第33話 儚く散っていきました


「ミノタウロスに向かって走り出すとかお前アホなのか!?バカなのか!?」


 ユキちゃんを正座させアルがお説教タイムをしている。

 一行はミノタウロスを倒した後、少し進んだ開けた場所で野営を取ることにした。周囲にはユキちゃんが結解を張ってモンスター対策はバッチリである。


「さすがエルモンテ家…大猪鹿の家紋にブレないねぇ。」


 苦笑しながらジークは四次元ポケッ…もとい四次元鞄から出した調味料や食材で夕飯を準備中だ。ミコトはそのお手伝いであるが、さっきから調理器具を落としたり、調味料を測り間違えたり、包丁で指を落としかけたり…はっきり言って注意力散漫で足手まといでしかない。


「うわっ!また何杯測ったかわからなくなっちゃった…」


「ミコト…俺やるから向こうでニッキーの手伝いしながら休んどいで。きっと初めての戦闘で疲れてんだよ―――。」


 ジークの気遣いが胸に痛いが…ありがたくその言葉を頂戴してテントの準備をしているニッキーの所へ行く。その途中でチラリと、修羅のような顔をして説教中のアルの横顔を見る。


 ―――トクンッ


(ダメダメダメ!トクンッ禁止!!)


 嫌な予感のする胸の徴候を必死で振り払い、雑念を消し去るかのようにめちゃくちゃ身体を動かしてニッキーのお手伝いを頑張った。



ここで一つ、今まで気になってた疑問を聞いてみる。


「ねぇねぇニッキー、さっきからちょくちょくユキちゃんに言われてる大猪鹿ビッグハバーリノってなに?」


「あぁ、大猪鹿ビッグハバーリノ通称“山の王”って呼ばれている大きな角と牙をを持つ毛の生えたブタみたいな動物のことさ。普段は思慮深く山を治めてるんだが、ひとたび頭に血がのぼると一心不乱にまっすぐ走って対象者に激突するんだよ。途中で方向転換が出来ないからそのまま木に激突することもしばしば…


―――エルモンテ家はそのカリスマ性や知性から貴族や王家からも一目置かれている存在なんだけど…あの家系ってそれぞれが興味持ったことに対してとことん極める血筋なんだよなぁ…だからかつての王様に“大猪鹿ビッグハバーリノみたいだな!”って言われてそこから家紋にしちゃうくらいにはエルモンテ家=大猪鹿ビッグハバーリノが世間一般の常識になってるんだ。」


「へぇ――――。」


つまりあれっすね!猪突猛進ってことですね!!

ということは我らが魔導士はかわいい子イノシシ、ウリ坊ユキちゃんなんですね!!


(ますますかわいく見えてくるな…)


八の字眉毛で目をウルウルさせながらごめんなさいっ!!しているユキちゃんを微笑ましく見つめた―――



「ちなみにユキちゃんは魔導具でディアナ嬢は剣、ミコトも前にあった大司教のおっさん、ユキちゃんとディアナ嬢の叔父さんは聖女に関する歴史って感じだな。」


なんと!あのひき肉おじさんもお仲間でしたか…


 ♢♢♢


「いやぁぁ、超カッコよかったなぁ。なんだよあの壁を駆け上がるやつ!!風魔法なしであれが出来るとかどんな脚力してんだよ!さっすが獣人!!」


 ニッキーが興奮したようにアルの背中をバシバシ叩く。

 ジークと四次元鞄のおかげで今夜もおいしい夕飯を頂けている。


「あの剣に這わせるように炎を細く長く出すって…あぁすることで切れやすく、ドリルみたいに敵に刺さりやすくしてるってこと?あの剣はただの剣?それとも何か仕掛けがあるの?」


 正座したままユキちゃんがアルに語りかける。ついさっきまでアルにこってり絞られてたというのに…ちゃっかりしている。


「本当にすごかったね…痺れるくらいカッコよかったよ。ほら、ミコトも恋する乙女か!って顔してアルを見てる。」


「ふぇぇぇぇっ!?べべべべ、別にそんな顔してないけど??」


 ジークの茶化しにミコトは手に持ってたフォークを思わず取り落とす。

 さっきのアルがかっこよすぎて…剣を構えたときの張り詰めた雰囲気と―――終わった後にミコトに向かって笑いかけたあの笑顔のギャップが―――脳裏を離れず、ずっとフワフワした気持ちで現時点までやってきたミコトに、ジークの何気ない一言が突き刺さる。


(今は男なんだ。少年なんだ。落ち着け、落ち着け…気づくな…)


 先ほどから溢れてやまない感情を押し殺す。

 女神から課された“世界を救うまで女ってバレたらいけない。男のフリをして過ごすこと”のミッション遂行中なのだ。


 この感情は―――邪魔でしかない。


 気持ちを静めている時点で、手遅れな気もするが…一生懸命気づかないようにしながら―――普段通りミコトは振舞った。


「き、きっと騎士団の時も女の子たちからキャーキャー言われてたんだろうねぇ!!」


(なんだこの返し!!焼きもちみたいじゃん!!)


 話をそらそうとして焦るあまり変なことを言ってしまった。返事を聞きたいようで聞きたくない。自分自身の女々しさに情けなくなってくる―――


「お前には関係ない……」


 プイッと照れたようにアルがそっぽを向く。


「ひゅぅー!!この色男!!まぁ、何人のご婦人方に黄色い声を浴びさせられても獣人様には関係ないか!!!」


「そうだねぇ。アルにとっては何十人の乙女たちの歓声よりたった1人の応援のほうが嬉しいよねぇ。」


「……ッ黙れ!!」


 罰が悪そうにアルが目元を赤くしながら反応する。




「―――1人って…?」


 ドクンッと心臓が嫌な音を立てる。

 指先がスーッと冷えていくのを感じた。


「ん?そっか、ミコトの世界には獣人がいないから知らないか。

 ―――獣人は人生の中でたった1人しか愛さないんだよ。運命の番いってやつだな。」


「そうそう、アルは残念ながらまだ出会ってないけど…もしかしてこの旅で各地を巡ってる間に出会えるかもね。一目見た瞬間にすぐわかるんでしょ?」


「…あぁ。そうらしいな。」


 ひゅーひゅー!!

 ニッキーとジークがアルを茶化す。運命の番いと出会った瞬間のアルの様子を予想しろ!!大喜利大会が始まった。


 その様子を見ながら、ミコトはボーっと考える。


(そういえばそうじゃん。獣人と番いのラブロマンス物いっぱいあったじゃん…

 そっか――アルは運命の番いに会いたくて私の護衛を引き受けたんだ…)


 そして、もう出会ってしまって友人認定されたミコトは―――

 アルの運命の番いではない―――



 始まりかけた恋心は蕾の段階であっけなく散ってしまった。

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