ナクシビト
「何であいつらが、こんな所に…!?」
テレビ越しに、惨劇に巻き込まれる二人を見た少女はどうすれば良いのか戸惑っていた。
何故こうなったのかは知らないが、こんな黙示録の世界に、巻き込まれているのは事実だ。
そもそも二人は外見からして中学生から高校生。迷子になるにも程があるし…。
「…ん?」少女は、ある瞬間を捉えた。
性別すら分からない、謎の黒装束が腕をスイングした途端、赤毛の少女が構えている円状の何かに弾かれているのか、周囲の塀や車が切り裂かれていくのだ。
「まさか…!」
彼女達の目の前に居るのは…!
会ったばかりで、真面な面識も無いから、どんな人物かも分からないが、そんな事はどうでもいい。
このままでは、彼女達が危険だ。
「助けなければ…!」
思い立った頃には、もう体は動いていた。
立ち上がった少女は、まず愛用の『武器』を取り出した。それは小さくて、透明な光沢を放つ、一個のビー玉だった。
敵を油断させるのにも使えるし、何より場所やクリアランスを取らない。価格も安くて、懐かしさも感じるので、自分には最適だからだ。
「…うっ」敏感な所に風が当たるのを感じた少女は、今自分が全裸である事を思い出す。
…流石に、このまま現場に行くのは抵抗がある。
少女は次に、服を物色しだす。
昼まで着ていた服や下着は洗濯機にぶち込まれたのか、視界に入ってこない…。
「…ん?」足裏に、薄い布が触れる感覚を覚え、少女は足下を見る。
丁度良く、ワイシャツとジーンズを見つけた。
ワイシャツのサイズも、ジーンズの丈とウエストもピッタリ。自分の体に合う服を探す時間も手間も省けたし、着る時間も節約出来る。
後は下着や肌着だが…、
『ご覧ください、生存者と思われる少女が、負傷したのか、血を流して倒れています!』
…!!
アナウンサーの音声を聞いて、テレビに再び目をやると、痣の見えた、背の高い方が腹から血を流して倒れている。距離が離れていて表情はよく見えないが、それでも凄く痛そうで、苦しそうだ。
もしこれが、致命傷だとしたら…!
「ちぃっ…!」
ボサッとしている暇は無い。
少女は全裸のままジーンズを穿くと、玄関から靴を持ちだし、ベランダの窓を開け、ビー玉とワイシャツを持つと…、
「そおりゃぁぁぁっ!!」そのまま、そこから飛び降りた。
一瞬、風が敏感な所に当たり、気持ちよかったが、すぐに危機感がその快感を振り切った。
(ああ、完全に痴女呼ばわり確定だ…)
そんな事を思っていたかも知れないが、今はどうでもいい。
少女は着地するとすぐ、靴を履きながら現場へと走った。
(うたちゃん…!)
少女は、あの日の少女に心馳せながら、ワイシャツに袖を通しながら、血塗れた舞台へと駆けた…。
その頃、その惨劇の舞台では…、
「あいちゃん、しっかりしてっ!」
藍良の断末魔を聞いた歌音が盾を放棄し、彼女に駆け寄る。
幸いにも心臓には至ってないが、腹から背中に至ってしまったのか、傷口から多量の赤い血液が流れ出す。
「聖鳴、急げっ!」
「分かってる!」
歌音は、藍良の傷を直ぐに回復させようとするが、
「…歌音っ、後ろっ…!」
「えっ…!?」
「オワリダァァァァッ!」黒マントが先ほどよりも大きく身体をスイングし、巨大な風の刃を飛ばす。
風の刃はコンクリートや塀を斬りながら、三人目掛けて突き進む。
盾を取りに行こうにも、もう一度練成しようにも、今からでは間に合わない。
何より、友達の命が消えようとしている。放っては置けない。
「もう、死なせない…!」
歌音は、藍良の盾になるように大の字に立って黒マントの前に立ちはだかる。
同時に、鋼鉄化して攻撃を防ごうと言うのか、着ている服も光り出す。
「聖鳴、止せっ!」
「だめっ…あたしの事はいいから逃げ…っ!」
二人の声も、歌音には届かない。
風の刃は、あと二メートル。
「逃げて…あんただけでも…」
「逃げないっ、あいちゃん達を置いて逃げない!!」
「盾」になったまま微動だにしない歌音。
これでは、防げないだろう。
だが、友達は救える。
これで、いい。
夢の中の男の子に、
これで…。
歌音は自らの死を覚悟し、瞼を閉じた。
「歌音ーーーーーーーー!!」
藍良の叫びが、辺りにこだました。
ー…ちゃん!
「…え?」
あの、夢の中の男の子の声が、歌音の耳に響いた。
ーガィィィィィィィン!!
同時に、鋼鉄が衝撃を受ける音が響く。
その音を聞き、歌音は閉じていた瞼を開くと、目の前には見覚えのある長い黒髪がたなびいていた。
左手には歌音が犬から転生させた盾が掲げられており、その盾が風の刃から二人を護っていた。
「その手…」
一方の右手は、歌音が『いたいのいたいのとんでいけ』と唱える時みたく光り輝いていた。
光る右手には一個のビー玉が握られており、そのビー玉は拳銃の形に変化する。
「ふん」
右手に握られた拳銃の銃口は風の刃に向けられ、そこに向けて火花を吹く。
風の刃は何発もの鉛玉に貫かれ、消滅してしまった。
「全く…無茶が過ぎる」
その黒髪が歌音達の方に振り向くと、二人は驚いた。
「あなたはっ…!」
「よぉ、まだ、生きてるな?」
クレープショップで出会った、あの黒髪の少女だった。
衣服は朝の時と違って上はYシャツだけで、前を閉じていないので、胸当てすら着けておらず、自分に負けじと劣らぬ立派な胸元がさらけ出されていた。下のジーンズも少し小さく見える他、何も穿いていないのか今にも前が見えそうでギリギリだ。スニーカーの履き方も汚くて、何だか息も荒いし…、
…あの後、何かあったのか?
それに、その力…、
けど、それよりも…。
(顔に、痣が…)
朝に会った時には、無かった鳥型の痣が白く光っていた。
あの時は、隠していたのだろうか…。
でも…、
「…どうして、ここに来てくれたの?」
「…近所迷惑だから、かな」
歌音の問いに、少女は素っ気なく答える。
が、その瞳を見た歌音は感じていた。
あの瞳は怒ってるんだ。
自分やあいちゃんを傷つけたあの、マント男…いや、女か?
いやどうでもいい。
とにかくあいつに怒ってるんだ。
「おい聖鳴、ソイツ知り合いか?」突如乱入した少女にあ然とする網河は、歌音に尋ねる。
「うん、クレープ貰ったよ」
「来てくれなきゃ、二人揃ってイナゴのクレープ喰わされてた…」
二人の答えに「はは…」と苦笑いする網河。
今回、助けられてばかりじゃないか…。
しかも、同じ人間に…。
「オマエッ、ナゼジャマヲスル、ソイツラノナカマカ!?」
黒マントは突然の介入者の出現に、動揺する。
「いや、違う」少女はキッパリと言うと、
歌音達と、そこら中に散乱するバラバラ死体を見て、暁光を睨ませる。
「ただ、放って置けなかったし、許せなかった…それだけだ」
少女は持っていた拳銃を日本刀に、盾も小さめの物に再練成(…レリーフは残してやるか)する。
「オマエニモ、ソイツラニモウラミハナイ…ダガ、イマココデシンデモラウ!」
黒マントはパチン、と指を弾く。
ーグルルルル…。
すると、黒マントの背後から毛に覆われた大きな影が姿を現す。
(ルイン…メイカー!?)
それを確認した網河は恐れ戦く。
それは一見地上に存在する生物にも見えるが、体中に口のような物が存在し、そこから舌がベロリと出て、今にも血肉を見つけてはパクリと丸呑みにせんとしていた。
「おっ、オバケ!?」歌音がその姿を見て驚く。
「『ナクシヅクリ』か…!」
「ふぇ…!?」
少女は歌音達を護る様に、日本刀を構える。
ナクシヅクリ。
あの『大戦』が生み出した、負の産物の一つ。
これは人間を含む地上にいる生命体を真似て、人を喰らう…。
奴はあの異形の怪物を操っている。
間違いない、奴は…!
「…おい」危険を感じた少女は、歌音に話しかける。
「なっ、何かな?」
「…後は、『オレ』に任せろ」
「任せろって…ふぇぇっ!」
少女は黒マントに向かって走る。
「マテ、マテダゾ…サア、コイ!」
対する黒マントも手刀を振るい、無数の風の刃を繰り出す。
「やはりかっ…!」
少女は風の刃を盾で防ぎ、刀で弾き、素早い身のこなしで避け、黒マントに迫る。
ービリッ。
何発か風の刃が衣服を裂くが、彼女の運動能力が肉一枚切ることすら許さない。
「おらぁっ!」
少女は刀を振るい、黒マントに斬りかかる。
黒マントはもう斬られまいと、刃先まであと一センチの所でそれを避ける。
「…ヨシッ!」
黒マントの命令で怪物…ナクシヅクリの牙が少女を襲う。
「危ないっ!」
歌音が少女に向けて叫ぶも、
ーザシュッ!
「ぐっ…!」
牙は少女の右腕を裂く。少女は日本刀を落とし、傷口からは黒マントの体からも流れ出た透明な液体が噴き出す。
「バカガッ…!」
黒マントはその様子を見て、勝利を確信した…。
だが、
「…そんなもんか?」
少女の体から流れ出る、液体の流出が止まり、傷口も、血管、筋肉、皮膚の順に、徐々に塞がっていく。
それも、十秒と経たずに、傷口は完全に塞がった。
「カイフクシテイク…!?」
黒マントは、少女の異様な光景に驚く。
「なんだ?何を驚いてる?お前も同じだろう、お前もオレと同じ…」
少女は、刀を拾い、ボロボロになった右の袖を破り取る。
「…『ナクシビト』、だろ?」
袖だった布切れはクナイに形を変え、少女は跳びあがりながらそのクナイを、ナクシヅクリの目を目掛けて飛ばす。
ーグサッ。
「ギャォォォォォォッ!!」
片目をやられたナクシヅクリが悶え苦しむ。
「コノガキィ、ヨクモォォォォッ!!」
黒マントは我が子を傷つけられたかのように少女に怒りを露わにする。
「…こんな怪物程度に、本気を出すまでもないか」
少女は日本刀をもう一度構え、ナクシヅクリのもう片方の目を突き刺す。
「ガァァァァァァッ!!」
両目を潰されたナクシヅクリは、訳も分からず暴れ回る。
「アア、カワイソウニ…」
視界を失い暴れ狂うナクシヅクリを哀れむナクシヅクリ。
「ふん、こんなモノ連れてくるお前が悪い」
「凄い…」
「あいちゃん、今はしゃべっちゃだめ」
「そうだぞ、お前が居なくなったら、孤児院の連中はどうなる?」
瀕死の藍良を治療する歌音。
網河も歌音を手伝い、藍良を介抱している。
「ここは、アイツに任せておいた方が良いな」
「うん…」
しかし歌音も、少女の戦いに気迫を感じていた。
あんな戦いは自分には出来ない。
自分がこの場でやったのは、せいぜい友達を攻撃から防いだり、人を治したり、盾で防いだり、自分が盾になったり。
武器を持って戦うなんて、自分には出来ない。
「…ぼくには、無理だ」
…けど、これでいいのか?
これが、本当に自分の限界なのか?
本当に、治すだけが自分に出来ることなのか?
作って、創って、造るだけが、自分の取り柄なのか…、
「歌音っ」藍良が身体を起こす。
「うわっ馬鹿野郎、いきなり起きるな!」
「…あいちゃん、傷が塞がったばかりなんだから、まだ起き上がっちゃ駄目だよ!」
「ううん、もう大丈夫。それより、見てよあの人」
「え?」
歌音は改めて少女の方を見る。
服は先程よりボロボロで、特に、ワイシャツなんか前を閉じていないので、今にも胸が見えそうだ…。
「あいちゃん、ふざけてる場合じゃないでしょ?」
歌音が、またもスケベな発想をしているのかと思い、藍良を睨む。
「違う違うって、あたしが言いたいのは、あの人の戦い方凄いな~って事よ!」
「ホントに~?」
「本当よ本当!ま、まあ、確かにあの後どうなるかな~ってのは気になるけど…」
二人のやり取りを見ている網河は、また知っていた。
それらは、藍良にとってみれば理由の一つに過ぎなかったと言うことを。
少女の戦いを見て、昔の事を思い振り返っているのだ。
かく言う自分も知っている。
あの日の『カノン』は凄かった。
ポワポワしてる普段の歌音よりも怖くて、完膚なきまでに外敵をねじ伏せる。
けど、何処か哀れみを感じる、それはそれで放っておけない。
本当のこの子は、自分達の想像を超えた凄い力を持つ。
今戦っている彼女も、何処か歌音にも、『カノン』にも似ている。
死体を見ても冷静に考える歌音。
化け物相手にも、物怖じせず立ち向かう『カノン』…、
(しかし、どっちの方にも似てるんだよな…あのルインレス…)
「コノ…クソオンナガァァァァァァァァッ!!」
黒マントが、少女目掛けて風の刃を飛ばす。
「遅いっ!」少女は盾でこれをすんでで防ぐ。
体に当たっても、服が破れるだけで肉体の傷は直ぐに回復してしまう。
しかし、黒マントは余裕だった。
「…バカメガ!」
盲目のナクシヅクリが、黒マントの号令で、少女を喰おうと襲いかかる。
ービリリリリッ!
少女のワイシャツの下部分が大きく裂かれ、下乳が露わになる。
「…ああそうか、そんなに喰いたいか」
少女はナクシヅクリの正面に立つと、日本刀をナパームランチャーに練成し、腹にある一つの巨大な口の中に突っ込む。
「ナニヲスルキダ!」
「腹が減ってる様だから、コイツにエサをくれてやるんだ、ただし…」
死ぬ程冷えるがな。
ーカチッ。
少女はトリガーを引き、ナパーム弾を撃ち込む。
すると、
「グロォァァァァァ…」
ナクシヅクリは断末魔をあげながら、内側から氷結していくのか、体が霜だらけになり、段々と動きが鈍くなり、やがて微動だにしなくなる。
「キサマッ、ナニヲシタァッ!」
固まって動かなくなった相棒を目の当たりにした黒マント。
「あ~、ここ住宅街だし、本物のナパーム弾撃つのは無いかな~って」
「ナニ…!?」
「中身だけ別のヤツにしたんだ」少女がナクシヅクリの体をコンコン、と叩きながら言う。
「あのナパームの中身は火薬とかじゃ無くてな。冷却窒素やドライアイス…とにかく、物を凍らせるヤツ全部突っ込んでやった…」
「ジャア、ツマリ…」
「そう、もうコイツは動かないって事…」 ーだっ!!
少女はランチャーを今度はアニメに出てくるみたいな刺付きの棍棒に練成し、ナクシヅクリにフルスイングの一撃をかます。
ーガシャァァァァァ!!
ナクシヅクリの体は崩壊し、辺り一面に飛び散る。
ーシュゥゥゥゥ…
その砕け散った体は、段々と塵となって消え、跡形も無くなった。
「キサマァ、ヨクモカワイイナカマヲォ…!!」
眼前で「仲間」を殺され、これほどにまて無い怒りに包まれた黒マントが、少女に強い怒りを向ける。
「馬鹿言うなよ、あんなバケモノが、こんな所で暴れようもんなら、全く関係ない人までも死んでいくだけだろう、それがわからんのか?」
「…ウルサイッ、ヤツラハ、ソウジヲシテイタ…マチノソウジヲッ!ヤツラハチョメコウダ、ワレワレノテキダ!!ソンナヤツラヲ、ミナゴロシニシテナニガワルイ!!」
「…はぁ」少女は黒マントの態度を見て、溜息をつく。
「後から来たオレが言うのも何だが…お前も、愛禁法の被害者の様だな。だが、お前がやっていることは恐らく全く意味の無い只の殺戮だ。確かに、その『チョメ公』が何人かは混ざっていたかも知れないが、…」
少女は、辺りに転がる死体を見つめ…、
「…全員があの頃のままって訳じゃない…お前には、それが判らないのかっ!」
少女は、血の惨事を引き起こす非道に憤り、黒マントを一喝する。
「…コノガキガァ、ダマッテキイテイレバ、センコウキドッテセッキョウタレヤガッテ…テメエハ…テメエダケハマジデブッコロス!!」
考えを、思考を否定され、怒る黒マントは、あの巨大な風の刃を繰り出そうと構える。
対する少女も、
(…コイツをこのまま、『戻す』訳にはいかんだろうな)静かに、刀と盾を構える…。
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