第二章第三節
玖城は足早に廊下を歩いていた。
研修室での榊との対話は、館内放送による呼び出しで中断した。<
玖城が向かった先は研修室を倍にしたほどの広さをもつ会議室だった。ずらりと並ぶ長机の上には、それぞれの端末が並んでいる。既に二十名ほどの職員が着席しており、玖城は中ほどの机に着いた。
古要の姿はなかった。見回せば、会議室に呼び出されているのは揃って管理職クラスの職員ばかり。男性が7割に女性が3割程度だった。
無理もない。これから行われる連絡報告会とは、ニューヨークに本部をもつ<
玖城を追うようにしてさらに十名ほどの職員が着席する。
午前10時45分。
会議は定刻通りに始められた。
「それでは次に、この一週間で確認された<
端末の画面の中で金髪の女性が流暢な英語でファイルを捲る。
この時間、時差はあれど主要都市に点在する全<
主な支部は日本をはじめ中国・ロシア・インドのアジア圏支部、フランス・ドイツ・ポルトガル・フィンランド・イギリスの欧州圏支部、ナイジェリア・エジプト・南ア共和国のアフリカ圏支部の三圏。そしてアメリカ合衆国内にはフィラデルフィア・サンフランシスコ・デトロイト・セーラムの合衆国圏支部とサンティアゴ・リオデジャネイロの南アメリカ支部を加えた17か所。無論ではあるが、公式に存在を発表しているところは一つもない。
「先週一週間で存在が確認された<
特殊な表現を併用しているため、英語のみならず数種類の言語への同時翻訳による字幕が表示されるディスプレイを見て、玖城は改めて感嘆の溜息をついた。これがどれだけの技術に支えられていることか。情報共有の重要性は改めて語る必要がないほどに自明だが、実現には困難を極める。いまだに言語習得は多くの人間にとって高いハードルだ。
日本支部の会議室のそこかしこから同じような溜息が聞こえてくる。日本語訳が表示されていなければ、ここに並ぶ多くの者は理解すらままならなかったであろう。双方向式の会議でなくて幸いだった。
しかし、玖城らがそこで一度緊張を解いたのは理由があった。
二つ目の<
「二つ目は、現在のところ解析中のため正確さに欠ける報告となることをご理解ください。発生は日本の都市東京。正確な発生時期は数か月前とされていますが、一つの集合住宅内のみに発生、しかも複数の住民に多岐に渡る重度の疾患及び負傷が連続して発生しています。保管はできていないため、管理レベルを第二段階の<Qliphoth>としますが、当該調査員は注意を怠ることがないように」
定時連絡報告会は30分程度で終了した。
会議室を後にした玖城は榊の私室へと向かっていた。
職員待遇として<
私室をノックすると、予想通り中から返答があった。
「失礼するよ」
ドアを開けると、中では榊が研修室で渡されたテキストを読んでいるところであった。机上にはテキストだけでなくマーカーや付箋紙、また情報検索用の端末も起動している。なるほど、情報処理については本職というわけか。
「勉強中のところ申し訳ないが、もし君が望むなら連れていきたい場所があるのだが、どうだね」
榊の怪訝そうな顔に、玖城は自分がまた同じミスをしていることに気づいた。
この言い方は、質問という形式を取っているだけの命令に過ぎない。これは上位の人間が下位の人間を思い通りに動かすための押し付けだ。
玖城は言葉を続けた。
「場所は都内、世田谷区の祖師ヶ谷大蔵にあるマンションだ。先程の連絡会で、ここで起きている現象が正式に<
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