第30話 閑話:ロイズの夜ー②

 ―――まさかオークやミノタウロスにあんな弱点があったとはな…


 本職の冒険者から魔物について話を聞くのは面白い―――



 今日聞けた有益な情報を明日からいかに活用していくか…ほろ酔いの頭で上機嫌に考えながら、アルは宿屋の部屋のドアを開ける。

 奥のベッドがこんもりと丸まって、規則的な寝息が聞こえてきた―――


「一人で寝かして何かあったらどうすんだよ。」


 無責任なガキんちょ魔導士に舌打ちしながらアルは部屋の奥へと足を踏み入れる。


 ―――ほら、部屋に人が入ってきたってこんなに気付かずに眠りこけているじゃないか…


 ベッドの脇に立ち、寝ているミコトを見下ろす。

 細い首筋が月明かりに照らされ、白く浮かび上がる。


 ―――昨日だって…終わった後にのんきに爆睡しやがって…


 触って感じた足の柔らかさと……強めにツボを押すと漏れる吐息が耳に残って―――

 こっちはなかなか寝付けなかったのに……いいご身分だ。


 はぁとため息をつきながらアルはその場にしゃがみ、ミコトが寝ているベッドへ頭をポスンと投げ出した。


「んんんっ…」


 ベッドにかかった重みに気づいたのかそれとも偶然か―――ミコトが寝返りをうち、アルと反対方向へ…アルに背中を向けて眠る。

 首筋の髪の毛が重力に負けてサラリと流れ落ち、隙間からうなじを覗かせた。


 寝不足とアルコールであまり働かない頭でその光景を見てしまった―――


 気づいたときには手を伸ばしていた。




 こんなきれいな黒髪に―――太陽に当たると少し赤茶色に輝くこの柔らかそうな髪に―――ずっと触れてみたかったことにアルは気づいた。




 あと少しで触れようかというその時に―――


 ジリリリリリリリッ!!!!


 けたたましい大きなサイレン音が部屋中に響き渡った。



「なんだ!!何があった!!!」


 音に驚いたニッキーとジークが部屋へ駆けつけると、すやすやと気持ちよさそうに眠っているミコトと…その隣で腰を抜かしてひっくり返っているアルがいた―――


 状況が全くつかめない…


「ふぁぁぁ。すごい音だったね…」


 ユキちゃんが目をこすりながら気怠そうにやってきた。


「こ、これはどういうことだ…」


 一気に酔いがさめた…まだバクバクしている心臓を落ち着けながらアルはユキちゃんに尋ねる。


「ミコトからアイデアをもらって新作の結解を試してみたんだよ。ほら、僕は一人で寝たいから…ミコトと同室で一晩中お守りだなんてどっかの誰かさんと違ってまっぴらごめんだしね。


 ミコトに邪な気持ちをもって触れようとするやつがいたら警報が鳴るように設定しといたんだけど…アル、君ミコトに触れようとしてたの?」



 ―――場の空気が固まる。



「お、俺は別に!!そ、そうだ、布団を…布団がずり落ちてて肩が寒そうだったからかけてあげようとしただけで…邪な気持ちなどない!!」


 精一杯声を張り上げて反論する。


「いくら女性と出会えないからって…少年に目覚めたのかよー!!第3副隊長!!」


 ププーッとニッキーが笑い転げる。


「違う!!断じて俺は違う!!」


 いくら反論をしたって…顔を真っ赤にしてるのでは信憑性に欠ける。


 笑い転げるニッキー、ニヤニヤしながら見つめるジーク、どうでもよさそうに欠伸をするユキちゃんに必死弁明をしながら、アルは自分自身が信じられなかった。


 ―――さっきの気持ちに邪なものなど…なかったはずだ!!だって俺は……







「それにしたってこの騒ぎで全く起きないなんて…心配を通り越して羨ましくなってくるね…」


 一通り笑い終わってから、ジークはあきれたように…ピクリとも動かず規則正しい寝息を立てているミコトのほうを見ながらつぶやいた―――




 こうしてダンジョン出発前夜は更けていった。


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