戻る日常と出逢いの時

 …翌日。

 『これより、第XX回国立輝神高等学校、始業式、兼入学式を執り行います』

 桜の花舞う季節、白き学び舎で、のべ数百人の学園生活が始まった。

 入学したのは、本国からの編入を含めて百六十人程。霽れの日なので、全校生徒ブレザーを着ての入場だ。

 後から聞いた噂では、一部の新入生が今日、諸事情で来れなかったとか。

 国歌斉唱ではアメリカ国歌は歌わず、ここがまだ一つの国だった時の国歌を斉唱した。

 また、昨日の事件が生徒の通学路近くで発生した影響で、当面の間午後の授業はあって一時間のみ、部活動も、特に屋外活動を伴う運動部は朝のみの実施となった。

 幸いにも、学園の生徒の中には当日掃除に参加していた者はおらず、未成年の参加者自体いなかったという。

 (まあ、ぼく達が証人なんだけどね)

 (つーか、あたしソイツに刺されたんですけど…)

 体験者である歌音と藍良は名乗り出なかった。

 警察に「変に注目される」からと、釘を刺されたからだ。

 歌音と藍良は、近所であんな事件があったので「休んでもいい」と、家族や院長から言われたが、

 「学校のみんなとお話ししたいから、行くよ」

 「チビ共にあんな姿見せらんないから」

 と、頑張って登校した。

 

 式終了後、二年A組の教室にて、

 「なあ、これでようやく終わったんだな」

 数人のクラスメイトが、タブレットの画面に釘付けになっていた。

 画面に表示されているニュースサイトの見出しには、

 『和澤元首相の死刑執行』

 『旧修正党閣僚議員全員の死刑執行完了』

 の、二つのニュースが、大々的に掲載されていた。

 「ああ、これですべて終わったのね」

 「せいせいすんぜ、俺らから色々奪いやがってよお」

 「確か、反省や謝罪は、無かったんですよね?」

 「後はこの州が、『ニホン』に戻ってくれれば、完璧なのにね」

 「いやいや、それは直ぐには無理なんじゃね?ニホン人こんなに減ってるし、殆ど子供だけど、あっちらこっちらに裸族…」

 「『裸族』なんて言葉使うなや、差別用語やぞ!そないな事言うとるお前も、フルチンで生活させられとったんちゃうんか?」

 ニュースを見た者は皆、『祖国を滅ぼした独裁者』の断罪を心から喜んでいた。


 そんな中、窓際では、

 「うにゅ~、あの子も、あの子も羨ましいです…」

 歌音よりも、更に十センチ以上小柄な、ピンクのツインテールの少女が、自分の貧弱な胸を擦って涙目になっていた…といっても、眼帯をしている右眼からは何も流れていないが。

 入学式で、入ってきた新入生の女子の体つきを見て、嫉妬しているようだ。

 …うん、結構出ていた娘もいたっけ。

 「まあまあ、落ち着いてよりんちゃん、りんちゃんはこのままの方がずっと可愛いよぉ」

 「持ってるノンちゃんには解って貰いたくないです、リンはどうせツルペタのチンチクリンなのですよぉ…」

 「いやぁ、あたしゃ海鈴がデカくなる所あんまし想像出来ないんだけどなぁ~」

 ードゴッ!

 「痛ったぁぁぁぁぁっ!!」

 小柄で貧乳の、右眼に眼帯をしているツインテールの少女・心乃海鈴こころの まりんが、藍良の右脚を蹴り、藍良は痛みに悶える。

 「海鈴、あんたいきなり何すんのよ!」

 「ぶー、アイさんは失礼です!!もしもリンが、バインバインのナイスバディになったらって事くらい、そっ、想像くらいさせて欲しいのです…うわぁぁぉぉぉぉん!!」

 海鈴は号泣し、自分の机に突っ伏してしまった。

 クラスメイトの、眼鏡の女子と、ダイナマイトバディの女子が、「よしよし」「泣かないの、ほら」と、海鈴をなだめた。

 「あ~あ、泣いちゃった。あいちゃん、あれは本当に言い過ぎ」

 「いてて…けど、海鈴のミニマムボディも結構いいじゃ~ん、あんたと違って脱ぎっぷりもいいし」

 「だねぇ、ぼくは絶対無理だなぁ、男の子がいる中じゃ」

 「それは真似しなくていいから!」

 二人は泣きぐじゃる女「児」高生の武勇伝を振り返る。

 海鈴は昨年、男がいる中で堂々と全裸になって水着に着替えた事がある。しかも、タオルなどで体を隠すことなく、毛一本無く凹凸も無いフラットな幼児体型を披露したのだ。当時そこにいた歌音達の制止も無視した。

 彼女はその日、名言も残していた。

 『見るがいいです。どうせリンのカラダはペタンコでぜんぶツルツルなのですよ!』

 他にも、水泳の授業中にトイレに行って、帰って来る時は全裸だったり、ある休日には『こんな痣が何だ!』と言って一日中何も纏わずに外で遊んだり、脱ぎ以外でも、ゲテモノ食材を手掴みで普通に食べたり…、

 これだけの武勇伝を残した事で、彼女は校内では結構な有名人になっている。

 「…あ~」歌音が頭をかしげた。

 「どしたん、歌音?」

 「や~ね、りんちゃんのぶゆーでん思い出したらね、昨日のこと思い出しちゃった…」

 「…あ~、あれかぁ…」


 二人は、昨日の事を思い出していた。

 昨晩の事件は、最近この近辺を騒がせている『清掃員・警察官連続殺人事件』の一つとして組み込まれ、それ以上の詳細は表沙汰にならなかったようだ。

 網河の話によると、カマイタチ現象ではなく、獣に食い殺されたみたいに原型を留めず、ぐちゃぐちゃになった人間の死体もあったとか。恐らく、最初の悲鳴と関係しているのだろう。

 まあ、カマイタチ現象を人為的に起こす犯人や、異形のバケモノ(少女は『ナクシヅクリ』とか言っていたが)が出てきて沢山の人を殺したなんて話、誰も信じることは無いし、信じすぎたら夜も出られないから、仕方が無いと、深くは考えなかった。

 二人も、取り敢えず事情聴取のため話を聞かれることになった。で、すぐさま解放された。

 「歌音!」

 「歌音ちゃん!」

 「姉さん!」

 聖鳴家は燐以外が全員迎えに来ており、両親と妹は何も言わず歌音を抱きしめていた。今思えば、両親の顔は涙を流すほど紅潮していたような…。

 「院長、どうしたんだろ…」

 藍良は普段こういう時は院長が迎えに来てくれるようだが、この日に限って迎えが来なかったので聖鳴家に送って貰った。

 結局、少女の行方は分からず仕舞だったようで、折角服を練成してあげようと思った歌音の親切心は無駄になった。

 が、藍良はというと、

 「マイクロビキニ姿が見たぁ~~い!」

 「つ~か人がたくさん居る所でお漏らしとか、相当気持ちよかったんでしょ~!!」

 と、駄々こねたので歌音に怒られていた。

 …因みに、少女が裸に剥かれた件は(警察が起こしたハプニングだったこともあり)一切載らなかった様だが、警官達にタップリ色々見せてしまったのだ、当分は外に出られないだろうなぁ…、


 「…あっ!」藍良がハッとした顔で驚く。 「ふぇっ、どうしたのあいちゃん!」

 「…思い出した」

 「え、思い出したって、何を?」

 「歌音、昨日クレープ屋さんや、あの戦いで会った人の事、覚えてるよね?」

 「あの、黒髪の人の事?」

 二人とも鮮明に覚えていた。

 昨日の早朝、クレープ屋で出会った黒髪の少女。

 途方に暮れていた自分達に、クレープをくれた人。

 夜の事件の時、自分達を助けてくれた黒い髪の美しい人。

 「で、代わりに虫さんクレープを二つ買って、バケモノ退治した後に監察の人に裸んぼにされちゃった…」

 「…それは思い出さなくていいから」

 あのゲテモノの固まりや、ラノベの終盤ページ顔負けの、夜のムフフなハプニングまで思い出してしまいかけたが、藍良は本題に戻す。

 「じゃなくて、あの人、見たことないかって話!ほら、テレビとか雑誌で見たでしょ?」

 「う~ん、ぼくの夢の中に出て来る男の子に似てたって事くらいなんたけどなぁ…」

 …あっ!

 歌音も、何かを思い出したようだ。

 「…ゴロドリさんだ!」

 「そうだよ、シエロ・ゴロンドリーナ!あの人、彼女にちょっと似てなかった?似てたよね!?」

 「うんうん、よく見たらすごく似てたね…髪に赤いのと、痣が無かっただけで」

 シエロ・ゴロンドリーナとは、今やテレビや雑誌で取り上げない事はないファッショングラビアタレント。終戦後にスペインから流星の如くやってきたジパング系人。それ以外の詳しいプロフィールは明かしていないが、スペイン語も堪能、フラメンコもプロ並み…けど藍良が注目するのは、

 「あのダイナマイトボディ、堪んねぇ…」

 あの女の人も結構凄かったけど、あんな極上ボディ、あんなの高嶺の花だよ、うへぇ、夢でもいいから、歌音と彼女の間に挟まれてぇ…。 

 「…あれ、いやちょっと待って?」

 あの人が、歌音の夢の中の男の子に、似ている? 

 確かに、黒髪だったって聞いたことはあるが、男だ。次いで言うと、その男の子は、手足をもがれて、右眼を潰されて、自力で呼吸出来なくされてたって言ってたし、あの女の人は顔に鳥型の痣があった。その証拠として、自分達が指摘するまで裸になっていたことに気付いてなかった。

 一方の彼女は戦時中と言うか事変中、この州にはいなかったと言っていたから、体の何処にも痣は無いと思う。

 でなければ、明確な四季があるこの州で裸でいて平気な筈が…。

 ーうぉぉぉぉぉぉぉい!!

 「うわぁっ!」

 「ふぇぇぇっ!?」

 廊下を走るな!と言う昔ながらの説教が、意味をなさないレベルのスピードで、クラスメイトの男子が教室に入ってきた。

 物凄いものを見て興奮している様子で、息も絶え絶えだ。

 「どっ、どうしたの?息苦しそう…」

 「って、うっさいわよ!!つーか、一体何なわけ!?」男子を問い詰める藍良。

 「…来るって」

 「はい?」

 「…転校生が、このクラスに来るって」

 「「へえ~、そぉなんだぁ~…」」

 ー…って、えぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?

 こんな偶然があるのか?

 昨日、二度も同じ人間に会っているのに、

 今日は、転校生が来ると言うのか。

 しかもこの学校の、このクラスに!?

 って事は…、

 「もしその子が女の子でぇ、アイドル並みに可愛い顔しててぇ、バインバインでぇ、ウェストがキュッと締まっててぇ、お尻プリップリでぇ、手足細くてぇ、ツルッツルだったらぁ…ぐへっ、ぐへへっ…ぐえへへへへ…」

 「…あいちゃん、その子が女の子とは限らないんだよ?」

 嫌らしい想像が広がり、にやける藍良を見て、呆れる歌音。

 「はーい、皆さん、席について下さい」

 クラスの担任である、女性教師が入室してきた。

 「うわ、先生だ、早く座れ座れ!」

 男子生徒のかけ声で、生徒全員がそそくさと自分の席に座る。

 ーキーン、コーン、カーン、コーン…

 鐘の音がスピーカーから流れる。「ニホン式」のチャイムだ。

 「えー、本日はこの後HRをして下校ということになりますが…」

 教師はペンのキャップを抜き、ホワイトボードに書き始めた。

 書かれたのは、

 『転校生』

 の漢字三文字。

 「このクラスに、新しいクラスメイトが編入されます」

 クラス内は、それを聞いた生徒たちのざわつきで騒々しくなる。

 あの速報があったので尚更だ。

 「それでは、入りなさい」

 教師の呼びかけに応じ、ドアが外からガララッ、と開き、一人の若者が教室に入ってくる。

 「おっ、おい、可愛いな」

 「う、うん、凄いキュートだぁ」

 「あの子、モデルさんかなぁ?」

 若者を一目見たクラスメイトは、皆その顔、その姿を見て歓喜に震えた。

 中には、

 「おい、ゴロンドリーナに似てないか?」

 「うん似てる、凄いソックリ!」

 歌音達二人が話していた、芸能人に酷似していると言及し出す者もいた。

 だが、歌音と藍良の反応は違った。

 「ふえっ!?」

 「似てる、似てるけど…あれ!?」

 顔は見覚えがあった。色白で傷一つ無い顔に、リボンで纏められているが艶のある黒のロングヘア、紅色の瞳も美しかった。髭すら生えてないその顔も丸く、子猫のような可憐さがその存在を引き立てる。昨日出会った少女と同じ顔をしていた。

 が…、

 「男…の子?」

 ブレザー越しとはいえ、首から下はあの少女に比べてもフラットで、凹凸がほぼ見られなかった。胸も平らで、あの二つの膨らみは何処にも見られない。背丈は同じ位で華奢だが、この通り体格は違っていた。

 また、その素肌には藍良や、助けた女の子、そしてあの日の彼女にもある、あの痣は無かった。

 特に歌音は、

 (あの子に、似てる…)

 彼を、夢の中の少年と、照らし合わせる。

 見えなかった事もあるが、その顔に痣は無い。

 手足もしっかり付いている。

 右眼も見えているし、自力呼吸も出来ている。

 (やっぱり、違うのかな…)

 あの少年は、きっとあのまま…。

 歌音は、少し暗い気持ちになった。

 そんな反応も様々な生徒達をよそに、教師は、傍にあったマーカーでホワイトボードに四文字の漢字を書く。

 「てん、そら、まもる、な?」 

 ホワイトボードに書かれた、『天』『空』『守』『那』の四文字。

 「えー、本日よりこのクラスで皆さんと一緒に学びます…」

 「天空守那あまそら かみなです。宜しく」

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