第39話 騎士様は酷い男です
「よし、じゃあいくよ…」
恐る恐るミコトはノックする。
(アルがおっさん認定されませんように―――)
ここでアルとはぐれるのは死活問題だ…必死で祈りながら部屋に入った。
こじんまりとした部屋だ。布団のないベッドらしき木枠や書き物机などがある。誰かここに暮らしていたのだろうか…
(誰か…って言っても聖女だろうけど―――)
その勘は当たったみたいで、石壁に日本語でいろいろ文字が彫られていることが部屋を見渡してわかった。
年月が古く、かすれて見えないものから、比較的読めるものまで…字体が違うことから様々な聖女がこの部屋で記していたのだろう。
(なんでこの部屋にこんなにたくさん…まるで閉じ込められていたみたい―――)
残念なことに、その予想も当たりだった。
“マ?1ヶ月もこの部屋いるとかぴえん”
“ひま~飽きた。退屈すぎて死ぬ~”
“やることなさ過ぎて上にいるサルの石像パロってみた。怒りver.で”
“あの廊下のサル趣味悪いマジありえんキショい”
“禿おやじマジキモい。激おこぷんぷん丸”
“でもやることなさ過ぎてサル作るのわかるわ。うちもやろ。”
簡単に解読出来たところこんな感じだ。言葉使いとかで年代は変わりそうだが女子高生の会話って感じだ。
どうやら歴代聖女はこの部屋で1ヶ月過ごさなくてはいけなかったらしい。
そしてストレスをサル制作によって発散してたらしい。
(でもなぜ…?こんなダンジョンの最深部で…)
謎は深まるばかりだが、あの怒りのサルたちが並ぶ廊下の謎が解けて安心した。
「ねぇ、聖女が昔行っていた浄化の儀式ってどんなのだったかわかる?」
「…いや、何もわからないな―――」
「今まで気にしたこともなかったな…あれ?聞いたことあった気がするけどなんだっけなぁ…」
アルとニッキーが首をひねる。おかしな話だ。至宝で浄化するために聖女が呼ばれるのに…その具体的な方法は誰も知らない…ミコトは違和感を覚えた。
とりあえず時間の許す限り文字を読んでメモに書き写しながら、その日は神殿に泊まることにした。聖女の加護があるのかわからないが、神殿内に入ってからモンスターを見ていない。念のため代わるがわるアルとニッキーが護衛をしつつ夜を明かす…はずだった。
♢♢♢
(さ、寒い!!)
悲しいことに寝袋はユキちゃん担当の荷物の中だ。焚火とポンチョ1枚で、石造りの神殿の床で横になるのは底冷えがして大変寒かった。少しでも暖を求めてモゾモゾ動く。
「…ミコト、眠れないのか。」
見張りをしていたアルが声をかけてきた。
「う、うん。ちょっと寒くって。」
ダンジョンに入ってから二人っきりで話す機会がなかったため、ミコトは少し緊張する。
温かいお茶でも飲もうかな~なんて考えていると、アルがおもむろに手を広げた。
「……来い。」
「…………はぁっ?」
「来いと言っている……。」
「えっ…いや…はいっ!?」
(来いってなんですか!?どどどどこに!?なぜ腕を広げるっ!!!)
アルは悪鬼のようなめちゃくちゃ怖い顔つきでミコトを睨んだまま、んっ…と言ってさらに促す。ミコトの脳みそはまさかの展開にショートして思考停止中だ。
固まってしまったミコトにしびれを切らしたのか…アルは立ち上がりミコトの側まで行くと―――
そのまま腕の中にミコトを抱き込んだ。
(……っぅ!?!?!?)
完全に頭のねじが飛んだ。指先の一つも動かせない。アルの優しいにおいが、呼吸するたびに感じてしまう。そして抱きしめられた腕の力強さや、頬に当たるアルの体温の高さに…クラクラしてきた。
まずい、これはまずい。
アルのことを待っているかわいい女の子がこの世界にいて…友人の1人とこんなことしてたら、そのアルのことが大好きでアルも大好きな人が悲しんで…浮気駄目!絶対!!
働かない頭で何とか考えて、ガバッと顔を上げる。
(…………っぅう!!!!)
予想以上の至近距離にアルの顔があったことに驚いた。冷徹な目でこちらを見下ろしているくせに、その瞳の奥の熱量がすごい。赤くなった顔をがっつり見られたことが恥ずかしくて、ミコトは決死の思いで上げた顔をまたすぐに下げてしまった。
「…っぅ…眠れないのは明日に支障をきたす。ダンジョンなどという魔物の巣窟では命とりだ。こうしていると少しは寒くないだろう。さぁ寝ろ。」
(無理ですっ!!!!)
反論したいのに口をパクパクすることしかできない。アルの低音ボイスが頭のすぐ上から響いてきて、身体の芯を疼かせる。勇気を振り絞るかのように…ぎゅうっとアルの服の裾を掴んで、ミコトは震える声で言った。
「ア、アルは運命の番いを探してるんでしょう。ただの友人の俺とこの距離感は…未来のお嫁さんが悲しむよ…」
自分で言っていて泣きそうになる。
「……別にいいだろう。お前は男だ。やましい気持ちなどない。」
(そうだった。アルにとって私はどこまでも―――庇護すべき少年だ。)
決して恋愛対象になど、なり得ないから出来る。
この残酷な距離感に―――――涙が溢れる前にミコトは目をつぶった―――
「おやすみ…アル…」
「……おやすみ。」
(……えっ…これ俺起きるべきなの?起きないべきなの??俺いるのわかってるよね?お二人さ~ん??)
思わず職業病で気配を消してしまった優秀な影も含めて、
誰も微動だに出来ないまま―――ダンジョン最後の夜は更けていった。
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