デュラハンと風
「ふー、遊んだ遊んだ~!」
時間は午後18時、少し疲れた歌音と藍良は家路についていた。
空は暗く、満天の星が見え始めていた。
その証拠として、
「あいちゃん、ここら辺あんまり悪い人出ないからって、おっぱいの痣、気を付けなきゃ駄目だよ」
「は~い、今後気をつけま~す」
藍良の胸元の痣が、白く光っていた。
あの鳥形の痣は、暗い時間になると白く光るようになっている。
歌音も、夢の中で痣が光っている所を見ており、藍良を含めた、色々な人に教えて貰った事もあるのでよく知っている。
当の藍良本人は、時計とスマホの他、この痣で、今日のような日の帰宅のタイミングを計っていた。
「おーっ、歌音ちゃんと、藍良ちゃんじゃないかぁ、気ぃつけて帰れよ~」
「はーい」
「皆さんも無理しないでくださいねー」
周りでは、業者や集まった有志が、朝の間にポイ捨てされたゴミを回収していた。
基本は缶やペットボトル、雑誌、タバコの吸い殻だが、
中には…、
「ね、ねぇアレ…」
「歌音、見ちゃダメ」
歌音の視界を、見つけてしまった『ソレ』から逸らす藍良。
グチャグチャになった肉から骨がはみ出している、動物の死骸、しかも食用だけでなく犬や猫といった明らかな飼育動物も混ざっており、他のゴミと一纏めにする。
おまけに重機を持ち出せない様で、粗大ゴミは鉈やのこぎりを使って解体、小分けにしてから運んでいる。
回収する人も渋い顔をしている。
「あと、マッポ共、人死にが出ないようにせいぜい頑張んな~」
「あいちゃん、そういう事言っちゃダメ」
その場には、何十人もの警察官も。
恐らく、町の清掃を邪魔する暴徒から清掃員達を護るために出動したのだろう。
「ったく、あたしら州民の為に精一杯尽くしてくんなきゃね」
先程とは打って変わって、憎しみの眼差しで警官を睨む藍良。
「ごめんなさいお巡りさん、あいちゃんにはよく言っておきますから…」
申し訳なさから、警官にペコペコと頭を下げる歌音だが、藍良の彼等に対する態度は理解できた。
藍良は、警察と自衛隊を酷く嫌っていたのだ。
愛禁法があった頃、警察と自衛隊は国民の生活を圧迫し、剥奪し、制限していた。教科書にもしっかりと記載されているし、写真も載っている。
歌音は以前から感づいていたが、藍良は彼等の事を快く思っていない。彼女本人は教えていないが、恐らく孤児院暮らしであることに関係しているのだろう。
(けど、このままじゃ良くないよね…)
藍良が、彼等のことを恨むのは仕方ないとは思うが、このまま偏見を抱いたままでは、彼女の為にならない。
一方で、今の藍良にそれを指摘しても火に油を注ぐもの。いくら自分相手でも決して聞きはしない。ずっと過ごしてきたから分かる。
(今は、そっとしておこう…)
歌音は、黙って藍良の態度をなだめた。
「あー…しっかしさ~、門限無いってのはいいよね~、ウチもあたしはそうだけど、普段はチビ共の事があるから、何もない時は実質門限があるようなもんなのよぉ~」
「ぼくはお父さんもお母さんも、かなちゃんも何にも言わないけど、急がなきゃね」
気を紛らわすように、お互いの家庭事情に花を咲かせる二人。
藍良は、歌音のお家事情も熟知していた。
聖鳴家に門限は無く、両親と妹は歌音本人に何も言わなかった。ただ無事を喜んだ。どうしてなのかはやはり何故かはよく分からなかった。聞いてもよく教えてくれなかった。
尤も、かく言う自分も過去のことをちゃんと話していないっていうのもあるし、スイーツショップでのバイトのお陰で施設の入所者では唯一、帰宅が遅い件でとやかく言われないのだが。
「けどウロコさんだけは口で叱るだけだけどめちゃくちゃ長いし、うるさいよ」
「ああ、あのチッパイケメンかぁ、あの人本当マジうざったいよね~」
藍良もそれに巻き込まれた事が何度かあった。
しかし、
『お前みたいに、体にまで持ちすぎているから悲しむ者もいるんだ!』
『あ~あ~、いいよなあ、上だけタプタプで腹は引っ込んでてよぉ、どうせ自分は全て引っ込んでいるオトコンナだ、奏様を柔らかく包めんガチガチ女だよ!!』
と言った具合にその内容は僻みだらけになってだんだんと脱線していくので、奏がププッと笑ってはい終わり。最後は燐が泣いて自室へ駆け込んで、そのまま出てこなかった事もあった。
理由は…うん、察した方がいい。
「じゃあ、わざとお家に入らずに、ウロコさん困らせちゃおっかなぁ~」
「そーそー、あのチッパイケメンは少し疲れさせてやんなきゃね」
と、ちょっとした悪戯を考えていた、そんな時だった。
「って、何でアンタまで…」藍良が、警察の人間らしい一人の男の姿を見つけ、眉をひそめた。
その男は、スーツとジャケットを身に纏っていた。
「…ヤサ刑事!」
「網河だっ!」
藍良の言うヤサ刑事こと、網河(あみかわ)が、訂正するように応える。
「…ったく、何でこいつは毎回そう呼ぶんだろうな…」
藍良は、警察の中で特に網河の事を酷く嫌っていた。
理由は元々の警察嫌いもあるのだが、昔のとある出来事で、彼と色々あり、以来二人は犬猿の仲となっている。
「刑事さん」藍良とは対照的にキョトンとした顔で網河に尋ねる歌音。
「おう聖鳴、どうした?」
「どうして、刑事さんもここに?」
「うっ…」
事情を問われ、網河は少し戸惑うも、
「…見張りに来たに決まってるだろ」
刑事クラスの仕事じゃねぇだろ、と返答を聞いた藍良が心の中でツッコむ。
(見透かされてるか…)
藍良の態度を見た網河は、コイツらには誤魔化しは効かないと観念し、
「…あのさ」
「あん?」
「どしたの?」
「お前らって、ニュースのチェックしてるか?」
「ふぇ…?」
そう言えば、今日はニュースを見ていない…いや見せて貰ってないな、と振り返る歌音。
「あ~、あたしも今日は新聞すら見てないかも」それは藍良もまた然りだったようで、頭を傾げている。
「お前らなぁ…」網河は頭を抱えつつも、
「…ここ最近、清掃作業員やボランティアが、次々襲われる事件が、立て続けに起きてるって、知ってるよな?」
「う、うん…」
それでも、その事件のことは自分達も知っている。
詳細は、夜間に清掃活動をしている清掃員やボランティア、護衛している警察が標的となり、惨殺されていくというもの。
死体はバラバラに切断されていることから、凶器は刃物とされているが、犯人に繋がる手掛かりは一切残されてなく、捜査は難航、既に数日も経過しているという。
「で、それが何なのよ?」藍良が網河を問い詰める。
「…ソレなんだが」こめかみをポリポリ掻く網河は、歌音を指さして、
「コイツみたいな輩が、その犯人かも知れないって事だ」
「ふぇ…?」
「え…?」
網河の答えを聞き、二人は言葉が出ない。
二人は、以前にもそういう事件に出会したことがあるし、人智を超えた力を持った人間は、歌音以外にもいる。
そいつらの中には悪さのために力を使う者もいるし、見たこともある。
当然、こういった大量殺人を犯す人間も。
この場で能力者の存在を知っているのは、自分達二人と、この刑事だけだ。
「…何で、そんな事分かんのよ?」藍良が重い口を開く。
「それは…」
ーブオォォォォォッ!
「うわわっ、そっち飛んだぞっ!」
突然、辺りに強い風が吹き、多くの物が吹き飛ばされる。
ーグアァァァァァァァァッ!!
「…っ!?」
「フェッ!?」
「何なの!?」
男の悲鳴が響き、三人を含む、一帯にいた人間が一斉に反応する。
「お、おい、何なんだよ」
「まさか、あいつらじゃ無いのか?」
「ちょっと、警察の人たちもいるのよ、いま私たちを襲いに来ても…」
「いや、ドでかい動物の死骸でも見つけたんだろ?」
殆どが暴徒の襲撃や死骸を見つけた恐怖と認識している様だが、歌音達は違う。
「…ねぇ、あいちゃん、刑事さん」
「うん、死骸とかだったら『うわぁぁぁっ』とかだよね、けどさっきのって…」
「『グアァァァァァ』って、言ってたな。そもそも、驚く時にそんな風に叫ぶなど…」
何かおかしい。
三人はこの異変に気づいていた。
あれは苦しみの叫び。
驚愕から来た悲鳴じゃない。
きっと、何かがあったんだ。
恐らく、少なくとも命に関わる何かが。
ーブオォォォォォッ!
三人が考える間もなく、また突風が吹いた。
(…あれ?)
歌音は何かの違和感を感じた。
この風は普通の筈、
「なのに、何で…」
ーブシャァァァァ…ドサッ。
直後、液体の噴射音が辺りに鳴り響き、何かが倒れる音がして、歌音の思考も止まった。
その場にいた全員が、何だ何だと騒然とする。
と、
「…キャァァァァァッ!!」
その近くにいた清掃員の女性が、その正体を目の当たりにして悲鳴を上げる。
「おい、どうしたんだ!」
「ちょっと、何があったの!?」
悲鳴を聞いた人々が次々と女性の下に集まってくる。
「今度は一体何なのよ…ねぇ、歌…」
「ごめん、あいちゃん、刑事さん」
「オイコラっ、聖鳴!」
「ちょっ…待ちなさい歌音!!」
尋常ではない事態の連続に、歌音と藍良、網河も清掃員や警察官と共に声の先へ向かう。
「何これ、ちょっと気持ち悪い…」
「確かに、嫌な臭いがしますね…」
女性の元に近づくに連れ、血生臭い匂いが漂ってくる。
それに耐えながらそこに着くと、その場にいた全員が、恐怖に慄いた。
「これって…」
その場にあった、『それ』を見た歌音は…、
「『デュラハン』…!?」
と、つい口をこぼした。
「な、何よコレ…!?」
「頭が、無い…!!」
一同が、その正体に驚愕した。
清掃員である年配の男の首が、ごっそり無くなっていたのだ。
首があった所は肉と骨が剥き出しになっており、そこから多量の血液が流れだし、辺り一面を赤黒く染めていった。
更に、
「う、うわぁぁぁぁぁっ!!」
追随していた警察官があり得ない物を目の当たりにし、恐ろしさの余り腰が抜け、その場に尻餅をつく。
「って、マッポが何腰抜かしてんのよ、あんなの、ただのボールじゃない」
警察官のそばにいた藍良と歌音も眼前で「ソレ」を目視していた。
目の前にあるのは、黒い球体だった。
「…あれ、何かおかしいよ?」歌音は球体を見て、何かおかしな点に気付く。
「どうしたの、あれボールだよね?」
「金石、ボールにあんなフサフサしたの生えてたか?」
「フサフサ…?」
藍良は網河の言葉を聞いて疑問を持ち、目をこらしてあの物体をもう一度見る。
眼前にあるのはボール、と言うには形は歪で、正円にすらなっていない。おまけに面積のおよそ50%からは数万本の生物の毛が生えていた。
しかも、
「なっ、何なのよあの赤いの…」
『それ』を見つけた藍良は、目を疑った。
別の一カ所からはボールには本来無い、赤黒い塊がむき出しになっていた。その中央には茶色い別の塊が存在しており、そこから血液が、先程の首なしの遺体同様にダラダラと流れ出していた。
「おい、これ…」
別方向から球体を目撃し、その正体を知った男が、
「この人…だよな…!?」と、倒れているジャージのデュラハンを指さす。
その球体の正体。
それは、あの首のない清掃員の、頭部だった。
その表情は絶望に満ちた顔のまま膠着しており、特に目は、まるで悪霊を見たかのように大きく見開いていた。
「嘘っ…」
突然の事態に、藍良も戸惑う。
ここで、あんな事件が起こった。
しかも、斬首死体がそこにある。
今や、こういう殺人事件はこの州では当たり前、首斬りや四肢切断、腸抉り出しなんて日常茶飯事。ネットやテレビのニュースでもやってたし…。
…だが、まさかこんな閑静な住宅街で?
これは、現実…なのか?
「歌音、ここは早く…って、あれ?」
恐ろしくなった藍良は歌音を連れて退散しようとしたが、傍に歌音がいない。
藍良がキョロキョロと周囲を見渡すと、
「金石」網河が藍良の肩を突く。
「…聖鳴ならあっちだ」
藍良は網河の指差した方向に視界を回すと、
「…って、アンタそこでっ…」
歌音は死体の傍で片膝を付き、その断面をジッと見つめていた。
「ほら、ここはマッポに任せて帰るよ!」と呼びかける藍良の声も、今の歌音には聞こえない。
(あれ何だろ、何か変…)
歌音は、生首と胴体、両方の状態を見て違和感を感じていた。
首も胴も、皆が持っている刃物で斬ったにしては、その切れ方は真っ直ぐで、一ミリの歪みも無かった。普通、肉をこうまっすぐに切るには、高速スライサーやギロチン等で切らなければこうはならない。それに、生き物の形が残っている場合は、内部の骨の事も考慮するとどうしても切れ身は大きく乱れる。せめて、それらの器具があれば可能だが…、
「ううん、やっぱり違う」歌音は、首を横に振る。
何故ならいづれのケースも、真っ直ぐ切るには対象物を寝かせる必要があるからだ。野菜ならまだしも、肉を直立状態でああ切るなんて聞いたことが無い。吊された牛肉を削ぎ落とすのとは訳が違う。母が料理する所をよく見ていたし、自分も自炊をする。間違いない。
よく考えたら、違和感は前からあった。血飛沫の音が先に鳴り、倒れる音がしたのはその後だからだ。
大体ギロチンも、アレだけの大きい得物を切るスライサーも、大きすぎて用意できる筈がない。あり得ない。
「なら…どうやって…」
思考が追いつかず、頭を抱える歌音。
と、周囲の人々が…、
「おい、誰だ殺した奴はぁっ!」
「きっと俺らの事を連中と勘違いしてやがるんだ、とっ捕まえるぞ!」
「ええ、この中にあいつらが混ざってるんだわ、見つけてこの場で殺してしまいましょう!」
互いに疑念を抱き、犯人捜しをし始めた。
中には、その場にあった物を武器にしようと、拾いはじめる者もいた。
「おっ、落ち着いてください!まだこの中に犯人がいるって決まった訳じゃ…」藍良は人々を止めようとするが…。
「うるせぇ、ガキがぁっ!」
ードカッ!
「きゃあっ!」
狂気に囚われた群衆の耳には届かず、逆に張り倒される。
「テメェ子供相手に何してんだ、傷害の現行犯でしょっ引くぞ!」
これを見て怒る網河が、藍良を張り倒した男の襟を掴み、対する男も「ンだとゴルァ!!」と、網河のスーツの襟を掴み返す。
二人から離れた場所でも、
「何処かに長ドス隠し持ってる奴がいるんだ、見つけ出せ!」
「いやいや長ドスって、ヤクザじゃあるまいし…」
「カタギが首跳ねられて殺られたんだぞ!悔しかねぇのかっ!」
極道映画でも見たのか、はたまた当人がそうなのか、一人の男が怒鳴り出す。
「違うわ、カマイタチよ!そいつがカマイタチを起こして私たちを…」
「んなオカルト、誰が信じるかよ!」
続けて、中年の女が狂乱し出す。
(長…ドス?カマイタチ?)
男と女の発言を聞き、何かに閃き始めた歌音。
長ドス…以前、あいちゃんと観たことがある。沢山のヤクザさんが出てきて殺し合う映画…その中でジパングのカタナを『長ドス』と言っていた。アレなら、肉を直立のまま真っ直ぐ綺麗に、高スピードで切断出来る。だが、被害者は立ったまま斬首されている。相当の大男なら話は別だが。妖怪の鎌鼬なら、それは出来るかもだろうが、あくまで伝説、現実的じゃない。
だが、まだ何か引っかかる…。
ービュゥゥゥゥ…
辺りに突風が吹き荒れる。
さっきのよりは勢いは弱い。
「いたっ!」男が飛んできた何かに首の薄皮を切られた。
「おい、大丈夫か?」
「あ、ああ、多分紙が飛んだんだ、それで切ったのかもな…」
男たちの会話が耳に入った歌音は…、
(ああ、そうだ、紙もスピードを出せば肉を切れるし、出血レベルの傷を出せる!)
だが、殆どの紙は片付けられている…いや、待て…、今ので、心の中にあった引っかかりが解けた…、
あれは、妖怪の鎌鼬じゃない…、
「…カマイタチ現象だ」
あれなら、何も使わなくても一転調整さえすれば風の力とスピード調整だけで物を斬ることができる。人を斬るなんて造作もない。
尤も、これも現実的とは思えないが…、
「でも…」歌音は、自分の腕に浮かぶ血管を見て…、
「もし、刑事さんが言ったように、それがぼくと『同じ』だったら…」
…そう考えれば説明がつく。でなければ、あんな芸当は出来ない。
一個人のみを狙って、殺すなんて真似は。
あり得ない斬首死体、刀並みのスピード、突風、カマイタチ現象…。
それらから得たヒントをたぐり寄せ、結論に近づいていく。結論にたどり着いた歌音は、
「…あいちゃん、刑事さん!」他の警官と共に民衆をなだめようとする藍良と網河に呼びかける。
歌音の目は血走っている。
「なっ、どうしたの歌音!?」
「何か分かったのか、聖鳴」
「…お巡りさんたちと一緒に、ここにいるみんなを逃がしてっ!」
「え…!?」
歌音の警告に戸惑う藍良と網河。
しかし、気迫を見るや只ならぬ事態であることは察しが付いていた。
「何してるのっ、早くして!」呼びかける歌音の瞳孔が更に開く。
「網河っ、急いだ方がいいかも…」
「…だな」
藍良は、歌音に言われるように、網河と共に民衆をその場から逃がそうとした、その時…、
ーブオォォォォォッ!
三度目の、あの突風だ。
今度は、こちらに向かって迫ってくる。
「あいちゃん、伏せてっ!」
「ちょっ、何…!?」
「うぉわぁっ!?」
歌音が藍良の体に覆い被さり、網河も巻き込まれてその場に仰向けになって倒れる。
そしてそれが吹いた先では…。
ーブシャァァァァァッ!!
おびただしい量の血飛沫が舞い、大量の肉と骨の塊が飛ぶ。
そこに集まっていたのは、数十人。
『デュラハン』が現れた時よりも、更に酷い地獄絵図が一面に広がっていた。
「ぐぁぁぁぁぁぁぁっ!!」一人は腕を。
「足がぁっ、足がぁぁぉぁぁぁっ!!」一人は足を。
「アタシ、どうなっちゃってるのぉ…ねぇ…」またある一人は胴を。
誰もが自分の体を分かたれ、もがき苦しんでいた。
あのデュラハンのように、首を落とされた者もいる。
「そんなっ、まさかこの街で…!?」
藍良は、ゲームや映画で見るような黙示録の光景を目の当たりにし、恐怖に戦く。
彼女は歌音が覆い被さった事で『凶器』の範囲外にずれていて無事だった。
「俺も、信じられんな…」
巻き込まれた網河も当然、ほぼ無傷。
「しかし…」
聖鳴の、『デュラハン』という言葉…。
確か、その人間に、死期が迫っている事を伝える、西洋の伝説的魔物と言われているが…この光景、正に今の状況にピッタリだな…。
「ねぇ、大丈夫?しっかりしてっ!」
風が止んで直ぐに被害者たちを助けるために彼らの元へ向かった歌音も、服の一部が切れた程度で目立った外傷は無い。
(いたいのいたいの、とんでけっ…)
何人もの人々を治し、尚且つ疲れが見えない歌音が、胴を切断された女性に向けて光を放つ。
女性の上半身と下半身は徐々に繋がり、最後は完全な一つの人体に戻った。
歌音は女性の命が助かった事を確認すると、本人が動けないのか、彼女を肩に抱えて風の範囲外へ移動させる。
「たっ…助け…」
歌音は女性の様に胴を両断された男が、苦しみながら助けを求める姿を目にする。
彼の体からは多量の血液が流れ出す。
その目も、虚ろだ。
歌音は、男の命をどうにか助けようとするが…。
「た…す…」
「…あぁっ!!」
そもそも、その体から血が流れすぎたのか、また処置が遅すぎたのか、歌音は男が死んでいく様を見ているしかなかった。
(この人たちはただ、この町を綺麗にしようしていただけなのに…!)
歌音は助けられななかった人を思い、心が痛んだ。
同時に、怒りに震えた。
「ちょっと、これってまさか…」
「…うん、多分、刑事さんの言ってた通り、これぼくと同じだから」と、厳かな表情の歌音は、足下にあった物を拾う。
「…うわぁ…」
「…それしか無かったの?」
歌音が拾った『ソレ』を見た、二人の顔が蒼白に染まる。
歌音がその手に取ったのは、清掃員が回収しようとしていたグチャグチャになった犬の死骸だった。
皮は腐って筋肉や骨は見え、眼球は飛び出し、耳は千切れ、臓物も漏れ…こんな物を平然と掴むなんて、可愛い顔して、本当に肝が据わってるな…。
(ごめんね…)
歌音はもう鳴けない犬に詫びながらその亡骸を練成する。犬の形をしていたそれはやがて形を失い、鋼鉄状になり別の姿に再構成されていく。
「これなら…!」
犬だったモノは、中央に可愛らしい子犬のモチーフが入った、直径百五十センチの円形の盾に生まれ変わった。
ーブオォォォォォッ!
その場にいる二人に『凶器』が吹き荒れる。
「二人共っ、そこから動かないでっ!」
進行方向を見つけた歌音は盾を構え、攻撃を防ぐ。凶器となった風は弾かれてターンを描き、辺りの住宅の壁や塀、車を切り裂いていく。
「うわっ、もう自然の摂理じゃこんなん無理じゃん…」拡がる惨状をみてあ然とする藍良。
「いったよね、この風はぼくと同じだって!」
歌音はポケットからハンカチを取り出して、それも練成する。
「って、遊んでる場合じゃないだろ!」
ハンカチは、ブーメランに姿を変えた。
「遊びじゃないよ、これで、犯人をとっちめる…」
…のっ!
歌音は盾の裏から跳び上がり、胴を大きくスイングさせてブーメランを飛ばす。
ー…ズバッ!
ブーメランは回転しながら、その数メートル先へと進み、風の「正体」を切り裂いた。
「…やっぱりいた…!」歌音は戻ってきたブーメランをキャッチし、ハンカチに再練成する。
「えっ、何あれ…」
藍良は目を疑った。
そこにいたのは、黒いマントで身を隠した謎の人物だった。
顔はマスクで覆われていて、表情は伺い知れない。
歌音の投げたハンカチブーメランが当たったのか、マントごと体が裂け、そこから血ではなく、水のように透き通った液体が吹き出していた。
「あれ…」
「野郎…『ルインレス』かっ…!」
二人はその液体に見覚えがあった。
いや、自分はほぼ毎日会っている。
ソレが体の中で巡廻している、その人間に。
「やっぱり、犯人って歌音と同じ…」
網河の推測通りだった。
血の代わりに体から流れ出す、透明な液体が、
歌音が練成した盾に、伝わる振動が、その証拠だ。
「…ス」
言葉を発する黒マント。
正体を悟られないようにしているのか変声しているが、その声は殺気に満ちている。
「ジャマスルナラ…コロス!」
黒マントは高速で手刀を振るい、風の刃を飛ばす。
「くっ!」
歌音は盾でその一撃を防ぐ。風の刃は跳ね返り、周辺の物に刺さり、切り裂いていく。
「げっ、ただのカラテチョップが殺人兵器に!?」
「殺人兵器は言い過ぎだそ、だが、あんな物が人に当たったら、無理もないな…」
三人は、風に両断された死体の群れを見つめる。
自然にある物で、しかも自分たちが毎日浴び、生かしてもらっている元素の集合体で、沢山の人が死んだのだ。
とても信じられないが、現実に起きている。認めるしかない。
「シネ、シネッ、シネェェェェェェッ!!」
三人を始末せんと、黒マントは何度も手刀を振るい、無数の風の刃を作り出す。
歌音は一撃一撃を盾で防いでいくが、数が多すぎる。
次第に歌音の身体にも、疲れが見え始め、盾もダメージが蓄積され、内側にもヒビが入る。
ーバキィンッ!
「しまった!」
盾の一部が破損し、砕け散る。
その衝撃は歌音の身体にも伝わり、歌音は思わず転倒する。
ードスッ!!
「…がはっ!!」
「あいちゃん!!」
「金石!!」
盾を砕いた一撃が、回転し、その先端が藍良の腹部を貫く。
風の刃は直ぐに消滅したが、藍良は激痛に耐えられず吐血して倒れてしまった…。
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