惨劇が止む時

 「うわぁ、まだやる気だ…」

 「いつ見ても、ルインレス同士の戦いは凄いな…」

 対峙する二人を見て、藍良と網河は身の毛がよだつ。

 「ねえ、歌音…歌音?」

 藍良の傍にはは歌音が、ぐったりして寝ている。

 「ああ、力を使いすぎて倒れちゃったんだ…」藍良はもう完全に治った腹部をさする。

 せめて自分が避けれていれば、歌音がなんとかして止めていたかも。

 そんな想定をしながらこの戦いの結末を見届けるしか無いのか…。

 そんな藍良に、

 「金石、いくら聖鳴でもそれは無謀すぎるぞ」

 「…分かってるわよ」

 人の心を読んだな…このヤサ刑事…。

 藍良は網河をまた睨みつける。

 (ふぅ、完全に復活したな…)

 網河は藍良のピンピンとした様子を見て、少し安堵した。

 と、そこへ…。

 「…網河刑事!」何者かが網河の名前を呼んだ。

 「あ…?」

 声に反応した藍良と網河が、声が聞こえた方向へ振り向くと…、

 「マッポ連中…!?」

 一台のワゴン車から続々降りてくる、紺色の制服に、金色の桜田門、その中に混ざる、スナイパーライフルを持った黒装束の集団。

 警察が、現場に急行したのだ。

 「ちょっ、あんたいつ他の部下連中を呼んだのよ?」

 網河が呼んだのかと思った藍良が、彼を問い詰めるが、

 「いや、俺は呼んでない…つーかこの状況に巻き込まれてワチャワチャしてんだ、呼ぶ暇なんかあると思うか?」

 確かに、網河は、スマートフォンを使う処か、取り出そうともしなった…いや、取り出そうにも取り出せなかったのだと思う。

 ここまでの中で、他の警官を呼ぶ暇はあったのかも知れないが、吹っ飛ばされたり、自分を介抱したりで、その機会を潰していた。

 「そう言えば、そうだった…」

 こんなゴチャゴチャしているってのに、通報なんて、出来るはずない…。

 「それがね、テレビで大量殺戮が発生しているという報道があったんだよ」「しかも、丁度そこが網河刑事が居るポイントだったからね。本当焦ったよ」事情を藍良に話す警官達。

 「…いや、こいつ聞いちゃいないぞ」

 しかし藍良は、網河の言うとおり「…流石に悪い事したかも」と、自分のせいで状況が悪くなったのかもと思うと、いたたまれなくなったあまり、耳にすら入っていないようだった…。

 「…とにかく、標的は黒マントの方だ。黒髪の…痣付きの方のルインレスは味方だからな。お前ら、間違ってもそっちを撃つんじゃねぇぞ!」

 「…了解!」

 網河の命令を聞いた警官達は、防護盾とスナイパーライフルを構え、対峙する二人の元に駆けていく。

 「おっ、おい…」

 少女を護るように、どこからともなく現れた、黒マントとは違う黒装束の集団が、彼女の周囲を囲む。

 ーバンッ!

 「…?」

 黒マントの背中に、銃弾が命中する。

 当たった銃弾は体に貫通すること無く地に落ち、マントの一部に穴を開けただけに留めた。

 ーバン、バンッ!

 続けて、黒マントの体に無数の銃弾が浴びせられる。

 決定的なダメージは与えられなかったが、黒マントを怯ませるには十分だった。

 「そこの黒装束、抵抗するな!」

 警官隊は、網河の命令通り、黒マントのみを狙撃した。

 ープワン、プワン、プワン…

 (チッ、遅すぎる。その上邪魔しやがって…)

 ようやく来たか、と少し苛立つ少女は遅れてやってくる連続するサイレン音に、対応の遅さへの憤りを感じながら、持っていた刀を元のビー玉に戻し、盾を降ろした。

 「…イノチビロイシタナ!」

 このままではまずい、と黒マントは、

 「イツカ、コロシテヤル!」

 地面に向けて手刀を振り、風の刃で道路を破砕、粉塵を作り、雲隠れする。

 「…終わったの…?」

 「ああ、一先ずはな」

 血塗られた異能の戦いが終わった事を確認した藍良と網河は一安心し、「はぁ」と溜息をついた。

 

 住民の通報を受けて事件を知り、駆けつけたパトカーが、到着するのに数十分もかかった。

 阿鼻叫喚の惨状に、やって来た警察官や救護班、マスコミが皆、蒼白になった。

 「はぁ、どうしてマスコミの連中連れてくるんだ…」

 唯一、網河と、彼の命令でマスコミ対策をするその部下達は、この地獄絵図に物怖じしなかったが。

 「お陰でぼくたちも助かったんだから、ね?」

 「けど、やっぱりマッポは遅い、遅すぎるわっ!」

 警察に保護された歌音と藍良。

 歌音はサイレンの音がやかましくて、起きてしまったらしい。

 「そこの赤毛の言うとおりだ。警察が来なかったら、オ…ワタシ達全員が危なかったかも知れないんだ。少しは感謝しろ」

 二人の眼前で仁王立ちする少女。

 着ている服はボロボロで、ワイシャツは袖が無くなり、下乳が丸出しで何とか乳首が隠れるほどに、ズボンもどう見てもショーツにしか見えない位短くなっていた。スニーカーのみ、戦闘中に脱げていたので事なきを得ていたが。

 「特にお前だよ、そこの痣付き。朝から見てたが、真面に隠さないで外出するとか、ありえんだろ」

 「いや、アンタも今隠して…」

 「ワタシは今回隠す暇が無かっただけだ!お前はマトモに隠してすら無かっただろ。もしそのせいで、鴉狩りに逢ったりしたらどうする気だったんだ…少しは猛省しろ!」

 「…は~い、すんませ~ん」

 あ~、そういやこの事件に出くわす前に、歌音に言われたな~。

 うん、奴らじゃなかったけど、悪い人に逢っちゃったね…。

 藍良は、会ってまだ合計一時間も満たない少女にまで指摘され、タジタジになった。

 「で、アンタもここに来るまでに何かされた?例えば…」

 「…男にはされてない、断じてだっ!」

 藍良の問いに顔を赤くして反論する少女に、

 「…よお、ボロボロだな」

 網河が気さくに話しかけてきた。

 「って、あんたが他のマッポを早く…」

 問い詰めようとする藍良を少女は制止する。

 「あんた、何故…ワタシを捕らえようとしない?さっきまで銃を発砲してた上、刀振り回してたんだぞ。あんたも少しは見てただろう」

 少女は網河達警察の対応に、疑問を持っていた。

 二人はともかく、少なくとも自分は銃刀法違反で捕まってもおかしくなかった。

 なのに警察は、捕まえる処か、先にここにいた彼女たちと共に保護したのだ。

 「俺も、お前さんの戦いを見てたからな、証人ってやつだ。あの女子二人も、前から知り合いでね」

 「…マッポ呼ばわりしてる方はまだしも、赤い方は何もやったようには見えんが?」

 藍良は、会話を聞き、「失敬な!」と、思った。

 …まあ、警察にいい印象が無いのは事実だが。

 「しっかし、まさか聖鳴と同じ奴がまだいたなんてな」

 「ひじり、な?誰だそいつ」

 「あぁ」

 網河が、歌音を指差す。

 「あいつだよ、あの赤毛の」

 「…あの娘が?」

 少女は、改めて歌音の顔を見つめる。

 …やはり似ている。彼女に。

 名前も知らない、少女に。

 話しかけようか、あの日の事を。

 …いやまて、

 もし、目の前にいる少女が、彼女とは全くの別人なら?

 もし、彼女があの日の事を、一切覚えていなかったら?

 それに、自分と、同じ奴だって…。

 …考えると、話しかけるのが怖い。

 …とても、話なんて…。

 「ねぇ」

 「…ん?」

 「怖いよぉ…」歌音が、考え詰める少女の顔を見て怯える

 「あ、あぁ、ごめん」

 怖がらせてしまったか。

 少女は心の中で反省した。

 「ねぇ」

 「ん?」

 「ぼくと、何かお話ししたいの?」

 少女の顔を伺った歌音が、話しかけてきた。

 …あぁ、もう逃げられないし、誤魔化せない。

 観念しよう。

 腹を決めた少女は、意を決して…、

 「あ、あの…」

 

 ーブォォォォォォッ!!

 「うわぁぁぁぁぁっ、ちょっ、調書がぁ!!」

 突風が監察の持っていた調書を飛ばし、監察が取り戻そうと追いかける。

 調書は、五メートルも飛び、少女の背中、ワイシャツの襟近くに張り付く。

 少女は、それに気付かない。

 「はぁ、はぁ、止まったぁ…」

 監察が息切れになりながら、少女の背中に立つ。

 「ちょっと、ごめんねぇ…」

 監察は手を伸ばし、何かを掴み、それを引っ張った。

 監察は、調書を紛失しなくて済んだ。

 最初はそう認識していた。

 …が、焦燥と疲労で意識がそれにしかいっていない彼が取ったのは、調書だけではなく…、

 ービリリリリリリッ!!

 「ぬっ、ぬぉっほぉぉぉぉぉぉっ!!」

 「きゃぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 突然のハプニングに、興奮する藍良と、顔を赤らめる歌音。

 「ばっ、馬鹿野郎ーーーー!!」

 事態を目撃し、重く見た網河も思わず怒鳴る。

 監察は調書と一緒に少女のワイシャツの襟までも掴み、引っ張ったので肩の縫い目から裂け、たわわな胸がぷるんと震える。

 更にその手はショーツ状態のジーンズまでも引っかけ、ジーンズものし掛かる重力に耐えられず破れ、少女の素肌から離れてしまった。

 今、2人の目の前には、豊かな胸を持ちつつもスリムで無毛の滑らかな肢体が立っていた。

 「ん、どうした?」

 少女は、自分がペンダントとスニーカー以外全裸になっていることに、気付いていない。

 「い、いやぁ、ええですなぁ、お宅のスベスベツルッツルのナァ~イスバデェ~、しかも見た所まだヴァージン!眼福ですわぁ~」

 「ちょっ、何かで隠してっ、おっ、おっぱいと、おっ、おしりと、え~っと…とにかく隠してぇ~っ!!」

 藍良はヨダレと鼻血を垂らして手をワキワキし、歌音は動揺して、ハンカチをシーツ大の大きさに練成する。

 「おいおい、話をしようとしたら一体全体なんな…」

 二人の自分に対する様子がおかしいと感じた少女は、自分の体を見る。

 大きく、山のような肌色の脂肪が二つ実り、そこから下もまっさらで…、

 …ようやく、自分が今裸である事に気付いた。

 「…~っ!!」

 顔を赤くした少女は、胸と局部を手で隠し、その場にへたり込む。

 「お、おい!」

 網河は着ているコートを脱ぐと、少女の体に被せる。

 「ううっ、通りでスースーするなって思ったら…」

 恥ずかしい。

 全部見られた…、

 …なのに久々で、懐かしく、快感でもある。

 何だろうこの気分、嫌じゃない。

 素肌に触れる風と、敏感な所に密着する、冷えたアスファルトの感触が気持ちいい。

 何処からか出てきたシーツを受け取りたくても、体が言うことを聞かなかったのが、その証拠だ。

 ージョワァァァァァ…。

 あ、濡れてきた。手も脚もビシャビシャだ。何だか温かい。

 今すぐ、手を解きたい。

 この少女には、見せてもいいような気がしてきた…、

 …けど。

 「うっ…」

 周りの野次馬…僅かになったマスコミと、警察もこちらを見ている。

 今解いたら、コイツらにも自分の全てを魅せてしまう。

 そうなったら、写真や動画に撮られ、ネットに拡散、次第に行動範囲が狭められ、居候先を特定され、そして…そして…!!

 「…今は覚悟が無いっ、頼むから…今夜の事は忘れてくれぇぇぇぇぇぇっ!!」

 涙目の少女は、恥ずかしさのあまりバネが跳び上がるように立ち上がり、何処かへと走っていった。

 網河が被せたコートも少女の体から舞い上がり、その滑らかな肢体が再び歌音達の眼前に映る。

 「うわっ、汚っ!」

 少女の駆け足が、泥と砂が混じった聖水を跳ね、周辺にまき散らす。

 (やっぱり、あの子とは違う…)

 一方の歌音も、全裸のまま走り去っていく少女をまじまじと見ながら、その姿を思い出す。

 手足はあるし、右眼だってある。声だって発している。

 五感もあって自分で呼吸できている。

 胸は付いているが、代わりに下はまっさらで何も無かった。

 そういう事を、された事を示す手術跡もない。

 綺麗な体をしている、ただ自分と同じものを持つだけの、可憐な女の子じゃないか。

 とにかく、安心した。

 

 …で、蚊帳の外に追いやられた、ストリッパー状態にした「犯人」は、自分の起こした状況に気まずくなり…、

 「あ、あの…追いましょうか?」と、網河に尋ねるが、

 「もう、何もするな」

 と、止められた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る