第4話 いつか報われると信じて(3)
何とか最初の場所から抜け出す事を決められたが結局の所、童話に関しては何も分かっていないのが現状だ。
2時間もの間、虫をひたすらに大捜索していたが、結局のところそれは無駄に終わってしまった。
ラマの言う時間を無駄にしてしまったのだ。
無駄にしてしまった時間で俺は何も得られず、それどころか体力と神経を無駄にすり減らして失った。
お腹が常に大音量で鳴り続ける始末だ。
だが、そんな事を考えていてもキリがないので、過去の事はあまり考えないようにする事にした。
取り敢えず先の事を考え、今は水分と食料の確保だ。
ラマに殺され、魂だけの存在になった俺は神から童話の世界に転生させられ受肉して生き返った。原理は分からん。
正直それを喜んだ方が良いのか分からなかったが、死人でなくなった事が何故か嬉しかったと思える。
まあ不満はある。いや、実は不満しか無かったりする。
「おい、じまじろう。お前今、神に対して失礼な事考えただろ!」
こんな上から失礼な事を言われるんだから不満を感じない訳がない。
「なんでそんな事分かるんだ....あと俺の名前は次郎だ」
「お前がそんな顔していたからだ。大体、今の時代で次郎とか名乗ってて恥ずかしくないのか」
顔を見ただけで相手が考えている事を理解出来てしまうのはラマに対して少し気持ち悪いと思ってしまった。
あまり体調が良くない事もあって、顔に出てしまったのだろか。他人へ向ける表情には気を付けていた筈だが、俺はそんなに疲れているのだろうか?
まあ疲れているんだろうな。だって溜め息が止まらないのだから。
それに先程、次郎の名を馬鹿にするような発言があったが、その事に関しては必ず謝罪をさせてやる。今はややこしくなるので保留とする。
大体じまじろうの方が、名乗るのは恥ずかしいと思うのだが。
少しばかりラマには助けられたので口の悪さだけは多少なり見逃す事にしているが、度が過ぎるなら許さない。
それに彼女が俺を殺した事だけは許さない。許せる筈がない。それがなければ、俺はこんな事に巻き込まれる事は無かった筈だ。
「そういう訳だから罰として、私を背中に背負って貰おう」
「はぁぁ?俺におんぶしろと?やだよ」
ラマの知識に多少なり助けられたかもしれないが、そこまで面倒な事をやってあげられる程、俺の体力は無駄に余ってる訳ではない。
これは彼女の要求の度が過ぎてると思われる。
「お前は、私に借りがある筈だが?借りを忘れるとはゴミはやはりゴミであったか」
「アンタは俺にした事、忘れてないかぁ?」
生産性の無い会話を弾ませて森の中を歩く。向かっている先が正しい場所なのかは、サッパリ分からない。
しかし、今は進む他ない。
そして何十分か経っただろうか。
少し前までの生産性の無い会話は無くなり、お互いに一切口を開く事なくひたすらに下を向いて歩くだけだった。
彼等が喋らなくなったからか、虫の鳴き声が耳に入ってくるようになる。
だが、彼等にはそんな声など頭には入っていなかった。その目には生気は感じられなかった。
「あれ?そう言えば、お前ロープどうしたんだ?」
フッと我に返ったラマが手に何もしていない俺に質問を投げる。
そう言われたので目は虚ろなまま手元を見る。
確かにその手には何も無かった。手に握っていた筈のラマから貰ったロープが無くなっていた。
気付かぬ内に無くなると言うのは消えていたと表現するべきなのだろうか。取り敢えず現状を理解し、俺の目に生気が戻りだす。
「……なんじゃこりゃぁぁぁぁぁ!!」
周りにいた鳥が一斉に羽ばたく。
元の場所に帰る為に作った筈のロープ。そんなロープが無くなっていたのだから叫ばずにはいられない。
無意識の内にロープを使い切っていたのだ。何も考えず手と足を動かすだけの作業になってしまったので、無くなった事に気付かず歩き続けていた。
「お前…忘れていたな?」
「アンタも同じ状態になってたろ!」
「何故お前は素直に失念してましたと謝れんのだ!」
先程の静けさは無くなり、取っ組み合いになって騒ぐ。
ややラマの力が弱いのか彼女は圧され気味だった。天使の力を失っていたかなのかは、分からないところだが人間の女性と同じ力になっていのであれば彼女の見た目上、華奢な姿から負ける気は全くない。
手と手を組み合わせお互いに相撲のように押し合う。倒れた方の負けの力比べ。
そして力比べで勝った俺はラマを地面に押し倒してガッツポーズを取る。
「うぎゃ!?」
「しゃッッあぁぁぁぁぁ!!」
一見華奢な女性を容赦なく倒している様に見えてしまうだろう。実際そうなのだが、ここで俺が負けたなら今後に関わってくるので部外者からの批判的意見は聞き入れないつもりだ。
「……畜生、野蛮人!マヌケ、馬鹿!このゴミィィィィ!!」
「アンタ、急に幼稚になってるが大丈夫なのか?」
「絶対殺してやる!」
「もう既に一回アンタに殺られてるんだが!?」
やはり俺を殺している事を、もう既に忘れているようだ。申し訳なさが無いのだろうか。
「天界に帰ったら酷い目にあわせてやる」
「なんかずっとこの世界で生きていたくなったなぁ」
「煩い!今すぐ私がお前をごろじでやるぅぅうわァァァァァ!!」
涙目になっているラマは近くにあった石を拾うと、俺に向かって走ってきた。
余程プライドを傷付けてしまったようだ。もう涙目を隠そうとはしなかった。
しかしそれは確実に俺を殺すと決めたからだろう。
「やめろぉぉぉぉ!俺は地獄には行きたくないんだぁぁぁぁぁ!!」
「私の為に、さっさと死んで獄界へ逝けぇぇぇぇぇぇぇ!!」
天使だったとは思えない発言が次々と出てくる。
しかし気迫こそあれど、足はそれ程速くないのでヘマを起こさない限り捕まる事はない。
暫く走っただろうか。お互いの距離を10メートルぐらいに保ちながら、安定しない足元に気を付けながら走る。
見失うぐらい走っても良かったのだが、何故かそうはしなかった。見失う事でいつ来るか分からない脅威に怯えなくなるならとか、そういう理由でもない。
まだ話していない情報が彼女にはあり、その情報はこの童話世界にて必要になるかもしれない。そんな情報を彼女がまだ握ったままなのであれば聞く必要があるが、見失ってしまうともう二度と聞けなくなるかもしれない。
彼女から話し出すとも思えないが、黙秘を彼女が諦めるまで離れる訳には行かない。っと、そういう理由でもない。
だが、何となく彼女から離れようとしなかった。
ラマの足はガクガクと震えだしていた。もう限界のようだ。
何故そんなになるまで走り続けたのか。余程プライドを傷付けられた事に我慢ならなかったのだ。
立つ事も出来ないからなのか、その場で堪らず倒れるラマ。罠の可能性もあるが、一応心配して近寄る。
「おーい、大丈夫かラマ?殺さないでくれるなら抱えてやるが?」
「…頼む…」
結局俺はラマを背中に背負って歩く事にした。うつむいたまま、しおらしい表情の彼女は少し可愛く思えてしまった。
先程までの時間は何だったのかと考えたのだが、彼女がおんぶして貰うための演技だったのでは無いかと思えてきた。
手の平の上だったのかもしれない。俺がそうすると分かってやっていたのだろう。
もしそれが事実なら奇妙なものだ。
俺自身彼女を見捨てずにいて、こうして背負って歩いている事を驚いている。
そして彼女は俺がそうすると知っていたかのようだった。まるで俺よりも俺の事を知っているような―――――――まあ、そんな事はないか。
「おい、じまじろう」
突然口を開くラマ。まるで心を読まれていたようなタイミングに少し驚く。あと俺は次郎である。
「何か聞こえないか?」
「ん?聞こえる?」
何やらラマが聞こえるようで耳をすましてみる。
俺も手を耳に当てようと思ったが生憎両手は彼女を背負う為に足を支えているので使えない。背中から降りてくれと願うばかりだ、
それを理解したのかラマは、俺の両耳に対して手を当ててくれた。
「…え!?あっ…ありがとう…」
「そんなに驚く事でもないだろ。どうだ、聞こえるか?」
突然の行動に驚きを隠せない。
優しく耳に手を当てて、耳打ちしてくるラマ。先程まで殺すとか殺意をばら撒いていた女の行動とは思えない。
それには少し顔が赤くなってしまった。俺を殺した相手とはいえ、ラマは美少女である。慣れない事をされては、反応に困ってしまうものだ。
このままでは不味い。自身を制する為に彼女が言っている音というのを聞く事に集中する。
騒がしく鳴く雑音に近い虫の声、それに対して綺麗な元気のいい鳥の声。そこに1つだけ違う音が聞こえた。
心が和むような優しい水の流れる音。望んでいたものの音。
「……水の音?」
「やはり水か…どけぇぇい、じまじろォォォ!」
俺の背中にいたラマは激しく暴れだすと、俺を蹴り飛ばして水の音が鳴る方へ走り去っていった。降りろとは思っていたが、蹴り飛ばすのは、いかがなものか。
彼女は喉が相当乾いていたのだと思う。一心不乱とは、あれの事だろう。
「この、クソ天使ィィィィ!」
先程まで弱々しそうにしていたのに、ロボットのスイッチがオンになったかのように激しく動き出す。
そんな彼女せいで、俺は背中を蹴り飛ばされた事もあって地面に倒された。
折角慈悲を掛けてやったのに、こんな仕打ちをされたら怒りがこみ上げるものだ。
ともあれ俺も喉は乾いていた。
早いとこ水分補給といきたいところだ。
地面に倒れていた体を起こして向かう訳だが、体中が痛む。
ゆっくりと立ち上がりラマとは違い、ゆっくりと歩きながら水の音が聞こえる方へ向かう事にした。
水の音がする場所に着くと、そこには川が流れていた。
決して、深く幅の広い川では無い。深さは手一つ分程で、幅は少し跨げば簡単に飛び越えられる程だ。
水の色も透き通っており綺麗というのが見た感じで分かった事だ。こんなの美味しいに決まってる。
そして、から俺を蹴り飛ばして、我先にとこの川まで走ったラマが川に頭を突っ込んで直接飲んでいるようだった。
何やってんだと思いながらも、小さな川の水を両手で汲んで、そのまま飲んだ。
やはり美味しい。水がこれ程までに美味しいと思えたのは初めてと言えるだろう。生前は当たり前のようにジュースなんかを飲んでいた。
大量の砂糖が入っていて、健康的にあまり良くないものと分かっていても止められない極上のドリンク。
ペットボトル症候群なんてのが存在するようだが、俺達若者は皆そればかり飲んでいる。
それ故、ただの水とは無縁で生きてきた。
ただの水にお金を払うぐらいなら水道の水で良いだろうなんて考えていたが、この機会だから分かったが天然水というのも悪くない。
「さて、水分補給も出来たしそろそろ行くか…って」
ラマが先程から同じ体制のまま微動だにしない様子少しばかり違和感を感じた。
まるで死んでいるような。
「って、おい!?大丈夫かよ!!」
賀露島がラマの顔を水面から出して顔を確認する。何やら気持ち悪い程、笑顔だったのは苛つきを感じざるを得ない。
だが、そんな幸せそうな顔をしていた彼女の顔は血色があまり良いものではなかった。
「死にそうなのに、満面の笑みってどういう状態だよ…」
そうとう喉が乾いていたのだろう。
生きる事が目的なのではなく、飲む事が目的になってしまったのだろうか。
呼吸は一応しているので、死ぬ事はない筈だ。しかし、人間と同じ見た目になったとはいえ天使であるラマが死ぬ事はあるのだろうか。
それを確かめるには彼女の口から聞くしかないのだが、見ての通り笑顔で気を失っている。
「早いところ村か町に行こう。森は諦める」
もう2度と同じ場所に戻る事は不可能だ。なら最初に言っていた時の様に、この世界の事を原住民に聞く事が今ある最善の手である。
森に戻る事は確実に得策ではない。水は確保出来たにしても、食料もマトモに確保出来ない環境で、いつまでも時が来るまで待つ事は出来ない。
それであれば、少しでも人の多い場所に行って、情報を聞く事が遥かに楽だ。
「とにかくコイツを担いで行くのか…」
笑顔がだらしないラマを背中で担ぎ直す。
先程よりも軽く感じる。大人しくなり、暴れられなくなったからだろう。
背負った際に良い匂いだったかは分からないがラマの匂いがした。先程は暴れていたのもあり、体は後ろの方へ反らしていたので彼女の匂いに気付かなかったが、今は顔ごと俺の体に密着させているので気付いてしまった。
何か不味い事をしているのではないかと、顔を赤くしながらもラマを背負ったまま川が下に流れる方へ歩く。
小さな川であるが、いずれこの川は下流へ向かって流れていくだろう。そこに着けば、恐らく村の1つや2つあるだろう。無いのであれば諦めず河口に向かっていけばいい。
気が遠くなる。しかし、このままでは不味い。
日が暮れ始めていた。空が赤くなっているように思える。このままなら、やがて夜になって全く歩けなくなるだろう。
何処か安全に休息が取れる場所を見つけなければならない。
腕も暫くしてから痺れだした。それでも踏ん張ってラマを背負って歩く。
ただ歩くのみだ。地獄行きを免れる為に。
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