第一章第五節

 <不誠実な隣人Neighbors>。

 それは以下のように定義づけられる現象の総称である。

 世界に存在するあらゆる物理法則、現象法則の一部を無視する形で自然発生的に発現、一定領域に影響を及ぼす現象。影響範囲は一定せず、これまでの最大領域は「世界」。

 超越現象全体を指し示し、人物や事物などの物質として顕現することもあれば、自然現象の拡大解釈や指向的性質を有する思考、文化、概念などの非実体として発生することもある。

 これまでに様々な<不誠実な隣人Neighbors>が確認されており、その定義は非常に困難かつ曖昧であるが、法則性がないわけではない。


 まず、<始祖Origins>と呼ばれる力の源泉が存在することだ。

 それは過去に発生した事件や事故、過去に存在した人物や事物といった、現象の発生源となるものが存在すること。全くの異能が唐突に発生した事例はこれまでに確認されていない。

 このことは非常に重要な要素の一つである。<不誠実な隣人Neighbors>の影響範囲は、この<始祖Origins>に大きく左右される。つまり、<始祖Origins>を共通認識として有しない対象に効果を及ぼすことはない。しかし<始祖Origins>を認識する対象が広域となれば、影響範囲は無限に拡大することとなる。極端な例として、新生児に影響を及ぼす<不誠実な隣人Neighbors>は限りなく少なく、高齢者はその反対となる。

 また、<不誠実な隣人Neighbors>が有する異能は厳密には一種類となる。これまでに確認されている異能の属性Categoryは六つ。「付与G I F T」「剥奪B A N D I T」「変換T R A D E」「破壊R A V A G E」「創造B I R T H」「転生R E S T A R T」のどれかが該当する。異能を有さない<不誠実な隣人Neighbors>はこれまでに確認されておらず、特に物質や人物として発現した<不誠実な隣人Neighbors>を<複製品Artefact>と呼称する。この<複製品Artefact>は時代に応じた姿によって生み出されることが多く、外見だけで<不誠実な隣人Neighbors>と判別することは困難である。つまり、<始祖Origins>が粘土板として世界に初出した場合、その<複製品Artefact>は羊皮紙や紙、タブレットやデジタルアーカイヴに変化する。


 こうして幾度も世界に発生してきた<不誠実な隣人Neighbors>がどうして、どのように生まれてくるのか。それについては全く解明が進んでいない。現時点では自然現象の一つとして認識されている。台風や雷嵐に意味がないのと同じく、<不誠実な隣人Neighbors>に意味を求めることは無意味だと考える者さえいる。

 しかしながら、<不誠実な隣人Neighbors>は存在が広く認識されることはない。多くの者は<不誠実な隣人Neighbors>を知らず、生きている。その危険性と法則性を識り、策を講じることができる者はほんの一握りに過ぎないのだ。



 榊には、それがどこか遠い異国の物語に聞こえていた。

 しかし眼前に座る玖城は真剣な面持ちで言葉を重ねていた。言葉遣いは穏やかだったが、不思議な圧があった。

「サンタクロースが、どうして」

「サンタクロースという概念には<始祖Origins>が存在する。名を<ミラのニコラオス>。3世紀に生まれ、4世紀に没した司教であり神学者だ。もとはビザンツ帝国の聖人だったが、すぐにヨーロッパ全域に名を知られることになった聖人だ」

 そんなことを聞いているのではない。榊は小さな苛立ちを感じた。玖城という男は捉えどころがない。何を考えているのかわからない。こちらは教え子の両親を探しているというのに。

「玖城さん。私はどうして、サンタクロースが黒川の両親を奪ったのかと聞いているんです」

「落ち着いてほしい、榊先生」

 恐らく、これまでにもうんざりするくらいに同じ質問を向けられてきたのだろう。もしかしたら、同じことを自問し続けてきたのかもしれない。

「大きな地震、強い嵐に意味はない。しかし私たちはそこに意味を求める。どうして被害にあったのか、どうして死ななければならなかったのか。無論、人災として防ぐことができた事案もあっただろう……しかし、これだけは覚えておいてほしい」

 玖城は身を乗り出した。

「<不誠実な隣人Neighbors>に意味はない。<不誠実な隣人Neighbors>は既に自然現象と同じなんだよ」

 違う、俺が欲しいのはそんな説明じゃない。

「聞いてください。サンタクロースといえば全世界の子供たちの夢でしょう。クリスマスイヴの夜、子供たちにプレゼントを贈る存在だ。そこにはこんな悲惨な事件は関係がない。それなのにどうして、サンタクロースがこんなことをすると言うんですか」

 それまで黙って壁際に立っていた少女が、しびれを切らして数歩近づいてきた。

「玖城さん、それは私も疑問に思っていました」

 少女は榊に同意しながら、自身の問いを言葉にする。

「サンタクロースが<始祖Origins>であるなら、どうして人から奪おうとするんですか」

 二人から問われた玖城は、机の上で指を組んで頷いた。

「その理由は、<始祖Origins>が人物であるからだ。人物である以上、生前には人間だった。人間であるならば欲望がある。聖人として認識されてはいるものの、そもそも教義を広めよう、信望する神を知ってもらおうとすること自体、欲なのではないかね」

 榊は言葉に詰まった。言い返せない。論理は成立している。

「<ミラのニコラオス>は人々を救いたかった。しかし救うには物が必要だ。何もないところから食べ物を、手をかざすだけで病を癒すなど、それこそ神でなければ不可能だ。実際、<ミラのニコラオス>は多くの人々を救った。その手段は、まず人を救うことができるだけのものを手に入れなければ、できないことだ」

 それが、黒川の両親だというのか。

 話が繋がりそうでいて、繋がらない。分かったようで、判らない。

 榊の表情から、釈然としない思いを読み取った玖城は、微笑みながら立ち上がった。

「それは私も同じだよ。この<不誠実な隣人Neighbors>がもつ行動理念は不可解だ。法則性があるのだろうが、それを解明はできない。だからこそ……榊先生には、ご助力願いたい」 

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