こんな日はシジミの味噌汁を飲みたい
腐った林檎
第1話
さよなら。
君にそう言われた次の日、傷心したキズが癒えないまま僕は会社の飲み会に参加していた。
酔った人間が酒を片手に日頃の不満を愚痴りあう場は好かないけど、それでも付き合いだからと僕は割り切って参加していた。
泡が抜け、生温くなったビールをちびちび飲んでいると、
「おい。飲んでるか?」
顔を真っ赤にした同僚が空になったビールジョッキ片手に僕の隣に腰をおろした。
「おいおい。不味いビール飲んでんじゃねぇよ」
そう言うと同僚は僕の手からジョッキを奪い取り、一気に飲み干した。
「あーやっぱり温いビールはこの世で一番不味いな。すみません生二つお願いします」
同僚は頼んでもないのに僕の分まで注文するとふぅーと一息つき、焼き鳥を2本掴んで、1本を僕に差し出してくる。
「食え」
「もうお腹一杯なんだけど」
「いいから食え」
仕方なく受け取り、僕は一口食べる。甘辛いタレの味付けで、噛むたびにビールが恋しくなる。
「お前彼女さんと別れたことまだひきずってんのか」
同僚は焼き鳥を頬張りながら聞いてくる。
そういえば同僚には彼女にふられたことを話していたっけ。
僕はなにも答えず、焼き鳥を取皿に置いた。
「連絡先は消したか?」
同僚の問いに僕は小さく「まだ」と答える。
隣から大きなため息が聞こえた。
「お前女々しい奴だな」
「・・・・・・仕方ないだろ。今でも好きなんだ」
好きで好きで仕方がないんだ。
ポツリと僕がこぼした言葉に、しかし同僚はなにも言い返してこなかった。
また女々しい奴だと思われただろうか。
無言のまま焼き鳥を口にしていると注文した生2つを店員が持ってくる。
僕は口に残るタレを冷えたビールで流し込んだ。
0時を回ったところで飲み会はお開きとなった。
ふらふらした足取りでアパートに戻っても君の姿はなかった。
別れたのだから当たり前だ。
ポツンと1人の部屋で電気をつけないままテレビをつける。
お笑い芸人が漫才をやっていたけど、全く笑えなくて僕はテレビの電源をきった。
静まりかえった部屋の中で僕は思い出す。
いつも飲みの付き合いから帰った時、君がシジミの味噌汁を作って待っていてくれたことに。
ーー2日酔いによく効くから。
そう言っていつも君は微笑んでいた。
もう君はいないから。
僕は帰りに買ったインスタントのシジミの味噌汁を買い物袋から取り出す。
小さなカップに具材と味噌。そして小さなシジミを入れてお湯を注ぐ。
割り箸で混ぜると、味噌の香りがふわりと漂う。
一口飲んで僕は息を吐く。
美味いけど、やっぱり君が作ったシジミの味噌汁の方がいい。
「どうしたらよかったんだ」
僕は情けなく呟いた。
君がアパートから出る時、どうしようもなく悲しい顔をしていた事に僕は気づいていた。
あの時手を握って、抱きしめていれば何かが違っていたのだろうか。
わからない。僕は味噌汁を一口すする。さっきよりも塩分が濃くなっていた。
塩分の正体は僕の流した涙だった。
僕はどうしようもなく泣いていた。止めようとしてもどうしようもなく溢れて、どうしようもなかった。
こんな日はシジミの味噌汁を飲みたい 腐った林檎 @today398
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