第5話 いつか報われると信じて(4)
いつの間にか夜が更けて朝がやってきた。登り行く朝日はとても気持ちがよく体をグッと伸ばしたくなる。俺が出てきたのは洞窟の中。
俺は、川の水を飲んで呆気なく失神していたラマを背負って川に沿って山を下っていた。太陽が沈み、真っ暗な闇に包まれそうな時、そこで運良く見つけたこの洞窟で一夜明かす事にした。
時刻は全く分からないが、早朝だと思う。太陽の陽が暖かいのとは逆に気温が低いからなのか少し身震いをしてしまった。やけに肌寒い。
大きく深呼吸をする。普段の生活ではこんな事をしないのだが、山の中という事で、ついやってしまった。
肺に目一杯取り込まれた空気は、とても清々しいものであった。これが新鮮な空気というやつなのだろう。旨い。
空気が旨いと感じたのは田舎に旅行した時以来である。俺は生きていると強く感じられた気がする。
まあ、死んだ身ではあるので、この言葉が正しい表現なのかは分からない。
時刻は5時とかそんなものなのだろうか。朝早くに清々しく起きれたのも初めての事だ。辺りが真っ暗闇になるまでに眠れたからだろうか。
それなら相当早く寝ていたのだろう。生前の頃ではあり得ない話だ。
生前。携帯やテレビ、ゲーム等の太陽の光が無くなった夜にでも色々と出来る退屈しない娯楽に勤しんでいた。寧ろ、夜こそが本番のような所があった。
しかし、この世界に来てからは勤しむ娯楽どころか夜の闇を照らす光が月しかない。そんな所で夜に何をしろと言うのだろうか。
体もボロボロになり、植物の知識や道具、火だってない俺達にはマトモな食事すらなくて空腹だというのに。
唯一、近くの川から流れる水はとても新鮮なのでありがたいと思う。
だから俺は夜に川の水を大量に飲んで眠るしかなかった。それが空腹を防ぐ最善であったからだ。
「...しかし、朝が来れば目は覚める。そして、腹だってへる....昨日からだからな…」
腹が鳴る音で手を腹に置く。もう昨日から腹ペコだ。
非常にマズイ状況であると言える。実はこの世界に飛ばされてから何も食べてない。死ぬ事はまだ無いだろうが、これからを考えると非常に良くない。
天界にいた時にも食事はしていなかったので学校で昼食を食べたのが最後だろうか?
そもそも昼食後にあのクソ天使に殺されたのでは?っと疑問に思えてくる。なにせ記憶が無いのだから分からないし、やりかねない。
つまり最悪昨日の朝から何も食べてない事になる。
「なんだお前。随分と朝が早いじゃないか」
「おう。おはようさん。なにもする事無かったからな。目覚めがいいから8時以上は寝てると思うぞ」
「おいお前、私が寝ている間に手を出してないだろうな?」
朝から元気な奴である。空腹で困っている俺を嘲笑うかのようだ。大体昨夜はそんな体力も思考も湧くはずがないので、手なんて出す筈がない。
「アンタに手を出す訳がないだろ。大体腹が減ってる状況でそんなスタミナ消費する事出来るかっての!…大体だな…」
敢えて賀露島はその続きを話さなかった。言った所で彼女の機嫌を損ねるだけだ。
何故なら勢い任せで悪口を言うところだったからだ。
確かにラマは天使というだけあって容姿は美しいと言わざるをえない。それだけ彼女が美女である事は承知している。
普通の人間ならそんな女性が隣で同じ場所で寝ていたのなら、そこに変態がいるとなるなら手を出していてもおかしくはない。
しかし俺は女性なら誰でも襲うなんて無差別変態になる事はない。まず、性格に難がある人を俺は絶対に好きにはなれない。
割とそんな節が生前からあった。
学校内で一番の美人でお嬢様の人がいた。そのお嬢様は立てば芍薬座れば牡丹という言葉が本当に使い所があるかのような少女であった。
しかしそのお嬢様は性格に難が存在していた。ありとあらゆる男や女さえも手駒にし、気に入らない者を徹底的に攻撃する人だった。
なんでだろう。美人ではあると分かっていたが、どれだけ美人であろうと性格が最悪であれば俺には醜くく彼女が見えてしまっていた。勿論そんな醜い彼女を好きにはなれなかった。
見栄とかそういうものでもなく、ただ醜いものを見ているような感覚に陥った。性格が悪すぎる女性はどれだけ美人であれ醜いものにしか見えないのだ。これは生前からの事だ。
「人間の男は皆そうやって何かと理由をつけては、天使を襲っては地獄に行ってるんだ!」
「なにそれ怖..それアンタらが誘惑とかして、わざと襲うようにしてるんじゃねぇの?」
初めてラマを見た時に未知なる存在である事を分かって恐怖はしたものの、あまりの美しさに胸が大きく脈を打っていたのを覚えている。
不愉快ではあるが恐らく、彼女に一瞬心が奪われかけたからだろう。確かにこの衝動を抑えられない奴は天使に手を出してしまうのかもしれない。人間をゴミ扱いする理由は何となく分かった気がする。
でもそれは理不尽な気もする。見ただけで襲ってしまうという事は彼女達天使に魅了されてしまったという事。
つまり誘惑の魔法をかけられているような感じだ。それは男として考えると、彼女達が卑怯な気がする。
ある意味地獄に行かずに済んだのはラマが俺の嫌いな性格をしていたお陰であると言える。
しかし彼女に対して感謝の気持ちなど持つ筈がない。俺を殺したのはラマなので恨みしかないのだ。
「それじゃあどうしたら俺がアンタに何も感じてないって信じてくれるんだ?」
「そんなものはお前の目を見れば....!?」
睨み付けるように見つめるラマ。
どうやらラマは瞳を見る事で相手が考えている事を読み取れるようだ。とてもいやらしい能力だが、それがどの程度まで読めるのかは彼女しか分からない。
彼女は俺の目を見るなり、みるみる元気が無くなっていって洞窟の隅でいじけ始める。
「私ってそんなに不細工なの...アハハハ」と不気味な声で笑いだしたのを見ると俺の考えを正しく理解してくれたようなので良かったと思う。
「腹へったから何か食えるもの探しに行くが、アンタはどうするんだ?」
「私はここで待ってるぞ...だってブスなんだからな....」
そう呟くとラマは、もう一言も発する事なく完全に自分の世界に閉じ籠ってしまった。
一々面倒くさい奴である。
確かに悪口を言われれば誰だってショックなものだ。自身の能力で俺の思想を読んだのだから、相当の罵声を聞いたと思う。見たと言うべきだろうか。
少し可哀想に思えてきたので何か美味しいもので持ってきて機嫌を直してやろうと考えたが、よくよく考え直してみると俺は彼女に対して悪口は言っていない。正しく言えば口に出して発していない。
彼女が俺の思っている事を勝手に読んで勝手に落ち込んだので自業自得ではないのか?
まあ落ち込んでいる事に間違いはないのでそっとしておこう。
結構天使でも心はデリケートなんだなっと少しだけ笑みがこぼれた。
そんな朝の出来事を思い出しながら俺は絶望していた。
「何も無いぞ...食い物...」
両手を膝につけて下を向く。
何もない。見つけられていないだけなのかもしれないが、兎に角成果は何もない。
これは非常事態だ。もう空腹のまま朝を起きて一時間以上は森を徘徊しているだろう。だが食べられるものが何一つとして見つからないのだ。
近くに川があるなら魚等がいるだろ?とか森に入るなら小動物や果実が転がっているだろ?とか思う人がいるかもしれない。
確かに川にいけば魚がいるが火をつけられないので生で食えないものは捕まえたところで食べる事は出来ない。それは森の中の小動物だってそうだ。
木などに実っている果実のようなものはあったりするが、どうも見た事が無いので食べてみようとは思わない。
なら何処からか、自然で見つけてきた物を使って火を着ければ解決だろとか、火なんて必要のない調理もあるじゃないか!なんて事も言われるだろう。そう言う輩がいるのならハッキリと俺は宣言する。
俺を誰だと思ってる。
俺はまだ高校生だ。都会で自然の営みもなく生きてきた男だ。現在俺とラマは山で遭難している。サバイバル状態である。
森なんて場所に無縁で生きていた俺が突然サバイバルなんて大層な事出来る訳もないし、それについて知識を得ようとした事だってない。
サバイバルで生きていくには食べ物の確保が重要になる。食料を食しエネルギーを得る事で、それは人が生きていく為の力となる。
そんな事ぐらいは俺だって分かるが、突然森に放り捨てられて何でも順応に出来る奴の方が都会っ子であれば圧倒的に少ないに決まっている。
だからきっと今こうして森の中を見ていても何かしら食べられるものがあるのを知っている人がいるのかもしれない。
しかし結局のところ俺はそれを知らないから探すしかないのだ。俺でも食べられると分かる食べ物を。
元いた場所が分からなくならないように、敢えて川沿いを沿って歩く。
ひたすらに下っていき周りの木々を懸命に探した。季節は春なのだろうか。少し暖か区なってきた気温が、そうなのかもしれないと思わせる。
しかし、お腹は減るばかりだ。まだ死ぬ事は無いだろうが、食への欲求は凄い事になっていた。そんな中で一匹の虫が足下を飛んでいくのが視界に入った。
「そう言えば虫って食えるんだよな…」
時代は食虫文化が徐々に広がりつつある。
虫は食べても毒が無ければ安全に食す事が出来ると何処かのテレビで見た覚えがある。
だが結局の問題はその虫すら食べられるものなのか分からないという時点で考えるのを止めた。
あれ程までに虫を探していた事が馬鹿らしくなってきた。寧ろ虚し過ぎる。
きっとラマは、こういう結果になる事を分かって無駄な事であると言ってくれていたんだ。
結局そうなってしまったのだから、そうするしかない。そうなったのなら、それをカバーしろ。彼女ならそう言うだろう。
なので今は頑張って探すしかない。俺は大きく息を吸って、川に流れる大量の水を飲んだ。
そして暫く探していただろうか。太陽の位置が真上を通り、再びこことは違う遠い山に沈もうとしていた。
もうかなりの距離を歩いていたので足は油断するとつりそうになる。途中水を大量に飲み空腹を少しでも満たそうとするが、水を飲めば飲む程に俺に固形物の食料を求めるようになった。
成果はない。当然食べるものはない。ただ空腹に耐えるのみである。
今思えば生前ではお腹が空けばコンビニやスーパーに寄ってお菓子やお握りなんかを買ったりして、直ぐにでも空腹を満たせた。
喉が渇けば直ぐにでも自動販売機で甘い炭酸入りのジュースで潤す事が出来た。喉の渇きが乾きと表現する状況になるなんて考えもしなかったであろう。
それはそういう環境にいる事が当たり前の事のようになり、寧ろこの環境を少しでも満たしていない事が非日常であるかのように過ごしていたからだ。
神様は見ているぞ!なんて事をよく母親に言われた。確かにその通りだと思う。
きっとこれは何も感謝してこなかったから、神様からの罰なんだと思う。道路が舗装されて人が歩きやすい環境である事を感謝したであろうか。寒い日は熱がこもる厚着を纏い、暑い日は通気を良くする薄着など環境に応じた服装がある事に感謝した事があろうか。
全てが当たり前の事だったから感謝などしなかった。きっと僕を何の見返りもなく育ててくれた両親にだって――――――
「――――――ありがとう。神様」
長く先の見えない森の中を俺は戻る事にした。今日は諦めて戻る事にした。
「それで何の成果もなく帰ってきたのか?馬鹿で無能は呆れるな」
大きくため息を吐いた。その表情は「やれやれ」と言いたげな顔をしていた。
そう。これが天使ラマだ。自分は何もする事なく、こちらの苦労も知らないのにこの有り様だ。
やっと思いで暗くなって森の中が歩けなくなる前に洞窟に戻ってきたのに散々な事だ。凄くムカついてきた。家族を養うサラリーマンのお父さん達はこんな気持ちだったのだろうか?
兎に角、神への感謝の気持ちなんて二度と抱かないと心に決めた。天使でこれなんだから神もそうなのであろう。
神様に童話の良さは分からない 最弱乃飯屋 @saijakunomeshiya
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