ることはほとんどないし、流す涙は悔し涙だから……気が済むまで放っておく対応しかしたことない。でもこれは駄目だ。放っておいたら駄目な気がする。少年の必死で絞り出した震える声にこっちまで心臓が痛くなってきた。
こういう時の対処を前にフェイが飲み屋で言っていた気がする。
「いいか~、女の子が泣いているときはチャンスだぞ。優しく肩を抱き寄せて、涙を拭いてあげるんだ。そして、とにかく相手の気持ちに寄り添った言葉をかけろ。泣き止んだ時にはその子の気持ちはグッと俺に近づいている!! 」
こいつは女じゃないが、この対応が適切な気がする。ベンチにそっと座らせて恐る恐る肩を抱き寄せた。思ったよりも細くて小さな肩だ。そして近づいて分かったのだがこいつめちゃくちゃいい匂いじゃね? なんか陽だまりのような落ち着く感じに、甘さがプラスされて……初めての感覚に思考が停止する。抱いた肩の感触と、甘いにおいを堪能しているうちに、いつの間にかあいつは寝ていた。
しまった。相手に寄り添った声かけ……?だったか、すっかり忘れた。
俺の口下手にもあきれるが、他人の腕の中で眠るお前もどうかと思うぞ。
起こさないようにゆっくり抱き上げ立ち上がる。部屋に戻ろうと薔薇のアーチを超えた先に、ジークハルト殿下が立っていた。
おいおい、お前も泣きそうじゃないか。
「聞こえていましたか、殿下。お騒がせしました。」
「いや、いい。聖女殿は……?」
「泣きつかれたのでしょうか。眠ってしまわれました。」
「そうか……。カルバン副団長。聞きたいことがある。副団長にはどんな無茶をしても受け入れてもらえる存在っているのか?」
「――両親と妹はおそらく。騎士団の仲間もきっと受け入れるだろうと思われます。」
「――俺も、父上や母上、兄上たちはどんな俺でも味方なんだろうな。誰も自分を知らない世界で、敵と味方を判断しながら生きていくってどんな気持ちなのかな。しかも勝手に期待を押し付けられてさ。」
殿下が聖女の頬に残る涙跡をそっと親指でなぞる。
「未来が見えないか……。皮肉だよな、俺らの未来のために頑張ってる少年自身が一番未来に絶望してるんだぜ。」
クシャッと顔をゆがめて殿下は背を向けた。
「少し、話してくる。副団長、聖女を頼んだよ。」
♢♢♢
その日、聖女は熱を出した。心の中で抑えていたものが溢れ出して、身体に影響したのだろう。時折、涙を流しては家族を呼ぶ姿が痛々しい。少しでも眠りやすいように、頭を冷たいタオルで冷やしながら、少年を見つめる。こいつが俺らのために別れてきた家族ってどんなだったんだろう。兄弟はいるのか? 学校ではどんな授業が好きだった?
毎日側にいたくせに、俺は何もこいつのことを知らない。自分自身に精一杯で、何も気にかけてあげられなかった。追い込まれていることに、気づいていたのに何もできなかった。
護衛騎士として、何が出来るんだろうか。
いや、違うな。一人の男として、俺に何が出来るんだろうか。
――とりあえず、この国で一番最初の友達にでもなるか。
教えてくれ、お前のことを。
知ってくれ、俺のことを。
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